EP 26
お茶会イベント破壊! ルナの天然オーガニックと魅惑の触手
ムーンキャピタルの一等地にそびえ立つ、無駄に豪奢な大理石の洋館。
その広大な庭園に設けられたガゼボ(西洋風のあずまや)の下で、乙女ゲーテンプレお決まりの『悪役令嬢主催によるマウントお茶会』が幕を開けようとしていた。
「よく逃げ出さずに来ましたわね、平民ども。そして、偽聖女のエミリア」
純白のレースがふんだんにあしらわれたテーブルの奥。
先ほど広場で俺たちを挑発してきた、縦巻きロールの悪役令嬢——イザベラが、派手な扇子を優雅に広げて出迎えた。周囲には彼女の取り巻きの令嬢たちが、クスクスと嫌味な笑いを浮かべて並んでいる。
「あ、あの……イザベラ様。私は別に、偽聖女などでは……」
俺の後ろを歩いていたエミリアが、前世の社畜時代に『お局のお局様』に詰められていた時のような萎縮した顔で、恐る恐る口を開く。
「黙りなさい! 貴女のせいで、殿下の御心は乱され、今日の広場での神聖な婚約破棄イベントまで台無しになったのですからね!」
イザベラが扇子をピシャリと閉じて、俺たちをねめつけた。
「それにしても、見れば見るほど貧相な格好ですわね。そのような泥臭いジャージで、わたくしの手入れの行き届いた庭園を踏み荒らすなんて……。貴方たちが放つ『生活臭』で、淹れたての最高級ダージリンティーの香りが台無しですわ!」
「「「おーほっほっほ!」」」
取り巻きの令嬢たちが見事なコーラスで高笑いする。
「……おい」
俺は、タローマン製のジャージのポケットに両手を突っ込み、深々とため息をついた。
「さっきも言ったがな、俺のジャージの機能性を舐めるなよ。吸水速乾、魔法繊維による防刃・防炎仕様。前世の厨房で油まみれになってた俺からすれば、これ以上ない最高の実用着だ」
俺は、イザベラたちの着ている、これでもかとコルセットで締め上げられた窮屈そうなドレスを指差した。
「だいたい、お前らのその服なんだ。ウエストを異常なまでに締め付けて、息をするのも苦しそうじゃねぇか。そんなコルセットで内臓を圧迫し続けたら、血流が悪くなって胃腸の働きが低下するぞ。顔色が悪いのは化粧のせいじゃねぇ、慢性的な酸素不足と内臓疲労だ」
「なっ……! ないぞう、ひろう……ッ!?」
イザベラが顔を真っ赤にして、胸元を押さえる。
「それに、そのスカートの無駄な膨らみ。機動性がゼロだ。もし厨房でボヤ騒ぎが起きたら、お前らその重たいドレスのせいで逃げ遅れて一酸化炭素中毒で全滅するぞ。……衣服ってのはな、生きるための『道具』だ。見た目だけ飾って命の危険を伴う服なんて、ただの産廃だ」
三ツ星シェフ兼・実用主義者の俺による、ロジカルすぎる『ドレス否定論』。
ファンタジーの様式美を根底から粉砕するマジレスに、令嬢たちは言葉を失ってワナワナと震え始めた。
「き、ききき、貴様ぁぁっ! よくもわたくしの特注ドレスを……ッ!」
イザベラが扇子をへし折らんばかりに握りしめる。
「ええい、口の減らない平民め! 見なさい、このテーブルに並べられた至高のスイーツを! 泥水をすすって生きている貴方たちには、一生縁のない最高級のケーキやマカロンですわよ!」
イザベラが指差したテーブルの上には、三段重ねのティースタンドに、色とりどりのマカロン、砂糖細工で飾られたプチケーキ、そしてスコーンが並べられていた。
「わーお! すっごいインスタ映えしそうなスイーツだねぇ!」
キュララがドローンを飛ばして撮影を始める。
「……で? これだけですの?」
一方、大きなタッパーを両手に抱えてきた強欲アイドル・リーザが、不満そうに鼻を鳴らした。
「これだけとは何ですの!? これは王宮のパティシエが——」
