EP 26
満腹中枢を破壊せよ! カレーライスとご飯の挟撃
餃子が散った。
自らの身を激辛ダレに沈め、匂いと辛味で敵の味覚を破壊しようとした彼の自己犠牲は、ビールという最悪の相棒と結びつくことで、駄女神ルチアナを『至福の境地』へと導く結果に終わってしまった。
「餃子……! お前の決死の自爆すら、奴らの食欲の薪になってしまうというのか……っ!」
豚の騎士トンデモナイトは、ショーケースのガラスに拳を打ち付け、ギリッと歯を食いしばった。
タン塩の機動力も、飲茶の油攻撃も、ビールの意識刈り取りも、餃子の激辛自爆も、すべてが魔王軍(9人の暴食獣)の前には無力だった。
奴らは、味わえば味わうほどに、刺激を与えれば与えるほどに、その底なしの胃袋を活性化させてしまうバケモノなのだ。
「トンデモナイト……もう、ダメなの? 私たち、タロキン王国は、このまま全滅するのを待つしかないの……?」
ハラミ姫が、絶望の涙をポロポロとこぼす。
「いいえ、姫様。諦めるのはまだ早いです」
トンデモナイトは、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には、これまでの搦め手(味覚や状態異常攻撃)を捨て、純粋な『物理攻撃』で勝負に出るという悲壮な決意が宿っていた。
「奴らの味覚や脳を騙すことができないのなら……胃袋そのものを、圧倒的な『質量』で物理的に押し潰すのみ!」
トンデモナイトは、タロキンのビュッフェコーナーの最深部――重厚な銀色の保温鍋が並ぶ地帯へと声を張り上げた。
「タロキンが誇る、最大のトラップ(質量兵器)部隊! 『カレーライス部隊』と『ご飯部隊』! 前に出ろ!」
その呼びかけに応え、銀色の蓋がガチャン! と重々しい音を立てて開いた。
中から現れたのは、ドロリとした濃厚な褐色の装甲を纏い、数種類のスパイスの香りを漂わせる歴戦の猛者――『カレー』。
そして、その隣の巨大な炊飯器から、純白のオーラ(湯気)を立ち昇らせて姿を現した、若き白き戦士――『ご飯』であった。
「呼ばれたからには、キッチリ仕事させてもらうぜ、トンデモナイトの旦那」
カレーが、ドロドロのルゥを煮立たせながら低い声で笑った。
「俺のルゥは、野菜と肉の端材がドロドロになるまで三日間煮込まれた超高密度だ。一口食えば、ズッシリと胃袋に沈み込み、満腹中枢をダイレクトに破壊してやる」
「カ、カレーさん……! 僕も、僕も一緒に戦います!」
若き戦士『ご飯』が、純白のツヤツヤとした身体を震わせながら、カレーの横に並び立った。
「よく言った、ご飯。お前のその炭水化物の重みと、俺のルゥが合わされば、最強の挟撃陣形の完成だ」
トンデモナイトが、二人の戦士に深く頷く。
焼肉バイキングにおける『カレーライス』。
それは、原価が最も安く、かつ最も胃袋の容量を奪う、店側が用意した凶悪な罠である。
肉を食いに来たはずの客が、そのスパイシーな香りに誘われてついついカレーに手を出してしまい、結果として高価な肉を食べる前にお腹がいっぱいになってしまう……という、古来より伝わるバイキングの絶対的トラップ。
「頼むぞ、カレー、ご飯! 奴らの胃袋を、その質量で完全に飽和させてくれ!」
* * *
「おいリアン、肉が焼けるまでちょっと時間がかかるな。俺、ちょっとサイドメニュー見てくるわ」
「あたしも行くーっ! 唐揚げとかあるかなぁ!」
テーブル席で肉が焼けるのを待っていたクラウスとキャルルが、席を立ってビュッフェコーナーへと向かってきた。
そして、二人の足は、トンデモナイトの計画通り、スパイスの香りを漂わせる巨大な保温鍋の前でピタリと止まった。
「おおっ! 見ろキャルル、タロキン特製カレーだ! ゴロゴロした肉も入ってて、めちゃくちゃ美味そうじゃないか!」
「ほんとだーっ! ご飯も炊きたてでピカピカだよぉ! よーし、大盛りでよそっちゃお!」
クラウスとキャルルは、巨大な皿に『ご飯』を山のように盛りつけ、その上から『カレー』のルゥをなみなみとぶっかけた。
(かかったな、愚か者め……!)
ショーケースの中から、トンデモナイトがニヤリと笑う。
(バイキングに来て、そんな山盛りのカレーライスを食えば、その瞬間に胃袋の70%は占領される! これで、魔王軍の主力二人の動きは完全に止まる!)
席に戻ったクラウスとキャルルは、スプーンを手に取り、カレーライスにガバッと食らいついた。
「「いただきまーす!」」
パクッ、モグモグモグ……。
(行け、カレー! ご飯! 奴らの胃袋に重い一撃を叩き込め!)
