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EP 17

聖獣VS調停者! 厨房の前で喧嘩はすんじゃねぇ!

 ポポロ・コーポの1階大食堂。

 木造アパートの一室であるそこは今、アナステシア世界そのものを崩壊させかねない、絶望的な緊張感に包まれていた。

「……おい、クソ犬。俺の食後のコーヒーが……テメェの冷気で、キンキンに冷えてもうたやないけ」

 第6の聖獣・リキ兄貴が、パイプ椅子からゆっくりと立ち上がる。

 彼の右拳には、空間そのものをバチバチと焼き焦がす紫銀色の雷——神をも穿つ『無次元の聖なるゴッドサンダー』が、高密度に圧縮されて輝いていた。

「あぁ?」

 対するは、パチンコで全財産をスッて逃げてきたダメ神、狼王フェンリル。

 彼は口に咥えていたタバコ(アイスブラスト)をペッと吐き捨てると、虚ろだった瞳に獰猛な野生の光を宿した。

「なんだテメェ。ド派手な金ピカジャージ着たチンピラが、世界の調停者であるこの俺に喧嘩売ってんのか……?」

 ピキィッ……! パキパキパキッ!!

 フェンリルの足元から、絶対零度の冷気が爆発的に広がり、食堂の床板、テーブルの脚、そして窓ガラスが瞬く間に分厚い氷に覆われていく。

「調停者やと? ククッ……笑わすなや」

 リキ兄貴は、便所サンダルをペタッと鳴らし、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

「女の財布から金盗んでパチンコでスッた挙句、タダ飯たかりに来た小汚いホームレスが、偉そうに肩書き語っとんちゃうぞ。お前みたいなクズはな、俺の地元のストリートなら真っ先にシメられとるわ!」

「……テメェ、ぶっ殺すッ!!」

 ゴゴゴゴゴゴッ!!

 リキ兄貴の『聖雷』と、フェンリルの『絶対零度』。

 二つの相反する極大エネルギーが食堂の中央で激突し、凄まじい衝撃波が巻き起こった。

「きゃあああっ!」

「ひぃぃっ! わたくしの命(お賽銭箱)がぁぁっ!」

 キャルルとリーザが悲鳴を上げてテーブルの下に潜り込む。

「母さん、危ない!」

 ヒエンが咄嗟に母であるフレアをかばい、デュークは「やれやれ、朝から元気な奴らだ」とため息をつきながら、自分の銀鮭の皿に氷の破片が入らないように手で覆った。

「やめるんだ、貴殿ら! ここで力を解放すれば、ポポロ村ごと吹き飛んでしまうぞ!」

 Sクラスの騎士・クラウスが剣の柄に手をかけて止めに入ろうとするが、二人の放つオーラの余波だけで弾き飛ばされ、壁に激突した。

「消し炭にしたるわ、クソ犬!!」

「永遠に氷像になってろ、三下ァッ!!」

 リキ兄貴が拳を振りかぶり、フェンリルが氷の爪を形成し、互いの必殺の一撃が放たれようとした。

 まさにその、コンマ数秒前の瞬間だった。

「……テメェら」

 食堂の空気が、ピタリと止まった。

 聖雷のバチバチという音も、氷が軋む音も、すべてを上書きするほどの——絶対的で、底知れぬドス黒い殺意。

「俺の神聖な厨房キッチンの前で……喧嘩すんじゃねぇぇぇっ!!」

 ドンッ!!

 俺は、カウンターを蹴り飛び越え、二人の間に割って入った。

 右手に握ったのは、ドワーフの地下帝国ドンガン製の『極厚魔導フライパン』。

 左手に握ったのは、寸胴鍋をかき混ぜるための『鋼鉄製・超特大お玉』。

 その両方に、俺の命を削って練り上げた【天極流の闘気】を、限界突破の出力で極限まで圧縮・コーティングさせていた。

「なにっ!?」

「ワレ……!?」

 神と聖獣が驚愕に目を見開いた直後。

 ——ガゴォォォォンッ!!!!

