EP 24
インフラ崩壊! 誰がバキュームカーを運転するんだ
「農業(第一産業)も工業(第二産業)も見当たらねぇ。……このハリボテの街を裏で支えてる、見えない『底辺労働者』たちが、過労死寸前でどこかに押し込められてるはずだぜ」
俺の放った言葉に、聖女エミリアがハッと息を呑み、人狼族の執事リバロンの顔から余裕の笑みがスゥッと消え去った。
「……何をおっしゃるかと思えば」
リバロンが、燕尾服の襟を正して冷ややかな声を出した。
「このムーンキャピタルは、月の女神カグヤ様の加護を受けた、美と魔法の都。平民の汗水などという泥臭い労働力に頼らずとも、高位の魔法使いたちが『清浄なる魔法』によって街を美しく保っているのですよ」
「そうそう! 魔法があればなんでもできるって、ファンタジーの基本だよね!」
ゴッドチューバーのキュララが、ドローンを飛ばしながら適当な合いの手を入れる。
「バカ言え。魔法のランニングコストはタダじゃねぇんだぞ」
俺は、フライパンの柄で大通りの白亜の建物を指し示した。
「この都市には数千、いや数万の人間が住んでるはずだ。毎日出る大量の生活ゴミ、下水、そして彼らが食うための莫大な量の食料……。それを全て『魔法』だけで賄う? 冗談じゃねぇ」
俺は、三ツ星シェフとして、厨房の裏側の過酷さを知り尽くしている。
「下水を浄化し、ゴミを消滅させる魔法を常時展開するには、とんでもない量の魔力と労力が必要だ。……まさか、この大通りを歩いてるドレス姿の貴族どもが、交代制で『ウンコ処理の魔法陣』に魔力を注ぎ込んで維持してるとでも言うのか?」
「う、うんこ処理……っ!」
エミリアが顔を赤くして口元を押さえる。
「そ、それは……一部の専門の魔術師が……」
リバロンの言葉尻が、明らかに濁った。
「まぁ! リアン君、大変ですわ!」
その時、広場の花壇を観察していたエルフのルナが、ふわりと立ち上がって声を上げた。
「この花壇のバラさんたち……土から無理やり魔力を吸い上げられていて、『下の方から苦しい声が聞こえる』と言っていますわ!」
「下の方だと?」
俺がルナの指さす方へ目を向けると、広場の隅にある、目立たないように白亜の石で偽装された『マンホールの蓋』のようなものがあった。
ガタッ……ガタガタッ……。
突然、その蓋が内側から押し上げられ、隙間からボロボロの作業着を着た男が顔を出した。
男の頬は痩せこけ、目の下にはフェンリル顔負けの真っ黒なクマができている。
「ぜぇ……はぁ……。す、すみません……! 第4ブロックの『下水処理魔力炉』の圧力が限界で……! ど、どなたか、手の空いている魔術師の方は……このままだと、魔力が尽きて街中に汚水が……っ」
フラフラの状態で助けを求める作業員の男。
「チッ……! ネズミめが」
リバロンが舌打ちをし、懐から再び『名刺刃』を取り出して、マンホールの男目掛けて投擲しようとした。
「させるかよ!」
俺は天極流の闘気を足に込め、瞬時に距離を詰めると、フライパンでリバロンの腕をカァァンッ!と弾き飛ばした。
「いてっ!?」
「大丈夫か、あんた」
俺がマンホールの男を引き上げると、男は「ひぃっ! 申し訳ありません! すぐに地下に戻りますから、処刑だけは……っ!」とガタガタ震えて土下座の姿勢を取った。
「処刑? なんだそりゃ」
「あ、あの……我々のような魔力奴隷(平民)は、地下のタコ部屋で1日20時間、下水処理やゴミ焼却の魔力炉に魔力を注ぎ続けるのが義務で……逃げれば、公爵様たちに処分されると……」
「なっ……」
キャルルが、信じられないというように口元を覆った。
「わたくし、地下を覗いてみましたわ」
いつの間にかマンホールの穴から顔を突っ込んでいたリーザが、振り返って顔をしかめた。
「……信じられないほどの劣悪な環境ですの。ルナミス帝国のタローマンの作業服の方が、まだよっぽどマシですわ。数十人の平民たちが、血反吐を吐きながら魔法陣を回していますのよ。あのままでは確実に過労死しますわ」
俺の推測は、最悪の形で的中していた。
美男美女が優雅にお茶会を開き、婚約破棄だの顎クイだのという三文芝居を毎日繰り広げている、このキラキラしたハリボテの街。
その足元(地下)では、極少数の平民(底辺労働者)たちが、劣悪なタコ部屋で過労死寸前まで魔力を搾り取られ、街のインフラ(下水やゴミ処理)を必死に支え続けていたのだ。
「……リバロン。これが、お前らの言う『美と魔法の都』の正体か?」
