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EP 2

ルナキンの宴と、底辺アイドル(リーザ)の共鳴

「すいませーん! こっちのテーブル、特選ロックバイソン・ステーキのダブルと、おつまみ用にピラダイのカルパッチョ! あと、一番高いサケスキーのボトルをロックで持ってきてちょうだい!」

 ルナミス帝国の誇る24時間営業のファミリーレストラン『ルナキン(ルナミスキング)』・帝都中央通り店。

 その奥のボックス席で、ハイブランドのドレスに身を包んだ駄女神ルチアナが、メニュー表をバンバンと叩きながら遠慮という概念を完全に投げ捨てたオーダーを飛ばしていた。

「おい、ちょっと待て。誰がその一番高いサケスキー(高級酒)とステーキの金を払うんだよ」

 俺は、運ばれてきたドリンクバーのメロンソーダをストローで啜りながら、ジロリとルチアナを睨みつけた。

「やだなぁ、リアン君ったら! 今日はあなたの記念すべき14歳の誕生日じゃないの! 年長者(永遠の17歳)である私が、一緒にお祝いの席に同席してあげているのよ? 当然、主役であるあなたが気前よく奢るのが、下界の常識というものでしょ?」

 ルチアナは、サングラスを頭に乗せ、悪びれもせずにウインクを飛ばしてきた。

(……この駄女神、完全に俺の財布をアテにしてやがる)

 俺は心の中で盛大な舌打ちをした。

 学園から冒険者ギルドへ向かう途中、「喉が渇いた」と強引に俺たちにまとわりついてきたルチアナを、結局ルナキンへ連行する羽目になったのだ。

 だが、簿記1級の資格と三ツ星シェフの原価計算能力を持つ俺の財布の紐は、オリハルコンの盾よりも硬い。

「ふん。ノブリス・オブリージュの精神を持つこのクラウス・アルヴィンが、リアンの代わりに少しばかり支払いを負担してやっても——」

「クラウス、お前は黙ってろ。コイツを甘やかすと、際限なく天界のツケを回してくるぞ」

 気前よく財布を出そうとしたポンコツ騎士のクラウスを、俺は即座に制止した。

 その時だった。

「五円! 御縁! ハイッ! リアン様、ここはわたくしにお任せくださいませ!」

 俺の隣の席から、ダサい芋ジャージ姿の人魚姫——リーザが、シュバッ! と身を乗り出してきた。

 彼女の瞳には、黄金のドルマークが怪しく、そしてドス黒く輝いている。

「ささ♡ 女神様、サケスキーでも如何?」

 リーザは、店員が運んできたばかりの度数37度の高級酒『サケスキー』のボトルを恭しく両手で持ち上げ、氷の入ったグラスにトクトクと注ぎ始めた。

 普段はパンの耳と雑草で食いつなぎ、他人の金には親の仇のように執着するあのリーザが、自ら進んで高価な酒を注いで接待している。

 その不自然すぎる光景に、俺は一瞬で彼女の『悪魔の意図マリーシア』を悟った。

(なるほど……。この強欲人魚、ルチアナを酔い潰して、あの高級バッグの中身(財布)をスリ取る気だな)

「お? 悪いわね〜♡ リーザちゃんも気が利くじゃないの!」

 そんなリーザの黒い思惑など露知らず、ルチアナは上機嫌でグラスを受け取った。

「下界の酒もなかなかイケるのよねぇ! それじゃあ、リアン君の14歳に……乾杯っ!」

 カチン、とグラスを鳴らし、ルチアナは度数の高いサケスキーを、まるで水のようにグビグビと喉の奥へ流し込んだ。

「プハァァァァァァッ!! 効くぅぅぅっ! やっぱりタダ酒は最高ねぇ!」

「ささ、女神様! まだまだボトルはたっぷりありますのよ! 今夜は無礼講、遠慮なくジャンジャン飲んでくださいませ♡」

 リーザが、満面の営業スマイル(目は全く笑っていない)で、ルチアナの空いたグラスに次々とサケスキーを注ぎ足していく。

 クピッ、グビグビ、プハァッ!

