EP 18
マグローザ漁船からの帰還! 涙のビールと肉椎茸の唐揚げ
フェンリル(パチンコ帰りのヒモニート神)の騒動も一段落し、ポポロ・コーポに夕暮れ時がやってきた。
大食堂の厨房では、俺が夕飯の仕込みの真っ最中だった。
ジュワァァァァッ!
魔導コンロにかけた大鍋の中で、香ばしい揚げ油の音がリズミカルに響いている。
今夜のメインディッシュは『肉椎茸の特製唐揚げ』だ。ステーキにしても美味い肉厚な肉椎茸を大ぶりにカットし、タマンネギの果汁、すりおろしニンニク、醤油草の特製ダレにじっくりと漬け込む。それに衣をまぶして高温の油で一気に揚げることで、外はカリッと、中は肉汁(キノコ汁)が爆発する極上の一品に仕上がるのだ。
「ええ匂いやなぁ、兄弟。夕飯まで待てへんわ、一個つまみ食いさせてくれや」
「フッ、我にも一つよこせ。ビールのツマミにちょうど良さそうだ」
「俺にもくれよ……腹減った……」
厨房のカウンター越しに、リキ兄貴、竜王デューク、狼王フェンリルの『最強の居候トリオ』がヨダレを垂らして並んでいる。
「うるせぇ。夕飯の時間まで大人しく座って待ってろ」
俺がトングで威嚇し、揚げたての肉椎茸をバットに引き上げようとした、その時だった。
——バァァァァァンッ!!
ポポロ・コーポの玄関の扉が、凄まじい音を立てて蹴り開けられた。
「……ん? 今度は誰だ。またどこぞの神様が家出でもしてきたか?」
俺が呆れ顔で振り返ると、食堂の空気が一瞬にして凍りついた。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」
玄関の土間に立っていたのは、ボロボロに引き裂かれた粗末な麻袋を身に纏い、全身泥だらけ、海藻まみれになった女だった。
金色の髪は潮風と泥で固まり、体中から強烈な『磯の匂いと蟹の生臭さ』を放っている。
「な、なんやこの生臭いバケモノは!」
リキ兄貴が鼻をつまみ、デュークとフェンリルも顔をしかめて後ずさりする。
「……おい、まさか」
俺は、お玉を手にして、その泥だらけの女にゆっくりと近づいた。
女は、虚ろな、しかし異様な執念に満ちた血走った目で俺を見据えると、床に膝をつき、震える手をスッと差し出してきた。
「……リ、リアンくぅぅぅぅんっ……!」
その手には、しわくちゃになった奇妙な紙切れが数枚、大事そうに握りしめられていた。
「か、帰ってきたわ……! 私、地獄のカニ工船(マグローザ漁船)から……自力で脱出して、ここまで泳いで帰ってきたのよぉぉぉっ!!」
それは、間違いなく。
ガチャ爆死の借金(100万ルナ)のカタとして、天界の黒服天使たちにスーツケースに詰められ、シーラン国沖合のタコ部屋へとドナドナされていった駄女神・ルチアナの姿であった。
「お前……マジで逃げてきたのか」
俺は絶句した。
あの絶海の孤島のごときマグローザ漁船から、一体どうやって。
「ええ……! 過酷なキングクラブ漁の合間に、船底のボイラー室で屈強な海の男たちと『チンチロリン(賭博)』をしてね……! イカサマを見破って、船内通貨の『K』を荒稼ぎして、見張りを買収して救命ボートを奪ってやったのよぉっ!」
ルチアナは、鼻水と潮水を垂れ流しながら、握りしめていた紙切れ——船内通貨『K』を天に掲げた。
「ふふっ……あははははっ! 見てよリアン君! これだけあれば、また月人君のガチャが回せるわ! さぁ、この『K』をルナに換金してちょうだい!」
「……」
俺は、哀れみすらこもった冷ややかな目で、ルチアナを見下ろした。
「……ルチアナ。その『K』ってのはな、マグローザ漁船の中でしか使えない独自通貨だ。シャバ(一般社会)じゃ、ただの紙クズ(ケツフキ)以下なんだよ」
「……え?」
ルチアナの顔から、一瞬で表情が抜け落ちた。
「嘘……でしょ? 私が、血反吐を吐きながら蟹のハサミをかわして、寝る間も惜しんでチンチロで稼いだこのお金が……全部、無意味……?」
「あぁ。無意味だ。……ていうか、お前、借金100万ルナを返す前に脱走してきたってことは、天界の借金はチャラになってねぇんだぞ。また黒服が追ってくるに決まってるだろ」
「あ……ああ……ああああああっ!!」
ルチアナは、握りしめていた『K』をパラパラと床に落とし、そのまま土間に突っ伏して、絶望のあまりワンワンと泣き叫び始めた。
「嫌ぁぁぁっ! もう蟹の顔なんて見たくないぃぃっ! 私の綺麗な爪がボロボロよぉっ! 月人くぅぅぅん、助けてぇぇぇっ!!」
泥と涙と鼻水にまみれて泣き叫ぶその姿は、かつて大宇宙管理局の世界神として君臨していた面影など微塵もなく、ただの『限界まで搾取された底辺労働者』そのものだった。
「……おい、リアン。この薄汚いホームレス女、誰だ?」
フェンリルが、ドン引きした顔で尋ねてくる。パチンコで女の金をスッたニート神にすら、同情(ドン引き)されるレベルの落ちぶれ方である。
(……自業自得とはいえ、さすがに哀れだな)
前世で、過労とストレスでボロボロになりながら厨房に立ち続けていた自分の姿が、一瞬だけルチアナに重なって見えた気がした。
俺は、無言で厨房に戻ると、冷蔵庫からキンキンに冷えたジョッキを取り出し、樽から冷たいビールをなみなみと注いだ。
そして、揚げたてで湯気を立てている『肉椎茸の特製唐揚げ』を山盛りに皿に盛り付け、マヨ・ハーブとレモンを添えた。
「おい、駄女神」
俺は、土間で泣き崩れているルチアナの前に、そのジョッキと唐揚げの皿をドンッと置いた。
「……え?」
ルチアナが、ビクッと肩を震わせて顔を上げる。
「とりあえず、食え。カニ工船のタコ部屋じゃ、ロクなもん食ってなかったんだろ」
俺がぶっきらぼうに言うと、ルチアナの瞳が、黄金色に輝くビールと、暴力的な香りを放つ唐揚げに完全に釘付けになった。
「あ……あぁ……っ!」
ルチアナは、震える両手でジョッキを掴み取ると、泥だらけの顔のまま、ビールを一気に喉へと流し込んだ。
ゴクッ! ゴクッ! ゴクッ……!!