 ——バキィィィィィンッ!!!!

 俺の右手のフライパンがフェンリルの頭頂部に、左手のお玉がリキ兄貴の黄金リーゼントに、それぞれ完璧な軌道で、容赦なく、脳天をカチ割る勢いで炸裂した。

「ぐはぁっ!?」

「あぐッ!?」

 凄まじい金属音が食堂に響き渡り、フライパンとお玉の底が見事なまでに凹んだ。

 闘気による物理的な質量兵器の一撃を脳天にモロに食らった最強の二人は、白目を剥いて、そのまま食堂の冷たい床へとドサッと崩れ落ちた。

「「「…………え?」」」

 テーブルの下に避難していたリーザたちが、ポカンと口を開けてその光景を見つめている。

「……はぁ、はぁ……っ!」

 俺は、凹んだフライパンとお玉を両手に提げたまま、床で頭を押さえて呻いている二人のバケモノを見下ろした。

 怒りで視界が赤く染まっている。

「いいか、よく聞け、この規格外の特大ペット共が」

 俺の声は、地獄の底から響くような低さだった。

「ここは飯を食う場所だ。飯ってのはな、生きるために命を繋ぐための神聖なもんだ。それを、コーヒーが冷えただの、パチンコで負けただの、そんなくだらねぇ理由で……俺が丹精込めて作った朝飯の並ぶテーブルを、戦場に変えようとしやがって……!」

 俺の背後に、鬼神のような——いや、怒れる『オカン』のオーラが実体化して立ち上る。

「飯が食いてぇなら、座って待ってろ! 喧嘩する元気があるなら、外の畑を耕してこい! ここにいる以上、俺のルールに従えねぇ奴は、神だろうが何だろうが一生飯抜きだ!! 分かったか!!」

 俺の怒号が、ポポロ・コーポ全体をビリビリと震わせた。

 その圧倒的な迫力と、料理人としての絶対に譲れない矜持の前に。

「チッ……」

 リキ兄貴が、頭のたんこぶを擦りながら、バツが悪そうに舌打ちをした。

「……悪かったな、兄弟。ワシがアツくなりすぎたわ。お前の言う通りや、メシの邪魔するんはご法度やったな」

 最強のヤンキー聖獣が、なんと素直に非を認めてパイプ椅子に大人しく座り直したのだ。

「い、いてぇ……なんだこの人間のガキ……ただの人間じゃねぇ……っ」

 フェンリルも、フライパンの直撃でクラクラする頭を押さえながら、俺の放つ異常な覇気に完全に呑まれていた。

「わ、分かったよ……。悪かった。……腹減って、イライラしてたんだよ」

 最強の二人が、まるでお母さんに怒られた不良中学生のように、シュンとして肩をすぼめた。

「……ふぅ」

 俺は深く息を吐き出し、天極流の闘気を解除した。

 凹んだフライパンとお玉をシンクに放り込み、厨房に戻る。

「リキ兄貴。冷えたコーヒーは捨てろ、新しく熱いのを淹れ直してやる」

「お、おう。すまんな兄弟」

 俺は、コーヒーメーカーのスイッチを入れ直し、それから冷蔵庫を開けた。

 余っていた『銀鮭の塩焼き』の切り身と、出汁巻き卵、そして豚汁を温め直し、お盆に乗せる。

「ほらよ、フェンリル」

 俺は、大人しくパイプ椅子に座っていたダメ神の前に、その和定食をドンッと置いた。

「余り物で悪いがな。タダ飯は食わせねぇ。食い終わったら、食堂のモップがけと皿洗いを全部お前にやってもらう。文句はないな?」

「……っ」

 フェンリルは、目の前に置かれた湯気を立てる銀鮭と豚汁を見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 三日三晩、水しか飲んでいなかった彼の胃袋が、限界を告げるようにギュルルルッと大きな音を鳴らす。

