EP 19
取り立て屋(黒服)と、最強の防波堤
ポポロ・コーポの1階大食堂。
カニ工船(マグローザ漁船)の過酷なタコ部屋労働から、命からがら脱走してきた駄女神・ルチアナは、三杯目のジョッキビールを飲み干し、幸せそうにゲップを放っていた。
「ゲェップ……。あぁ〜、食った食った。やっぱりリアン君の肉椎茸の唐揚げは、天界の神饌なんかより百万倍美味いわねぇ……」
泥だらけの麻袋を着たまま、すっかり仕上がった新橋のおっさんのような顔つきで爪楊枝をシーシーとやっているルチアナ。
「おい、いい加減に風呂入ってこい。磯臭くてかなわん」
俺は、厨房で明日の仕込みをしながら冷たく言い放った。
「それに、現実逃避してる場合じゃねぇぞ。お前、借金100万ルナを1ルナも返さずに逃げてきたんだろ? 天界の取り立て屋が黙ってるはずがねぇ。今頃、血眼になってお前を探してるはずだぞ」
「ふふん! 大丈夫よぉ!」
ルチアナは、酔っ払って赤くなった顔で、ドンッと胸を叩いた。
「ここは治外法権のポポロ村! しかも、このアパートにはリアン君がいるじゃない! もし黒服が来ても、リアン君がその必殺のフライパンで追い返してくれるもんねぇ〜だ!」
(……この駄女神、完全に俺を用心棒扱いしてやがる)
俺が青筋を立てて、ルチアナの脳天にお玉を振り下ろそうとした、まさにその時だった。
——バリィィィィィィィンッ!!!!
食堂の空間が、文字通りガラスのように砕け散る轟音が響き渡った。
空間の裂け目から、どす黒いゲートが開き、中から巨大な影がヌッと姿を現す。
「ひぃっ!?」
ルチアナの顔から、一瞬で酔いと血の気が引き、悲鳴を上げて俺の背後に隠れた。
「……ターゲット、ルチアナ様を発見。これより、身柄の強制回収を実行する」
ゲートから足を踏み入れたのは、身長2メートルを優に超える筋骨隆々のレスラー体型。漆黒のスーツに真っ黒なサングラスを着用した、大宇宙管理局・債権回収部門の『黒服天使』たちだった。
その後ろには、マグローザ漁船の用心棒と思われる、屈強な海の荒くれ者(魔族)たちも数人控えている。
「い、いやぁぁぁっ! 来ないでぇぇっ! 私はもう、一生分の蟹を見たのよぉぉっ!」
ルチアナが俺のジャージの裾を力いっぱい握りしめ、ガタガタと震えながら泣き叫ぶ。
「往生際が悪いですよ、ルチアナ様。逃亡を図ったペナルティとして、借金の金利は倍に跳ね上がっております。今度はカニ工船どころか、死蟲機の巣窟で百年単位の強制労働をしていただきます」
黒服天使が、感情の一切こもっていない機械的な声で宣告する。
「お、おい! リアン君! 早く! 早くそのお玉とフライパンで、こいつらをぶっ飛ばしてぇぇっ!」
ルチアナが俺を盾にしながら叫ぶ。
「ふざけんな。自業自得だろ。さっさとスーツケースに詰められてドナドナされてこい」
俺はルチアナの手を振り払い、無表情で黒服たちに道を空けようとした。
俺の平穏なスローライフを守るためだ。借金取りと揉める義理など1ミリもない。
しかし。
俺が道を空けた瞬間、黒服天使の一人が、サングラスの奥の目を光らせて、食堂全体を見回し、とんでもないことを口走ったのだ。
「……ルチアナ様の身柄だけでは、逃亡のペナルティとしては不十分です。規定に基づき、ルチアナ様を匿っていたこのアパート……『ポポロ・コーポ』の土地と建物、ならびに厨房の備品全てを、借金のカタとして【差し押さえ】とさせていただきます」
ピタリ、と。
俺の動きが止まった。
「……あ?」
俺は、低く、ドス黒い声を出した。
「おい、黒服。今、なんつった?」
「聞こえませんでしたか? このアパートは我々が差し押さえます。直ちに全員、この建物から退去し——」