喉仏を激しく上下させ、ジョッキの半分を息継ぎなしで飲み干す。
そして、ジョッキをテーブルに叩きつけるように置くと、天を仰いで、腹の底から絞り出すような大音量で叫んだ。
「プハァァァァァァァァァッッ!!!!」
それは、もはや神の出す声ではなかった。
新橋のガード下で、一週間の過酷な労働を終えたくたびれたサラリーマン(おっさん)が発する、魂の咆哮そのものだった。
「んんっ……! うめぇぇぇっ! シャバのビールは、最高にうめぇぇぇわぁぁっ!!」
ルチアナは、男泣き(女神だが)しながら、今度は肉椎茸の唐揚げを素手で掴み、大きな口を開けてかぶりついた。
サクッ! ジュワァァァァッ!
「あふっ、はふっ……! 何これぇぇぇっ! 外はサクサクなのに、中から肉の旨味とお汁がドバドバ溢れてくるぅぅっ! ニンニクと醤油の味が、極限まで疲労した私の身体に染み渡るわぁぁっ!」
ルチアナは、涙と鼻水とビールの泡で顔をグシャグシャにしながら、唐揚げをビールで流し込むという至福のループに完全に没頭し始めた。
「美味い……! 美味いよぉぉリアン君! 私、もう一生蟹なんて食わねぇ! この唐揚げとビールがあれば、他に何もいらねぇわぁぁっ!!」
完全に『底辺労働者』の顔つきに仕上がった女神の姿に、食堂の居候たちも言葉を失っている。
「……すげぇな。神の威厳が、微塵も残ってねぇ」
フェンリルが呆れ半分に呟く。
「フッ、自業自得とはいえ、少しばかり哀れを誘う食いっぷりだな」
デュークも、葉巻を吹かしながら苦笑いした。
「ま、シャバの空気を存分に味わっておくこったな」
俺は、ルチアナの空になったジョッキに、黙って二杯目のビールを注いであげた。
過酷な労働から逃げ出し、シャバの飯と酒に涙を流す駄女神。
ポポロ・コーポの食堂は、彼女の豪快な咀嚼音と「プハァッ!」というおっさんのような咆哮に包まれ、奇妙な温かさに満ちていた。
——だが、俺たちは忘れていた。
彼女が借金を1ルナたりとも返済せずに脱走してきたという、極めて重大な事実を。
そして、天界の『カスタマーハラスメント部』の執念と取り立ての恐ろしさを。
この数十分後。
ポポロ・コーポの玄関に、最強の食客たちを巻き込んだ『最悪の訪問者』が押し寄せてくることなど、ビールに酔いしれるルチアナは知る由もなかったのである。
第8話『マグローザ漁船からの帰還! 涙のビールと肉椎茸の唐揚げ』をお読みいただきありがとうございます!
ついにあの駄女神が帰ってきました!
地獄のカニ工船でボイラー室のチンチロリンに勝ち、見張りを買収して救命ボートで脱走するという、もはや神ではなく完全に『カイ〇』の世界線の住人です(笑)。
しかし、命がけで稼いだ船内通貨「K」はシャバではただの紙クズという無情なオチ。
絶望して泣き叫ぶルチアナに、リアンが差し出した冷えたビールと『肉椎茸の特製唐揚げ』。
「プハァァァッ! シャバのビールはうめぇぇぇ!」と叫ぶルチアナの姿は、完全に一週間の労働を終えた新橋のおっさんそのものでした。
しかし、借金を返さずに逃げてきたということは……当然、あのサングラスの黒服天使たちが黙っているはずがありません。
次回!
天界の取り立て屋がポポロ・コーポに襲来!
しかし、食堂の扉を開けた彼らの目に飛び込んできたのは……【世界を滅ぼせる最強の神と調停者たちの晩餐】という絶望の光景でした。
「ルチアナおっさん化してて草」「肉椎茸の唐揚げ絶対美味い」「Kは笑う」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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