EP 27
決死の炎上テロ! 重装甲カルビと絶対零度の鎮火
タロキン王国が誇る、最大のトラップ兵器。
『カレーライス部隊』と若き戦士『ご飯』による飽和質量攻撃は、クラウスという名の底なしの餓狼の前に、ただの『食前酒』として飲み干されてしまった。
「終わった……。我々の最大の武器が、逆に奴らのエンジンに火をつけてしまった……」
豚の騎士トンデモナイトは、ショーケースの中で膝から崩れ落ち、完全なる絶望に打ちひしがれていた。
機動力(タン塩)も、状態異常(ビールと餃子)も、質量も通じない。
魔王軍(9人の暴食獣)の胃袋は、物理法則を完全に無視した異次元空間であった。
「おい、リアン。次はなんだ?」
テーブル席では、腹のエンジンを全開にしたクラウスが、トングを握る魔王リアンを急かしている。
「焦るな。次は、あの分厚い脂身をたっぷり蓄えた……そうだな、『カルビ』でも焼いてやるか」
リアンの死神の目(三ツ星シェフの眼光)が、ショーケースの中の重戦士『カルビ』をピタリと捉えた。
「ヒィィッ!?」
隣にいたハラミ姫が悲鳴を上げる。
「つ、次はお前が狙われているぞ、カルビ……っ!」
トンデモナイトが、這いつくばったままカルビの足首を掴む。「逃げろ……。もう、どうにもならん。お前が行っても、無駄死にするだけだ……っ」
だが。
白と赤の美しいストライプ――極上の霜降りという名の重装甲を纏ったカルビは、逃げるどころか、不敵な笑みを浮かべて一歩前に出た。
「トンデモナイトの旦那。俺たちタロキンの肉に、『逃げる』って選択肢はねぇんだよ」
カルビは、己の分厚い胸ぐら(脂身)をドンッ! と叩いた。
「奴らの胃袋を満たすのが無理だってのは、よく分かった。なら、どうすればいいか? 簡単なことだ。奴らが肉を焼くための『戦場(網)』そのものを、この俺の命と引き換えに破壊してやればいいのさ」
「な、なんだと……!?」
トンデモナイトが目を見開く。
「よせカルビ! まさかお前、あれをやる気か!?」
「あぁ。俺の極上の脂(可燃物)を限界まで解き放ち、この網を地獄の業火で包み込んでやる。そうすりゃ、網は黒焦げになり、火災報知器が鳴り響く。焼肉なんて不可能な状況を、物理的に作り出してやるよ!」
カルビは、悲壮な決意を胸に、自らリアンのトングへと向かっていった。
「行くぜ。タロキン王国の未来は、俺の炎に託された!」
* * *
「よし、カルビだ。脂が多いから、目を離すなよ」
リアンがトングでカルビを掴み、ロースターの網の中央へと乗せた。
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
「ぐおおおおおおおおっ!!」
カルビが、網の熱に身をよじらせながら雄叫びを上げる。
「来やがれ、魔王軍! 俺の脂身の恐ろしさを、その目に焼き付けてやる!」
カルビの重装甲から、極上の脂(肉汁)が滝のように溢れ出し、ロースターの火源へと直接滴り落ちた。
ポタッ……ボワァァァァァァァァァァァァッ!!!!
瞬間。
ロースターから、天井に届かんばかりの巨大な火柱が噴き上がった。
「うおっ!? なんだこの炎!」
「きゃああっ! 燃えてる、燃えてるよぉ!」
クラウスとキャルルが、突如として噴き上がった猛火に驚いてのけぞる。
「フハハハハハハッ! 見たか、魔王軍!!」
カルビは、炎の中心で高らかに笑い声を上げた。
「これぞ俺の最終奥義、決死の炎上テロ(ファイヤー・ストライク)だ! このまま俺の脂で網を完全に焦げ付かせ、二度と肉が焼けない不毛の荒野(炭の海)に変えてやる! 貴様らの暴食も、ここまでだぁぁぁっ!!」
焼肉バイキングにおける、カルビの脂によるロースターの大炎上。
それは客にとってパニックを引き起こし、網を使い物にならなくする、肉側の最強の物理トラップであった。
「やった! やったぞ、カルビ!」
ショーケースの中から、トンデモナイトたちが歓喜の声を上げる。
「カルビの決死の自爆が、魔王軍の戦場を炎で包み込んだ! 奴らもこの業火の前では、肉を焼くどころか箸を伸ばすことすらできまい!」
ハラミ姫も、涙ながらにカルビの勇姿を見つめた。
炎はますます勢いを増し、カルビの身体を真っ黒な炭に変えるべく、猛威を振るい続ける。
カルビは、己の命が燃え尽きる瞬間を、誇り高く迎えようとしていた。
(さらばだ、トンデモナイト……ハラミ姫……っ!)
