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EP 13

増殖する居候と、強欲人魚のピンハネ

 ポポロ・コーポでの寮母長おかん代行生活が始まって、数日が経過した。

 木造三階建ての格安アパートの1階にある大食堂は、朝からとんでもない人口密度とカオスな熱気に包まれていた。

「おう兄弟! 今朝のメシも最高やな! このピラダイの塩焼きと月見大根の味噌汁、サンライスが無限に進むで!」

 ド派手な金色のジャージに便所サンダル姿の第6の聖獣・リキ兄貴が、どんぶり飯を豪快にかき込みながら親指を立てる。

 すっかり俺の飯の虜になった彼は、毎日一番乗りで食堂に現れる上得意様(用心棒)となっていた。

「いやぁ〜、リアンのご飯はいつ食べても美味しいねぇ! 寮のご飯がこんなに豪華なら、あたしも引っ越そうかな!」

「わーお! リスナーのみんなぁ! 今日はポポロ・コーポの朝ご飯配信だよぉ! スパチャよろしくねぇ!」

「フッ……朝からこれほど栄養価が高く計算された食事。アルヴィン侯爵家の専属シェフにも見習わせたいものだ」

 キャルル、キュララ、クラウス、さらにはエルフのルナまでが、テーブルを囲んでワイワイと俺の作った朝食を平らげている。

「……おい。お前ら」

 俺は、フライパンを持ったまま、こめかみに青筋を浮かべて凄んだ。

「お前ら、この寮の住人じゃねぇだろうが。なんで毎朝毎朝、当たり前のように上がり込んで俺の賄い飯を食ってんだよ」

「えへへ、固いこと言わないの! 村長権限で特別パスを出したから大丈夫!」

 キャルルがウサギ耳を揺らして笑って誤魔化す。

「ふざけんな。寮の食費の予算は決まってんだ。お前らバケモノ連中が毎日タダ飯を食いに来たら、あっという間にドンガン地下帝国からの裏予算でもパンクするぞ。これ以上エンゲル係数を上げるなら、一人につき銀貨二枚徴収するからな」

 俺が三ツ星シェフ兼・財務管理者としての冷徹な目を向けると、食堂の空気が一瞬ピリッとした。

 その時だった。

「リアン様! わたくしに良い案がございますの!」

 女子寮に引っ越してきたばかりの極貧アイドル・リーザが、ダサい芋ジャージの上に花柄のエプロンを着た姿で、シュバッ! と身を乗り出してきた。

「食費が圧迫されているというのなら、わたくしが買い出しを担当いたしますわ! タローマートのタイムセールと特売品を駆使すれば、食費を極限まで切り詰めることが可能ですのよ!」

 リーザは、胸を張ってドヤ顔を決めた。

「伊達に公園で鳩とパンの耳を奪い合ってきたわけではありませんわ。わたくしの節約術に、全てお任せくださいませ!」

「……お前が買い出しを?」

 俺は、胡乱な目でリーザを見た。

 あの強欲な人魚姫が、他人のために率先して労働(買い出し)を申し出るなど、裏があるに決まっている。だが、俺自身が厨房の仕込みで忙しいのは事実であり、買い出しを任せられるなら確かにありがたい。

「……分かった。今日の夕飯の買い出しは任せる。予算は銀貨五枚だ。きっちりレシートをもらってこいよ」

「お任せくださいませェェッ!!」

 俺が銀貨を渡すと、リーザは黄金のドルマークを瞳に浮かべ、愛用のお賽銭箱型掃除機を引きずりながら、猛ダッシュでタローマートへと向かっていった。

     * * *

 数時間後。夕方の仕込みの時間が迫る頃。

「ただいま戻りましたわ、リアン様!」

 リーザが、両手に大きなスーパーのレジ袋を抱えて意気揚々と帰還した。

「本日の夕飯の食材、見事に調達してまいりましたの! こちらが食材と……お釣りはございませんわ。予算の銀貨五枚、ピッタリ使い切りましたのよ!」

 リーザが誇らしげにレシートを差し出す。

 俺はレシートを受け取り、袋の中身を調理台に広げた。

 ロックバイソンの細切れ肉、少し葉の先がしおれたレ足ス(レタス)、見切り品のタマンネギ。食材としては問題ないが、とても銀貨五枚(約5,000円分)のボリュームには見えない。