「パンの耳で生活しているわたくしから見ても、圧倒的に『質量』が足りませんわ! こんな親指サイズのケーキ、タッパーの四分の一も埋まりませんのよ!? カロリーが少なすぎますわ!」
「そういう問題ではありませんわ!」
タダ飯を食う気満々だったリーザのクレームに、イザベラが絶叫する。
「……確かに、リーザちゃんの言う通りですわ」
その時。
俺の隣で、フワフワの高級お嬢様ドレス(※防御力ゼロ)を着たエルフのルナが、悲痛な顔をして両手で口元を覆った。
「こんな……こんなに小さなお菓子しか、お客様に出せないなんて。……イザベラ様、貴女の領地は、深刻な飢饉に見舞われているのですね……っ!」
「……は?」
イザベラの顔が、盛大に引きつった。
「無理をして見栄を張らなくてもよろしいのですわ! このような少しのお砂糖と小麦粉しかないなんて……可哀想に、お腹が空いていらっしゃるのでしょう!? 私が、新鮮な食材をたっぷり生成して差し上げますわ!」
「ちょっ……ルナ、やめろ! お前の『たっぷり』は規模が——」
俺が止める間もなく。
ルナが『世界樹の杖』を天高く掲げ、極大の自然魔法を起動してしまった。
「えいっ!」
——ズドォォォォォォォォォンッ!!!!
「「「きゃあああああっ!?」」」
ムーンキャピタルの大理石の庭園が、爆発した。
地脈から直接魔力を吸い上げたルナの魔法により、庭園の芝生をぶち破って、超特大の『有機栽培野菜とフルーツ』が、まるで火山の噴火のように無尽蔵に湧き出してきたのだ。
直径1メートルはあろうかという巨大なスイカ、黄金に輝く極上のマンゴーの房、大木のような太さのアスパラガス、そしてポポロ村名物の『太陽芋』の山。
それらが、イザベラたちの優雅なティーテーブルの上に、数百キロの質量を伴って土砂降りのように降り注いだ。
ガシャァァァァァンッ!!!!
「あぁぁぁっ! わ、わたくしの最高級ティーセットがぁぁっ!」
繊細なティーカップも、三段重ねのティースタンドも、マカロンも。
全てが、ルナの生成した巨大なカボチャやスイカの下敷きになり、物理的に完全粉砕されてしまった。
「さぁ、イザベラ様! 遠慮なさらず、たくさん食べて栄養をつけてくださいませ! 内臓が疲労しているなら、この太陽芋の食物繊維がピッタリですわ!」
「ひぃぃぃっ! やめてぇぇっ! メロンが……巨大なメロンが私を押し潰そうとしてるわぁぁっ!」
次々と湧き出す野菜とフルーツの土石流に巻き込まれ、イザベラと取り巻きの令嬢たちは、重たいドレスのせいで逃げ遅れ(俺の指摘通りだ)、悲鳴を上げながらフルーツの山の下敷きになっていく。
「あわわわっ……!」
エミリアが、あまりの惨状に腰を抜かしている。
「やったぁぁっ! 高級フルーツ取り放題ですわァァッ!!」
リーザだけは、黄金のドルマークの瞳を輝かせ、タッパーに次々と高級マンゴーやマスカットを詰め込んでいる。
「き、貴様らぁぁっ! わたくしの、完璧なお茶会を……よくも、よくもこんな農園にしてくれましたわね!!」
スイカの山から這い出してきたイザベラが、髪を振り乱し、ドレスを果汁でベトベトにしながら、発狂したように叫んだ。
「衛兵! 衛兵!! この不敬な平民どもを、今すぐ捕らえて地下の魔力炉に放り込みなさい!!」
イザベラの絶叫に応じ、屋敷の奥から、完全武装した数十人の衛兵たちが槍や剣を構えて雪崩れ込んできた。
「リアン君! 衛兵がいっぱい来たよ!」
キャルルがトンファーを構えて臨戦態勢に入る。
「……チッ、面倒なことになりやがった」
俺はフライパンを握り直した。
だが、その時。
善意を完全に暴走させたルナが、杖を構え直して、ニコニコと微笑んだ。
「まぁ! 衛兵さんたちまでこんなに……皆さん、きっと労働環境が悪くて、ストレスが溜まっていらっしゃるのですね! かわいそうに……! 大丈夫ですわ、私が最高の『癒やし』を提供して差し上げます!」
