EP 10
宴の終わりと、平和な日常のルナキン(大団円)
「いらっしゃいませ! ルナキン・ポポロ支店へようこそ!」
自動ドアの軽快な電子チャイムと共に、明るく暖かな照明に包まれた店内へと足を踏み入れる。
ルナミス帝国が誇る24時間営業のファミリーレストラン『ルナキン』。
つい十数時間前、ここで駄女神ルチアナの借金(督促状の山)が発覚し、理不尽な土下座と脅迫を受けたあの悪夢のようなボックス席に、俺たちは再び陣取っていた。
「さぁ、みんな! 今日はいろいろあったけど、改めてリアンの14歳のお誕生日、そしてポポロ山慰安旅行の打ち上げパーティーだよぉ!」
ウサギ耳を嬉しそうに揺らしながら、キャルルがドリンクバーのグラスを高く掲げた。
「ええ! わたくしたちのリーダーであり、最高のシェフであるリアン様に、心からの祝福を!」
エルフのルナも、メロンソーダの入ったグラスを上品に持ち上げる。
「フッ。数々の困難(主に借金と茶番)を乗り越え、我々の絆はさらに強固なものとなった。この平穏なる夜に、乾杯だ!」
クラウスがキメ顔で宣言し、全員のグラスが中央で重なり合った。
「「「かんぱーい!!」」」
カチンッ! と涼やかな音が響き、俺たちの真の宴がスタートした。
テーブルの上には、各々が好きなだけ注文したルナキンのメニューが所狭しと並べられている。
キャルルは特大の『ニンジン・ハンバーグプレート』を幸せそうに頬張り、クラウスは『厚切りロックバイソン・ステーキ』を騎士らしく優雅に切り分けている。キュララは『ルナキン特製・海鮮丼』をドローンで撮影しながら、美味しそうに舌鼓を打っていた。
そして。
俺の向かいの席では、信じられない光景が繰り広げられていた。
「…………」
ダサい芋ジャージ姿のリーザが、目の前に置かれた鉄板の上でジュージューと音を立てる『デミグラスソース・ハンバーグ定食(ライス大盛り)』を前に、完全にフリーズしていたのだ。
「どうした、リーザ。冷めるぞ」
俺がポテトフライをつまみながら声をかけると、リーザはビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
その両目からは、滝のような涙がドバドバと溢れ出している。
「り、リアン様……。これ……本当に、わたくしが食べてよろしいんですの……?」
「当たり前だろ。今日は俺の奢りだって言ったはずだ」
「で、ですが……! 普段のわたくしなら、タローソンの裏で野良犬と争って廃棄弁当を奪い合うか、公園の食べられる雑草にマヨネーズをかけて飢えを凌ぐ毎日……! こんな、湯気が立っていて、お肉の匂いがする『温かいご飯』なんて……!」
リーザの言葉が、あまりにもリアルな底辺生活の悲哀を帯びていて、隣でステーキを食べていたクラウスが「うっ……」と涙ぐんでフォークを止めた。
「いいから食え。お前、今日はお賽銭箱で高級肉を吸い込んで、事件解決(スパチャ稼ぎ)の最大の立役者になったんだからな。それくらい食う権利はある」
俺がそう言ってやると、リーザは「うわあああんっ!」と泣き声を上げながら、両手でナイフとフォークを握りしめた。
「いただきますわ……! 命に感謝して、いただきますわォォォッ!!」
リーザは、ハンバーグを大きく切り分け、口の中へと放り込んだ。
「お、美味しい……っ! お肉の肉汁と、デミグラスソースの濃厚なコクが……パンの耳とは比べ物にならないくらい、脳髄に響きますの……っ!」
ボロボロと涙をこぼしながら、大盛りのライスをガツガツと掻き込むリーザ。
その強欲な人魚姫の姿には、いつもの計算高さはなく、ただ純粋に『美味しいご飯を食べられる喜び』だけが満ち溢れていた。
(……まぁ、たまにはこういうのも悪くないな)
俺は、ストローでメロンソーダを啜りながら、ふと息をついた。
14歳。
前世の俺——青田優也は、25歳で過労死した。
来る日も来る日も、厨房の熱気と怒号の中でフライパンを振り続け、プライベートな時間など1秒もなく、ただひたすらに料理を作り続けて死んだ。
それに比べて、今世はどうだ。
Sクラスという規格外のバケモノたちに囲まれ、村長やアイドルや騎士や天使の世話を焼き、挙句の果てには神の借金返済のためにマサカ茸を乱獲する日々。
前世とは全く違うベクトルの『過労』を抱え込んでいる気がしないでもない。
だが、不思議と嫌な気はしなかった。
こうしてテーブルを囲み、俺が指示を出して解決した事件の後に、美味そうにご飯を食べるこいつらの笑顔を見ていると、簿記1級の計算式では弾き出せない『温かい充足感』が胸を満たしていくのを感じるのだ。
「えへへ……リアン、お誕生日おめでとう!」
キャルルが、食後のイチゴパフェをスプーンで掬いながら、とびきりの笑顔を向けてくる。
「また明日から、ポポロ村の村長のお仕事、手伝ってね!」
「ああ、任せとけ。……ただし、予算の管理はきっちり俺がやるからな」
俺が呆れ半分で答えると、テーブルにドッと笑いが起きた。
賑やかで、やかましくて、だけどどこまでも平和な、俺の大切な日常の光景だった。
* * *
——同時刻。
ポポロ村の暖かなファミレスから遠く離れた、シーラン国沖合。
漆黒の海原で荒れ狂う暴風雨の中、一隻の巨大な漁船が、波間に激しく揺さぶられながら進んでいた。
「オラァッ! 手ェ動かせ新入り! 次の網を引き上げるぞ!!」
筋骨隆々の海の男(魔族)が、容赦ない怒号を飛ばす。
「ひぃぃぃぃっ!! む、無理よぉぉっ! 私の綺麗な爪が剥がれちゃうぅぅっ!!」
甲板の上。
ハイブランドのドレスを剥ぎ取られ、代わりに粗末な麻袋を頭から被らされた金髪の女——駄女神ルチアナが、ズブ濡れになりながら必死に極太のロープを引っ張っていた。
ここは、借金を抱えた者たちが最後に行き着く地獄のタコ部屋、通称『マグローザ漁船』。
天界の黒服天使たちによってドナドナされた彼女は、問答無用でこの過酷な労働環境へと放り込まれていた。
「ザッケンナ! お前、借金100万ルナもあるんだろ! このキングクラブ(巨大蟹)を100匹水揚げするまで寝るんじゃねぇ!」
「いやあああああっ! 蟹がっ! 蟹が私の顔を挟もうとしてるぅぅっ!!」
ザパーーーンッ!!
