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EP 5

死蟲の残滓と、雷神の飛び蹴り(メテオ・ストライク)

分厚い鉄の扉を押し開けた瞬間、肌を刺すような冷気と、鉄錆のような血の匂いが鼻腔を突いた。

「……空気が変わったな」

俺が呟くと、クラウスが無言で頷き、大盾を構え直した。

先ほどまでの、キュルリンが作った「コンクリート剥き出しの工事現場」のようなふざけた雰囲気は微塵もない。古代の石組みが剥き出しになり、壁面には脈打つような紫色の奇妙な管が張り巡らされている。

ここは明らかに、彼女が後から作ったアトラクションではなく、元から地下に存在していた『天魔窟』そのものだった。

「気持ち悪い空間ですわね……。まるで巨大な蟲の腹の中にいるみたいですわ」

リーザが嫌悪感たっぷりに腕をさする。

その直後、暗闇の奥からカシャカシャ、カシャカシャ……という無機質で不気味な足音が無数に響き始めた。

「来るぞ! 構えろ!」

俺が叫ぶと同時、暗闇から姿を現したのは、機械と蟲が融合したような異形の怪物たちだった。

鋼鉄の顎を持つ巨大な蟻、死蟻機《ネクロアント》。そして、分厚い装甲板で全身を覆った死甲虫機《ネクロビートル》の群れだ。

「あれは……古代大戦の記録に残っている、死蟲王サルバロスの眷属か!」

「ただの残滓みたいだがな。だが、殺意だけは一丁前だ!」

『ギギギギギ……ッ!!』

ネクロビートルの群れが、重戦車のような勢いで突進してくる。

クラウスが前に出て【アイギス・タワー】を突き立て、激突の衝撃を完璧に受け止めた。しかし、巨漢の彼が数メートル後ずさるほどの凄まじい質量だ。

「ルナ! 足元を拘束しろ!」

「はいですわ! 『バインド・アイヴィー』!」

ルナの魔法で床から極太の蔦が生え出し、ネクロアントたちの脚を絡め取る。

そこへ俺が氷結ロングソードを振るい、関節の隙間を狙って斬り込むが――カァンッ!と硬い金属音を立てて弾かれた。

「チッ、硬てぇな! 氷結剣でも一撃じゃ装甲を抜けねぇ!」

「私のM4カービンの徹甲弾も弾かれてるよぉ! RPG撃っていい!?」

「ここで撃ったら落盤で俺たちが死ぬだろ! 撃つな!」

キュララの無軌道なトリガーハッピーを制止しながら、俺は舌打ちした。

敵の装甲は並のミスリル合金よりも硬い。関節部を狙い撃ちするか、内部から凍らせるか……思考を高速で回転させた、その時だった。

「……ねえ」

静かな、ひどく冷たい声が響いた。

声の主は、キャルルだった。

彼女は俯き加減で立ち尽くし、手にしたダブルトンファーをギリギリと強く握りしめている。

その顔は影になって見えないが、彼女の頭上……ダンジョンの天井には、キュルリンが換気用か採光用にと開けていた丸い『天窓(ガラス張り)』があり、そこから真ん丸な『満月』の光がスポットライトのように降り注いでいた。

月兎族にとって、満月の光は何よりも強力なバフ(強化)スイッチだ。

「せっかく……リアン君が作ってくれた、すっごく美味しいお肉とパンで、みんなお腹いっぱいになって幸せな気持ちだったのに」

ゴキッ、とキャルルが首を鳴らす。

「どうしてアンタたちみたいな害虫が、私たちの食後の団欒を邪魔するの?」

顔を上げたキャルルの瞳は、満月の光を反射して怪しく赤く発光していた。

普段の優しくて可愛い村長さんの面影はない。完全にスイッチが入った、ヤンデレ気質全開のバーサーカーモードだ。

「あ、ヤバい。キャルルの奴、完全にキレたぞ」

俺が後ずさると、クラウスも顔を引きつらせて大盾の陰に隠れた。ルナとリーザ、キュララも「おーこわ」「さわらぬ神に祟りなしですわ」とそそくさと俺の後ろへ避難する。

『ギシャアアアアッ!』

空気を読まない死甲虫機《ネクロビートル》の一体が、キャルルめがけて突進した。

だが、キャルルは微動だにしない。

「月影流――『破衝撃』」

突進してくる巨体の正面から、キャルルは無造作にトンファーを突き出した。

ドゴォォォォンッ!!!

