EP 2
現場系トラップと、貧乏神のダンジョン・ハック!
ポポロ村の広場に突如として出現した不法建築物、『天魔窟・ポポロ村出張所』。
俺たちクラン『ホープ・クローバー』は、夕飯のシチュー作りの時間を死守するため、早急なダンジョン撤去作業へと乗り出した。
しかし、足を踏み入れた瞬間に俺の視界に飛び込んできたのは、幻想的な地下洞窟でも禍々しい魔宮でもなかった。
「……なんだこの、黄色と黒のトラ柄テープだらけの空間は」
「リアン、あそこに『頭上注意』や『足元ヨシ!』と書かれた看板が立っているぞ。……魔族の古代文字だろうか?」
「いや、ただの工事現場だろどう見ても」
クラウスが真剣な顔で看板を分析しているが、ダンジョンの内装は完全にコンクリートむき出しの地下道だった。壁には剥き出しの配管が走り、天井からは裸電球がぶら下がっている。
「おいおい、キュルリンとかいう妖精、ファンタジーの世界観ってもんを完全に履き違えてねぇか?」
俺がぼやきながら歩みを進めた、その時だった。
『ギゴゴゴゴゴ……!』
頭上の不自然な気配に気づき見上げると、天井に仕掛けられた巨大なクレーン機構が作動し、重さ数トンはあろうかという巨大な鉄骨(H鋼)が数本、俺たちの頭上めがけて落下してきた。
「っ! 敵の罠か! リアン、ここは私に任せろ!」
クラウスが瞬時に前に躍り出た。アルヴィン家伝来のミスリル白銀大盾【アイギス・タワー】を天に掲げ、雷闘気を展開して鉄骨を受け止めようとする。
「待てクラウス! そんな質量兵器を馬鹿正直に受け止めたら、いくらお前でもスタミナの無駄だ!」
俺は四次元魔法ポーチから『三徳包丁』を抜刀(?)し、刃に高密度の氷魔法を励起させた。
「パキパキパキッ!」と音を立て、包丁の刃渡りが瞬時に1メートルを超える超硬度の【氷結ロングソード】へと相転移する。
俺は『都市ゲリラ教本』に記されたトラップ無力化のセオリーに従い、落下してくる鉄骨そのものではなく、それを吊るしていた「壁面のワイヤー駆動部」めがけて氷結剣を一閃した。
「天極流・氷華――凍結断!」
斬撃から放たれた絶対零度の冷気が壁面の駆動部を瞬時に凍らせ、ギアを物理的にロックする。
落下しかけていた鉄骨は、俺たちの頭上わずか数メートルの空中でギガガッ!と嫌な音を立てて完全に停止した。
「……な、止まった?」
「物理トラップってのは、動力源か支点を潰すのが一番効率がいいんだよ。クラウス、正道を行くのは立派だが、無駄な体力はボス戦まで温存しとけ」
「り、リアンの奇道にはいつも驚かされるな……」
クラウスが呆気にとられる中、さらに奥へ進むと、今度は通路一面がドロドロとした灰色の粘体で覆われたエリアに出た。
立て札には『魔導セメントの沼(※硬化まであと3分)』と書かれている。
「うわっ、なにこれドロドロしてる! 足を踏み入れたら固まっちゃう系?」
「キャルル、ストップだ」
ジャンプ力20mを誇るキャルルが強行突破しようとするのを手で制し、俺は再び氷結剣を地面に突き立てた。
「こんなもん、固まる前に凍らせて道を作ればいいだけだ」
ズバババッ!と冷気が沼の表面を覆い尽くし、あっという間にカチカチのスケートリンクが完成する。
魔導セメントの化学反応を完全に殺す、氷魔法の応用だ。
「よし、安全第一で渡るぞ」
「リアン様、もはやどっちが安全第一の妖精かわかりませんわね」
リーザが便所サンダルをペタペタ鳴らしながら、凍った沼の上を滑るように歩く。
そんな順調な進軍の中、俺たちは一つの中ボスクラスの広間に到達した。