トンデモナイトの祈りと共に、クラウスの体内でカレーとご飯が己の質量を最大限に膨張させた。
「……んぐっ!?」
突然、クラウスの動きがピタリと止まった。
スプーンを握ったまま、目を見開き、額からドッと汗を吹き出している。
キャルルもまた、ウサギ耳をピンと立てて、動きを停止させた。
「や、やったぞ!!」
タロキンの肉たちが、一斉に歓喜の声を上げた。
「見たか! あの底なしの魔王軍の動きが止まった! 炭水化物の暴力(満腹感)が、ついに奴らの動きを封じたのだ!」
トンデモナイトも、勝利を確信して拳を握りしめた。
「よくやった、カレー、ご飯……! お前たちの犠牲で、ついに魔王軍の牙を折ったぞ!」
だが。
止まっていたクラウスの口が、ゆっくりと動いた。
「……すげぇな、これ」
クラウスは、スプーンを見つめたまま、低く震える声で呟いた。
「ただのカレーじゃない……。何種類もの複雑なスパイスが絡み合い、胃壁を強烈に刺激してきやがる。……炭水化物の重みを凌駕するほどの、爆発的な『食欲の増進効果』……!」
「えっ……?」
トンデモナイトの笑顔が、凍りついた。
「あはっ! ほんとだぁ! カレーの辛さで、なんだか胃袋がスッキリして、もっとお肉が食べたくなってきちゃった!」
キャルルが、ウサギ耳をパタパタと揺らしながら満面の笑みを浮かべる。
「あぁ。このカレーは、胃袋を満たすための重石なんかじゃない。……肉を極限まで美味く食うための、最強の『前菜(食欲ブースター)』だッ!!」
クラウスの目に、再び餓狼のような血走った光が宿った。
「バ、バカな……っ!? カレーライスの質量(満腹感)を、スパイスの刺激(食欲)が上回ったというのか!?」
トンデモナイトが、信じられないものを見る目で絶叫する。
「うおおおおおおおおっ!! カレーは飲み物だぁぁぁっ!!」
クラウスは、スプーンを窓から投げ捨て(※実際には捨てていません)、皿を両手で持ち上げると、山盛りのカレーライスを、文字通り『ジュースを飲むように』喉の奥へと流し込み始めた。
「ご、ご飯ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ルゥと共に飲み込まれていく若き戦士『ご飯』に向かって、トンデモナイトが叫ぶ。
「ト、トンデモナイトさぁぁぁぁんっ……! 奴らの胃袋は……底なし……でふぅぅぅっ!」
ご飯の断末魔は、クラウスの豪快な喉鳴り(ゴクゴクゴクッ)にかき消された。
ゴフッ、プハァァァァァァッ!!
わずか数十秒。
山盛りのカレーライスを完全に飲み干したクラウスは、皿をダンッ! とテーブルに叩きつけた。
「よし! 胃袋のウォーミングアップは完璧だ! おいリアン、肉だ! 早く肉をジャンジャン焼いてくれ!!」
「あたしもーっ! もっとお肉食べたーい!」
クラウスとキャルルの腹の底から、先ほどよりもさらに巨大な『空腹の雷鳴』が鳴り響いた。
「「「…………」」」
ショーケースの中は、もはや絶望すら通り越し、虚無の静寂に包まれていた。
タロキン最強のトラップであるカレーライス。
それすらも、彼らにとっては、胃袋を広げるためのただの『食前酒』に過ぎなかったのだ。
「終わった……。我々の最大の武器が、逆に奴らのエンジンに火をつけてしまった……」
トンデモナイトの膝が、完全に床に崩れ落ちた。
「おい、リアン。次はなんだ?」
テーブル席では、クラウスがトングを握る魔王リアンに急かしている。
「焦るな。次は、あの分厚い脂身をたっぷり蓄えた……そうだな、『カルビ』でも焼いてやるか」
リアンの死神の目が、ショーケースの中の『従者カルビ』をピタリと捉えた。
「ヒィィッ!?」
カルビが悲鳴を上げる。
物理攻撃も、状態異常も、質量兵器も、すべてが魔王軍の前には無力。
タロキン王国の防衛戦は、いよいよ打つ手のない完全なる崩壊の時を迎えようとしていた。
だが、誇り高き肉たちは、まだ死に様(抵抗)を諦めてはいなかったのである。
『満腹中枢を破壊せよ! カレーライスとご飯の挟撃』をお読みいただきありがとうございます!
バイキング最大の罠「カレーライス」。
普通の人ならこれでお腹いっぱいになってしまうところですが、Sクラスのバケモノ(特にクラウス)にとっては、スパイスの刺激で食欲を倍増させる単なる「飲み物(前菜)」でした(笑)。
若き戦士「ご飯」くんの断末魔も虚しく、カレーは一瞬で飲み干されてしまいましたね……。
打つ手がなくなったタロキン王国。
次回、絶望の中で立ち上がるのは、重装甲の戦士『カルビ』!
「俺の脂で網を炎上させてやる!」と、物理的に焼肉を不可能にする決死の自爆テロ(ファイヤー)を仕掛けますが、果たしてリアンはどう対抗するのか!?
「カレーは飲み物ww」「ご飯くん瞬殺で草」「絶望感がパねぇw」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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