EP 16
最強のニート神、パチンコ帰りに転がり込む
ポポロ・コーポの朝は早い。
三ツ星シェフとして長年厨房に立ち続けてきた俺の体内時計は、日の出と共に完全に覚醒する。
木造三階建ての格安アパートの1階大食堂。俺は、今日もタローマン製のジャージにエプロンを締め、朝食の仕込みに取り掛かっていた。
「おう兄弟! 今日の朝飯は何や! サウナで一汗流してきたから、腹の虫が鳴り止まへんで!」
食堂がオープンする30分前だというのに、一番乗りで現れたのは第6の聖獣・リキ兄貴だ。黄金のリーゼントから湯気を立たせ、便所サンダルをペタペタと鳴らしながらパイプ椅子にドカッと座る。
「フッ。若造が、サウナの熱気ごときで汗を流すとはな。我が竜のブレス(サウナストーンへのロウリュ)に耐えられず逃げ出しただけだろうが」
その後ろから、竜王デュークがバスタオルで顔を拭きながら余裕の表情で現れる。
この二人は、毎朝のようにお互いの部屋から出てきては共同大浴場のサウナで『我慢対決』を繰り広げ、勝手に友情(?)を深めていた。
「ふぁぁ〜あ……。おはよう、リアン君。あら? 今日は和食なのね。いい匂い」
さらに、B棟(女子寮)からやってきたのは不死鳥フレアだ。彼女はすっかり過労のストレスから解放されたのか、艶やかな髪を揺らしながら席についた。「母さん、寝癖がついてるぞ」と、息子であるヒエンが後ろから世話を焼いている。
さらに、ピンハネを企んだ罰で昨日から皿洗いを命じられているリーザも「わたくしのご飯はまだですの!?」とヨダレを垂らして待機している。
(……なんつー光景だ)
俺は、フライパンの上でジュワッと音を立てる出汁巻き卵をひっくり返しながら、ため息をついた。
ヤンキー聖獣、ラーメン狂いの竜王、過労死寸前だった不死鳥。
本来なら世界のパワーバランスを司り、神話の舞台にいるべき圧倒的なバケモノたちが、俺の作る『朝定食』を求めて、パイプ椅子に座って大人しくお膳を待っているのだ。
「ほらよ。ポポロ・コーポ特製、極上和定食だ」
俺がカウンターに次々と定食のお盆を並べていく。
メインは、ドンガン地下帝国からの密輸ルートで仕入れた、極上の脂が乗った『銀鮭の塩焼き』。皮目はパリッと香ばしく、身はふっくらと焼き上げている。
付け合わせには、トライバードの新鮮な卵を使い、白だしをたっぷり効かせてフワフワに巻き上げた『出汁巻き卵』。
汁物は、シープピッグの豚肉と月見大根、太陽芋をふんだんに使った、具沢山の『豚汁』。
そして、ふっくらとツヤツヤに炊き上がった『サンライス(米麦草)』の白米だ。
「うおおおおっ!!」
全員が一斉に箸を手に取り、猛然と食べ始めた。
「この鮭の塩加減! 絶妙や! ご飯が無限に進むでぇぇっ!!」
リキ兄貴が、男泣きしながらご飯をかき込む。
「ふむ……出汁巻き卵の奥深い旨味……。我のラーメンのトッピングにも活かせそうな技術だ」
デュークが、腕を組みながら卵を味わっている。
「美味しい……っ! 太郎が昔作ってくれた朝ご飯みたいで、涙が出てくるわ……っ」
フレアが、豚汁を啜りながらまた泣き上戸になりかけている。
みんなが俺の料理を美味そうに食べる姿を見るのは、料理人として最高の喜びだ。
これさえあれば、寮母長代行の激務も悪くない。
……そう思って、俺が自分のためのコーヒーを淹れようとした、その時だった。
——ガラッ……。
食堂の引き戸が、力なく開いた。
「……腹減った……。タダ飯、食わせろ……」
亡霊のような足取りで入ってきたのは、銀色の髪をボサボサに乱した一人の青年だった。
端正な顔立ちだが、目の下には深いクマがあり、服はヨレヨレ。口元にはマルボロのアイスブラストを咥えているが、火をつける気力すらないようだ。
「……あ?」
リキ兄貴が、どんぶり飯から顔を上げた。
「誰やワレ。朝から景気の悪いツラしやがって。ここはお前の来る場所やないで」
「……う、うるせぇ……。デュークと、フレアの気配がしたから……やって来たんだよ……」
青年はフラフラと歩き、空いているパイプ椅子にドサッと倒れ込んだ。
「ん? 貴様は……フェンリルではないか」
デュークが、銀鮭の骨を器用に外しながら目を丸くした。
フェンリル。
世界の調停者の一角である『狼王』。
本来なら恐るべき力を持つはずだが、こいつは三柱の中で最も働かず、ルナミス帝国でナンパした女の家に転がり込んでヒモニート生活を満喫しているという、正真正銘のダメ神(男)だ。
「……おい、フェンリル。お前、ルナミス帝国の帝都でヒモやってたんじゃなかったのか?」
俺がコーヒーカップを持ちながら尋ねると、フェンリルはテーブルに突っ伏したまま、ボソボソと恨み言のように語り始めた。
「……追い出されたんだよ……。昨日の夜、女の財布から金貨をちょろまかして、ルナミスパーラー(パチンコ屋)に行ったのがバレてよ……」
「パチンコだと?」
「あぁ……。『CR異世界転生トラックでドン!』の、新台入替日だったんだよ……」
フェンリルの瞳に、狂気の光が宿った。
「俺は見たんだ……! 液晶画面に、激アツの『聖獣機神ガオガオン降臨』のカットインが走ったのを! あれは信頼度90%越えの超激アツ演出のはずなんだ! だが……だが……ッ!」
