EP 4
迷宮での野営(飯テロ)と、神々のスパチャの雨
瓦礫と巨大な根が絡み合ったスロープを下りきると、そこには工事現場のプレハブ休憩所のような少し開けた空間があった。
ダンジョンの構造上、敵がスポーンしないように設定されている『セーフエリア』のようだ。隅にはパイプ椅子や灰皿のついた吸殻入れまで置かれており、キュルリンの現場への謎のこだわりが伺える。
「よし、とりあえずここで大休止にする。腹が減っては深層は戦えねぇからな」
俺がそう宣言すると、クラウスは大盾を下ろし、キャルルは「やったぁ!」と両手を上げた。
俺は腰の『四次元魔法ポーチ』の口を開き、次々と野営用の機材を取り出していく。
折りたたみ式のテーブルとチェア、魔導コンロ、そしてドワーフの職人に特注した黒光りする『魔導ダッチオーブン』だ。
「さーて、今日のメイン食材だが……」
俺が取り出したのは、先ほどの広間でルナの大樹にカチ上げられて気絶していた魔獣――『ケイブ・バイソン(迷宮岩牛)』の極厚ブロック肉だ。
迷宮の過酷な環境で育ったその肉は、ロックバイソンよりも赤身の旨味が強烈で、霜降りの脂が美しく入っている。
「リアン君、今日のご飯なにー?」
「極厚ステーキと、ポップオーバーだ。ちょっと時間がかかるが、期待して待ってろ」
前世で都内の三ツ星フレンチ副料理長まで務めた俺の血が、食材を前にして騒ぎ出す。
まずはバイソン肉の塊にフォークで穴を開け、特製のスパイスと岩塩、そしてポポロ村特産の『醤油草』の搾り汁をしっかりとすり込む。
魔導コンロに火を入れ、ダッチオーブンをカンカンに熱する。そこにバイソンの脂身を落とすと、ジュワァァァッ!という暴力的なまでの焼き音が地下空間に響き渡った。
「うわぁ……いい音……」
リーザが早くもヨダレを垂らしながら身を乗り出してくる。
俺は熱した鉄鍋に、極厚のブロック肉を放り込んだ。
ジィィィィィィィィィィィィッ!!!
表面のタンパク質が一気にメイラード反応を起こし、焦げた醤油草と肉の脂が混ざり合った、抗いようのない暴力的な香りが爆発する。
全面に美しい焼き色をつけ、肉汁を内部に完全に閉じ込める。その後は蓋をして、魔導コンロの火力を弱火に落とし、じっくりと中まで火を通していく。
「肉を休ませている間に、付け合わせのパンを焼くぞ」
ボウルに卵、牛乳、小麦粉を入れ、シャカシャカと手早くかき混ぜる。
肉を一旦取り出したダッチオーブンには、バイソンの極上の肉汁と脂が残っている。そこへ生地を流し込み、今度は一気に強火で焼き上げる。
これが『ポップオーバー』だ。シュークリームの皮のように外はサクサク、中はもっちりと空洞に焼き上がり、肉汁を吸わせるには最高の付け合わせになる。
俺が手際よく調理を進めていると、ポンッという間の抜けた電子音が鳴った。
「はいはーい! ゴッドチューブをご視聴の全宇宙の神様たち、こんキュラー! 天使族トップ配信者のキュララだよー!」
いつの間にか、キュララ・アルセルラが自前の『エンジェルすまーとふぉん』を自撮り棒に固定し、生配信を開始していた。
彼女は俺の鍋にカメラをズームさせる。
「今日はなんと、ポポロ村に突如現れた迷宮の攻略配信なんだけど……見てよこれ! リーダーのリアンが作ってるダンジョン飯、ヤバくない!?」
画面の向こう側――つまり天界で暇を持て余している神々から、凄まじい勢いでコメントが滝のように流れ始めた。
『うっっわ、肉汁ヤッバ!』
『深夜に見るんじゃなかった(現在天界は深夜2時)』
『リアンきゅんの手料理食べたい!』
『おいルチアナ、お前ちょっとルナミス行ってこれ買え!』
『【アカウント名:永遠の17歳女神】今すぐそれデリバリーしろ! 限度額までなら払う!!』
「あ、ルチアナ様から赤スパ飛んできた! ありがとうございまーす!」
キュララがウィンクした瞬間、エンジェルすまーとふぉんの画面から、物理的な『スパチャ(投げ銭)』である金貨や五円玉がチャリンチャリン!と噴水のように飛び出し始めた。
ゴッドチューブの投げ銭システムは、なぜかこの世界では物理ドロップする仕様なのだ。
「ああっ! 落ちますわ! 御縁(お金)が床に落ちてしまいますわ!!」
その瞬間、目を血走らせたリーザがスライディングで飛び込んできた。
彼女は両手に持ったザルを駆使し、空中を舞う神々からのスパチャを一枚残らずキャッチしていく。
