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EP 27

デジタルタトゥー! 億超え配信者の特定班リスナー

 ルナの天然オーガニック魔法(質量攻撃)と、幻覚植物『ハッピー・ドリーム』によって、悪役令嬢イザベラのお茶会は物理的かつ精神的に完全崩壊した。

 庭園でヨダレを垂らしてアヘ顔ダブルピースを決めている令嬢たちを放置し、俺たちホープ・クローバー(Sクラス)の一行は、聖女エミリアを連れて屋敷を後にした。

「すごい……私、あんな風にハッキリと自分の意思を持ったの、転生してから初めてです」

 エミリアが、少し上気した顔で両手を握りしめている。

 先ほどまでの「庇護されるだけのヒロイン」の顔つきは消え、かつて日本のオフィスで修羅場を潜り抜けてきた『社畜OL』としての力強い芯が、彼女の中に蘇りつつあった。

「いい傾向だ。男に守られてるだけのペットなんて、人生の主導権を他人に握られてるのと同じだからな。……おっと」

 俺がムーンキャピタルの大通りに出た、その時だった。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!!

 重武装の近衛兵たちが数十人規模で雪崩れ込んきて、俺たちの周囲を隙間なく完全に包囲したのだ。

「そこまでだ、不敬な平民ども!!」

 兵士の壁が割れ、その中から二人の男が進み出てきた。

 一人は、第2話の広場で俺に「慰謝料5億円」を請求されて涙目で逃げ出した、金髪の王太子。

 そしてもう一人は、黒髪で氷のように冷たい眼差しをした、これまた乙女ゲーのテンプレど真ん中の『冷酷系イケメン公爵』だった。

「よくもイザベラ嬢の神聖なお茶会を台無しにしてくれたな! しかも、我が国の聖女エミリアを誘拐しようとするとは。……貴様ら全員、極刑に処してくれるわ!」

 王太子が、後ろに公爵と軍隊を侍らせていることで強気を取り戻し、剣を抜いて俺をビシッと指差した。

「誘拐だと? エミリアは自分の意思で俺たちについて来てるだけだぞ」

「黙れ! エミリアは私に愛されるために存在しているのだ! 彼女の意思など関係ない!」

 隣に立つ公爵が、俺を虫ケラでも見るような目で見下して吐き捨てた。

「……おいおい」

 俺は、あまりの自己中心的な発言に呆れ果てた。

「女の意思を無視して『俺に愛されるために存在してる』とか、完全にモラハラとストーカーの思考回路じゃねぇか。お前ら、自分の都合の良いようにテンプレ(設定)を押し付けてるだけで、国家のトップとしての責任感ゼロだな」

「ええい、減らず口を! 衛兵、そいつらをひっ捕らえろ!!」

 公爵が号令をかけ、衛兵たちが一斉に槍を構えて距離を詰めようとした。

「リアン君、ここは私が!」

 キャルルがトンファーを構え、ルナが杖を握り直す。

 だが、戦闘狂のバケモノたちを暴れさせるまでもない。この現代ファンタジー社会において、国家権力よりも恐ろしい『最強の暴力(武器)』を、俺たちの仲間は持っているのだ。

「はーい、ストップストップ〜!!」

 キュララが、空中に自撮りドローンを高く飛ばし、ウインクを決めてカメラ目線で叫んだ。

「えー、リスナーのみんなぁ! 待たせたね! 今日は緊急生配信! 『底の浅い乙女ゲー国家の権力者たち、コンプライアンス完全無視のモラハラ現場を大暴露スペシャル』だよぉ!」

 キュララの手元のエンジェルすまーとふぉんの画面には、猛烈な勢いでコメントとスパチャが滝のように流れ始めている。

『待ってました!』

『王太子、顔引きつってて草』

『またリアンが無双するのか?w』

「な、なんだその浮いている機械は! 配信だと……? たかが平民の小娘が、どのような見世物を出そうが、我ら王族と公爵家の絶対的な権力は揺るがんわ!」

 王太子が鼻で笑い、公爵も「くだらん。通信石のおもちゃか」と一蹴した。

「あーあ。言っちゃった」

 キュララが、意地悪な笑みを浮かべた。

「みんなぁ〜、このお偉いさんたち、ネットの力を舐めてるみたいだよぉ? ……『特定班』のみんな、お仕事の時間だよっ♡」

 キュララのその一言が、パンドラの箱を開けた。

 彼女の配信チャンネルを支える数百万人のリスナー。その中には、凄腕のハッカーや、他国の情報機関の人間、さらにはゴルド商会の裏帳簿を握る闇の会計士など、アナステシア世界のあらゆる情報網に精通した『最強の特定班』がひしめいているのだ。