ドンッ! とフェンリルがテーブルを叩く。
「最後のボタン連打で、ガオガオンの合体が解除されて……! 画面いっぱいに『ルチアナのコタツ部屋(ハズレ確定演出)』が出やがったんだよぉぉぉっ!! 天井ストッパーでハズレだぞ!? 舐めてんのかあのクソ台!!」
「知るかよ!!」
俺は容赦なくツッコミを入れた。
「要するに、女の金をパチンコで全部スッて、追い出されてホームレスになった挙句、デュークたちの気配を頼りにここまでタダ飯をたかりに来たってことだろ!」
「ひどい……神のくせにクズすぎる……」
リーザが、ドン引きした顔でフェンリルを見下ろしている。公園でパンの耳を巡って鳩と格闘するリーザのたくましさに比べれば、女の金をスッて逃げてきたフェンリルは圧倒的に底辺だ。
「……おい、そこの小僧」
フェンリルは、俺に向かって力なく手を伸ばしてきた。
「俺は、三日三晩、水しか飲んでねぇんだ……。その鮭とご飯でいい……俺に食わせろ……。食わせてくれたら、俺の分身(氷狼)の毛皮でも何でもくれてやる……」
「……」
俺は、無言でフェンリルを見下ろした。
極上の和定食は、まだ何食か余っている。出してやるのは簡単だ。
だが。
「帰れ」
俺は、冷たく一蹴した。
「え……?」
フェンリルが、間抜けな声を出した。
「ここはポポロ・コーポ。村の労働者たちのためのアパートであり、寮費を払った入居者のための食堂だ。……女の金をスッて逃げてきたようなヒモニートの養護施設じゃねぇ」
俺は、フライパンを手にしてフェンリルに凄んだ。
「タダ飯が食いてぇなら、ルナミス軍にでも入隊して、ゲロオムレツ(3型レーション)でもかじってろ」
俺の容赦ない塩対応に、食堂の空気が一瞬で凍りついた。
相手は世界の調停者。怒らせれば、ルナミス帝国はおろか大陸そのものを氷河期に変えるほどの力を持っているのだ。
「……小僧。お前、自分が誰に向かって口を利いてるか分かってんのか……?」
フェンリルの声が、地を這うような低音へと変化した。
ピキィッ……!
食堂の床やテーブル、そして窓ガラスが、一瞬にして白い霜に覆われ始めた。
フェンリルの身体から、絶対零度の冷気(闘気)が漏れ出しているのだ。
タバコ(アイスブラスト)を奥歯で噛み砕きながら、フェンリルはゆっくりと立ち上がった。
「俺は世界の調停者だぞ……! その気になれば、この程度のあばら家、一瞬で氷のオブジェに変えてやることもできるんだぞ……ッ!」
逆ギレである。
パチンコで負けた八つ当たりと空腹の苛立ちを、そのまま力に任せて俺にぶつけてこようとしているのだ。
「リアン君! 危ない!」
フレアが悲鳴を上げ、デュークが「やれやれ……」と立ち上がろうとした。
だが、俺は一歩も引かなかった。
ここはおかん(俺)の厨房だ。神だろうが何だろうが、俺のナワバリで好き勝手することは絶対に許さない。
俺が天極流の闘気をフライパンに纏わせ、フェンリルの冷気を相殺しようとした、その瞬間だった。
「……おい、クソ犬」
フェンリルの背後から、低く、重厚で、絶対的な殺意を孕んだ声が響いた。
銀鮭の塩焼きを食い終わったばかりの第6の聖獣・リキ兄貴が、便所サンダルをペタッと鳴らして立ち上がっていた。
「俺の食後のコーヒーの時間が……テメェの冷気で、キンキンに冷えてもうたやないけ」
リキ兄貴の拳に、バチバチッと紫銀色の『聖雷』が収束していく。
最強のヤンキー聖獣と、パチンコ帰りの最強ヒモニート神。
ポポロ・コーポの平和な朝の食堂を舞台に、アナステシア世界を消滅させかねない最悪の喧嘩が、今まさに勃発しようとしていたのである。
第6話『最強のニート神、パチンコ帰りに転がり込む』をお読みいただきありがとうございます!
朝の食堂に、パチンコ『CR異世界転生トラックでドン!』で大負けした狼王フェンリルが襲来!
女の財布から金を抜き取ってパチンコに行き、ガオガオン降臨(激アツ)からのルチアナコタツ部屋(ハズレ確定)で天井ストッパーを食らうという、ダメ男(神)のテンプレのような転落劇です(笑)。
強欲なリーザにすら「クズすぎる」とドン引きされるフェンリルですが、リアンの「ニートの養護施設じゃねぇ」という正論塩対応に逆ギレし、絶対零度の冷気を解放してしまいます!
しかし、そんなチンピラムーブを許さないのが、我らが第6の聖獣・リキ兄貴。
「食後のコーヒーが冷えたやないけ」という完璧なヤンキー理不尽理由で、フェンリルにガンを飛ばします!
次回!
ついに厨房の前で、聖獣と調停者による世界滅亡クラスの喧嘩が勃発!?
しかし、この寮における最強の存在は、神でも聖獣でもありません。
「俺の厨房の前で喧嘩すんじゃねぇ!」リアンのお玉最強伝説が幕を開けます!
「フェンリル終わってんなw」「ルチアナコタツ部屋は確かにショック」「リキ兄貴カッコよすぎる」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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