(……ほう)

 俺の、前世で簿記1級を取得し、原価計算を極めた『帳簿の目』が、瞬時に違和感を捉えた。

「おい、リーザ」

 俺は、レシートと食材を交互に見比べながら、静かに声をかけた。

「このロックバイソンの細切れ肉のパック。なんでパッケージの隅っこに、赤いシールを『無理やり爪で剥がしたような跡』が残ってんだ?」

「ギクッ!?」

 リーザの肩が、ビクンと大きく跳ねた。

「そ、そそそ、それはですね! パッケージのデザインが少し剥がれてしまっただけで……!」

「嘘をつけ。これ、『半額シール』の剥がし跡だろ。しかもこのレシート……タローマートの正規の印字じゃなく、裏紙に手書きでそれっぽく偽造してあるな?」

 俺は、白銀のトングを指先でチャキッと鳴らした。

「簿記の基本は『貸借一致』だ。お前が買ってきたこの見切り品食材の市場価格と、予算として渡した銀貨五枚の借方・貸方が、どう計算しても合わねぇ。……残りの銀貨はどこへやった?」

「し、知りませんわ! 途中で落としたのかもしれませんの!」

 リーザが目を泳がせながら、後ずさりする。

「そうか。じゃあ、ちょっとそのお賽銭箱を調べさせてもらおうか」

 俺がトングを向けると、リーザは「ひぃっ!」と悲鳴を上げてお賽銭箱型掃除機を抱え込んだ。

 俺は無言で近づき、お賽銭箱を軽く揺すった。

 ——ジャラジャラジャラッ!

 お賽銭箱の奥底から、どう聞いても銀貨や銅貨が大量にぶつかり合う、極めて重厚な金属音が鳴り響いた。

「……なるほど。タローマートで半額の見切り品を買って出費を抑え、浮いたお釣りを自分の懐(お賽銭箱)にピンハネ(横領)したわけだ」

「あわわわわっ……!」

 俺は、容赦なくトングでリーザの頭に『コンッ!』とチョップをお見舞いした。

「いたぁぁぁいっ!!」

「この強欲バカ。俺の帳簿の目を誤魔化せると思うなよ。横領した釣り銭は全額没収して、寮の修繕積立金に回す」

 俺が冷酷に言い放つと、リーザは「わたくしの……わたくしのピンハネ資金がぁぁっ!」と床に突っ伏して号泣し始めた。

「泣いてる暇があったら、玉ねぎの皮でも剥いてろ。お前が買ってきたこの見切り品の安い食材で、極上の賄い飯を作ってやる」

 俺は、エプロンの紐をキュッと締め直した。

 三ツ星シェフの腕の見せ所だ。

 高級食材で美味いものを作るのは誰でもできる。限られた予算、あるいは見切り品の安い食材を使って、いかに食う者の魂を震わせる一皿を作り上げるか。それこそが料理人の真骨頂である。

 俺が作るのは、『ロックバイソンとタマンネギの特製ガリバタ醤油炒め定食』だ。

 見切り品で少し硬くなったロックバイソンの細切れ肉は、すりおろした玉ねぎ(タマンネギ)の果汁と少量のサケスキー(酒)に漬け込むことで、酵素の力で極限まで柔らかくする。

 熱したフライパンに、シープピッグのラードを引き、ニンニクの香りを移す。

 そこへ、下味をつけたバイソン肉と、厚めにスライスしたタマンネギを一気に投入。

 ——ジュワァァァァァッ!!