 ルチアナのピッチは異常だった。神界のストレス(主に借金とソシャゲのガチャ爆死)が溜まっているのか、ものの十数分でサケスキーのボトルが半分空になり、彼女の顔は茹でダコのように真っ赤に染まっていった。

「あーっはっはっは! 聞いてよリアン君! 最近の月人君(推しアイドル)のSSR排出率、絶対におかしいのよぉ! ピックアップって書いてあるのに、すり抜けで違う男が出てくるの! 神を舐めてるわ! 運営は絶対に確率操作してるのよぉぉっ!」

 完全に酔っ払ったルチアナが、テーブルをバンバンと叩きながら管を巻き始めた。

「あぁ、そうだな(適当)。ほら、もっと飲め」

 俺は冷ややかな目で相槌を打ちながら、リーザの計画が完了するのを静観することにした。

「うぅ……月人くぅぅん……。私、あなたのためなら国庫の予算だって……むにゃ……」

 やがて、アルコールが完全に限界を超えたルチアナは、テーブルに突っ伏したまま、幸せそうな寝息というかイビキを立てて夢の世界へと旅立った。

「五円! 御縁! ハイッ!! 計画通り(チョロい)ですわ!!」

 ルチアナが完全に酔い潰れたのを確認した瞬間。

 リーザの顔から営業スマイルが消え去り、極悪非道なスリ師の顔へと変貌した。

「フフフッ……! 見栄を張って高級なドレスとバッグで着飾っておりますが、わたくしの目(貧乏神の眼力)は誤魔化せませんの! さぁ、天界の女神様のお財布の中身、わたくしのお賽銭箱型掃除機で、電子マネーの端数に至るまで全・没・収してさしあげますわォォォッ!」

 リーザは、ルチアナの脇に置かれていたハイブランドの高級バッグへと、音もなくお賽銭箱のノズルを忍び込ませた。

(やれやれ。神の財布をスリ取るとか、バチ当たりにも程があるぞ……)

 俺がため息をつきながらメロンソーダを飲んでいた、その時だった。

「……あれ?」

 ノズルを突っ込んでいたリーザの動きが、ピタリと止まった。

 彼女の目が、バッグの持ち手の裏側に隠れるようにして結びつけられていた『小さなタグ』に釘付けになっている。

「『ルナミス大黒屋(質屋)・買取査定済み……金貨二枚』……?」

 リーザの呟きに、俺も思わず眉をひそめた。

 質屋のタグ。つまり、ルチアナがドヤ顔で見せびらかしていたこのハイブランドのバッグは、新品でもなんでもなく、どこかの質屋で安く買い叩かれた(あるいはカグヤあたりが売り飛ばした)中古の型落ち品だったのだ。

「ま、まさか……! 神界のトップ層が、質流れ品を愛用しているなんて……! い、いや、肝心なのは中身のお財布ですわ!」

 リーザは焦ったように、バッグの中から直接中身を引っ張り出した。

 バサッ……ドサドサドサッ!!

 バッグの中からテーブルの上に溢れ出したのは、黄金に輝く金貨でも、天界の神秘的な魔石でもなかった。

 それは、禍々しいほどの『赤色』で彩られた、大量の封筒と紙束であった。

「な、なんですの……これ……?」

 リーザが、震える手でその赤い封筒の一つを手に取る。

『エンジェル・クレジットカード(一般)ご利用代金のお支払いについて【重要・最終通告】』

『月人アイカツ・魔法石購入代金 未納分のご請求』

『キャッシングリボ払い 残高不足のお知らせ』

 ——それは、目を覆いたくなるような、凄惨極まりない『大量の督促状の山』であった。

「「「…………っ!!」」」

 俺を含め、その場にいたSクラスの面々が、一斉に言葉を失った。

 神の威厳。高貴なる世界神としての誇り。

 そんなものは微塵も残されていなかった。そこにあったのは、推し活とソシャゲのガチャに狂い、自己破産の一歩手前で首の皮一枚で繋がっている、哀れな一人の多重債務者オバサンのリアルすぎる現実だった。

