EP 31
90分の終焉と、残された姫の涙(大団円)
『ピピピピピピッ! 90分経過。お疲れ様でした! ラストオーダー終了となります!』
ルナミス帝国が誇る焼肉バイキング『タロキン』の店内に、戦いの終わりを告げる電子音が鳴り響いた。
それは、魔王軍(9人の暴食獣)にとっては宴の終了を意味し、ショーケースの中で怯え続けていた肉たちにとっては、まさに天から降り注いだ『救済の鐘』であった。
「……食った。もう……俺の胃袋には、一粒の米も、一切れの肉も入らねぇ……っ」
テーブル席。
長身の騎士クラウスが、大きく後ろにのけぞり、天井を見上げながら完全なる『敗北(満腹)』を宣言していた。
彼の目の前には、豚の騎士トンデモナイトと若き戦士ご飯がその命を懸けて完成させた、極上の『特製豚丼』の空になった巨大な丼が置かれている。
彼らの圧倒的な質量と、師弟の絆(肉汁と甘辛ダレの暴力)が、ついに底なしの餓狼の胃袋に終止符を打ったのだ。
「ふぅ……あたくしも、もう限界だよぉ。ウサギの耳の先までお肉が詰まってる感じ……」
キャルルが、膨れ上がったお腹をさすりながら幸せそうに目を閉じている。
「むにゃむにゃ……もう、飲めませんわ……。リアン君、あとは適当に月人君のライブチケット買っといて……ヒック」
「わたくしのレンタカー……次は絶対『わ』ナンバーじゃないやつを……スヤァ……」
ジョッキの山に埋もれた駄女神ルチアナとカグヤは、完全にアルコールに意識を刈り取られ、テーブルに突っ伏して夢の世界(泥酔)へと旅立っていた。
「五円! 御縁! ハイッ!! 計算、終わりましたのォォォッ!!」
静寂に包まれつつあるテーブルで、ただ一人、血走った目を黄金のドルマークに輝かせているのは、お賽銭箱型掃除機を引きずった魔獣・リーザであった。
彼女は、テーブルの上に積み上げられた皿の山、空になったビールジョッキ、そしてデザートの器の数を、超高速で弾き出していた。
「本日の魔王軍9人分の食べ放題料金、合計で『一万三千五百ルナ(約一万三千円)』! 対して、わたくしたちが胃袋とお賽銭箱に吸い尽くした肉と酒の総原価……推定『十五万ルナ(約十五万円)』!!」
リーザが、バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった。
「完全勝利ですわ!! 我々はタロキンに支払った金額の、実に『十倍以上』の利益を店舗から物理的に奪い取ることに成功しましたのォォッ!」
『ぐふっ……』
その宣告を聞いた瞬間。
店の奥で戦況を見守っていたタロキンの店長が、白目を剥いて泡を吹き、その場に崩れ落ちる音が響いた。
彼にとって、この90分間は利益を吹き飛ばされるだけの『純粋な災害』に他ならなかったのだ。
「まぁ、このへんで勘弁してやるか」
魔王リアン・シンフォニアが、黒いエプロンを外し、静かに立ち上がった。
彼は白銀のトングを丁寧に布で拭き上げると、テーブルの上の空になった皿たち――かつて誇り高き食材であった者たちの残骸に向かって、小さく、しかし三ツ星シェフとしての絶対的な敬意を込めて一礼した。
「悪くない肉だった。特に、最後のご飯と豚ロースの組み合わせ……。あいつらには、確かな『魂(旨味)』があったぜ」
リアンはそう呟き、満足げな表情で踵を返した。
「おいクラウス、キャルル。駄女神どもを担げ。帰るぞ」
「おう。……タロキン、最高の戦場だったぜ」
「また来たいねぇ!」
こうして。
タロキン王国に未曾有の災厄をもたらした魔王軍(9人の暴食獣)は、嵐が去るように、店を後にしていったのである。
* * *
「「「…………」」」
静寂が戻ったタロキンの店内。
冷気で満たされたクリスタル・パレス(ショーケース)の中には、奇跡的に生き残ったハラミ姫と、わずかな野菜や安い鶏肉たちが、身を寄せ合って震えていた。
「終わった……のね」
