EP 3
世界の危機(ガチャ爆死)と、駄女神の土下座
ルナミス帝国が誇る24時間営業のファミリーレストラン『ルナキン』。
そのボックス席は、まるで通夜のような重苦しい静寂に包まれていた。
テーブルの上には、神界の威厳を木っ端微塵に粉砕する、血のように赤い督促状の山。
そして、その前でスヤスヤと眠る駄女神ルチアナと、彼女に自らの命の糧(半分の茹で卵)を与え、聖母のような慈愛の涙を流す極貧アイドル・リーザ。
「……ん、んんぅ……」
やがて、アルコールが少し抜けたのか、ルチアナがパチリと目を覚ました。
「あれ……? 私、いつの間に寝て……。なんだか口の中が、パサパサした茹で卵の味がするわ……」
「お目覚めですか、ルチアナ様。お水ですわよ」
リーザが、ドリンクバーで汲んできた氷水を、まるで病床の家族を労わるような優しい手つきで差し出した。
「あ、ありがとうリーザちゃん……。って、ちょっと待って? なんでそんな、道端で凍えている捨て犬を見るような哀れみの目で私を見ているの!?」
ルチアナは、リーザの瞳に宿る『底辺同士の共鳴』に気味悪さを感じ、身を引いた。
しかし、彼女の視線がテーブルの上に落ちた瞬間。
「ヒィィィッ!?」
ルチアナの顔面から、サケスキーの酔いも、神としての血の気も、すべてが一瞬にして消え去った。
テーブルの上に散乱する、『エンジェル・クレジットカード(一般)ご利用代金のお支払いについて【重要・最終通告】』の文字。
リーザがスリの最中にうっかりぶち撒けてしまった、ルチアナの隠し続けていた『多重債務の現実』であった。
「み、見られた……!? 違うの! これは違うのよ! 天界の経理の手違いで……!」
ルチアナは両手で督促状をかき集め、必死に隠そうとする。
「隠さなくても大丈夫ですわ、ルチアナ様。……わたくし、分かりますの」
リーザが、ルチアナの手を両手で優しく包み込んだ。
「見栄を張って生きるのって、疲れますわよね。分かります……。私も『大人気アイドル』という設定を守るために、公園で鳩と餌を取り合いながら生きていますもの……。ルチアナ様も、これからは無理せず、私と一緒にタローソンの廃棄弁当争奪戦に参加しましょう……?」
「嫌ぁぁぁぁぁっ! なんで私が一国の姫と同レベルのド底辺扱いされてるのよぉぉっ!!」
ルチアナが頭を抱えて絶叫する。
だが、督促状の束は嘘をつかない。
「……で?」
俺は、ストローでメロンソーダの最後の一滴をズズッと吸い上げ、冷ややかな視線をルチアナに向けた。
「その赤い封筒の束。中身をチラッと見たが、エンジェルすまーとふぉんの限度額100万円を完全にカンストしてるな。しかも年利15パーセントの36回払い……完全に首が回ってない状態だ。一体何にそんな金を溶かしたんだ?」
俺の、簿記1級取得者としての容赦ない詰め(尋問)に、ルチアナはビクンと肩を揺らした。
「そ、それは……」
ルチアナはモジモジと指を絡ませながら、ついに観念したようにポツリポツリと語り始めた。
「……実は、今月どうしても引かなきゃいけない『ガチャ』があったのよ……」
「ガチャだと?」
「そう! 朝倉月人君の、サマーバケーション限定・水着SSRカードよ!!」
ドンッ! とルチアナがテーブルを叩いた。
「これを逃したら、来年の夏まで復刻しないのよ!? だから、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ魔法石を買うつもりが、何度回してもすり抜けで違うアイドルばっかり出てきて……! 気がついたら、カードの限度額が限界してて……っ!」
ルチアナの目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
「お金がないの……! でも、今月中に月人君のSSRを引かないと、私……アナステシア世界がヤバい事になるのぉぉっ!」
「「「…………は?」」」
俺を含め、その場にいた全員の思考が停止した。
「……おい、駄女神」
俺は、こめかみに浮かぶ青筋を必死に抑えながら、低く静かな声で問い詰めた。
「お前がソシャゲのガチャで爆死して借金まみれになったことと、このアナステシア世界の危機に、一体何の因果関係があるんだ?」
「大ありよ!!」
ルチアナが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら叫ぶ。
「私が月人君のSSRをお迎えできなかったら、私の精神が崩壊して、世界神としての『仕事のモチベーション(神気)』がゼロになるわ! そうなったら、この世界の天候も、生態系も、バランスが崩壊して、最終的には宇宙ごと消滅するのよ! つまり、私のガチャ爆死は、直結して『世界の危機』なの!!」
(……この駄女神、自分の借金とガチャ依存を『世界の危機』を盾にして正当化しやがった……ッ!!)