 数十秒後。

 配信画面のコメント欄が、異常な速度で加速し始めた。

『特定完了。この公爵、先月から地下の下水処理施設への予算を9割カットして、浮いた金でイザベラ(悪役令嬢)に数千万ルナの宝石を買ってやってるぞ』

『裏金工作の証拠データ、ゴルド商会のサーバーから抜いてきた。URL貼るわ』

『マジじゃん! 完全に横領と脱税じゃん!』

「……な、なんだと!?」

 公爵の氷のように冷たい顔が、一瞬にして青ざめた。

「ば、馬鹿な! 完璧に偽装したはずの裏帳簿が、なぜこんな一瞬で……!」

 特定班の猛攻は止まらない。

『ていうか、この王太子の裏アカウント見つけたww』

『うわ、深夜にポエム呟いてる痛いアカウントじゃん』

『【俺の孤独な翼は、真実のエミリアにしか癒やされない……だが、王族という鎖が俺を縛る(涙)】だってwww』

『中二病www』

『しかも、裏でイザベラとも二股かけて、隠し子騒動をもみ消してる証拠のDM履歴発掘したわ』

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

 王太子が、自分の魔導通信石を確認して発狂したような悲鳴を上げた。

 彼が鍵をかけて厳重に隠していたはずの裏アカウントのポエムと、女性関係の生々しいやり取りが、全世界(数百万人のリスナー)に向けて堂々と晒し上げられている。

「嘘だろ!? なんで裏垢がバレてんだよぉぉっ!!」

「ふふふん♪ ネットの特定班を敵に回すと怖いんだよぉ〜」

 キュララが、真っ青になった権力者たちの顔をドローンで容赦なくアップにする。

『よし、ルナミス帝国警察の国際犯罪課に通報した』

『天界のカスタマーハラスメント部(ヴァルキュリア様)にも通報完了。脱税とモラハラの証拠データ送信済み』

『あ、王太子の親(国王)の連絡先特定した。直電して動画のURL教えといたわ』

 ——ピリリリリリリリリリリッ!!!

 次の瞬間、王太子の魔導通信石が、けたたましい着信音を鳴らし始めた。

 画面に表示された発信者は『父上(国王)』。

「ひっ……!」

 王太子が震える手で通話に出た途端、通信石から国王の怒号が響き渡った。

『この大馬鹿者ォォォォォォッ!! 全世界にお前の痛いポエムと裏金工作が晒されとるわ!! 我が国の面目は丸潰れじゃ! お前なんか今日限りで廃嫡じゃ! 勘当だ!!』

「ち、父上ぇぇっ! お待ちを、これは何かの間違いで——」

 プツン、と通話が切られる。

 王太子は、その場に膝から崩れ落ちて白目を剥いた。

「え、衛兵! 何をしている、早くその通信石を破壊しろ! こいつらを殺せぇぇっ!!」

 公爵が血走った目で衛兵たちに命令する。

 しかし。

「……ふざけんな、公爵」

 衛兵の部隊長が、槍を下ろして公爵を冷たく睨みつけた。

「あんたが下水処理の予算を横領して女に貢いでたってのは本当だったんだな。……俺たちの今月の給料の未払いも、まさかそれが原因か?」

「そ、それは……」

「俺たちは、国と民を守るために命を懸けている! お前らのようなクズ貴族の三文芝居と裏金工作のために働いてるんじゃない!」

 部隊長が剣を地面に叩きつけ、他の衛兵たちも一斉に武器を放り投げた。

「「「本日をもって、我々近衛隊はストライキを決行する!!」」」

「なっ……! ま、待て! 貴様ら、反逆罪で処刑するぞ!」

「勝手にしろ。もうお前たちにそんな権力はない」

 あっという間の出来事だった。

 剣を交えることも、魔法を撃ち合うこともなく。

 ただ『真実(コンプライアンス違反)』が全世界に暴露されただけで、乙女ゲーのテンプレを我が物顔で歩いていた権力者たちは、完全に社会的な命を絶たれて自滅したのだ。

「……これが、デジタルタトゥーの恐ろしさね」

 エミリアが、ゴクリと生唾を飲み込んでその光景を見つめていた。

 そして、彼女の瞳に、かつてないほどの確固たる光が宿る。

「リアンさん。私、分かりました」

「あ?」

「イケメンの公爵様や王太子様に溺愛されて、不自由なく暮らす……それが女の幸せだと思い込んでいました。でも、あんなコンプライアンスの欠片もないブラック企業の経営者トップに人生を預けるなんて、前世でサービス残業を強いられていた時よりもずっと最悪です!」

 エミリアは、両手をグッと握りしめた。

「私、やります! この街の腐った労働環境とインフラを、私の『聖女の力』と現代の『労働基準法』で、一から立て直してみせます!」

 ついに、養われるだけのヒロインが、完全に『バリキャリ領主(OL)』へと覚醒した瞬間だった。

「その意気だ」

 俺は満足げに頷き、フライパンをポンと叩いた。

「よし。街のトップが自滅して権力の空白ができた今なら、俺たちの提示する『交易ビジネス』の条件も、好き放題に飲ませることができる。……キャルル、村長としての初仕事(大型契約)だぞ。気合い入れろよ」

「うんっ! ポポロ村の利益のために、ガッツリと交渉させてもらうよ!」

 キャルルが、悪い笑顔(完全にリアンの影響である)を浮かべてウサギ耳をピンと立てた。

 こうして、ムーンキャピタルの狂った乙女ゲーテンプレは、俺の簿記のロジックと、キュララの特定班デジタルタトゥーによって、一切の物理的暴力を振るうことなく完全崩壊を迎えた。

 あとは、エミリアと共にこの街の経済を真っ当な形に立て直し、交易協定を結ぶだけだ。

 ——だが、俺たちは忘れていた。

 この『ムーンキャピタル』という箱庭を創り出し、テンプレ展開(恋愛ジャンル)のPV率で天界の予算を荒稼ぎしていた『張本人(神)』の存在を。

 街のテンプレが崩壊したことで、ゴッドチューブのPV率が大暴落した事実にブチギレた月の女神が、天界から直接降臨してくることなど、俺たちはまだ知る由もなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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