ハラミ姫は、震える足でゆっくりと立ち上がり、ショーケースのガラス越しに、焼け焦げたロースターと、高く積み上げられた空の皿の山を見つめた。
そこに、かつての仲間たちの姿はない。
「トンデモナイト……」
ハラミ姫の美しい目から、大粒の涙が零れ落ちた。
分厚い脂身を盾にし、灼熱のタレを全身に浴びて若き戦士を守り抜いた、誇り高き豚の騎士。彼がいなければ、ハラミ姫は間違いなくあの死神のトングに挟まれ、食べられていただろう。
「タン塩……」
レモンの強酸に溶かされながらも、先陣を切って散っていった勇気ある斥候。
「飲茶……」
圧倒的な吸引力の前に一秒で吸い尽くされ、トレイのくぼみにたった一つのパセリを残して散った、中華の自信家。
「餃子……」
激辛ダレに身を投じ、自爆をもって敵の味覚を破壊しようとした、純白の暗殺者。
「カルビ……」
己の脂で戦場を炎で包み込み、絶対零度の氷に敗れ去った重装甲の狂戦士。
「ご飯……」
トンデモナイトと共に、極上の豚丼となって魔王軍の胃袋に終止符を打った、純白の弟子。
「みんな……みんな、立派だったわ……ッ!」
ハラミ姫は、ガラスに手を当て、声を上げて泣き崩れた。
「あなたたちの犠牲は、絶対に無駄にはしない……! このタロキン王国は、あなたたちの誇り(旨味)と共に、永遠に語り継がれるわ! いつか、私たちを本当に愛し、美味しく味わってくれる、優しい家族連れのお客さんに食べてもらうその日まで……私は、絶対に生き抜いてみせる……ッ!!」
涙と共に誓うハラミ姫の背中を、生き残った食材たちが優しく見守る。
犠牲はあまりにも大きかった。だが、彼らは魔王軍の暴食から、見事にタロキン王国を守り抜いたのだ。
夕日に染まる(※店内なので照明ですが)ショーケースの中で、肉たちの間に、感動と悲哀の混じった美しいフィナーレの空気が流れていた。
――ウィィィィン。
その時。
すでに帰ったはずのタロキンの自動ドアが、再び開いた。
「「「えっ?」」」
ハラミ姫の涙が、ピタリと止まった。
入り口に立っていたのは、忘れ物のスマートフォンを取りに戻ってきた、黒エプロンの魔王リアンであった。
「おっと、いけねぇ。スマホ忘れてたわ」
リアンはテーブルからスマホを回収すると、青ざめて気絶しているタロキンの店長に向かって、ふと思い出したように声をかけた。
「あぁ、店長。言い忘れてたけど、明日の夜も予約入れていいか?」
ピクッ。
店長と、ショーケースの中のハラミ姫の身体が、同時に硬直する。
「今日は俺たち9人だけだったが……俺たちルナミス学園Sクラスの生徒は、全部で『30人』いるんだ。明日は合宿の最終日だからな、全員連れて打ち上げに来るわ。今日以上の凄まじい大食いバケモノが30人揃うから、肉、限界まで仕入れといてくれよな」
「…………は?」
店長の口から、魂の抜けたような声が漏れる。
「じゃ、また明日90分一本勝負でよろしく」
リアンは、死神のような冷酷な笑みを残し、今度こそ店を去っていった。
静寂。
完全なる、圧倒的な静寂。
30人。
今日の3倍以上の数の、暴食の魔王軍。
それが、明日、再びこのタロキン王国を襲撃してくる。
「……ア、アァ……」
ハラミ姫のサシの入った美しい顔面から、すべての血の気が引いていく。
トンデモナイトたちが命を懸けて守り抜いた平和は、わずか24時間後には、さらなる絶望の業火によって完全に焼き尽くされることが確定したのである。
「トンデモナイトさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」
ハラミ姫の絶望の悲鳴が、タロキンの店内に木霊した。
こうして、読者の腹筋と涙腺を崩壊させた伝説の『焼肉バイキング編』は、肉たちにとっての真のバッドエンド(明日の予約)と共に、美しくも残酷な幕を閉じるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




