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EP 22

入国即・婚約破棄! 簿記1級による慰謝料と機会損失の請求

 ポポロ村から魔導列車(ドンガン地下帝国製)と馬車を乗り継ぐこと数時間。

 俺たちホープ・クローバー(Sクラス)の一行は、月の女神カグヤが治める都市『ムーンキャピタル』へと足を踏み入れた。

「……おい。なんだこの街は」

 ムーンキャピタルの大通りに降り立った瞬間、俺はひどい頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

 街並みは異常なまでにキラキラと輝いている。建物は無駄に装飾が施された白亜の洋館ばかりで、道ゆく人々は全員がモデルやアイドルのような美男美女。なぜか空からは、発生源の分からないバラの花びらがヒラヒラと舞い落ちていた。

「わーお! すっごいメルヘンだねぇ! リスナーのみんなぁ、ここがムーンキャピタルだよぉ!」

 ゴッドチューバーのキュララが、自撮りドローンを飛ばしてはしゃいでいる。

「クンクン……チャリンという音が一切聞こえませんわ。この磨き上げられた大理石の道、小銭の一枚も落ちていませんのね……チッ」

 リーザが、お賽銭箱型掃除機を引きずりながら舌打ちをした。

「……おい、キャルル。この街、インフラの設計が完全に狂ってやがるぞ」

 俺は、呆れ果てた声で村長のキャルルに言った。

「大通りを大理石で舗装してどうする。雨が降ったら馬車の車輪も馬の蹄も滑って、大事故(玉突き)のオンパレードだぞ。おまけに排水溝(側溝)が見当たらねぇ。水はけを全く考慮してない、ただ景観だけを優先したハリボテの街だ」

「まぁ……! このバラの花びらさんたち、養分が全く足りていなくて『乾いて死にそう』と悲鳴を上げていますわ!」

 植物の声が聞こえるルナが、空から降ってくるバラを拾い上げて顔を青ざめさせた。どうやら魔法で無理やり景観用の花を降らせているらしい。

「でしょ? なんか、すごく『変』なのよ。生活感がないっていうか……」

 キャルルがウサギ耳をペタンと寝かせた、まさにその時だった。

「——お前との婚約は、今日この場をもって破棄させてもらう!!」

 大通りの中心にある巨大な噴水広場から、やたらと響き渡る通る声が聞こえてきた。

「あ、ほらリアン君! またやってる!」

 キャルルに手を引かれて野次馬の輪の中を覗き込むと、そこには見事なまでの『テンプレの光景』が広がっていた。

 広場の中央。

 金髪碧眼で、無駄に装飾の多い軍服(絶対動きにくい)を着た王太子らしき男が、周囲にイケメンの取り巻き(騎士や魔術師)を侍らせ、ビシッと一人の令嬢を指差している。

 指差された令嬢は、縦巻きロールの髪を震わせ、両手で顔を覆って泣き崩れていた。

「ど、どうしてですか殿下……っ! 私は、あなたをずっとお支えしてきたのに……!」

「黙れ、この悪役令嬢め! 真の聖女であるエミリアを階段から突き落とし、教科書を切り裂くなど、数々の陰湿な嫌がらせ……! 我が王家の面汚しめ、今すぐこの国から追放してくれるわ!」

「そんな……! 私はやっておりませんわ!」

 周囲のモブ貴族たちが「ヒソヒソ……」「まぁ、なんて恐ろしい……」とテンプレ通りの三文芝居の合いの手を入れている。

「……ね? リアン君。あれが毎日のように行われてるの」

 キャルルがため息をつく。

 俺の隣で、リーザが「追放……つまり、あのご令嬢は今、無一文になったということですわね……哀れですわ」と同情している。

「……おい」

 俺は、静かに懐から『村の帳簿バインダー』と『ペン』を取り出した。

 前世で簿記1級を取得し、死ぬほど理不尽な労働契約と原価計算に揉まれてきた俺の社畜魂が、このずさんすぎる契約破棄(茶番)をどうしても許せなかった。

「ちょっとリアン君!? どこ行くの!?」

 止めるキャルルを背に、俺は野次馬をかき分けて広場の中央へとズカズカと歩み出た。

「……ん? なんだ貴様は。平民の子供が、この王太子の裁きの場に何用だ?」

 王太子が、俺のタローマン製ジャージを見て不快そうに眉をひそめた。

「裁きだと? 笑わせんな」

 俺は、バインダーを片手に、王太子を冷ややかな目で見据えた。

「王家と公爵家の婚約ってのはな、国家レベルの『大型契約』だ。それを『いじめ』なんていう主観的で証拠の不十分な理由で、一方的に契約解除(破棄)するってのか?」

「な、なんだと……? 証拠ならある! エミリア本人が泣きながら訴えたのだ!」

「あのな、原告の証言だけで判決を下す裁判所がどこにある。防犯カメラの映像か、第三者の客観的な証言、もしくは物理的な物的証拠を出せ。『立証責任』はそっち(原告側)にあるんだぞ」