あまりの理不尽極まりないクズ理論に、俺は怒りを通り越して感心すら覚えそうになった。
「ふざけるな。そんな理由で世界が滅んでたまるか。自業自得だ、天界の自己破産窓口にでも行ってこい」
俺が冷たく突き放して席を立とうとした、その瞬間だった。
ズルッ。
「……リアン君」
ルチアナが、ボックス席のシートから床へと滑り落ちた。
そして。
ダンッ!!
ファミレスの床石に、ルチアナの額が激しく打ち付けられた。
両膝を揃え、両手を前に出し、額を床に擦り付ける。それは、大宇宙管理局・第3種惑星創造神格公務員としての威厳を完全にドブに捨てた、完璧にして究極の『土下座』であった。
「ちょっ……女神様!?」
「ルチアナさん、ファミレスの床で土下座は迷惑だよぉ!」
キャルルとキュララが慌てて止めようとするが、ルチアナはテコでも動かない。
「さぁ、どうするリアン君!?」
ルチアナは、土下座の姿勢のまま、顔だけを上げて逆ギレ気味に叫んだ。
「この督促状を無視して今月末を迎えたら、天界からサングラスをかけた筋骨隆々の黒服天使たちが回収にやってくるわ! 私が捕まってマグローザ漁船(タコ部屋)に送られるだけならいい! でも、奴らは『借金のカタ』として、私が管理しているこの世界の資産……つまり、ルナミス帝国や、あの【ポポロ村】の土地ごと差し押さえに来るのよ!!」
「なっ……!?」
俺の足が、ピタリと止まった。
「天界の取り立て屋が来たら、あなたの愛する自給自足のスローライフも、美味しい手料理も、全部終わりよ! 毎日黒服が取り立てに来て、畑は荒らされ、お家は競売にかけられるわ!!」
ルチアナは、鼻水をすすりながら、最後の命乞い(脅迫)を放った。
「だから……私のガチャを回すために! いや、ポポロ村の平和を守るために……お願い! リアン君、私の借金を返してええええええっ!!」
ファミレスの店内に、駄女神の悲痛な絶叫が木霊した。
周囲の客たちが「なんだなんだ?」「借金取りか?」「あの中学生くらいの男の子が、あのハイブランドの女のヒモか?」とヒソヒソと囁き合っている。
「…………」
俺は、深々とため息をつき、頭を掻き毟った。
ルチアナの言うことは、半分がハッタリで、半分が事実だ。
天界の取り立て屋(黒服)がポポロ村に押し寄せれば、俺の「絶対に過労死しない、平穏なスローライフ」は完全に崩壊する。それだけは、何としてでも避けなければならない。
(……くそっ。なんで俺の14歳の誕生日が、駄女神の借金返済の算段を立てる日に変わってんだよ)
俺は、土下座をして泣き縋るルチアナを冷酷に見下ろし、簿記1級の計算回路をフル回転させた。
「……分かった。立てよ、駄女神。借金は俺たちが『稼いで』返してやる」
「ホ、ホントに!? さすがリアン君! 愛してるわぁっ!」
ルチアナがパァァッ!と顔を輝かせて立ち上がろうとする。
「だが、勘違いするな」
俺は、ルチアナの頭を上から手で押さえつけ、さらに深く床に沈め込んだ。
「俺の財布からは、一ルナ(一円)たりとも出さない。お前自身の肉体と、Sクラスの連中を使って、一瞬で荒稼ぎする手段を今から実行する。……慰安旅行(という名の強制労働)だ」
俺の口から放たれた言葉に、ルチアナだけでなく、背後で聞いていたSクラスの面々も一斉に息を呑んだ。
かくして、駄女神のガチャ爆死から始まった『世界の危機』を救うため。
俺たちは、ポポロ山の奥深くに眠るという、伝説の食材『マサカ茸』の乱獲ツアーへと赴くことになったのである。
第3話『世界の危機(ガチャ爆死)と、駄女神の土下座』をお読みいただきありがとうございます!
「私が月人君のSSRを引けないと世界が滅ぶの!」
この理論、ソシャゲにハマったことのある人なら一度は考えたことがある(?)究極の言い訳ですね(笑)。そして、ファミレスの床に額を擦り付けての完璧な土下座からの、逆ギレ気味の脅迫!
ルチアナのクズっぷりが最高潮に達し、ついにリアンもスローライフを守るために動かざるを得なくなりました。
次回、いよいよ荒稼ぎのための慰安旅行(強制労働)がスタート!
目指すはポポロ山! そこで彼らが口にする『マサカ茸』が、とんでもない事態を引き起こします!
「ルチアナのクズっぷり最高ww」「ガチャ爆死で世界崩壊は草」「ファミレス土下座やめろw」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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