凄まじい轟音とともに、ネクロビートルの強固な装甲が内側から爆発したように粉砕され、部品を撒き散らしながら後方へ吹き飛んでいった。

「なっ……!? あの硬い装甲を、ただの打撃でブチ抜いたぞ!?」

「満月の月兎族を舐めるなよクラウス。あれがポポロ村の治安を守る武力(ヤキ入れ)の神髄だ」

「害虫は、残さず駆除しないとね」

キャルルは冷たく笑うと、足元――タローマン製の特注安全靴を床に打ち鳴らした。

安全靴の底に仕込まれた『雷竜石』が、彼女の極限まで高まった闘気に呼応し、バチバチと紫電の火花を散らし始める。

「さぁ、一匹残らずペシャンコにしてあげる!!」

クラウチングスタートの姿勢を取ったキャルルの全身を、一億ボルトを超える雷光が包み込む。

そして次の瞬間、ドンッ!という音の壁を破る爆音が鳴り響き、彼女の姿が視界から消えた。

「は……速い! マッハを超えている!?」

クラウスが驚愕の声を上げる。

満月の光を浴びたキャルルの走力は、通常時の『100m5秒台』から跳ね上がり、マッハ1の壁を突破するのだ。

残像すら残さず、雷の軌跡だけがダンジョンの空間をジグザグに駆け巡る。

「月影流――『乱れ鐘打ち』ッ!!」

空間を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴りながら、超高速で放たれる安全靴の回し蹴り。

ガンッ! ガァンッ! ゴシャァァッ!

ネクロアントたちの鋼鉄の頭部が、次々と鐘のように打ち鳴らされ、ひしゃげていく。強固な装甲など、音速を超える質量と雷撃の前には紙細工も同然だ。

だが、敵の奥から一回り巨大な『合成死蟲機(キメラ型)』が姿を現した。

全身のあらゆる装甲を重ね合わせた、要塞のような巨体だ。

『ギルォォォォォ……ッ!!!』

「ふふっ、大きいのが出てきたね。でも、デカいだけなら――これで終わりッ!」

キャルルは天井の梁を蹴り上げ、地上20メートルの高空へと跳躍した。

満月を背に、空中で一回転。紫電の神雷と、彼女の最大闘気が、右足の安全靴の先端に極限まで圧縮されていく。

総エネルギー量、1,000メガジュール。瞬間加重、277トン。

「消し飛びなさい!!」

まるで夜空を切り裂く流星のように、キャルルが急降下する。

「超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)ッッッ!!!」

雷を纏った飛び蹴りが、要塞型死蟲機の脳天に直撃した。

ズドオォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

落雷のような轟音と同時に、巨大な死蟲機が豆腐のように粉砕された。

それだけではない。蹴りの衝撃波は床の石畳をすり鉢状に吹き飛ばし、周囲にいた残りのネクロバグたちもろとも、フロア全体を跡形もなく消し飛ばしてしまった。

「ぐわぁぁっ!? 伏せろ!!」

凄まじい爆風と土砂の雨に、俺たちはクラウスの盾の裏に必死でしがみついた。

数分後。

もうもうと立ち込める土煙が晴れた後には、ネクロバグの残骸すら残っていない、ぽっかりと大穴の開いた巨大なクレーターだけが残されていた。

そのクレーターの中心で、キャルルは「ふぅ」と息を吐き、乱れた髪を直している。

「みんな、大丈夫? 害虫駆除、終わったよ♪」

先ほどの狂気はどこへやら、いつもの可愛い笑顔で振り返るキャルルに、俺たちは無言でブンブンと縦に首を振った。誰も彼女に逆らう気はなかった。

その時、ダンジョンの天井のスピーカーから、完全に心が折れたような、悲鳴にも似た嗚咽が響き渡った。

『あぁぁぁぁぁぁっ……! 嘘でしょ、嘘でしょ!? 私が徹夜で組んだ基礎工事(ベース)ごと、フロアが消し飛んでるぅぅぅっ!』

キュルリンのガチ泣きだった。

『バカヤロー! トラップ破壊したり大樹生やしたりするだけじゃ飽き足らず、ダンジョンの地盤ごとぶっ壊す奴があるか!! お前らみたいな出禁レベルのクレーマー、初めてだよぉぉぉっ!!』

「知るか。お前が勝手に村にこんなもん建てたのが悪いんだろうが」

俺が容赦なくツッコミを入れると、スピーカーの向こうから『もうヤダ……帰ってサウナ入りたい……』という呟きと共に、通信がプツンと途絶えた。

「さて、と。あのクレーターの大穴、ちょうどいい具合に下の階層へ続いてるな」

俺はクレーターの底を覗き込みながら言った。

最深部への道は、キャルルの『超電光流星脚』によって、物理的にブチ開けられていた。

「よし、このまま最下層まで一気に降りるぞ。今日の俺の晩飯は、ビーフシチューだと決まっているんでな。どんな厄介事が待ってようが、さっさと片付けて家に帰るぞ!」

俺の号令に、クラン『ホープ・クローバー』の面々は力強く頷いた。

最深部に待ち受けるものが何であれ、俺たちの日常(ごはんと平和)を脅かす者は、容赦なく排除するだけだ。

読んでいただきありがとうございます。

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