EP 11
理不尽な辞令! ポポロ・コーポの最強寮母長誕生
秋風が心地よく吹き抜ける、ルナミス帝国国境の緩衝地帯・ポポロ村。
あの借金まみれの駄女神ルチアナが、マグローザ漁船という名のタコ部屋へと物理的にドナドナされてから数日が経過し、村にはようやく平和で穏やかな日常が戻ってきていた。
「ふぅ……。やっぱり、負債のない帳簿ってのは見ていて清々しいな」
ポポロ村の村長宅(5LDKのシェアハウス)のリビング。
俺——リアン・シンフォニアは、村の経費や備品の購入リストを記した帳簿をめくりながら、一人で満足げに頷いていた。
前世で簿記1級を取得し、三ツ星シェフの副料理長として過労死した俺にとって、数字がピタリと合うことと、静かな環境で美味いコーヒーを飲めること以上に幸せな時間はない。
このまま何事もなく、平穏な自給自足のスローライフが続いてくれれば最高なのだが。
「リアンくぅぅぅぅん……っ!」
バンッ! と勢いよくリビングの扉が開き、月兎族のキャルルが泣きそうな顔をして飛び込んできた。
彼女は、タローマン製の特注安全靴をドタドタと鳴らしながら俺の横に駆け寄ると、両手をパンッと合わせて拝むような姿勢を取った。
「お願いだよぉ、リアン君! ポポロ・コーポの『寮母長』をやってみない!?」
「……あん? 寮母長だと? なんだ急に」
俺は、コーヒーカップを置いて眉をひそめた。
ポポロ・コーポ。
それは、村への移住や雇用を促進するために建てられた、木造三階建ての格安アパート(1LDK・光熱費込みで月三万円)である。
男子寮と女子寮に完全に分かれており、独身の農夫や自警団員、出稼ぎの労働者たちが暮らす、ポポロ村の労働力の要とも言える集合住宅だ。
「あそこには、元冒険者で鬼人族の『お菊さん』が寮母として住み込みで働いてるはずだろ。なんで俺が代行なんか……」
「それがね、お菊さん、今日の朝イチで実家に帰っちゃったの……!」
キャルルが、困り果てたようにウサギ耳をペタンと寝かせた。
「実家に? 忌引きか何かか?」
「うん。えっとね……」
キャルルは、エプロンのポケットから一枚のメモ帳を取り出し、それを読み上げ始めた。
「『実家の母親の、従兄弟の、友達の、お隣の人の、犬が亡くなったので、お葬式に出なきゃいけなくなりました。しばらく休みます』……だって」
「行くなよ!!」
俺は思わず立ち上がり、渾身のツッコミを炸裂させた。
「関係性ないだろソレ! 赤の他人の飼い犬じゃねぇか! せめて『親戚の不幸』くらいで誤魔化せよ!」
「わ、私もそう言って止めたんだけどね……っ。お菊さん、大粒の涙を流しながら、愛用のトゲトゲ金棒で村の広場の巨石を粉々に叩き割って『どうしても行く』って聞かなくて……っ。私、怖くてそれ以上引き留められなかったのぉ」
キャルルが、当時の恐怖を思い出してガタガタと震えている。
鬼人族のメイドの膂力はバケモノだ。村長とはいえ、キャルルが物理的な圧(金棒)に屈したのは無理もない。
「はぁ……」
俺は、深々とため息をつきながら頭を掻き毟った。
「で、お菊さんが帰ってくるまでの間、俺に寮母長の代わりをやれってか」
「お願いだよぉ、リアン君! 寮には、村の畑を耕してくれる独身の若い農夫さんや、夜勤明けの自警団員さんがたくさん住んでるの! お菊さんがいないと、みんなご飯も食べられないし、寮の中がゴミ屋敷になっちゃう!」
キャルルの訴えに、俺は簿記1級の計算回路をフル回転させた。
ポポロ・コーポの住人たちは、村の経済を支える大切な労働力だ。彼らがロクな食事を摂れずに体調を崩せば、村の農業生産率や防衛力が低下し、結果的に村長であるキャルル——ひいては俺の平穏なスローライフにダイレクトに悪影響が及ぶ。
なにより、前世で厨房を取り仕切っていた三ツ星シェフとしてのプライドが、『若者たちが粗末な飯(ルナミス軍の配給缶詰など)で飢えを凌いでいる状況』を許せなかった。
「……分かった分かった。はぁ、引き受けてやるよ」
俺は、渋々といった様子で首を縦に振った。
「やったぁぁっ! ありがと、リアン君! やっぱり頼りになるぅ!」
キャルルが、ピョンピョンと跳ねて喜ぶ。
「ただし、寮の食費の予算管理は1ルナ単位で俺が完全に握る。それと、俺が作る以上、食材の仕入れには妥協しない。村の経費からきっちり落とさせてもらうからな」
「うんうん! 予算なら、ドンガン地下帝国との裏取引で余裕があるから大丈夫だよ!」