容赦なく打ち付ける氷のように冷たい海水。
ルチアナは、鼻水と涙と海水で顔をグシャグシャにしながら、冷たい甲板に這いつくばった。
「うぅ……っ、リアン君のケチィ……! クラウスのバカァ……! なんで私だけ、こんな目に遭わなきゃいけないのよぉ……っ!」
彼女の脳裏に浮かぶのは、今頃暖かな下界のファミレスで、楽しく談笑しているであろうSクラスの面々の姿。
そして。
「……でも、負けないわ。ここでキングクラブを水揚げすれば、時給がもらえる……。時給を貯めれば……」
ルチアナの瞳の奥に、消え去るどころか、より一層ドス黒く濁った『業の炎』が宿った。
「あと10連……。時給を貯めて、あと10連回せば……次こそ絶対に、限定水着の月人君がお迎えできるはずよ……ッ!!」
ガチャという名の底なし沼は、神の精神すらも完全に破壊していた。
ルチアナは、虚ろな笑みを浮かべながら、血の滲む手で再びロープを握りしめた。
「待っててね、月人くぅぅぅん! 私、蟹を獲って、絶対にあなたを引いてみせるからぁぁぁぁっ!!」
暴風雨の夜の海に、駄女神の狂気に満ちた絶叫が空しく響き渡る。
彼女が100万ルナの借金を完済し、再び下界(ポポロ村)へと舞い戻ってくるのは、まだもう少し先の話である。
* * *
「——はっくしょん!」
ルナキンでの宴の最中。
俺は、ふと背筋に悪寒を感じて盛大なくしゃみをした。
「どうしたの、リアン? 風邪?」
キャルルが心配そうに覗き込んでくる。
「いや……なんでもない。どっかのバカが、また懲りずにロクでもないことを考えてるような気がしただけだ」
俺は鼻をすすると、気を取り直してメロンソーダを飲み干した。
「さぁ、食ったら帰るぞ。明日も朝から、畑の世話と自警団の武器の手入れが待ってるからな」
「「「はーい!」」」
Sクラスの面々の元気な声が、夜のルナキンに響く。
過酷な前世から転生し、行き着いた先のアナステシア世界。
厄介事は絶えないし、借金まみれの神や貧乏なアイドルなど、ロクな奴がいない。
それでも、俺の14歳の誕生日は、これまでのどの人生よりも『美味くて、温かい』ものだった。
俺は、お賽銭箱型掃除機を大事そうに抱え、満腹のお腹をさすりながら幸せそうに笑うリーザの頭を軽く小突くと、夜のポポロ村へと向かう自動ドアをくぐり抜けた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
『駄女神の借金と、マサカ茸の迷宮ツアー』、無事に完結いたしました!
ルチアナという最大のガン(借金女神)が物理的に排除され、ついに平和な日常を取り戻したリアンたち。
ルナキンでパンの耳ではなく、本物の温かいハンバーグ定食を食べて号泣するリーザの姿に、少しでもホロリとしていただけたなら幸いです。リアンは文句を言いつつも、本当に面倒見の良いお母さん(お父さん?)ですね。
そして一方その頃、マグローザ漁船(タコ部屋)に送られたルチアナは……。
極寒の海で巨大蟹と格闘しながら、それでも「あと10連回すために時給を稼ぐ!」と目を血走らせていました(笑)。ガチャの沼、恐るべし!
「リーザよかったね!」「ルチアナ自業自得すぎて草」「リアンの過労は続くw」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、今後の執筆の最強のモチベーションになります!
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これからも、リアンとSクラスの面々のドタバタでカオスな日常と、美味しい料理をお届けしていきますので、引き続き『アナステシア世界』をよろしくお願いいたします!




