EP 15
シングルマザーの悲哀と、絶品スイーツの癒やし
ヤンキー聖獣(リキ兄貴)の深夜の襲来に続き、ラーメン狂いの竜王が正式に入居し、ポポロ・コーポはたった数日で『神々の溜まり場』としての頭角を現し始めていた。
「おう兄弟! 昼飯はまだか! デュークのオッサンとサウナで我慢対決したら腹減って死にそうや!」
「フッ、若造が。我のドラゴンスチーム(竜の熱気)に音を上げたのは貴様だろうが。リアンよ、我はあっさりとした塩ラーメンが食いたい」
昼下がりの大食堂。
バスタオルを首に巻いたリキ兄貴とデュークが、パイプ椅子にふんぞり返ってメシの催促をしてくる。
「……お前ら、少しは遠慮ってものを知れ。俺は今、夜の仕込みと帳簿の計算で忙しいんだよ」
俺はため息をつきながら、タローマン製のジャージの袖をまくった。
家賃を払っている正規の入居者である以上、賄い飯を作るのは俺の仕事だが、こいつらは神格や戦闘力に見合って胃袋も規格外だ。
「ったく、神界の連中はどうなってんだ。こんなバケモノたちがこぞってスローライフを満喫してて、世界のパワーバランスとか仕事は回ってんのかよ」
俺が愚痴をこぼした、まさにその時だった。
——バァァァァァンッ!!
ポポロ・コーポの玄関の扉が、木枠ごと外れんばかりの勢いで蹴り開けられた。
「……おい、今度は誰だ」
俺がフライパンを構えて玄関に向かうと、そこには。
「あぁぁぁぁもうッ!! まぁ!! 毎日毎日働いて、過労死するわよぉぉぉっ!!」
髪を振り乱し、目の下に濃いクマを作った絶世の美女が、玄関の土間に崩れ落ちて絶叫していた。
そして、その美女の肩を、屈強なガタイの青年が申し訳なさそうに支えている。
「ちょっ……母さん、落ち着けって。他人のアパートの玄関でヒステリーになるなよ、お袋」
「うるさーい! 誰がヒステリーよ! 私は永遠の17歳よ!! あんたより歳下なんだから優しく労わりなさいよぉぉっ!」
青年——ヒエン(20歳)が「俺より歳下の母親って何なんだよ……」と頭を抱えている。
この絶叫している美女こそ、三柱の調停者の一角であり、佐藤太郎(故人)の元妻である『不死鳥フレア』だった。
「……おい、デューク。あんたの同僚だろ。何があったか聞いてこい」
俺が呆れて促すと、デュークはバツが悪そうに視線を逸らした。
「……む。我は今、塩ラーメンの構想で忙しいのだ。それに、今のあいつには近づかん方が身のためだぞ」
「デュークゥゥゥッ!! あんたこんな所にいたのねェェッ!!」
フレアの眼光が、逃げようとしたデュークを正確に射抜いた。
「世界神ルチアナは借金でマグローザ漁船にドナドナ! デュークはラーメン作りに逃亡! フェンリルのバカ犬はナンパしてパチンコで失踪! ガオガオンの連中は社内恋愛で泥沼のストライキ!!」
フレアは、ドスドスと床を踏み鳴らしながら食堂に上がり込み、デュークの胸ぐらをガシッと掴んで激しく揺さぶった。
「その結果どうなったか分かる!? 魔族と獣人の小競り合いの調停も、増えすぎた死蟲機の討伐も、全部! ぜーんぶ私に丸投げされてんのよ! ワンオペよ!! 私はシングルマザーなのよ! これじゃあ不死鳥なのに過労死しちゃうじゃないのぉぉぉっ!!」
「ぐおっ……! 揺さぶるな、フレア! スープのアイデアがこぼれる……!」
デュークの言い訳など聞く耳を持たず、フレアはどこからか取り出した『サケスキー』のボトルをラッパ飲みし始めた。
「太郎ぉぉぉっ!! なんで私を残して死んだのよぉぉぉっ!!」
フレアは、テーブルに突っ伏して、周囲の温度が数度上がるほどの熱い涙を流して泣き上戸モードに突入してしまった。
「母さん、頼むから外で酒を飲むのはやめてくれ……俺が恥ずかしいだろ」
ヒエンがオロオロと宥めようとするが、アルコールと過労で完全に限界を迎えたフレアの耳には届いていない。
「…………」
俺は、無言でその光景を見つめていた。
(……ワンオペ。休みのない連日の激務。誰も助けてくれない孤独と、終わらない仕事の山)
俺の脳裏に、前世での記憶がフラッシュバックする。
三ツ星レストランの厨房。怒声が飛び交う中、朝から深夜まで立ちっぱなしでフライパンを振り続け、休憩時間など1秒もなく、ひたすら客のオーダーをこなし続けて……最後は厨房の床で心臓が止まった、あの過酷な日々。
世界の調停者と、一介の料理人。
立場は全く違うが、この不死鳥が抱えている「過労死寸前のブラック労働への絶望」は、痛いほど——いや、前世の命を落とした経験として、深く理解できた。
「……ヒエン。母親をそこの席に座らせてやれ」
俺は、静かにエプロンの紐を結び直した。
「あんたの苦労は……よく分かる。少し待ってろ、今、疲れを癒やす特効薬を出してやるからな」
「え? リ、リアン殿……?」
ヒエンが戸惑う中、俺は厨房へと足を踏み入れた。
極限まで疲労した脳と身体が求めているものは、強烈なアルコールでも、脂っこいラーメンでもない。
良質な『糖分』と、心身を解きほぐす『温もり』だ。
「おいルナ! 出番だ! 今すぐ最高級のマスカットと、イチゴを生成しろ!」
「はいですわ! えいっ!」
食堂で優雅に紅茶を飲んでいたエルフのルナが、魔法でテーブルの上に瑞々しく輝く宝石のようなフルーツの山を作り出した。
