EP 8
荒稼ぎと借金完済! 天界からの督促を回避せよ
消えた高級ロックバイソン肉事件は、俺——リアン・シンフォニアの簿記1級とシェフの感覚をフル稼働させた名推理(物理的な重量計算)により、ただの『お賽銭箱型掃除機によるうっかり吸引事故』として幕を閉じた。
マサカ茸の副作用でIQが半分になり、ポンコツミステリー空間を彷徨っていたSクラスの面々も、午後になる頃には幻覚成分が抜け、無事に正気を取り戻していた。
「いやぁ〜、それにしてもすっごい大漁だったねぇ! リアン!」
ポポロ山を下山する道すがら、月兎族のキャルルが背負ったカゴを揺らしながら満面の笑みを浮かべた。
カゴの中には、俺たちが午後から総出で乱獲した『マサカ茸』が山のように積まれている。エルフのルナが植物の声を聞いて群生地を特定し、リーザの掃除機が落ち葉ごとダイレクト吸引するという、極めて情け容赦のない絨毯爆撃的な収穫作業の成果であった。
「あぁ。これだけ最高級のマサカ茸が揃えば、帝都の料亭や大商会に卸せばかなりの額になるはずだ」
俺は、ずっしりと重いカゴの紐を握り直しながら頷いた。
「わーお! こっちのスパチャの集計も終わったよぉ!」
ゴッドチューバーのキュララが、ホクホク顔でエンジェルすまーとふぉんの画面を俺に見せてくる。
「今日の『神々と貴族のガチ推理バトル(茶番)』の生配信、同時接続者数が過去最高を記録したよ! 投げられた赤スパの総額、なんと『約40万ルナ(約40万円)』!!」
「上出来だ。マサカ茸の売上と合わせれば、駄女神の借金は間違いなくカバーできる」
俺の言葉に、最後尾をトボトボと歩いていたルチアナが、パァァッ! と顔を輝かせた。
「ほ、本当!? あぁ、リアン君! あなたはやっぱり、神界の光、私だけの救世主よぉぉっ!」
「すり寄ってくるな、香水臭い。これはお前のためじゃない、俺の平穏なスローライフ(とポポロ村)を天界の黒服から守るための必要経費だ」
俺は、抱きつこうとしてくるルチアナの顔面を片手で冷酷に押し返した。
* * *
山を下りた俺たちは、その足でポポロ村の商業区画に店を構える、大陸屈指の大企業『ゴルド商会』の出張所へと向かった。
ゴルド商会は、食料から武具、土地の売買まで何でもこなす超巨大商社である。
「おやまぁ! これはこれはリアン君に、ポポロ村のキャルル村長さんじゃあーりませんか! どえりゃあ大量の荷物を持って、今日は一体何の用事ですかな?」
商会の奥から、ギラギラとした昭和のパチンコ屋の社長のような派手な柄シャツに身を包んだ男が現れた。
ゴルド商会会長、オロチ(50歳)。蛇目族特有の縦長の瞳孔と、コテコテの名古屋弁が特徴の、叩き上げの成金商人だ。
「オロチ会長、自らポポロ村の視察か? ちょうどいい、最高の秋の味覚を買い取ってほしい」
俺は、ドンッ! とマサカ茸の詰まったカゴをカウンターに置いた。
「ほうほう……! こ、こりゃあタマゲタ! 傷一つない、見事なマサカ茸の山だがね!!」
オロチ会長の蛇の目が、マサカ茸の芳醇な香りにクワッと見開かれた。
「しかも、石突きが丁寧に処理されとる。シェフであるリアン君の完璧な仕事だわ! こりゃあ、帝都の貴族連中が金に糸目をつけずに欲しがる超一級品だがね!」
「いくらで買い取る?」
「うーむ……これだけの量と質、そうさな……『60万ルナ』でどえりゃあ即決といきましょか!」
「交渉成立だ」
俺は迷わず握手を交わした。
キュララの配信収益40万ルナと、マサカ茸の売上60万ルナ。
合計『100万ルナ』。ルチアナがエンジェルすまーとふぉんで溶かしたクレジットカードの限度額(100万円)に、これで完全に手が届いたのだ。
「フフッ、リアン君はお若いのにお金にシビアで、商売の匂いがようわかっとる! またええモンがあったら、ウチに持ってきてちょうだいよ!」
オロチ会長からズッシリと重い金貨の袋を受け取り、俺たちは商会を後にした。
* * *
ポポロ村の村長宅のリビング。
俺は、テーブルの中央に、稼ぎ出した100万ルナ分の金貨が入った皮袋をドンッ! と叩きつけた。
「さぁ、ルチアナ」
俺は、腕を組み、簿記1級の資格を持つ冷徹な財務管理者の目で駄女神を睨み下ろした。
「これが、お前がソシャゲのガチャ(月人アイカツ)に溶かした100万ルナだ。今すぐ、俺の目の前でエンジェルすまーとふぉんを開いて、一括返済の手続きをしろ」
「えっ……? ここで、今すぐ?」
ルチアナが、山積みの金貨を見てゴクリと喉を鳴らす。
「当たり前だ。お前のような金銭感覚の欠如した駄女神に現金を渡せば、借金を返す前に『ちょっとだけ良いディナーを……』とか『新作のブランドバッグを……』とか言って横領するのは目に見えている」
俺の容赦ない指摘に、ルチアナは図星を突かれたようにビクッと肩を震わせた。
