EP 9
ガチャの沼と、天界からの黒服ドナドナ
『【重要なお知らせ】』
『朝倉月人 サマーバケーション限定・水着SSR ピックアップ終了まで、残りあと5分!』
ポポロ村の村長宅。
先ほどまで、100万ルナの借金を完済し、安堵の涙と歓喜に包まれていたリビングの空気が、その無慈悲な電子音を皮切りにピタリと凍りついた。
「…………」
ルチアナの視線が、エンジェルすまーとふぉんの画面に完全に釘付けになっている。
彼女の瞳の奥で、消え去ったはずの『業の炎』が再びメラメラと燃え上がり始めていた。
「……おい、ルチアナ」
俺は、最悪の予感に全身の毛穴を逆立てながら、低く静かな声で呼びかけた。
「やめろ。お前は今さっき、地獄の釜の底から生還したばかりだろうが。その画面から指を離せ」
「り、リアン君。わかってるわ……私だって、わかってるのよ……っ」
ルチアナは、ギリギリと奥歯を噛み締めながら、しかし画面から目を逸らさずに口を動かした。
「でも、でもね……? さっき借金を全額返したことで、私のカードの『限度額』が、まるごと100万ルナ分、綺麗に復活しているのよ……?」
「復活じゃねぇ! マイナスがゼロに戻っただけだ! お前の手持ちの資産は相変わらずゼロだろうが!」
俺の至極真っ当なツッコミは、もはやガチャの沼に片足を突っ込んだ駄女神の耳には届いていなかった。
「この限定水着の月人君を逃したら、来年の夏まで会えないのよ……? 10連……最初の10連だけなら、たったの3000ルナよ。すぐ返せる額じゃない! もしかしたら、呼符の単発でポロリと来るかもしれないし……ッ!」
「おい、クラウス! そのすまーとふぉんを取り上げろ!」
「は、はいっ!」
俺の怒号に反応し、アルヴィン侯爵家のエリート騎士であるクラウスが神速の踏み込みでルチアナに飛びかかろうとした。
だが、遅かった。
大宇宙管理局・第3種惑星創造神格公務員としての『全能の力』のすべてを、ただ一点、「ガチャを回すタップ速度」に極振りしたルチアナの指の動きは、クラウスの神速すらも凌駕していた。
「いくわよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ルチアナが、画面の『10連ガチャを回す』ボタンを絶叫と共にタップした。
画面が光り輝き、ガチャの演出が始まる。
虹色の光(SSR確定演出)は……出ない。金と銀の光だけが虚しく弾ける。
「嘘でしょ……!? RとSRの最低保証だけ!? いや、こんなはずはないわ! 確率の収束よ! 次! 次こそは来るわ!」
ルチアナの目が完全に血走り、彼女の指が狂ったような速度でタップを繰り返す。
「やめるんだ、ルチアナ! それ以上回せばまた借金が——」
「うるさーい! 神の祈りを邪魔するなぁっ!」
クラウスが止めようと手を伸ばすが、ルチアナは信じられない身のこなしでそれを躱し、ひたすら画面を連打し続ける。
「あああああっ! 虹演出キターッ! ……って、なんで恒常のオジサンキャラがすり抜けるのよぉぉぉっ!! ピックアップ仕事してええええっ!!」
ルチアナの悲鳴がリビングに響き渡る。
「あとちょっと……天井まであと少し……! ここで引かなかったら、今まで回した分が全部無駄になるのよ……ッ!」
「ルチアナ様! お金が! 稼いだお金がみるみる溶けていきますわォォッ!」
リーザが、他人の金とはいえ、あまりの消費スピードに顔を青ざめさせて叫ぶ。
「配信のスパチャ読んでる時より、指の動きが速いよぉ……」
キュララがドン引きして後ずさりする。
サンクチュアリ(天井)を目指す狂気のタップ。
ものの数分であった。
ルチアナのエンジェルすまーとふぉんの画面に、再び、あの見覚えのある毒々しい赤文字が表示された。
『現在のご利用残高:1,000,000ルナ(限度額到達)』
『重要・最終通告』
「「「…………」」」
静寂。
ポポロ村の村長宅のリビングに、完全なる静寂が舞い降りた。
ルチアナは、燃え尽きた真っ白な灰のように、その場に膝をついていた。
彼女の虚ろな瞳から、ポロリ、と一粒の涙がこぼれ落ちる。
「……で、でなかった……。天井到達直前で……限度額が……」
たった数分。
俺たちが汗水垂らしてポポロ山で稼ぎ出した100万ルナが、何の実り(SSR)も結ばないまま、電子の海へと完全に消え去った瞬間であった。
「……リアン。こいつ……本当に、やりやがったぞ」
クラウスが、信じられないものを見る目でルチアナを見下ろしている。
ルチアナは、ガタガタと震えながら、ゆっくりと俺の方へ振り向いた。
そして、ファミレスの時と全く同じフォームで、床に額を擦り付ける完璧な土下座の体勢に入った。
「り、リアンくぅぅぅぅぅぅんっ!! ごめんなさぁぁぁいっ! もう一回! もう一回だけ、マサカ茸狩りツアーを——」
俺は、無表情のまま。
本当に、一切の感情を顔に出さず、ただ静かに懐から魔導通信石を取り出した。
「えっ……? り、リアン君……? 誰に連絡を……?」
ルチアナが、ピクッと震えて顔を上げる。
俺は、迷いなく天界のカスタマーサポートセンター——『大宇宙管理局・債権回収部門』の緊急ダイヤルをプッシュした。
「やっ、やめっ——!」
『プルルルル……ガチャッ。はい、大宇宙管理局・債権回収部門です』
「あ、もしもし。ポポロ村のリアン・シンフォニアです。ルチアナの件ですが」
『あぁ、先ほど限度額を再度超過したアカウントですね。いかがなさいましたか?』
「あ、もう無理です。引き取って下さい」
『承知いたしました。直ちに回収班を派遣します』
俺が通信石を切った、次の瞬間。
——バリィィィィィィィィンッ!!!!
