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EP 21

発端! 聖女の涙と、コスパ最悪の追放劇

 神界のパワーバランスを司るバケモノたち(聖獣や調停者)が押し寄せてきたポポロ・コーポの朝は、相変わらず騒がしい。

 だが、リキ兄貴やデューク、フェンリルたちに朝の『特製賄い飯』を食わせて大人しくさせ、皿洗いの片付けを終えた午前中のひとときだけは、俺——リアン・シンフォニアの貴重な安息の時間だった。

「ふぅ……。今月も、食費と光熱費のバランスは完璧だな」

 ポポロ・コーポの管理室。

 俺は淹れたてのポポロ・コーヒーを啜りながら、簿記1級のスキルをフル稼働させて村と寮の帳簿をチェックしていた。数字が綺麗に一致する瞬間こそが、前世から続く俺の至福である。

「リアンくーん! ちょっと相談があるの!」

 バタンッ! と、扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、ポポロ村の村長である月兎族のキャルルだった。

 タローマン製の特注安全靴をパタパタと鳴らしながら、彼女は少し困ったような、疲れたような顔をして俺の向かいのパイプ椅子に腰を下ろした。

「なんだ? 村の予算なら、ドンガン地下帝国との裏取引の分も含めて黒字だぞ。またルナが野菜を大量生成して市場価格をぶっ壊したのか?」

 俺がペンを置きながら尋ねると、キャルルはウサギ耳をペタンと寝かせた。

「ううん、村の財政はリアン君のおかげでバッチリだよ。そうじゃなくてね、ポポロ村と『ムーンキャピタル』っていう街の間で、新しい交易ルートを組もうかと思って、視察に行ってたんだけど……」

「ムーンキャピタル?」

「うん。ここから少し離れた場所にある、月の女神カグヤ様が治めてる街だよ」

 カグヤといえば、借金駄女神ルチアナと裏垢で常にレスバ(誹謗中傷の応酬)を繰り広げている、ハイブランドの永遠の17歳(自称)だったか。

 ルチアナのライバル神の街となれば、ロクな予感がしない。

「交易を組むこと自体は良いんじゃないか? 村の特産品であるポポロシガーやイモッカを輸出して、向こうの特産品を仕入れれば、村の利益になる。……何か問題があるのか?」

 俺が首を傾げると、キャルルは深く、深いため息をついた。

「それがね、その街……なんか、すっごく『変』なの」

「変?」

「うん……。行く度に思うんだけど、街を歩いてる人たちが、みんな不自然なくらいキラキラした美男美女ばっかりなの。それはまだいいんだけど……」

 キャルルは、思い出すだけで頭が痛くなるというように、こめかみを指で揉んだ。

「街のど真ん中の広場でね、毎回毎回、意味も無く『お前との婚約は破棄する!』って叫んでる王太子みたいな男と、『どうしてですか!』って泣いて追放されてる女の人がいるの」

「…………は?」

 俺の思考が、一瞬停止した。

「でね、その泣いてる女の人のところに、必ずどこからともなく『冷酷そうだけど超イケメンの公爵様』が通りかかって……女の人の顎をクイッとして、公衆の面前でキ、キスをして……『お前は私がもらう』って言って、連れ去っていくのよぉ」

 キャルルが、顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆った。

「…………」

 俺の脳内で、前世で読んだことのある『女性向けネット小説』のド直球テンプレがフラッシュバックした。

 だが、ここは現実ファンタジーだがのアナステシア世界だ。そんなバカげた寸劇が、街のインフラとして常態化しているなどあり得ない。

「……おい。公衆の前で顎クイしてキスなんかするなよ。風紀違反でルナミス警察の世話になるぞ」

 俺は、思わず真顔でマジレスをしてしまった。

「そもそも、暇な公爵だな。そいつは公爵なんだろ? 領地の経営とか、税の徴収とか、領民のインフラ整備とか、仕事はどうしてんだよ。街角でフラフラしてていい身分じゃねぇだろ」