俺が、天極流の闘気をフライパンに纏わせ、借金取りの脳天をカチ割ろうと踏み込んだ、その時。
俺よりも先に、食堂の『空気』そのものが、物理的に凍りつき、歪み、そして爆発した。
「……アァ?」
ドスの効いた、地鳴りのような低い声。
定位置のパイプ椅子に座り、食後のコーヒーを飲んでいた第6の聖獣・リキ兄貴が、便所サンダルをペタッと鳴らして立ち上がったのだ。
「おい、そこのデカブツ共。……テメェらが入ってきたせいで、すきま風が入って、俺の熱いコーヒーが冷えちまったやないけ」
バチバチッ! と、リキ兄貴の黄金のリーゼントが逆立ち、全身から神をも穿つ『紫銀色の聖雷』が立ち上る。
「……なっ!?」
黒服天使たちが、その異常な覇気にビクッと肩を震わせた。
「退去しろだと……? 笑わせるな」
続いて、厨房のカウンターで豚骨スープの仕込みを確認していた竜王デュークが、ゆっくりと振り返った。
その口元には葉巻。しかし、その背後には、巨大な『黄金の竜』のオーラが蜃気楼のように立ち込めている。
「我は今、リアンと共に究極のラーメンを作るための神聖な思索に耽っているのだ。……我の厨房を差し押さえるなどと、どの口が抜かした?」
「ちょっと! なんなのよあんたたち!」
B棟のテーブルで、フルーツタルトをつついていた不死鳥フレアが、ドンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「私は今、リアン君の美味しいスイーツで、ワンオペ育児と過労のストレスを癒やしている真っ最中なのよ! 邪魔する奴は、天界の役人だろうが消し炭にするわよ!?」
ゴォォォォッ!! と、フレアの背中から8匹の紅蓮の炎龍が顕現し、食堂の温度が急上昇する。
「……俺の、やっと見つけた居場所を……奪う気か……」
最後に、部屋の隅で温かい豚汁を啜っていた狼王フェンリルが、氷のように冷たい瞳で黒服たちを睨みつけた。
「女の家を追い出され、パチンコで全財産スッた俺を……タダ飯食わせて拾ってくれた、この温かい場所を……奪う奴は、俺の『絶対零度』で永遠に氷像にしてやる……ッ!!」
ピキィッ……! パキパキパキッ!!
フェンリルの足元から極低温の冷気が広がり、フレアの炎と、リキ兄貴の雷、デュークの竜のオーラと混ざり合い、ポポロ・コーポの食堂は、文字通り『この世の終わり(アルマゲドン)』の様相を呈していた。
「「「…………ぇ?」」」
黒服天使たちと、マグローザ漁船の荒くれ者たちの動きが、完全にフリーズした。
彼らがかけている、相手の戦闘力や神格を測る『大宇宙管理局特製・スカウター型サングラス』が、けたたましい警告音を鳴らし、次々と「パリンッ!」と音を立てて砕け散っていく。
「ば、バカな……!? なぜ、次元超越の聖獣がここに!?」
「あ、あれは……世界の調停者、竜王デューク様!?」
「不死鳥フレア様に、狼王フェンリル様まで……ッ!?」
黒服たちは、全身から滝のような冷や汗を流し、ガチガチと歯の根を鳴らして震え上がった。
彼らは借金取りとしては一流だが、目の前にいるのは「アナステシア世界そのものを指先一つで消滅させられる、最強の神と聖獣たち」なのだ。
そんな連中が、なぜか木造三階建てのボロアパートで、エプロン姿の人間の少年が作った飯を囲んで団欒している。
その光景の異常性と、自分たちが踏み抜いてしまった『虎の尾(地雷)』のデカさに、彼らの精神は完全に崩壊寸前だった。
「お、おい……。俺たちの飯の邪魔をした落とし前……どうつけてくれんのや?」
リキ兄貴が、首をボキボキと鳴らしながら、便所サンダルで一歩、ジリッと歩み寄る。
「ヒッ……!!」
ズザァァァァァッ!!