「ハイハイハイハイ! ありがとうございますわー! 神様仏様、もっと! もっと落としてくださってよろしくてよ!」
「お前ら、神聖な調理の邪魔すんじゃねぇ! ほこりが立つだろ!」
俺が怒鳴りつけると、リーザはスパチャの山を抱えたまま「ヒッ」と縮み上がり、キュララは「テヘペロ☆」と舌を出して少し下がった。
まったく、どいつもこいつも緊張感がない。
「よし、焼き上がったぞ」
ダッチオーブンの蓋を開けると、ふわりと焼き上がった巨大なポップオーバーが姿を現した。
俺は休ませておいた極厚のバイソン肉をまな板に乗せ、よく研いだマイ包丁でスッと切り裂く。
「おおお……!」
クラウスが思わず感嘆の声を漏らした。
断面は、まさに完璧な『ロゼ(薄紅色)』。中心までじんわりと熱が入り、それでいて生肉の柔らかさを完全に保っている。切り口からはキラキラとした肉汁がとめどなく溢れ出していた。
俺は切り分けた肉を皿に盛り、ダッチオーブンの底に残った焦げ付きに『イモッカ(芋ウォッカ)』とハニーかぼちゃの蜜、醤油草を足して煮詰め、極上の特製グレイビーソースを作って肉の上からたっぷりとかけた。
その横に、アツアツのポップオーバーを添える。
「完成だ。迷宮特製、ケイブ・バイソンの極厚ステーキ・ハニーソイソース仕立てだ。冷めないうちに食え」
「「「いただきまーーす!!」」」
キャルルが一番にフォークを突き立て、自分の顔の半分ほどもある肉の塊をパクリと口に運んだ。
「んんんん〜〜〜っ!! 美味しいっ!!」
キャルルのウサギ耳がピンッと垂直に立ち上がり、幸せそうに揺れる。
「お肉すっごく柔らかい! なのに噛むとギュッて旨味が出てきて、この甘じょっぱいソースとすっごく合うよ!」
「だろうな。脂が強いから、少し甘めのソースでバランスを取った」
隣では、アルヴィン侯爵家で美食には慣れているはずのクラウスが、目を丸くしてステーキを咀嚼していた。
「な、なんだこれは……!? 野戦食の次元ではないぞ! 我が家の専属シェフが作る晩餐にも引けを取らない……いや、この野性味と洗練されたソースの融合は、それ以上かもしれない!」
クラウスは行儀よく、しかし猛烈なスピードでナイフとフォークを動かしている。
「あらあら、ポップオーバーも絶品ですわ。サクサクの皮に、このお肉のソースをつけて食べると……ふふっ、いくらでも入ってしまいそうです」
ルナも上品に口元を拭いながら、しっかりと大食漢ぶりを発揮していた。
リーザに至っては、「うめぇ! うめぇですわ!」とアイドルらしからぬ野太い声を上げながら、パンの耳で培った顎の力で肉を噛みちぎっている。
「リスナーのみんなー! 見てこのお肉の断面! うん、最高! ほっぺた落ちるぅ!」
キュララは食レポをしながらカメラに肉を寄せ、天界の神々へ向けた凄惨な飯テロを敢行していた。
コメント欄には『ぐああああ!』『拷問だ!』『ルチアナがスマホの画面舐め始めたぞ!』といった阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れている。
「ま、お前らが美味いって言うなら、作った甲斐があったってもんだ」
俺は自分の分のステーキを適当に切り分け、口に放り込んだ。
うん、火入れは完璧だ。肉の細胞を壊さず、ギリギリの温度帯で旨味を引き出せている。前世の三ツ星の技術は、この理不尽な異世界でも十分に通用するらしい。
「よし、お前ら。しっかり腹を満たしたな?」
食後のポポロ・コーヒー(俺が淹れた)を飲み終え、一息ついた仲間たちを見回して俺は立ち上がった。
氷結包丁の柄を握り直し、セーフエリアの奥へと続く分厚い鉄の扉を見据える。
「この先は、キュルリンが作ったアート空間じゃねぇ。さっき少しだけ感じたが……この扉の奥は、本当の『天魔窟』の封印エリアに直結してるみたいだ」
俺の言葉に、クラウスが真剣な表情で大盾を構え直した。キャルルもトンファーを手に取り、キュララはRPG-17を背負い直す。
「腹ごしらえは済んだ。さっさと奥にいる厄介事を片付けて、ポポロ村の平和を取り戻すぞ」
「「「おう!!」」」
俺たちは気合いを入れ直し、死と絶望の匂いが立ち込める『本当の迷宮』へと足を踏み入れた。
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