「おいルナ、まさかお前——」
「出てきなさい! 『ハッピー・ドリーム』!!」
ルナが杖を振った瞬間。
崩壊したフルーツの山の隙間から、毒々しいピンク色をした、太い『植物の触手』が何十本もウネウネと生え出してきた。
「な、なんだこの不気味な植物は!?」
衛兵たちが怯む。
ポポロ村の最終防衛兵器の一つ、幻覚催眠植物『ハッピー・ドリーム』。
本来は、村にやってきた横暴な役人や徴税官を、ヨダレを垂らした廃人に変えるための恐るべき洗脳植物である。
「イャァァァッ! 来ないでぇぇっ!」
触手は、まるで意思を持っているかのように蛇行し、逃げ惑うイザベラや令嬢たち、そして衛兵たちの首筋に、プスッ!と優しく針を突き刺した。
「ああっ!?」
針が刺さった瞬間。
イザベラたちの身体から力が抜け、武器や扇子が手からこぼれ落ちた。
「……あぁ……。わたくし、王太子殿下と結婚して……王妃に……」
イザベラの怒りに満ちていた顔が、みるみるうちに弛緩し、だらしのない、恍惚とした笑みへと変わっていく。
「うふふ……毎日お茶会……ケーキ食べ放題……。最高級のドレス……」
「お酒……タダで酒が飲めるぞ……ひゃはは……」
ハッピー・ドリームから注入された『極上の幻覚(自分の最も都合の良い願望)』により、イザベラも、取り巻きも、襲いかかってこようとした衛兵たちも、全員がその場にへたり込み、ヨダレを垂らしてアヘ顔を晒す廃人へと成り下がってしまった。
「「「…………」」」
あまりにもエグい光景に、俺、キャルル、エミリアの三人は完全に言葉を失った。
「うふふっ! 皆さん、とっても幸せそうな顔をしていますわ! 良かった!」
ルナだけが、地獄絵図と化した庭園の真ん中で、満足げに両手を合わせている。
「わーお! 『悪役令嬢、お茶会で幻覚植物の餌食になってアヘ顔ダブルピースww』ってタイトルで配信中だよぉ! 伝説の神回だね!」
キュララが、ヨダレを垂らすイザベラの顔を容赦なくドローンでアップにして、全世界にデジタルタトゥーを刻み込んでいる。
「……よし、リーザ。詰めるだけ詰めたら帰るぞ」
俺は、無表情のままフライパンを腰にしまった。
「こいつら、幻覚から覚めるまで半日はかかる。このアホくさい三文芝居(お茶会)は、これで終了(お開き)だ」
「はいですわ! マンゴーとメロン、半年分は確保いたしましたの!」
リーザが、背丈ほどもあるタッパーの山を抱えて意気揚々と頷く。
「あ、あの……リアン、さん……」
エミリアが、信じられないものを見る目で、フルーツの山と廃人化した令嬢たちを交互に見比べていた。
「どうした、エミリア」
「私……今まで、イザベラ様たちに嫌がらせをされるたびに、どうしていいか分からなくて……ただ泣いて、リバロンや殿下に助けてもらうのを持つしかなかったんです。でも……」
エミリアは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あなたたちを見ていると……なんだか、そういう『乙女ゲーのお約束』みたいなのが、全部バカバカしく思えてきて……」
「気づいたか」
俺は、ニヤリと口角を上げた。
「お前を縛り付けてたのは、ただの『設定』だ。そんなもん、フライパンと少しの経済観念があれば、簡単に粉砕できる。……さぁ、行くぞ。この狂った街のインフラを、お前の手でひっくり返す番だ」
「……はい!」
エミリアの瞳に、ついに社畜時代の『自立したOL』としての力強い光が宿った。
こうして、ムーンキャピタルの悪役令嬢による陰湿なマウントお茶会は、エルフの天然オーガニック大爆発と幻覚植物の触手により、物理的かつ精神的に完全崩壊を迎えたのであった。