リビングの空間が、文字通りガラスのように砕け散り、巨大な黒いゲートが開いた。
中から現れたのは、身長2メートルはあろうかという筋骨隆々のレスラー体型に、黒いスーツと真っ黒なサングラスを着用した、いかにも『そのスジ(取り立て屋)』のオーラを放つ黒服天使たちであった。
「ルチアナ様ですね。ご同行願います」
黒服の天使が、事務的な、しかし絶対に逆らえないドスの効いた声で告げる。
「いやあああああああっ! 放してぇぇぇぇっ! 私は世界神よおぉぉぉっ!」
ルチアナが泣き叫んで抵抗するが、黒服天使たちは無言で彼女の両腕をがっちりと拘束した。
「まずは、借金のカタとして、そのお召し物を回収させていただきます」
ビリィッ!
黒服の一人が、ルチアナが着ていたハイブランドのドレスを容赦なく引っ剥がし(代わりに粗末なドンゴロスのような麻袋を着せ)、素早く回収袋へと放り込んだ。
「あぁっ! 私のシャネ〇がぁぁっ!」
「続いて、身柄を確保します」
もう一人の黒服が、どこからともなく巨大な『特大スーツケース』を取り出し、それをパカッと開いた。
そして、抵抗するルチアナを文字通り折り畳むようにして、無理やりスーツケースの中へと詰め込み、ガチャリと鍵を閉めたのだ。
「むぐっ!? ぐぇっ……!」
スーツケースの中から、くぐもった悲鳴が漏れる。
「行き先は、シーラン国沖合のマグローザ漁船となります。苛酷なカニ工船……いえ、漁船労働にて、100万ルナを全額返済していただきます。それでは、リアン様。ご協力感謝いたします」
黒服天使たちは俺に向かって深々と一礼すると、ルチアナの詰まったスーツケースを引きずりながら、空間のゲートの向こうへと去っていった。
『いやああああああああっ!! 月人くぅぅぅん!! 助けて月人くぅぅぅぅぅんっ!!!』
空間が閉じる直前、スーツケースの中から響き渡ったルチアナの断末魔の叫びが、秋風と共に空の彼方へと消えていった。
* * *
「「「…………」」」
ポポロ村の村長宅の、縁側。
俺たちは、夕日に染まる空を見上げながら、スアイが気を利かせて淹れてくれた熱々のポポロ・コーヒーを静かに啜っていた。
「……自業自得ですわね」
リーザが、湯呑み(コーヒーカップがないので)を両手で持ちながら、ポツリと呟いた。
「うん……ちょっとだけ可哀想だけど、擁護のしようがないね」
キャルルも、ウサギ耳をペタンと寝かせて遠い目をする。
「あぁ。これで本当に、平和になった」
俺は、コーヒーの芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込みながら、至福の吐息を漏らした。
俺たちの手元には、ルチアナが奢るはずだった宴会の資金はない。
だが、そんなものはどうでもよかった。あの借金まみれの厄介な駄女神が、マグローザ漁船という名のタコ部屋へと物理的にドナドナされていったという事実だけで、俺の心は清々しいほどの喜びに満ち溢れていたのだ。
「さぁ、バカな茶番は終わりだ。今日の晩飯は、俺が特製のニンジンハンバーグを作ってやる。……平穏なスローライフに、乾杯だ」
俺の言葉に、Sクラスの面々が笑顔でコーヒーのカップを掲げる。
こうして、マサカ茸とスパチャに翻弄された14歳の誕生日は、駄女神の自業自得という完璧なオチを迎え、美しい夕暮れと共に静かに幕を閉じたのである。
第9話『ガチャの沼と、天界からの黒服ドナドナ』をお読みいただきありがとうございます!
「限度額が復活したから回せる!」
多重債務者のテンプレのような最悪の思考回路で、稼いだばかりの100万ルナを数分で溶かし切ったルチアナ。神速のタップも虚しく、すり抜けからの天井手前での限度額ストップという、ソシャゲの闇を煮詰めたような結末でした(笑)。
そして、リアンの容赦ない通報からの「あ、もう無理です。引き取って下さい」。
天界の黒服天使たちによる、身包みを剥がしてのスーツケース収納ドナドナ! 行き先は恐怖のマグローザ漁船です!
縁側でコーヒーを啜るリアンたちのドライな反応が、彼らの絆(?)の深さを物語っていますね。
次回、いよいよ15章の最終話!
ルチアナというガンが消え、心置きなくリアンの誕生日パーティーをルナキンでやり直すSクラスの面々。平和な日常の光景で大団円を迎えます!
「ルチアナ自業自得すぎるww」「リアンの通報が光の速さで草」「マグローザ漁船頑張ってね!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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