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EP 29

カグヤ激怒! 箱庭の崩壊と、駄女神の「ざまぁwww」

 ムーンキャピタルの中央政庁・執務室。

 エミリアがバリキャリ領主(OL)として覚醒し、変態執事リバロンが真の忠臣へとクラスチェンジを果たした感動の空間は、二柱の女神の乱入によって一瞬にして地獄のキャットファイト会場へと変貌した。

「ざまぁぁぁぁっっwww!! カグヤの乙女ゲー世界観、完全崩壊じゃんウケるぅぅっ!! PV率ゼロとかマジで草!!」

 ポポロ・コーポで皿洗いをしていたはずの駄女神ルチアナが、右手に缶ビール、左手にポテチを持ちながら、狂喜乱舞してカグヤを煽り倒す。

「ル、ルチアナァァッ! 貴女という神は……っ! 私がどれだけ苦労してこの『溺愛テンプレ都市』を作り上げたと思ってるのよ! 毎日の顎クイ! 婚約破棄! モフモフ聖獣! 全部、私が緻密なシナリオを書いて回してたのに!」

 月の女神カグヤが、ハイブランドのバッグ(おそらくエル○ス)を振り回して金切り声を上げた。

「だーからそれが『底が浅い』って言ってんのよ! リアン君の言う通り、インフラも経済もガバガバじゃねぇか! あんたの箱庭なんて、ちょっとマジレスされただけで崩壊する砂上の楼閣なんだよぉぉっ! ひゃはははは!」

 ルチアナが、ビールをプシュッと開けて豪快に煽る。

「き、きぃぃぃぃぃっ! よくも言ったわね、この借金まみれのマグローザ漁船帰り(タコ部屋労働者)がぁぁっ!!」

「うっさいわね! 私は自力でカニ工船から脱出したサバイバー(生還者)よ! リボ払いで首が回らなくなってる見栄っ張り女神と一緒にしないでよね!」

 ブチィッ!!

 神界における両者の限界線が、完全に切れた。

「許さないわよルチアナァァッ!」

「やってみろやカグヤァァッ!」

 ドゴォォォォンッ!!

 二柱の世界神が激突し、執務室にすさまじい衝撃波が走る——かと思いきや。

「痛っ! あんた、私の顔をエル○スの角で殴ったわね! このブランド女!」

「キャァッ! 髪の毛を引っ張るんじゃないわよ! セットするのに銀貨5枚もかかったんだから!」

「知るか! いけっ、必殺・ポテチの塩分目潰し!」

「あいたぁぁっ!? 目が、私の美しい目がぁぁっ!」

 そこに展開されたのは、魔法も神威も一切存在しない、泥酔したおっさんとヤンキー女が新橋のガード下で繰り広げるような、神の威厳ゼロの『物理的キャットファイト(取っ組み合い)』であった。

「「「…………」」」

 俺、キャルル、エミリア、リバロンは、ぽかんと口を開けてその醜い争いを見つめていた。

「わ、私……今まであんな女神様を信仰して、ユニークスキルをもらっていたのね……」

 エミリアが、自分の信仰心が音を立てて崩れ去るのを感じながら呟く。

「わーお! 『【放送事故】二柱の女神、ガチの殴り合い(髪の毛の引っ張り合い)に発展www』ってタイトルに変更したら、同接が10万人突破したよぉ!」

 キュララが、キラキラした目で自撮りドローンを二人の女神の顔面に寄せている。

『神聖さ皆無で草』

『ただの取っ組み合いじゃねぇかww』

『右のジャージ(ルチアナ)、カニ工船から生還したとかマジ?w』

『左のブランドカグヤの顔面、ポテチの粉まみれでワロタ』

 コメント欄は爆速で流れ、スパチャが滝のように飛び交う。

「ふふふ。神様同士の争いとはいえ、落ちた小銭(ブランド品)はわたくしのものですわ!」

 リーザが、二人が暴れるたびに飛んでいくカグヤのハイブランドの装飾品や、ルチアナの落とした小銭を、お賽銭箱型掃除機でダイソンばりの吸引力でガンガン吸い込んでいる。

「まぁ! 神様同士が喧嘩するなんていけませんわ! 私が仲裁の『ハッピー・ドリーム』を出しますわね!」

 ルナが杖を構え、再びあの恐ろしい幻覚植物を召喚しようとする。

「ルナ、やめろ。お前が手を出すと事態がさらにカオスになる」

 俺はルナを制止すると、大きくため息をつき、腰から『特大お玉』と『極厚フライパン』を引き抜いた。

 そして、天極流の闘気を、両手に限界まで圧縮・コーティングする。

「……神聖な執務室で、くだらねぇ喧嘩すんじゃねぇぇぇっ!!」

 俺は、取っ組み合って床を転げ回っている二柱の女神の背後に瞬間移動し、その脳天目掛けて、容赦なくダブルスマッシュを振り下ろした。

 ——ガゴォォォォォンッ!!!!