――しかし。
炎の向こう側に立つ魔王リアン・シンフォニアは、一切の動揺を見せていなかった。
「……フッ。素人が焼肉に行くと、カルビの脂でよく炎上騒ぎを起こすんだよな」
リアンは、呆れたようなため息をついた。
「だがな、俺は三ツ星シェフだぞ。網の上の温度管理もできない料理人だと思ったか?」
リアンの手が、テーブルの端に置かれていた『ドリンクバーのコップ』へと伸びた。
コップの中に入っていたのは、水ではない。
カランッ、と冷たい音を立てる、無色透明な氷の結晶である。
「な、なんだ? 魔王が何かを取り出したぞ……!」
炎の中心で、カルビが目を細める。
リアンは、トングでその『氷』を一つ、器用に挟み取った。
そして。
燃え盛るロースターの網の、炎が最も激しく立ち昇っている火源の真上へと、その氷をスッと滑らせた。
――ジュワァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
「……なっ!?」
カルビの目が、限界まで見開かれた。
氷がロースターの熱源に触れて溶け出した瞬間、猛烈な勢いで燃え盛っていた炎が、嘘のように一瞬でスゥッと消滅したのだ。
「ば……馬鹿な……っ!?」
カルビの口から、絶望のうめき声が漏れる。
「あ、あり得ない! 俺の脂が引き起こした、すべてを焼き尽くすはずの地獄の業火が……たった一つの氷の欠片で、完全に鎮圧されただとォォォッ!?」
ショーケースの中のトンデモナイトも、両手で頭を抱えて絶叫した。
「ぜ、絶対零度の氷結魔法だ……っ! あの魔王、戦場の炎をコントロールする絶対的な魔術すら持っているというのか!」
いや、魔法ではない。
それはただの『焼肉バイキングにおける、氷を使った鎮火の裏技』である。
網の上に氷を置くことで、溶けた水が直接火源に落ちて温度を下げ、炎上を防ぐという、ちょっと焼肉に通い慣れた学生でも知っているライフハックに過ぎない。
だが、肉たち(カルビ)から見れば、それは自らの命を懸けた最大の魔法(自爆テロ)を、鼻で笑いながら無力化されたも同然の絶望であった。
「よし、鎮火完了だ。表面は香ばしく、中はジューシーな最高の状態だぞ」
リアンは、氷によって完璧な温度で焼き上げられたカルビをトングで拾い上げ、クラウスの皿へと放り投げた。
「おおっ! さすがリアン、完璧な焼き加減だ!」
クラウスが、目を輝かせて箸を伸ばす。
「や、やめろ……。俺の炎上作戦が……俺の誇りが……っ!」
カルビの抵抗も虚しく、クラウスの巨大な口が、パックリと開かれた。
「いただきまーす!」
ムシャッ。
「…………ッ!!」
カルビの意識が、噛み砕かれる衝撃と共に闇へと沈んでいく。
「美味いっ! カルビの濃厚な脂が、口の中でとろけるようだ! さっきのカレーライスのスパイスと相まって、無限に白飯が食えるぞ!」
クラウスの豪快な食レポが、カルビの散り様をさらに惨めなものにしていく。
(あぁ……俺の脂は、ただ奴らを喜ばせるための……極上のエッセンスに過ぎなかったのか……)
カルビは、己の無力さに涙しながら、クラウスの胃袋へと完全に消滅していった。
* * *
「「「カ、カルビィィィィィィィィィィッ!!!!」」」
ショーケースの中は、深い絶望と静寂に包まれていた。
重装甲を誇ったカルビの決死の炎上テロ。
それすらも、魔王リアンの持つ『絶対零度の氷(ただのドリンクバーの氷)』の前に、いとも容易く鎮圧されてしまったのだ。
「もう……もうおしまいですわ……。我々には、あの方々に抗う術は何一つ残されていませんの……」
ハラミ姫が、床に崩れ落ちて顔を覆う。
「姫様……ッ!」
トンデモナイトは、血の滲むような思いで拳を握りしめた。
肉弾戦、状態異常、質量兵器、そして環境破壊(炎上)。
すべてが通じない。魔王軍の暴食は、留まることを知らない。
「五円! 御縁! ハイッ! お肉も美味しいですけれど、そろそろ『あちら』のコーナーにも手を出さねばなりませんわね!」
その時。
お賽銭箱型掃除機を引きずったリーザが、血走った目を、タロキン店内の『ある一角』へと向けた。
「残り時間20分! 限界まで元を取るためには、単価が高くて腹にたまらない、アレを吸い尽くすしかありませんのォォォッ!」
リーザの視線の先。
そこは、色鮮やかなケーキやアイスクリーム、プリンたちが並ぶ、甘く平和な聖域――『デザートコーナー』であった。
「なっ……! 奴ら、ついにデザート部隊にまで魔の手を伸ばす気か!」
トンデモナイトの顔に、最後の決死の色が浮かんだ。
「こうなったら、デザート部隊の持つ『糖分』で、奴らの脳に強制的な満腹信号を送るしかない! デザート部隊、前に出ろ!!」
限界を迎えたかに見えた魔王軍の胃袋。
だが、彼らはまだ、人体に潜む最悪のバグ――『別腹』という恐怖を知らなかったのである。