キャルルと交渉を終え、俺がエプロンの紐を結び直そうとした、その時だった。
「……リアン様。今、なんとおっしゃいましたの?」
部屋の隅。
先ほどまで、近所の公園で摘んできた『食べられる雑草』にマヨネーズをかけて貪るように食べていた人魚姫——リーザが、血走った目をカッと見開いて、シュバッ! と音を立てて俺の目の前に滑り込んできた。
「なんだよ、リーザ。俺はこれから、ポポロ・コーポの寮母長の代行に行くんだよ」
俺が面倒くさそうに答えると、リーザの瞳に、強烈なまでの強欲の光が宿った。
「ポポロ・コーポ……。あそこは、家賃さえ払えば『朝晩の賄い飯』が無料でついてくるという、独身者にとっては天国のような福利厚生が完備された施設ですわね……」
リーザの息が、次第に荒くなっていく。
「そこに、三ツ星シェフであるリアン様が、寮母長として赴任する。ということは……」
リーザは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「リアン様のタダ飯……ゲフンゲフン。リアン様の手料理が、朝と晩、確実に食べられますのね♡」
「おい、待て。お前、まさか……」
「住みます!! わたくし、今日からポポロ・コーポの女子寮に引っ越しますわォォォッ!!」
リーザが、バンッ! とテーブルを叩いて高らかに宣言した。
「バカ言え。お前は今、この村長宅(5LDK)に無料で居候してる身分だろうが。わざわざ家賃三万ルナを払ってまで、狭い1LDKのアパートに引っ越す必要がどこにある」
俺が呆れてツッコミを入れるが、リーザは鼻で笑った。
「リアン様、甘いですわ! ここに居候していても、リアン様がご飯を作ってくださるのは、気が向いた時かイベントの時だけではありませんの! ですが、寮に入れば『業務』として、毎日必ず極上の手料理が提供されますのよ! 家賃三万ルナなど、リアン様の手料理を毎日食べられる権利に比べれば、タダ同然、いや実質プラスですわ!!」
(……この強欲アイドル、食い意地に対する損益計算だけは異常に早えな)
「わたくし、さっそく荷物をまとめてまいりますわ! あぁ、パンの耳と雑草の生活から、ついに抜け出せますのね……っ!」
リーザは、感動の涙を流しながら愛用のお賽銭箱型掃除機を抱え上げ、猛烈なダッシュで自分の部屋へと荷造りに向かってしまった。
「あーあ。リーザちゃん、行っちゃった」
キャルルが苦笑いしながら見送る。
「……まぁいい。どうせ作る量は大して変わらん。アイツの分の食費は、きっちり寮費から引いておくさ」
俺は、愛用のタローマン製ジャージの袖をまくり上げ、小さく首を鳴らした。
こうして、前世の過労死シェフから転生した俺は、ひょんなことからポポロ村の格安アパート『ポポロ・コーポ』の寮母長代行を務めることになったのである。
だが、俺はこの時まだ予想だにしていなかった。
俺の作る『極上の賄い飯』の噂が、やがてアナステシア世界のパワーバランスを司る【最強の神々や聖獣たち】の嗅覚を刺激し、この狭い木造アパートの食堂を、とんでもないバケモノたちの『溜まり場』へと変貌させてしまうということを——。
いよいよ始まりました、第16章『神々の溜まり場と、三ツ星シェフの寮母長代行』!
ルチアナが漁船にドナドナされ、平和を取り戻したと思いきや、今度は鬼人族メイドの「お菊さん」の長すぎる無茶苦茶な理由(親の従兄弟の友達のお隣の犬の葬式)によって、リアンが寮母長を押し付けられることに!
そして、リアンの「毎日手料理が振る舞われる」という事実に秒で気づき、即座に引っ越しを決意するリーザ。彼女の強欲さと食い意地は、もはや一つの才能ですね(笑)。(※今回からリーザのセリフのテンポを上げ、より自然な強欲お嬢様になるよう調整しております!)
次回! 寮母長に就任したリアンの元へ、さっそく深夜の訪問者が!
「パラリラパラリラ〜♪」と爆音を鳴らしてやってきたのは、まさかのヤンキー聖獣『リキ兄貴』!
最強の聖獣と最強のオカン(リアン)の、深夜のチャーハン対決(?)が幕を開けます!
「お菊さんの理由長すぎワロタ」「リーザの損益計算早すぎるw」「オカン属性リアン最高」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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