「あべぶッ!?」

「ふぎゃンッ!?」

 フライパンとお玉が、ルチアナとカグヤの頭頂部に完璧な軌道で炸裂した。

 神のオーラすらも貫通する『オカンの怒り(闘気)』を食らった二人は、綺麗に白目を剥いて、大理石の床にドサッと崩れ落ちた。

「ふぅ……。まったく、どいつもこいつも手がかかる」

 俺がフライパンを肩に担ぎ直すと、執務室にようやく静寂が戻った。

 数分後。

 俺の指示により、ルチアナとカグヤは、執務室の壁際で並んで『正座』させられていた。頭には見事なタンコブが二つ、仲良く並んでいる。

「うぅぅ……リアン君のケチィ……。せっかく私が勝ってたのにぃ」

 ルチアナが涙目で頭を押さえる。

「あ、あんた! 人間の分際で、この月の女神の私を殴るなんて……不敬罪で神罰を……っ」

 カグヤが恨めしそうに俺を睨むが、俺がフライパンを軽く振ると「ヒッ」と悲鳴を上げて姿勢を正した。

「いいか、カグヤ。あんたの作った『乙女ゲーテンプレ』の箱庭は、今日をもって終了だ。エミリアはもう、男に庇護されるだけのヒロインじゃねぇ」

 俺がエミリアを指し示すと、エミリアはコクリと頷き、カグヤの前に進み出た。

「カグヤ様。私、もう『お飾り』の聖女は辞めます。これからは、ムーンキャピタルの領主として、地下の魔力炉で働く人たちに有給休暇を与え、シフト制を導入し、この街を『労働基準法』が守られる真っ当な都市に作り直します」

「そ、そんな……」

 カグヤが絶望の声を上げる。

「それじゃあ、私の『溺愛ジャンル』のPVが……。ただでさえ、最近の視聴者は刺激に飢えてるのに、地味な『インフラ整備・行政モノ』なんて誰も見ないわよ! 今月のカードの支払いが……私のヴィトンの新作がぁぁっ!」

 カグヤが顔を覆って泣き崩れる。

「あー、それなら心配ないよぉ!」

 キュララが、空中のドローンをカグヤの前に持ってきた。

「ほら、見てみて! カグヤ様のチャンネル、さっきの『エミリアの社畜OL覚醒シーン』から、別の層のリスナーがめちゃくちゃ食いついてるよ!」

「えっ?」

 カグヤが顔を上げ、ドローンの画面を覗き込む。

『うおおおおっ! エミリア様かっけぇぇっ!』

『溺愛テンプレとかもう飽きたわ! 現代知識(労基法)でブラック国家を改革していく【異世界お仕事奮闘記】の方が絶対オモロイ!』

『社畜魂を舐めるな! エミリアちゃんにスパチャ投げるわ!』

『私も明日から仕事頑張れそうな気がしてきた(涙)』

 コメント欄は、『恋愛モノ』に飽きていた視聴者や、現実世界で疲弊している社会人リスナーたちからの熱い支持で溢れ返っていた。

 それに伴い、カグヤのチャンネルの収益(スパチャと広告費)は、以前の『溺愛ジャンル』の時よりも、遥かに爆発的なペースで右肩上がりに跳ね上がっていたのだ。

「う、嘘……! 私のチャンネルの収益が……さっきの倍以上に!?」

 カグヤの目が、リーザに負けないくらいの黄金のドルマークに変わった。

「そうだよぉ! これからは『ポンコツ権力者ざまぁ』からの『自立系バリキャリ領主の内政モノ』の時代だよっ! カグヤ様、ジャンル変更大成功だね!」

 キュララがウインクをすると、カグヤは先ほどまでの怒りをすっかり忘れ、パァァッと顔を輝かせた。

「す、素晴らしいわ! やっぱり私の目に狂いはなかった! エミリア、これからもその調子でバリバリ働いて、私のカードの支払いを支えなさい!」

「……ええ。領民のために、精一杯働かせていただきます」

 エミリアが、呆れながらも力強く頷いた。

「ちぇっ。カグヤのやつ、結果オーライで助かりやがって。面白くないわねぇ」

 隣で正座させられていたルチアナが、唇を尖らせて愚痴をこぼす。

「おい、ルチアナ」

 俺は、ルチアナの脳天にお玉を軽くコツンと落とした。

「お前、ポポロ・コーポでフェンリルたちと一緒に皿洗いをしてるはずだよな。なんでここにいる」

「ビクッ!?」

 ルチアナが、ものすごい勢いで肩を跳ねさせた。

「あ、あのねリアン君。これには海よりも深い訳が……」

「サボりだろ。キャルルにこっそりついてきて、高みの見物を決め込んでたんだな」

「ひぃぃぃっ! 違うの! 私はただ、カグヤのざまぁシーンをどうしても生で見たかっただけで……っ!」

「帰ったら、今日の晩飯はパンの耳の素揚げだ。それに、皿洗いのペナルティとして、一週間はトイレ掃除も追加な」

「嘘でしょぉぉぉっ!? そんなの、カニ工船よりひどいブラック労働よぉぉっ!!」

 ルチアナが絶叫して泣き崩れた。

 こうして、ムーンキャピタルのテンプレ崩壊に端を発した神々の騒動は、俺のフライパンによる制裁と、キュララの配信プロデュースによって、無事に丸く収まった。

 残すは、本来の目的である『ポポロ村との交易協定』を結ぶだけである。

「さぁ、キャルル。エミリア。神様どもの茶番も終わったし、本題ビジネスに入ろうぜ」

 俺が促すと、キャルルはウサギ耳をピンと立て、村長としてのキリッとした表情を作った。

 エミリアも、執事リバロンを背後に控えさせ、領主としての威厳を持って向かい合う。

 乙女ゲーのハリボテ国家から、真の経済国家へと生まれ変わったムーンキャピタル。

 次話、ついに俺たちポポロ村との、ガチの『経済交渉ディール』が幕を開ける。

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