EP 7
名探偵リアンと、お賽銭箱の真実
「——茶番は終わりだ、お前ら」
秋風が吹き抜けるポポロ山のピクニック現場。
俺の静かで、しかし絶対的な冷気を孕んだ声が響き渡ると、IQ0.5倍のポンコツミステリー空間に浸っていたSクラスの面々と駄女神の動きがピタリと止まった。
「なんだと……? リアン、まさかお前、この俺の完璧な推理にケチをつける気か?」
クラウスが、存在しないメガネを中指でクイッと押し上げながら、不満げに鼻を鳴らす。
「推理も何もねぇよ。お前が言っている『密室』だの『消失トリック』だの、そんな大層なものはこの山には存在しない。事件の構図はもっと単純で、極めて原始的かつ物理的な事故に過ぎないんだ」
俺は、白銀のトングを指先でクルリと回しながら、事件現場である空のクーラーボックスの前に立った。
「リアン君……! じゃあ、犯人は誰なの!? やっぱり、その貧乏人魚姫が、空腹のあまり強欲に負けて盗んだのね!」
ルチアナが、勝ち誇ったようにリーザを指差す。
「違いますの! わたくしは断じて、そんな高級なお肉を盗むような真似はしておりませんわ!」
リーザは涙目で抗議し、相棒のお賽銭箱型掃除機をギュッと抱きしめた。
「ああ、リーザの言う通りだ」
俺が頷くと、リーザはパッと顔を輝かせた。「さすがリアン様! わたくしの無実を信じて——」
「『盗んだ自覚はない』という点においてはな」
「……へ?」
俺の冷徹な言葉に、リーザが間抜けな声を漏らした。
「いいか、よく聞け。俺は前世で簿記1級を取得し、ありとあらゆる帳簿のズレを見抜いてきた。複式簿記の基本は『貸借一致の原則』だ。資産(肉)がクーラーボックスから消えたという『貸方(減少)』があるなら、必ず世界のどこかに肉が増加した『借方』が存在しなければならない。質量保存の法則であり、帳簿の絶対真理だ」
俺は、クーラーボックス周辺の地面——枯れ葉が散乱している土の表面を、トングの先端で指し示した。
「スアイがクーラーボックスを置いた場所を見てみろ。この周辺だけ、落ち葉が『一方向』に不自然に吹き飛んだような、あるいは強烈な力で『吸い込まれた』ような痕跡がある」
「吸い込まれた痕跡……?」
クラウスが眉をひそめ、地面を凝視する。
「お前ら、思い出せ。昼食前、マサカ茸を探していた時、リーザはどうやってキノコを収穫していた?」
「えっと……お賽銭箱のノズルを振り回して、枯れ葉ごとダイソンみたいに吸い込んでたよぉ」
キュララが、ドローンを操作しながら答える。
「その通りだ」
俺は、リーザに向かってゆっくりと歩み寄った。
「マサカ茸の強烈な香りに俺たちの意識が釘付けになっていたあの数十分の間。リーザ、お前は無意識のうちに、あるいは貧乏神の習性として、周囲の枯れ葉や小銭(落ちてないが)を探して、お賽銭箱の吸引ノズルを振り回していなかったか?」
「そ、それは……無意識のルーティンとして、ノズルは常にアイドリング状態にしておりましたけれど……」
リーザが、しどろもどろになりながら答える。
「そして、スアイがクーラーボックスの蓋を開けた瞬間だ。お前の振り回したノズルの吸引ルートと、クーラーボックスの位置が見事に重なった」
俺は、リーザが抱えているお賽銭箱型掃除機を、トングの先端でコンッと叩いた。
「バカな!」
クラウスが叫ぶ。「いくら吸引力が強くても、3キロもあるロックバイソンの肉塊を一瞬で吸い込めるわけがない! それに、肉が通過すれば気づくはずだ!」
「普通の掃除機ならな」
俺は鼻で笑った。
「だが、こいつが持っているのは、相手の能力、運気、全財産、電子マネー、隠し財産に至るまで、概念すらも物理的に吸い尽くす『最恐の吸引兵器』だ。3キロの肉塊程度、枯れ葉と一緒にブラックホール(異空間)へ飲み込むことなど造作もない」
「まさか……!」
ルナが、両手で口を覆って驚愕する。
「証拠は、お前が抱えているそのお賽銭箱の『重さ』だ」
俺は、リーザの目を見据えて告げた。
「シェフの感覚を舐めるな。毎日厨房でミリグラム単位の計量をしている俺の目から見れば、今お前が抱えているその掃除機が、いつもより『きっちり3キロ分』下に沈み込んでいる(重くなっている)のは一目瞭然だ。……どうだ、リーザ?」
「えっ……?」
リーザは、言われて初めて気づいたというように、自分が抱えているお賽銭箱を何度か持ち上げてみた。
「……あ。ほ、本当ですわ! いつものパンの耳や雑草を吸い込んだ時とは比べ物にならないくらい、ズッシリとした重みと……確かな『高級肉のオーラ(質量)』を感じますの……!」
「決まりだな」
俺はトングをエプロンの紐に引っかけ、息を吐いた。
「真犯人はリーザ。お前が枯れ葉を吸い込むついでに、無意識のうちにクーラーボックスから高級肉をダイレクト吸引しただけの、極めてマヌケな『うっかり吸引事故』だ。……さぁ、吐き出させろ」
「は、はいぃぃっ!」
リーザが慌ててお賽銭箱のスイッチを『逆噴射(排出)モード』に切り替える。
——ガポンッ!!