「あ……ぁ……」

 リーザの目から、強欲なドルマークの光が、スゥッと消え去った。

 かつて、アイドルとしての成功を夢見てルナミス帝国へやってきたものの、現実は厳しく、みかん箱の上で歌いながらパンの耳と雑草で飢えを凌ぐ日々。

 そんな圧倒的な『底辺』を知るリーザの瞳に、今、ルチアナの督促状の山が、まるで鏡合わせの己の姿のように映っていたのだ。

「……お仲間ですのね」

 リーザの声は、震えていた。

 それは、獲物を逃したスリ師の怒りでも、落胆でもなかった。

 ただ純粋な、同じ『持たざる者(底辺)』としての、深い、深すぎる慈愛と共鳴の声だった。

 リーザは、お賽銭箱型掃除機をそっと床に置いた。

 そして、自分のジャージのポケットから、大切に、本当に大切にハンカチに包んで持ち歩いていた『一つの茹で卵』を取り出した。

「リ、リーザちゃん……?」

 キャルルが、信じられないものを見る目でリーザを見つめる。

 普段なら、地面に落ちた一円(同粒)ですら命懸けで拾いに行くあのリーザが。自分の命を繋ぐ貴重なタンパク源である茹で卵を、自ら取り出したのだ。

 リーザは、茹で卵の殻を丁寧に剥くと、それを真ん中で『パカッ』と半分に割った。

 そして、その半分を自分の口へ放り込むと、もう半分の茹で卵を、テーブルでイビキをかいているルチアナの口元へと、震える手でそっと運んだ。

「……お食べなさい、ルチアナ様」

 リーザの目から、一筋の美しい涙が頬を伝って流れ落ちた。

「ガチャの引きすぎで……お腹、空いてるんでしょう……? 茹で卵なら、腹持ちがいいですわよ……っ」

 むにゃ、と。

 睡眠中のルチアナが、口元に押し当てられた半分の茹で卵を、無意識のうちにモグモグと咀嚼して飲み込んだ。

「うぅ……っ! よかった……食べてくれましたわ……っ!」

 リーザは、底辺同士の謎の絆(悲しき連帯感)に感極まり、両手で顔を覆って号泣し始めた。

「…………」

 俺は、メロンソーダのストローを咥えたまま、このあまりにもカオスで、そして底知れぬほど悲惨な光景を、ただ無言で見つめることしかできなかった。

 ルナキンのボックス席を包み込む、底辺アイドルと借金女神の、涙ぐましい共鳴。

 だが、俺はこの時まだ知らなかったのだ。

 この督促状の山(ルチアナの借金)が、まさかアナステシア世界そのものの存亡を揺るがす、とんでもない厄介事の引き金になろうとは——。

第2話『ルナキンの宴と、底辺アイドル(リーザ)の共鳴』をお読みいただきありがとうございます!

「ささ♡ 女神様 サケスキーでも如何?」からの、見事なスリ失敗!

ハイブランドのバッグがまさかの質流れ品で、中身は大量の赤い督促状(エンジェル・クレジットカードの最終通告)という、神としての威厳がマイナスに振り切れる展開でした(笑)。

そして、それを見たリーザの「……お仲間ですのね」。

普段は強欲なリーザが、自らの命を繋ぐ大切な「半分の茹で卵」をルチアナに分け与えるシーンは、書いていて涙が出そうになるほど(バカバカしくて)感動的でした。底辺の絆って素晴らしいですね!

次回、目を覚ましたルチアナから、この借金が『世界の危機』に直結しているというとんでもない事実が語られます!

ガチャ爆死が世界を滅ぼす!? 駄女神の逆ギレ土下座が炸裂します!

「茹で卵で泣いたww」「底辺の絆が美しすぎる」「ルチアナ終わってんなw」と少しでも楽しんでいただけましたら、

ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、茹で卵を失ったリーザの心も救われます!

【ブックマーク】のご登録、感想コメントもいつでもお待ちしております! 次回もお楽しみに!

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