第十六章 15歳児の勇者
招かれざる安全第一! 妖精工務店と俺の誕生日ケーキ
ポポロ村の村長宅――いや、実質的には規格外の住人たちがひしめくカオスなシェアハウス『ポポロ・コーポ』のリビングは、昼下がりののどかな空気に包まれていた。
昨日行われた、俺――リアン・クラインの十五歳の誕生日パーティーの余韻がまだ僅かに残る中、一人の人魚姫が幸せそうに腹をさすっていた。
「はぁ〜、退屈ですわ〜。リアン様の誕生日ケーキも全部食べちゃいましたし、何か面白いこと起きませんこと?」
ルナミスデパートのワゴンセールで買った特売の芋ジャージ姿に便所サンダルという、元王女の面影など微塵もない姿でソファに寝転がるのは、リーザだ。
俺は呆れながら、空っぽになった巨大な銀皿を片付ける。
「お前、アレ結局ひとりでホール丸ごと食ったな……」
前世の三ツ星副料理長としてのプライドをかけ、厳選したポポロ村特産の『ハニーかぼちゃ』や濃厚な『ロックバイソン・ミルク』をふんだんに使い、徹夜で仕込んだ特製フルーツタルトケーキ。
まさか俺の口に入る前に、地下アイドルの胃袋にダイソンもかくやという勢いで吸い込まれるとは思わなかった。
「ふふん、文句がありますの? 私のユニークスキル【貧乏神】の吸引力を以てすれば、あの程度のカロリーなど悪運と一緒に消化して差し上げますわ!」
「いや、カロリーはしっかり吸収されてると思うぞ。ジャージの腹周り、ちょっとパツパツになってるしな。……まあいい。俺が作ったもんを美味そうに食ってくれたんなら、作り手としては嬉しいよ」
俺が苦笑交じりに言うと、リーザは「なっ……! パツパツとは失礼な!」と顔を赤くして腹を隠した。
そこへ、ラフな現代風の部屋着に身を包んだ村長――キャルル・ムーンハートが、コントローラーを二つ持ってトテトテと歩いてきた。
「リアンくーん! 暇なら一緒にTVゲームでもする? 新作の『梅太郎伝説』買ったんだけど!」
ニコニコと笑うキャルルの誘いに、俺は即座に首を横に振る。
「梅太郎伝説かぁ……アレ、プレイヤーに貧乏神が取り憑いて資産をぶっ飛ばすサイコロゲームだろ。悪いがパスだ。貧乏神なら、俺たちの目の前のソファで鼻ホジりながらテレビ見てるこの芋ジャージ(リーザ)だけで十分お腹いっぱいだ」
「ちょっとリアン様! 誰が鼻ホジ芋ジャージですの!? 私の『絶対無敵スパチャアイドル』としての品格を疑われますわよ!」
「品格がある奴は人の誕生日ケーキを一人でホール食いしねぇんだよ」
平和だ。
数々の死線や、神々の理不尽な要求、三国の思惑などを潜り抜けてきた俺たちクラン『ホープ・クローバー』にとって、こういう何気ない日常のワチャワチャこそが至福の時間だった。
今日の夕飯は、余ったロックバイソンの肉でビーフシチューでも仕込むか。そんな風に平和な献立を考えていた、まさにその時だった。
ズドドドドドドドドッッ!!!
突如として、ポポロ村全体を揺るがすような巨大な地響きが鳴り響いた。
「きゃっ!? な、何!?」
キャルルがバランスを崩し、俺は咄嗟に食器棚を抑える。棚の上のグラスがガチャガチャと嫌な音を立てた。
「地震か!? いや、局地的な魔力振動……!?」
俺が警戒態勢に入った直後、リビングのドアが勢いよくバンッと開け放たれた。
「た、大変だぞ! リアンッ!!」
飛び込んできたのは、アルヴィン侯爵家の御曹司にして、我がクランのメインタンクである親友、クラウス・アルヴィンだった。
普段は冷静沈着でノブリス・オブリージュを体現するような彼が、額に汗を浮かべて完全に血相を変えている。
「どうしたクラウス! 帝国軍か、それとも魔王軍の襲撃か!?」
「ち、違う! 村の広場に……ポポロ村のど真ん中に、突如として『巨大なダンジョン』が出現したんだ!!」
「…………は?」
俺の思考が数秒停止した。
ダンジョン? なんでこんなのどかな緩衝地帯のド真ん中に?