そこには魔獣の姿はなく、部屋の中央に**「金貨の山」**がうず高く積まれていた。
黄金の輝きが、薄暗いコンクリートの部屋を煌々と照らしている。
「……き、きき、ききき」
「ん? リーザ、どうした?」
「金貨……! 金貨ですわあああああっ!!」
リーザの瞳が完全に「¥」マークに変わっていた。
芋ジャージの裾を翻し、金貨の山へ猛ダッシュしようとする人魚姫の襟首を、俺は慌てて引っ掴んだ。
「待て馬鹿! 明らかに不自然だろ! こんな工事現場にいきなり金貨の山だぞ。十中八九、擬態したミミックか、呪いを振りまく『ふ〜ん石』を金メッキしただけのトラップだ!」
「関係ありませんわ! そこに御縁(お金)があるなら、私は拾う! 愛と富は同じ輝きですのよ!!」
リーザは俺の手をすり抜け、ユニークスキル【貧乏神】の真骨頂である『お賽銭箱型掃除機』を虚空から取り出した。
「さあ! 私のファン(仮)たちよ、スパチャの時間ですわ! 吸い尽くしなさい、ラブ&マネーーーッ!!」
ギュイイイイイイインッッ!!!
掃除機のノズルから発生した凄まじい吸引力が、広間の金貨を根こそぎ吸い込み始めた。
もしこれが不運を呼ぶ呪いの石だったとしても、リーザの【貧乏神】スキルの前では無意味だ。彼女の基礎運勢がすでに世界最底辺であるため、これ以上のデバフは一切効かないのである。
チャリンチャリンチャリンチャリン!という軽快な音とともに、トラップとして配置されていた数万枚の偽金貨が、リーザのお賽銭箱にノーリスクで回収されていく。
すると突然、部屋の天井に設置されたスピーカーから、半泣きになったキュルリンの声が響き渡った。
『ああっ!? ちょ、おまっ、ストーーーーップ!!』
「お、ダンジョンの管理室から直接クレームか」
『クレームどころじゃねぇよ! お前らが吸い込んでるその金貨、触れた者の運気を底なしに奪う特注の呪いアイテムなんだぞ!? 業者のドンガン地下帝国から一個銀貨三枚でリースしてきた、私の今月の目玉トラップなのに!』
キュルリンの悲痛な叫びが地下道にこだまする。
「あら、そうでしたの? でも私の前ではただのピカピカなメダルですわ! 帰って磨けば、きっとスーパーの試食コーナーでワンチャン使えますわよ!」
「使えねぇよ! お前また店長に顔面パンチ食らう気か!」
俺がツッコミを入れる横で、リーザは一切手を緩めることなく金貨を吸い尽くしていく。
『やめてぇぇぇッ! それ全部持ち逃げされたら、リース代の違約金でダンジョン工務店の予算(今期)が完全に赤字になっちゃうぅぅ! 私のサウナ代とスイーツ代が飛ぶぅぅ!』
先ほどの「オラァ!」と怒鳴っていた現場監督の威勢はどこへやら、スピーカー越しに聞こえるのは、完全に予算オーバーに怯える17歳乙女のガチ泣きだった。
「……アホくさ。よし、リーザ、そのまま全部吸い尽くせ」
「お任せあれですわー!」
『鬼! 悪魔! 男爵家のボンボン! 覚えとけよ、この先のフロアじゃ容赦しねぇからな!』
スピーカーの通信がブツッと切れた。
「ふぅ。とりあえず最初のエリアのトラップと、妖精の懐(予算)はぶっ壊したな。この調子でガンガン進むぞ」
俺は氷結包丁を肩に担ぎ、再び歩き出す。
このダンジョン、思っていたより早くクリアして、無事に夕飯のシチューにありつけそうだ。俺は心の中で、今日の献立の火加減を計算し始めていた。
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