俺が静かに怒りを込めて睨みつけると、リバロンは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「それが何か? 才能なき平民が、選ばれた貴族やエミリアお嬢様のような美しき存在のために労働力(魔力)を提供する……。極めて合理的で、美しい世界の階層構造ではありませんか」
「ふざけんな!!」
俺の怒号が、広場に響き渡った。
「合理性なんか欠片もねぇよ! 少数の人間に負荷を集中させるシステムは、一人が倒れればドミノ倒しで全てが崩壊する! しかも労働環境の改善(設備投資)を怠って、見た目の景観にばかり金を使ってるなんて……こんなもん、ただの『超絶ブラック企業』じゃねぇか!」
「ぶらっく、きぎょう……ッ」
その言葉に、最も激しく反応したのは、他でもない聖女エミリアだった。
彼女は、ガタガタと肩を震わせ、両手で頭を抱え込んだ。
「ブラック企業……過労死……サービス残業……終電……」
エミリアの瞳に、前世(日本)で社畜OLとして深夜のオフィスで泣きながらエクセルを打ち込んでいた、忌まわしきトラウマがフラッシュバックしているようだった。
「リバロン……っ、本当なの……? 私たちが優雅に暮らしている足元で、彼らが、そんなひどい労働を……?」
エミリアが、震える声で執事に問う。
「お嬢様が気になさることはありません。お嬢様は、ただ美しいものだけを見て、私の愛に包まれて優雅に生きてくださればよいのです……さぁ、こんな汚らわしい場所から離れましょう」
リバロンが、エミリアの手を引こうとする。
乙女ゲーのヒロインなら、ここで「リバロンがそう言うなら……」と目を逸らしてしまうところだろう。
「おい、エミリアとか言ったな」
俺は、フライパンを肩に担ぎ、エミリアを真っ直ぐに見据えた。
「あんた、前世で社畜だったんなら、こういう構造が一番ヘドが出るはずだろ」
「えっ……? あ、あなた、どうして前世のことを……」
エミリアが目を見開く。
「言動を見りゃ分かる。……いいか。何でもかんでもイケメン執事にやらせて、自分は守られてるだけの悲劇のヒロイン気取りか? それ、前世の社畜時代と『他人に人生の決定権を握られてる』って意味じゃ同じじゃねぇか」
俺の言葉が、エミリアの胸にグサリと突き刺さる。
「『聖女』っていうユニークスキル(最強の資本)を持ってるんだろ? だったら、男の庇護下でぬくぬくしてねぇで、自分の足で立てよ。……この狂ったブラック企業のインフラ構造を、トップであるお前の手でぶっ壊して、労働環境を改善してみせろ!」
俺は、彼女の前世の社畜魂に、全力で発破をかけた。
養われるだけのヒロインなんて、前世で過労死するまで厨房に立っていた俺からすれば、ただの甘えでしかない。
「私……私が、この街の構造を……?」
エミリアの瞳の奥で、消えかけていた『働く女』としての意志の光が、チロチロと燃え上がり始めた。
「……そう、だよね。私、また逃げようとしてた……。嫌なことから目を逸らして、誰かに幸せにしてもらおうなんて……」
エミリアが、リバロンの手をゆっくりと、しかし力強く振り払った。
「エミリアお嬢様……!?」
リバロンが驚愕の声を上げる。
「私……見過ごせない。彼らの労働環境を改善しないと……有給とシフト制を導入して、魔力炉の高効率化を図らないと……!」
エミリアの口から、ファンタジー世界には全くそぐわない、完全に『労務管理担当者』のセリフが飛び出し始めた。
「よし、いい顔になったじゃねぇか」
俺がニヤリと笑った、その瞬間だった。
「キュ〜ゥゥゥゥッ!!」
エミリアの胸元に抱えられていた、毛玉のようなモフモフの妖狐の聖獣『コン太』が、突然空中に飛び上がり、俺に向かって牙を剥いた。
「ガァァァァァッ!!」
愛するエミリア(宿主)をそそのかした俺を敵と認識したのか、コン太の口から、周囲の空気を焼き尽くすほどの『極大の火柱』が放たれたのである。
「リアン君!」
「また面倒なのが出てきたな……!」
乙女ゲーテンプレにおける最強のデウス・エクス・マキナ、『溺愛系モフモフ聖獣』の登場。
だが、こんな「人間様に噛みつく狂犬」を、俺のフライパンが許すはずがなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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