「そ、そうなんだよ! 私もそう思ったの!」

 キャルルが身を乗り出して頷く。

「しかも、追放される女の人って、大抵『長年厳しい教育を受けてきた公爵令嬢』とか『聖女』とかなのよ? なのに、ちょっと意地悪されたくらいで、実の親から『我が家の面汚しめ、勘当だ!』って追い出されちゃうの!」

「バカじゃねぇのか?」

 俺は、ドンッ! と帳簿を叩いた。

「長年育ててきた自分の娘……つまり、莫大な教育費(投資)をかけた最高級の人材を、婚約破棄されたからって即追放? コスパ(費用対効果)悪すぎだろ! これまでの教育投資をどうやって回収する気だ! そもそも、一方的な婚約破棄に対する結納金の返還や、機会損失の慰謝料請求の法律はどうなってんだ、その国は!」

 簿記1級を持ち、損益分岐点に厳しい俺からすれば、そんなずさんな人材管理と法制度は、国家として完全に崩壊しているとしか思えなかった。

「で、でもねリアン君。向こうの特産品に『聖女の涙』っていう、どんな傷も治して美容にもいいっていう超貴重なアイテムがあるの。それをポポロ村の交易品にできれば、絶対に儲かると思うんだけど……」

「聖女の涙? なんだそれ、ただの『塩化ナトリウム水(涙)』だろ。どうせぼったくり価格で卸してくるに決まってる」

 俺が鼻で笑うと、キャルルはさらに疲れた顔になった。

「でも、その聖女様(エミリアっていう名前なんだけど)と交渉しようとすると、すっごく大変で……。私が普通に立ち話で条件を詰めてるだけなのに、隣にいる公爵様やイケメン執事が『俺の女に気安く話しかけるな』って、めちゃくちゃ不機嫌になるのよ!」

「女同士が話してるだけで不機嫌になるとか、情緒不安定すぎんだろそいつら。取引先の相手にガン飛ばす営業マンがどこにいる」

「しかもね! 聖女様自身も、すごく有能な『ユニークスキル』を持ってるはずなのに、全然自立しないの! なんかトラブルがあっても、自分で解決しないで『シクシク……どうしよう……』って泣いてるだけで、結局公爵様やモフモフの聖獣が全部やってくれちゃうのよ!」

「完全に束縛と共依存じゃねぇか」

 俺は頭を抱えた。

「ユニークスキルっていう最強の資本を持ってんなら、起業するなり自立するなりして自分で稼げよ。なんで男に養われるだけのペットに成り下がってんだ」

「そのモフモフの聖獣(コン太っていうキツネなんだけど)も曲者でね! 聖女様の胸元に顔をうずめて『キュ〜♡』って懐いてるんだけど、男の人が近づくと、いきなり『ガウッ!』って極大の火柱を吐いて威嚇してくるの!」

 ピキッ。

 俺のこめかみで、何かが切れる音がした。

「……中身、絶対に中年親父だろ、そのモフモフ」

 俺の低く冷たい声に、キャルルが「えっ?」と瞬きをする。

「人間様(取引先)にいきなり火を吐いて噛みつくペットなんて、狂犬病予防法違反で一発保健所行きだぞ。飼い主の管理責任はどうなってんだ。損害賠償モンだろ」

「と、とにかくね、毎回あんな街に交渉に行ったら、私の頭がおかしくなっちゃうよぉ……」

 キャルルが、机に突っ伏して泣き言を漏らす。

「……分かった」

 俺は、タローマン製のジャージの襟を正し、立ち上がった。

「その『聖女の涙』とやらの原価計算と、ムーンキャピタルの狂った経済構造の調査……俺が直接行って、見てきてやる」

「本当!? リアン君が来てくれるなら百人力だよ!」

 キャルルが顔をパァッと輝かせる。

「ああ。それに、一番気になることがある」

 俺は、腕を組んで目を細めた。

「美男美女の貴族ばかりで、毎日広場で顎クイだの追放だのやってる街……。なら、その街の『第一産業(農業)』と『第二産業(工業)』はどうなってる? 誰が畑を耕し、誰が下水処理をして、誰がバキュームカーを運転してんだよ。社会のインフラを回してる底辺労働者がいねぇ街なんて、物理的に存在できねぇはずだ」