 肉が焼ける強烈な音と共に、暴力的なまでの旨味の香りが厨房に爆発する。

 肉の色が変わった瞬間、特製の『醤油草』のタレと、隠し味のバター(魔導精製乳脂)を放り込み、強火で一気に焦がし醤油の香りを纏わせる。

 鮮度落ちのレ足ス(レタス)は、氷水にさらしてシャキシャキ感を復活させ、大盛りのサンライスの上に敷き詰める。その上に、炒めたばかりの熱々のガリバタ肉を、タレごとドバッと豪快に盛り付けた。

「完成だ。ポポロ・コーポ特製賄い飯、食いな」

 俺が食堂のテーブルに大皿を置くと、その香りに釣られてワラワラと集まってきたSクラスの連中とリキ兄貴が、一斉に目を輝かせた。

「いただきまーす!!」

 全員がスプーンで肉とご飯を掬い、口へと運ぶ。

 モグッ。

 その瞬間、全員の動きがピタリと止まった。

「う、美味すぎるぅぅぅっ!!」

 キャルルがウサギ耳をピンと立てて絶叫する。

「安い細切れ肉のはずなのに、口の中でホロホロと崩れるわ! 焦がし醤油とバターの反則的なコクが、ご飯とシャキシャキのレタスに絡んで……悪魔的な美味しさですのォォッ!」

 ピンハネを怒られて泣いていたリーザも、涙とヨダレを撒き散らしながらガツガツとかき込んでいる。

「ふっ、当然だ。料理は値段じゃねぇ、技術と計算だ」

 俺は、美味そうに飯を食う住人(と居候)たちを見ながら、密かに満足げな笑みを浮かべた。

 食費のピンハネ事件はあったが、これで今日も無事に寮母長の仕事を終えられそうだ——。

 そう思って、俺が自分の分の賄い飯を食べようとした、その時だった。

 ——ドンドンッ!

 ポポロ・コーポの玄関の扉が、重々しく叩かれた。

「……ん? 誰だ、こんな夕食時に」

 俺がエプロン姿のまま扉を開けると、そこには、夕日に照らされて影を長く伸ばす、一人の長身の男が立っていた。

 高級なスーツを着崩し、口元には渋い葉巻。

 そしてなぜか、その後ろには『チャルメラ』の音楽が似合いそうな「木造のラーメン屋台」が引かれている。

「……リアンよ」

 イケオジの姿をした調停者の一角——『竜王デューク』が、ニヤリと尊大な笑みを浮かべてそこに立っていた。

「はるばるポポロ村まで足を運んでやったぞ。……我が魂の豚骨ラーメンについて、三ツ星シェフの貴様と、夜通し語ろうじゃないか」

「…………」

 俺は、無言で玄関の扉をバタンと閉めた。

 しかし、閉まる直前にデュークの革靴がドアの隙間に挟まり、「おい、閉めるな」という低い声が響く。

 最強のヤンキー聖獣に続き、今度はラーメン狂いの竜王。

 ポポロ・コーポの平穏な日常は、さらなるカオスの渦へと巻き込まれようとしていた。

第3話『増殖する居候と、強欲人魚のピンハネ』をお読みいただきありがとうございます!

リアンのご飯目当てに、当然のように食堂に集まってくるSクラスの面々(笑)。

食費の危機を救うべく立ち上がったリーザですが、やはり裏がありました。半額シールを剥がして正規の値段を請求し、お釣りを自分の懐(お賽銭箱)に入れるという古典的かつセコすぎる横領!

しかし、簿記1級のリアンの「貸借不一致」の目とトングチョップによって、見事に成敗されました。

そして見切り品で作られた『ガリバタ醤油炒め定食』! 読んでいてお腹が空くような飯テロ描写を目指しました。

お腹も膨れて平和な夜が……と思いきや、玄関に現れたのはラーメン屋台を引いたイケオジ・竜王デューク!

次回、三ツ星シェフとラーメン狂いの竜王による、ガチの料理ラーメン談義が幕を開けます!

「リーザの横領セコすぎるw」「リアンのトングチョップ草」「デューク何しに来たww」と少しでも楽しんでいただけましたら、

ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、リアンの食費の足しになります!

【ブックマーク】のご登録、感想コメントもいつでもお待ちしております! 次回もお楽しみに!

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