「……とりあえず、外に出るぞ!」
俺たちが急いで村の広場へ向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。
昨日まで特産の月見大根の畑だったはずの場所がパカッと割れ、地下へと続く禍々しくも巨大な石造りのエントランスが形成されていたのだ。
入り口にはご丁寧に『ようこそ! 死と絶望の迷宮(ポポロ村仮設店)へ!』という悪趣味な看板まで立てられている。
「なんだこりゃ……空間が完全に書き換えられてるぞ」
俺が呆然としていると、ダンジョンの入り口付近から、カンカンカン!と金属を叩く甲高い音が響いてきた。
「おーし! そこの基礎工事、もっとしっかり魔導セメント流し込んどけや! 水平取れてねぇぞオラァ!」
野太いおっさんのような声。しかし、そこに立っていたのは――
身長160センチほど。色素の薄い美少女フェイスにキラキラした瞳、可憐なツインテール。
にもかかわらず、頭には黄色の『安全第一』と書かれた魔導ヘルメットを被り、タローマン製の鳶ニッカポッカに色褪せた作業用ベスト、そして手には特注のミスリル製ツルハシを構えた『妖精』だった。
俺たちの視線に気づいた妖精は、首に巻いたタオルで汗を拭うと、ニカッと人懐っこい笑みを浮かべた。
「オッス! 私はよキュルリンって言うんだけどよ。ちょっくらこのチンケな村に『アート』を吹き込みたくてな。最高にエキサイティングなダンジョンを作らせてもらったぜ。ま、遠慮なく楽しんで行きなよ!」
ドヤ顔で言い放つキュルリンに、俺の額に青筋が浮かぶ。
「……お前、急に何を言ってんだ。人んちの畑のド真ん中に勝手にダンジョンを作って『アート』だぁ? 舐めてんのか!」
俺が怒鳴りつけると、キュルリンは「あぁん? 芸術が理解できねぇのかよ、素人が」と鼻を鳴らした。
その時、騒ぎを聞きつけてふわりとやってきたのは、世界樹の次期女王候補、ルナ・シンフォニアだった。
いつも通りのふわふわしたお嬢様ドレスに身を包んだ彼女は、ダンジョンとキュルリンを交互に見て、ふぅと上品なため息をついた。
「まったく……迷惑な妖精さんだこと。他人の土地に無許可で建築物を建てるなんて、完全にコンプライアンス違反ですわ。自然の景観も損ねてますし、BAN対象です。いっそ私が、森の力でこの不法建築物を飲み込んでしまいましょうか?」
「やめろルナ! お前がやるとポポロ村ごと森に飲み込まれるだろ!」
俺は慌てて天然の環境テロリスト(ルナ)を制止する。
「チッ、どいつもこいつも安全第一の精神が足りてねぇな」
キュルリンはツルハシを肩に担ぎ直すと、ニヤリと笑った。
「この『天魔窟・ポポロ村出張所』はな、ただの迷宮じゃねぇ。最深部にはすげぇお宝と……とびきりの『厄介事』が封印されてる。ま、お前らみたいなひよっこに攻略できるとは思えねぇけどな! ギャハハハ!」
そう言い残し、キュルリンはダンジョンの奥へと消えていった。
残された俺たちは、ぽっかりと口を開けた理不尽極まりない巨大建築物を前に立ち尽くした。
「……リアン様。どうしますの?」
リーザが、ジャージの袖をまくりながら聞いてくる。
「どうするもこうするもあるか。こんなもん放置してたら、明日から大量の冒険者やならず者が村に押し寄せて、俺たちの平穏な生活と夕飯の時間がぶち壊しになるだろうが」
俺は深くため息をつきながら、四次元魔法ポーチから『日本刀・白雪』の柄に手をかけた。
「クラウス、盾を持て。キャルル、準備はいいか」
「もちろん! ポポロ村の村長として、不法侵入者は月影流で蹴り飛ばすよ!」
「承知した! 我らアルヴィン家の誇りに懸けて、この正道ならざる迷宮を突破しよう!」
俺は防刃ジャージのジッパーを首元まで上げ、気を引き締める。
「よし。クラン『ホープ・クローバー』、これより不法建築物の強制撤去作戦を開始する。……夕飯までには終わらせて、帰ってシチュー食うぞ!」
かくして、俺の誕生日の翌日は、安全第一を掲げるイカれた妖精工務店との理不尽なダンジョン攻略戦の幕開けとなったのだった。
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