俺は、あらかじめ仕込んでおいたタルト生地をオーブンから取り出し、特製のカスタードクリームをたっぷりと敷き詰める。
その上に、ルナが生成した糖度MAXのマスカットとイチゴを、隙間なく、美しく飾り付けていく。フルーツの酸味とカスタードの濃厚な甘さが、絶妙なハーモニーを奏でる究極のフルーツタルトだ。
さらに、村の特産品である『陽薬草』に、リラックス効果のあるカモミールと少量のハニーかぼちゃの蜜をブレンドした、特製のホット・ハーブティーを淹れる。
「お待たせした。ポポロ・コーポ特製、『過労死寸前の魂を救うフルーツタルト』と、温かいハーブティーだ」
俺は、テーブルで泣き崩れているフレアの前に、そのセットをそっと置いた。
「うぅ……っ。私は今、お酒が飲みたいのよ……こんな甘いもの……」
フレアは涙目でタルトを見つめたが、その宝石のような輝きと、ハーブティーから立ち上る優しい香りに、ふと動きを止めた。
彼女は、フォークを手に取り、タルトを一口すくい上げて、口に運んだ。
サクッ。
「……あ」
フレアの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
ルナが生成した最高級フルーツの弾けるような果汁が、口いっぱいに広がる。それを優しく包み込む、手作りカスタードクリームの濃厚で、どこか懐かしい甘さ。
サクサクのタルト生地の食感が、過酷な激務で張り詰めていた彼女の神経を、少しずつ、確実に解きほぐしていく。
「あ、甘い……。優しくて……すごく、心がホッとする味……」
フレアは、震える手でハーブティーのカップを持ち上げ、ゆっくりと一口飲んだ。
陽薬草の成分が身体の奥底まで染み渡り、冷え切っていた心がじんわりと温められていく。
「……う、うわあああああああんっ!!」
不死鳥フレアは、もはや怒りでも悲しみでもなく、ただ純粋な『安堵の涙』を流して、子供のように大号泣し始めた。
「おいしいっ……おいしいよぉっ! 誰も私を労ってくれなかったのに……このタルト、すごく優しい味がするぅぅっ!」
「食え食え。ワンオペの過酷さは、俺が誰よりも知ってる。ここは治外法権のポポロ村だ。今日くらい、神の仕事なんて忘れて、ゆっくり休めばいい」
俺は、泣きながらタルトを頬張るフレアの背中を、ポンポンと軽く叩いてやった。
オカン属性と言われようが何だろうが、限界まで働いてボロボロになった奴を見捨てることは、俺にはできない。
「リアン殿……。ありがとうございます。母さん、あんなに嬉しそうに……」
ヒエンが、深く頭を下げて感謝の意を示してくる。
「気にすんな。寮母長代行としての仕事だ」
俺がフッと笑いかけた、その時だった。
「……決めたわ」
フレアが、涙をハンカチで拭いながら、真っ直ぐに俺の目を見つめた。
「ここが……このポポロ・コーポこそが、私の第2の実家(安住の地)よ。リアン君、私、今日からここの『B棟101号室(女子寮)』に入居するわ!」
「……は?」
「あ、俺も『A棟201号室』に入ります! 母さんを一人にはしておけませんし、俺もリアン殿の飯が食いたいです!」
ヒエンまでが、勢いよく手を挙げた。
「おい、ちょっと待て! あんたたちまで住み着く気か!?」
「いいじゃない! 太郎の遺産はたっぷりあるから、家賃の前納くらい安いものよ! さぁ、ルナちゃん! もっとマスカットを出してちょうだい!」
フレアはすっかり元気を取り戻し、キャルルやルナと一緒にスイーツの女子会を始めてしまった。
(……また、とんでもねぇバケモノ(神)が増えやがった)
俺は、頭を抱えて崩れ落ちた。
ヤンキー聖獣、ラーメン狂いの竜王、そして過労の不死鳥とその息子。
俺の「美味い飯とオカン属性」が仇となり、ポポロ・コーポの入居者リストは、世界を滅ぼせるレベルの圧倒的インフレを引き起こしていた。
だが、このアパートに惹きつけられる厄介者は、まだこれで終わりではなかったのである。
第5話『シングルマザーの悲哀と、絶品スイーツの癒やし』をお読みいただきありがとうございます!
ワンオペ過労で限界を迎え、ポポロ・コーポに駆け込んできた不死鳥フレア!
泣き上戸で「太郎おおお!」と叫ぶ彼女の悲哀は、現代のブラック労働に通じるものがありますね……。
前世で過労死しているリアンだからこそ、彼女の辛さに激しいシンパシーを感じ、最高級のフルーツタルトとハーブティーで優しく労わるシーンは、彼の「オカン属性」の真骨頂です。
しかし、その優しさが裏目(?)に出て、フレアとヒエンも正規入居者に!
これでA棟(男子寮)にはリキ兄貴、デューク、ヒエン。B棟(女子寮)にはフレアとリーザが入り、寮のカオスっぷりがどんどん加速していきます。
次回!
最強の食客たちが揃い踏みする中、今度はパチンコで大負けしたあの「ニート神」がタダ飯を求めて転がり込んできます!
そしてついに、厨房の前で聖獣と調停者の殺し合いが勃発!? リアンのフライパンが火を吹きます!
「フレアお疲れ様……」「リアンの優しさが泣ける」「入居者レベル高すぎワロタ」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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