鈍い音と共に、お賽銭箱のノズルから、真空パックのラップに厳重に包まれた『極上の霜降りロックバイソン肉(3キロ)』が、ドサッ! と地面に吐き出された。
「お、お肉ぅぅぅぅっ!!」
スアイが涙を流して肉塊に飛びつき、頬ずりをする。幸いにも厚手の真空パックのおかげで、肉自体には傷一つ、枯れ葉の破片一つ付着していなかった。
「あ……あわわわ……。わ、わたくし、本当に無意識のうちに、こんな高級なお肉を吸い込んでしまっていたなんて……!」
リーザが、自分の引き起こした事態に顔を真っ赤にして震え上がっている。
「まさか……! 密室でも消失でもなく、ただの『掃除機の誤作動』だっただと……ッ!?」
クラウスが、己のポンコツ推理が完全に論破されたショックで、その場にガクリと膝をついた。
「わーお! リスナーのみんなぁ!!」
その瞬間。
ゴッドチューバー・キュララの甲高い声が、ポポロ山に響き渡った。
「事件解決だよぉ! ホープ・クローバーのリーダー・リアンの完璧な名推理! 消えた高級肉の正体は、リーザのうっかり吸引事故でしたぁっ!」
キュララがドローンのカメラを俺にズームアップした瞬間、ゴッドチューブの配信画面が、かつてないほどの『黄金の嵐』に包まれた。
『うおおおおおおおおっ!!』
『リアン様カッコよすぎる!!』
『簿記1級の推理力パネェww』
『密室でも何でもねぇ、ただの掃除機事故www』
『クラウス様の膝から崩れ落ちる姿で腹筋崩壊した』
『これが神々の遊びか! 赤スパ5万ルナ!』
『リアン探偵に赤スパ10万ルナ!!』
『リーザのドジっ子属性に赤スパ!』
ピロリンッ! ピロリンッ! ピロリンッ!!!
キュララのエンジェルすまーとふぉんから、怒涛の、いや、もはや暴力的なまでのスパチャ着金通知音が鳴り止まない。
マサカ茸の幻覚が生み出した狂気の茶番劇は、俺という『唯一正気のツッコミ役』がロジカルに事件を解決するという最高(?)のオチを迎えたことで、視聴者の熱狂を限界突破させてしまったのだ。
「えへへ……へへへへっ! リアン、すごいよぉ!」
キュララが、通知画面の金額を見て、ヨダレを垂らしながら俺の腕に抱きついてきた。
「今日の配信の売上、とんでもない額になってるよぉ! これとマサカ茸の売上を合わせたら……!」
「……ああ」
俺は、天から降り注ぐようなスパチャの嵐の音を聞きながら、口角を少しだけ上げた。
「ルチアナのソシャゲの借金(100万ルナ)、これで全額返済できるな」
「ほ、本当ぉぉぉっ!?」
ルチアナが、地面に這いつくばった状態からバッと顔を上げ、俺の足首に縋り付いてきた。
「リアン君! あなたは神よ! いや、神である私を救う、真の救世主よぉぉっ!」
涙と鼻水まみれの駄女神を冷たく蹴り飛ばしながら、俺は小さく息を吐いた。
これで、天界の黒服(取り立て屋)がポポロ村に押し寄せてくる最悪の未来は回避できる。俺の愛するスローライフと、平穏な自給自足の生活は守られたのだ。
「よし。事件も解決したことだし、午後からは心置きなくマサカ茸を乱獲して帰るぞ。……お前ら、マサカ茸の成分が抜け切るまで、これ以上面倒な真似は起こすなよ」
俺の号令に、Sクラスの面々が元気よく「オーッ!」と応える。
かくして、消えた高級肉事件は幕を閉じ、俺たちは莫大なスパチャとマサカ茸の収穫を手に、意気揚々と下山することになるのだが。
俺は、この時、完全に油断していたのだ。
借金を完済し、安堵の涙を流したはずの駄女神の、その奥底に潜む『底なしのソシャゲ沼(業の深さ)』というものを。
第7話『名探偵リアンと、お賽銭箱の真実』をお読みいただきありがとうございます!
「密室でも消失でもない。ただの吸引事故だ」
簿記1級の「貸借一致の原則」と、シェフの「ミリグラム単位の計量感覚」を組み合わせたリアンの論理的すぎる推理!
結果は「リーザがうっかり枯れ葉と一緒に掃除機で吸い込んでいただけ」というアホらしいオチでしたが、そのギャップがリスナーに大ウケし、天文学的なスパチャが乱れ飛ぶことになりました(笑)。
これでルチアナの莫大な借金(100万ルナ)も全額返済可能に! ポポロ村の平和は守られた!
……と、誰もが安心したはずだったのですが。
次回、借金完済の喜びも束の間。
ルチアナのエンジェルすまーとふぉんに、あの「悪魔の通知」が届きます。
「あと10連……10連だけなら……!」
駄女神の理性が吹き飛ぶ、恐怖のガチャ沼展開! 果たして天界からの黒服はやってくるのか!?
「複式簿記の推理ワロタ」「リーザのうっかり事故w」「リアンのツッコミが冴え渡る」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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