次の瞬間。
身長2メートルの筋骨隆々の黒服天使たちと、海の荒くれ者たちが、全くの乱れのない完璧なシンクロニシティで、食堂の床に両膝と額を激しく擦り付けた。
光の速さでの、究極の『土下座』であった。
「もももも、申し訳ございませんでしたァァァァァァッッ!!!!」
黒服天使が、涙声で絶叫する。
「わ、我々のような下っ端が、偉大なる聖獣様や調停者様方の聖なる晩餐を邪魔するなど、万死に値する愚行! さ、差し押さえの件は、どうか、どうかお忘れくださいませェェッ!!」
「ルチアナ様の借金につきましても、今月分はマグローザ漁船での労働にて相殺されたことにしておきますので! ど、どうか命だけはァァッ!」
「……チッ。分かったら、さっさとその見苦しい面を隠せ。メシが不味くなる」
デュークが、葉巻の煙を吐き出しながら冷酷に言い放つ。
「は、ははぁっ! 失礼いたしますゥゥッ!」
黒服たちと荒くれ者たちは、土下座の姿勢のまま、まるでゴキブリのような凄まじい速度で後ずさりし、空間のゲートの中へと逃げ込んでいった。
パリンッ!
ゲートが閉じ、ポポロ・コーポの食堂に、再び平和な静寂が戻ってきた。
「……フン。つまらん奴らだ。さぁリアン、夜食の唐揚げのお代わりを頼むぞ」
デュークが、何事もなかったかのようにパイプ椅子に座り直す。
「おう兄弟、俺には熱いコーヒー淹れ直してくれや!」
リキ兄貴も、サンダルを鳴らして席に戻った。
「…………」
俺は、お玉とフライパンを提げたまま、呆然とその光景を見つめていた。
(……最強すぎるだろ、この防波堤(食客たち))
俺が手を下すまでもなく、天界の恐るべき取り立て屋たちが、完全なる恐怖に顔を引き攣らせて逃げ帰ってしまった。
まさに『虎の威を借るオカン』状態である。
「り、リアン君……っ! みんな……っ!」
俺の背後に隠れていたルチアナが、ポカンと口を開けた後、ワァァッ!と嬉し泣きしながら飛び出してきた。
「ありがとう! 私のために、天界の黒服を追い払ってくれるなんて! やっぱりみんな、私の借金を心配して——」
「勘違いすんな」
俺、リキ兄貴、デューク、フレア、フェンリルの5人が、全く同じタイミングで、冷ややかな視線をルチアナに突き刺した。
「「「メシの邪魔をされたから、追い払っただけだ」」」
「えぇぇぇっ!? 私への情じゃないのぉぉっ!?」
ルチアナがショックを受けて膝から崩れ落ちる。
「当然だろ。お前は借金から逃げてきただけだからな。……ほら、さっさとその磯臭いドンゴロス脱いで、シャワー浴びてこい。食堂が蟹臭くてかなわん」
俺がため息をつきながらバスタオルを投げ渡すと、ルチアナは「うぅ……リアン君のケチィ……」と泣きべそをかきながら、女子風呂の方へとトボトボ歩いていった。
こうして、天界の取り立て屋という最大の脅威すらも退け、ポポロ・コーポは名実ともに『世界で最も安全(で最も危険)なアパート』として、その名を不動のものとした。
残すは、このカオスな第16章を締めくくる、盛大な大宴会のみである。
第9話『取り立て屋(黒服)と、最強の防波堤』をお読みいただきありがとうございます!
ついにルチアナを追ってポポロ・コーポに乗り込んできた、天界の黒服天使と海の荒くれ者たち!
しかし、彼らが扉を開けた先にいたのは、リアンの手料理を堪能中の『第6の聖獣・リキ兄貴』『竜王デューク』『不死鳥フレア』『狼王フェンリル』という、アナステシア世界を簡単に滅ぼせる最強のバケモノたちでした(笑)。
「メシの邪魔をするな」
神々からの理不尽すぎるプレッシャーと殺意の前に、黒服天使たちのスカウターは爆発し、光の速さでの土下座&退却!
まさに無自覚ざまぁならぬ、食い意地ざまぁ(虎の威を借るオカン)の瞬間でした。
ルチアナは完全に勘違いして喜んでいましたが、全員からの「メシの邪魔だっただけ」という冷たいツッコミが最高にドライですね。
次回、いよいよ第16章の最終話!
最強の食客たちとSクラスの面々が入り乱れての、盛大な大宴会がスタート!
リアンの三ツ星シェフとしての腕が爆発し、そして迎えるオカン最強伝説のオチとは!?
「黒服かわいそうww」「スカウター爆発は草」「最強の用心棒(食客)たち」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、リアンのオカン度がさらにアップします!
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