 俺が法律と論理で淡々と詰め寄ると、王太子と取り巻きたちが「りっしょう、せきにん……?」とポカンと口を開けた。

「まぁいい、百歩譲って婚約破棄が成立したとしよう。だがな……」

 俺はペンを回し、泣き崩れている令嬢を指差した。

「この令嬢は、次期王妃になるために、幼少期からマナー、政治、歴史、語学と、血を吐くような努力と莫大な『教育費(投資)』をかけられてきたはずだ。お前が婚約を破棄するということは、彼女がこれまで費やしてきた時間と努力という『サンクコスト(埋没費用)』を全て無に帰すということだぞ」

「さ、さんく……こすと……?」

 王太子の額から、タラリと冷や汗が流れた。

「そうだ。本来なら彼女は、その時間を使って別のキャリア(例えば魔法の研究や、他国との外交官など)を築けたはずだ。それがお前との婚約のせいで失われた。これを経済学で『機会損失オポチュニティ・コスト』と言う」

 俺はバインダーにペンを走らせ、サラサラと計算式を書いた。

「彼女の10年間の機会損失、および結納金の倍額返還、さらに一方的な契約不履行に対する慰謝料。……ざっと見積もって、金貨5万枚(約5億円)ってところだな」

「ご、ごおく……ッ!?」

 王太子の目ん玉が飛び出んばかりに見開かれた。

「ば、馬鹿な! なぜ我が、この悪役令嬢にそんな大金を払わねばならんのだ!」

「払わねぇなら債務不履行だ。法廷に立つか? それとも、大陸最大の『ゴルド商会』のオロチ会長に直通で連絡を入れて、お前の王家の信用格付けを地の底まで落としてやろうか?」

 俺がドワーフ製の魔導通信石をチラつかせると、王太子だけでなく、後ろに控えていたイケメンの取り巻き(宰相の息子や騎士団長の息子)たちまでが、一斉に顔面蒼白になった。

「で、殿下……! ゴルド商会に信用取引を止められれば、我が国の物流は明日にでも停止します……っ!」

「こ、国家予算の半分が慰謝料で飛ぶぞ……っ!」

「リアン様! わたくしがその慰謝料の取り立て(回収)を代行いたしますわ!」

 いつの間にか俺の隣に立っていたリーザが、お賽銭箱型掃除機を構えて目をギラギラさせていた。

「手数料はたったの20%で結構ですの! さぁ殿下、今すぐその身につけている金メッキの装飾品と、隠し財産を全てこのお賽銭箱に吐き出しなさいませェェッ!」

「わーお! 『王太子、慰謝料5億円請求されてガチ涙目ww』ってタイトルで生配信中だよぉ! スパチャもガンガン飛んでるぅ!」

 キュララがドローンを王太子の顔面に寄せて、容赦なく全世界に向けてデジタルタトゥーを刻み込んでいる。

「ひぃぃぃっ! や、やめろ! 配信を止めろ!!」

 自分たちが『断罪』するはずが、ガチの経済的・社会的『差し押さえ』の危機に直面した王太子たちは、完全にパニックに陥った。

「お、今日のところはこれくらいにしておいてやる! 覚えておれぇぇっ!」

 王太子と取り巻きたちは、テンプレの捨て台詞を吐きながら、蜘蛛の子を散らすように広場から逃げ去ってしまった。

「「「…………」」」

 広場は、水を打ったような静寂に包まれた。

「……ふぅ。これでスッキリした」

 俺はバインダーを閉じ、ジャージのポケットにしまった。

「おい、あんた。もう泣かなくていいぞ」

 俺が声をかけると、座り込んでいた縦巻きロールの令嬢が、ポカンとした顔で涙を拭った。

「あ、あの……貴方様は、一体……?」

「ただのポポロ村の寮母長代行だ。いいか、あんな頭の悪い男に縋る必要はねぇ。さっきの計算書を渡しておくから、有能な弁護士を雇って、王家の資産をきっちり差し押さえて自分の人生を生きろ」

 俺が計算書のメモを渡すと、令嬢は「は、はい……っ! ありがとうございます……っ!」と深々と頭を下げた。

 よし、まずは一つ目の狂ったテンプレ(婚約破棄イベント)を粉砕した。

 俺がキャルルたちの元へ戻ろうとした、その時だった。

「……えっと。殿下たちは、どうして逃げてしまったのでしょう……?」

 広場の端から、困惑したような、鈴を転がすような声が響いた。

 振り返ると、そこには純白のドレスに身を包んだ、いかにも『ヒロイン』といった風情の可憐な少女が立っていた。

 彼女こそが、このムーンキャピタルにおける騒動の中心人物——『聖女エミリア』だった。

 だが、俺の視線は彼女ではなく、彼女の『真横』……いや、真横という表現すら生ぬるい、異常な位置に立っている一人の男に釘付けになった。

「お気になさることはありません、エミリアお嬢様。あの程度の男たち、お嬢様の愛を受けるに値しない羽虫であったというだけのこと……」

 ビシッとした燕尾服を着た人狼族の執事リバロン

 そいつは、エミリアの耳元、距離にしてわずか『3センチ』という、完全にパーソナルスペースをガン無視した異常なゼロ距離で、ねっとりと愛の言葉を囁いていたのである。

「…………」

 俺のこめかみで、再びピキッと青筋が切れる音がした。

 次から次へと、ツッコミどころの多すぎる街だ。

 俺はフライパンの柄を強く握りしめ、この変態執事のソーシャルディスタンスを物理的に矯正してやる決意を固めた。

読んでいただきありがとうございます。

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