「いいから出せ。そして『一括返済』のボタンを押せ。一円たりとも別の事に使うなよ」
「うぅ……っ、分かったわよぉ……」
ルチアナは、渋々といった様子で懐からエンジェルすまーとふぉんを取り出し、決済アプリを起動した。
画面には、毒々しい赤文字で『現在のご利用残高:1,000,000ルナ(限度額到達)』『重要・最終通告』という恐ろしい警告が表示されている。
「ほら、金貨をデバイスにかざして入金しろ」
「はい……」
ルチアナが金貨の袋をすまーとふぉんの画面に押し当てると、魔法的な光と共に金貨がデータ化されて吸い込まれていく。
そして。
画面の赤い警告文字が、スゥッと消え去り——。
『ご利用残高:0ルナ』
『ご利用可能額:1,000,000ルナ』
という、平和で清らかな『緑色』の文字へと切り替わったのだ。
「……終わった」
ルチアナの口から、魂の抜けたような声が漏れた。
次の瞬間。
「うわあああああああんっ!! リアン君〜〜〜っ!!」
ルチアナが、顔をグシャグシャにして泣き叫びながら、俺の足元に崩れ落ち、足首にギュッとすがりついてきた。
「返せた……! 本当に、全額返せたのね! これで、私……天界の自己破産窓口に行かなくて済むのね! マグローザ漁船で借金返済の強制労働をしなくて済むのねぇぇっ!」
「おい、鼻水を俺のジャージにつけるな」
俺はルチアナを引き剥がそうとするが、借金の重圧から解放された女神の力は凄まじく、スッポンのように離れない。
「五円! 御縁! ハイッ! よかったですわね、ルチアナ様!」
リーザが、自分のことのように喜んで涙を拭っている。
「ええ、これでまた一緒に、タローソンの廃棄弁当争奪戦に心置きなく参加できますわね!」
「もうそこまで落ちぶれてないわよ! 限度額が復活したんだから!」
ルチアナが鼻をすすりながらリーザにツッコミを返す。
「ふぅ……。まったく、とんだ俺の14歳の誕生日になったもんだぜ」
俺は、深くため息をつきながらも、心の底から安堵していた。
これでもう、天界からサングラスをかけた筋骨隆々の黒服天使たちが、ポポロ村の土地を差し押さえにやってくることはない。
俺の愛する、美味い飯と自給自足の平穏なスローライフは、薄氷を踏む思いの末に、完全に守り抜かれたのだ。
「さぁ、みんな! 厄介事も片付いたし、今夜はルナキンで、リアン君のお誕生日と慰安旅行の打ち上げパーティーのやり直しよ! もちろん、私が奢ってあげるわ!」
限度額が復活したことで急に気が大きくなったルチアナが、高らかに宣言する。
「おっ! いいねぇ! あたし、特大のニンジンハンバーグ食べたい!」
「わたくしは、マッサージチェアの後に一番高いパフェをいただきますわ!」
キャルルとリーザが歓声を上げ、リビングは一気に和やかなお祝いムードに包まれた。
俺も、今日くらいはこいつらのバカ騒ぎに付き合ってやるか、とエプロンを外そうとした。
——ピコンッ。
その時。
ルチアナの手に握られていたエンジェルすまーとふぉんの画面が、短く発光し、一つの通知をポップアップさせた。
『【重要なお知らせ】』
『朝倉月人 サマーバケーション限定・水着SSR ピックアップ終了まで、残りあと5分!』
「…………あ」
ルチアナの動きが、ピタリと止まった。
彼女の視線が、その通知画面に完全に釘付けになる。
平和な空気に包まれていたリビングに、再び、絶望の足音が忍び寄っていた。
俺はまだ、ソシャゲのガチャという『底なしの沼』が持つ、真の恐ろしさを理解していなかったのである。
第8話『荒稼ぎと借金完済! 天界からの督促を回避せよ』をお読みいただきありがとうございます!
ゴルド商会のオロチ会長にマサカ茸を高値で売りさばき、見事に100万ルナの現金を手にしたリアンたち。
簿記1級のリアンによる「今すぐ俺の目の前で一括返済のボタンを押せ」という絶対的な監視のもと、ルチアナは無事に借金の呪縛から解放されました! 涙を流してリアンの足首にすがりつく姿は、まさに多重債務者そのものです(笑)。
ポポロ村の平和は守られ、みんなで打ち上げパーティーに行こうとしたその瞬間……。
悪魔の通知『ピックアップ終了まであと5分!』。
復活してしまった100万ルナの限度額。
次回、駄女神の理性が完全に吹き飛びます!
「あと10連……10連だけなら……!」
果たしてリアンは、この絶望のループを止めることができるのか!? そして、天界の黒服たちはやってくるのか!?
「オロチ会長いいキャラしてるw」「借金完済おめでとう!」「……あっ(察し)」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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