「……いただくぜ」

 フェンリルは震える手で箸を割り、銀鮭の身をほぐして、ツヤツヤのサンライスと一緒に口へとかき込んだ。

 モグッ。

「……あ」

 フェンリルの瞳孔が、カッと開いた。

 パリッと焼き上げられた皮の香ばしさと、口の中でジュワッと溢れ出す鮭の脂。それが、甘みのある白米と完璧なハーモニーを奏でて、空っぽの胃袋に染み渡っていく。

 続けて啜った豚汁の、根菜の甘みと豚のコクが溶け込んだ優しい味噌の味が、パチンコで負けて凍てついていた彼の心を、じんわりと溶かしていった。

「うめぇ……」

 ポロリ、と。

 狼王フェンリルの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「うめぇよ……っ。ヒモやってた家の女のメシ、コンビニのパスタばっかりだったから……こんな温かくて、美味いメシ食ったの……何百年ぶりだろう……っ」

 フェンリルは、涙と鼻水を流しながら、一心不乱に朝定食をかき込み始めた。

「フッ。我慢対決でサウナから逃げ出すような奴には、リアンの飯の真の価値は分からんと思ったが。少しは見所があるようだな、駄犬」

 デュークが、食後のコーヒーを啜りながらニヤリと笑う。

「誰が駄犬だコラ……。お代わりだ小僧! ご飯大盛りで頼む!」

「小僧じゃねぇ。リアンだ。ほら、食え」

 俺が山盛りのご飯をよそってやると、フェンリルは嬉しそうに尻尾(見えないが確実に振っている)を振りながら、どんぶりを受け取った。

 こうして、世界を滅亡の危機に追いやった聖獣と調停者の喧嘩は、俺のお玉とフライパン、そして『温かい朝飯』によって、無事に鎮圧された。

 ……まぁ、これでフェンリルが皿洗いを終えた後、「俺もこの寮の102号室に住む!」と言い出すことは、火を見るよりも明らかだったのだが。

(ヤンキー聖獣に、ラーメン狂い。過労死不死鳥に、パチンコカスのヒモニート神……)

 俺は、シンクに積まれた膨大な量の食器を見つめながら、深く、深いため息をついた。

 ポポロ・コーポは、間違いなくアナステシア世界で最も危険で、そして最もカオスな『神々のタコ部屋』へと完成しつつあった。

 だが、この日の夕方。

 この寮に、さらに『最悪の帰還者』がやってくることを、俺はまだ知らなかったのである。

第7話『聖獣VS調停者! 厨房の前で喧嘩はすんじゃねぇ!』をお読みいただきありがとうございます!

ついに衝突してしまった第6の聖獣リキ兄貴と、調停者フェンリル。

ゴッドサンダーと絶対零度が激突し、世界滅亡の危機……と思いきや、それを止めたのは神でも何でもない、怒れる寮母長代行・リアンの「お玉とフライパン」でした!(笑)

天極流の闘気をフルコーティングした物理打撃で、最強の二人の脳天をカチ割り、強制的に正座させるリアンのオカン(シェフ)オーラは、もはやアナステシア世界最強かもしれません。

そして、三日三晩水しか飲んでいなかったフェンリルに振る舞われた、銀鮭の和定食。

パチンコで全てを失ったダメ男の心に、手作りの豚汁が染み渡ります。「コンビニパスタばかりだった」というヒモ生活のリアリティが悲しいですね。

フェンリルも丸く収まり(102号室に入居確定)、平和な寮生活が続く……かと思いきや。

次回! ついにあいつが帰ってきます!

カニ工船(マグローザ漁船)で地獄を見た駄女神ルチアナが、ポポロ・コーポに脱走してくる!?

涙のビールと唐揚げが炸裂します!

「リアン強すぎワロタ」「オカンの怒りは神をも凌ぐ」「フェンリルちょろいw」と少しでも楽しんでいただけましたら、

ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、凹んだフライパンの買い替え費用になります!

【ブックマーク】のご登録、感想コメントもいつでもお待ちしております! 次回もお楽しみに!

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