 俺のインフラに対するガチすぎる指摘に、キャルルは「た、確かに……ゴミとかどうしてるんだろう……」とウサギ耳を震わせた。

「リアン様! わたくしも行きますわ!」

 突然、管理室の扉がバンッ!と開き、強欲アイドル・リーザがお賽銭箱型掃除機を引きずりながら乱入してきた。

「『聖女の涙』……! それを安く買い叩いて高く売り捌けば、わたくしのピンハネ資金が潤いますの! ついでにムーンキャピタルの炊き出しと試食コーナーも制覇してきますわ!」

「まぁ! 私もお供しますわ!」

 さらにエルフのルナも、優雅に紅茶のカップを持ちながら現れる。

「お腹を空かせている方がいるのなら、私が新鮮なフルーツやお野菜をたっぷり生成して差し上げますわ!」

「相場がぶっ壊れるからやめろ」

「わーお! 『【検証】乙女ゲー国家の闇を暴いてみた!』っていうタイトルで配信すれば、絶対にバズるよぉ! 私も行くぅ!」

 ゴッドチューバーのキュララまでが、自撮りドローンを飛ばしながら参戦を表明する。

(……このバケモノ(Sクラス)どもを連れて行ったら、ムーンキャピタルのテンプレなんか一瞬で崩壊しそうだな)

 俺は少し頭を抱えそうになったが、キャルルが一人で苦労するのを見過ごすわけにもいかない。

「よし。行くぞ、お前ら」

 俺は、ドワーフ製の極厚フライパンを腰に提げ、帳簿を懐にしまった。

「乙女ゲーのテンプレだろうが何だろうが知ったことか。俺の『簿記1級』と『お玉』で、その狂った箱庭の常識を、物理的かつ経済的に粉砕してやる」

 こうして、俺たちホープ・クローバー(Sクラス)の面々は、女性向けテンプレの塊である月神の都市『ムーンキャピタル』へと、視察(という名の道場破り)へ向かうことになったのである。

いよいよ始まりました、第17章『ムーンキャピタルの憂鬱:乙女ゲーテンプレを簿記1級が粉砕する件』!

今回は、ポポロ村を飛び出して、カグヤが治める「女性向けネット小説テンプレ満載」の街、ムーンキャピタルが舞台です!

「婚約破棄されて追放」「そこへ公爵が顎クイ」「モフモフ聖獣が溺愛」……読者様なら一度は見たことがある光景に、キャルル村長は困惑しきりです。

しかし、そこにゴリゴリの現実主義者&簿記1級を持つ元社畜シェフ・リアンが噛み付きます!

「追放はコスパ最悪! 機会損失だ!」「モフモフの中身は中年親父! 保健所行きだ!」「誰がバキュームカーを運転してるんだ!」

夢も希望もない、しかし誰も反論できない超ロジカルなマジレスが炸裂(笑)。

利益とキャルルのメンタルのため、リーザたちSクラスの面々を引き連れて視察へ向かうリアン。

次回、さっそく広場での「公開婚約破棄イベント」に遭遇しますが、リアンの『慰謝料と結納金の返還請求』により、テンプレイベントが物理的・法的に大崩壊します!

「リアンのマジレス最高w」「バキュームカーの疑問わかる」「モフモフおっさん説」と少しでも楽しんでいただけましたら、

ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、今後の執筆の最強のモチベーションになります!

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