EP 23
飲茶の自信と秒殺(無茶しやがって……っ!)
タン塩が散った。
時間を稼ぐはずだった彼の決死の『片面炙り回避作戦』は、死神のトングを振るう魔王リアンの前に、わずか十数秒で粉砕された。
あろうことか、レモンの爽やかな酸味は魔王軍(9人の暴食獣)の胃袋を刺激し、彼らを完全なる臨戦態勢へと導く最悪の起爆剤となってしまったのだ。
「ぐっ……! 俺の判断ミスだ……。タン塩……お前の尊い犠牲を、逆に奴らの食欲の薪にしてしまうとは……ッ!」
豚の騎士トンデモナイトは、クリスタル・パレス(ショーケース)の最前列で膝をつき、己の不甲斐なさに拳を床に叩きつけた。
「トンデモナイト……お願い、自分を責めないで……っ」
ハラミ姫が、涙を堪えながら彼の肩にそっと触れる。
「姫様……申し訳ありません。ですが、まだ終わってはおりません。網の上(肉弾戦)では魔王のトングに分が悪い。ならば、サイドメニュー陣の力で、奴らの『胃袋の容量』そのものを限界まで追い詰めるしかない!」
肉だけではない。タロキン王国には、己の命を捧げて客を満たすために鍛え上げられた、多種多様な戦士たちが控えている。
トンデモナイトがサイドメニューの陣地(保温ケース)へ視線を向けた、その時だった。
「ヘヘッ、ここはいっちょ俺の出番だな!」
不敵な笑い声と共に、保温ケースから勢いよく飛び出してきた影があった。
パリッと揚がった黄金色の衣を纏う春巻き、熱々の肉汁を内包したシュウマイ、そして香ばしいゴマ団子。複数の点心が一つにまとまった、中華の技巧と油の結晶――サイドメニューの戦士、『飲茶』である。
「飲茶! お前、出る気か!」
トンデモナイトが驚きの声を上げる。
「おうよ! タン塩の奴がやられた分は、この俺がキッチリお返ししてやるぜ」
飲茶は、親指で己の胸を指差し、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「いいか? 俺たち中華の武器は、油と炭水化物の強力な合わせ技だ。パリッとした皮の食感で油断させ、ズッシリと重い肉汁で奴らの満腹中枢をダイレクトに破壊する。どんなバケモノの胃袋だろうが、俺の攻撃を喰らえば一発で胃もたれを起こすはずだぜ!」
「待て、飲茶! 相手は桁違いのバケモノだ! 単独での突撃は無茶だ、カレーライス部隊との連携を待て!」
トンデモナイトが制止しようと手を伸ばす。
だが、飲茶の自信は揺るがなかった。
彼は保温ケースから戦場へと向かうトレイの上に降り立ち、ニヤリと笑ってフラグ(死の宣告)としか思えない台詞を堂々と放ったのである。
「ヘヘッ……心配すんな。これなら楽勝だな! 俺が全部ぶっ倒してやるぜ!」
* * *
「お肉もいいですけど、わたくしはアツアツの点心もいただきたいですわね! 春巻きにシュウマイ、全部持ってきなさい!」
テーブル席でふんぞり返るルチアナのオーダーを受け、極貧地下アイドルにして守銭奴のリーザが、サイドメニューコーナーへと進軍していた。
「五円! 御縁! ハイッ! アイドルたる者、スポンサー(今回はリアン)のお金で食べられるタダ飯は、一グラムたりとも残してはなりませんの!」
リーザの両目は黄金のドルマークに輝き、右手には彼女の相棒である『お賽銭箱型掃除機』が轟音を立ててアイドリングしている。
(……来たな。あの小柄な女が相手か)
トレイの上で待ち構えていた飲茶は、リーザの姿を確認して不敵に笑った。
(見たところ、細身で大食いには見えねぇ。俺の熱々・特製肉汁シュウマイと、油を限界まで吸い込んだ春巻きのコンボを食らわせて、一気にノックアウトしてやる!)
リーザの手が、トレイへと伸びる。
飲茶は、自らの持つすべての旨味と熱量を解き放つべく、全身の力を振り絞った。
「食らいなァァッ! これが俺の最強の中華コンボ――」
だが。
飲茶がリーザの皿に乗ろうとした、まさにその瞬間だった。
「五円! 御縁! ハイッ! タイムイズマネー! 噛んで味わう時間すらもったいないですのォォッ!」
リーザは、皿を使うことすらしなかった。
彼女は、お賽銭箱型掃除機のノズルを最大出力に切り替え、飲茶の乗ったトレイに直接突きつけたのだ。
――ズボバババババババババババッ!!!!
「え?」
飲茶の口から、間の抜けた声が漏れた。
熱々の肉汁? パリパリの皮の食感? 胃袋を重くする油の攻撃?
そんなものは、すべて無意味だった。
なぜなら、リーザは『味わう』という行為そのものを放棄していたからだ。彼女にあるのは、ただ制限時間内に原価の高い食べ物をブラックホール(胃袋とお賽銭箱の異空間)へと詰め込むという、物理法則を無視した吸引力のみ。
「う……うわあああああああああああっ!!!!」
飲茶の身体は、抗う間もなく宙に浮き上がった。
春巻きが、シュウマイが、ゴマ団子が、まるで竜巻に吸い込まれる木の葉のように、一瞬にして暗黒のノズルの中へと消えていく。
「あぐもぐもぐもぐもぐっ! ハイッ! ごちそうさまでしたの!」
時間にして、わずか一秒。
リーザが満足げに口を拭い、次の標的を求めて去っていった後。
誰もいなくなったサイドメニューのトレイの上には。
飲茶の彩りとして添えられていた、たった一つの『パセリ』だけが残されていた。
緑色のパセリは、まるで力尽きた戦士のように、トレイの隅のくぼみ(クレーター)の中で、膝を抱えて丸まったような、あまりにも哀愁漂うポーズで力なく横たわっていた。
* * *
「なっ……!?」
遠く離れたショーケースの中から、その光景を目撃したトンデモナイトは、信じられないものを見たというように絶句した。
楽勝だと言っていた。俺が全部ぶっ倒すと言っていた。
タロキンが誇る中華の戦士が、何のダメージを与えることもできず、ただの一秒で、文字通り『吸い尽くされた』のだ。
「う、嘘だろ……。飲茶……?」
トンデモナイトの膝から、力が抜け落ちる。
トレイの上。
かつて飲茶がいた場所には、丸まって横たわる悲しきパセリの残骸だけが、虚しく店の空調の風に吹かれて揺れている。
「飲茶ァァァァァァァァァッ!!!!」
トンデモナイトの慟哭が、タロキンの店内に(肉たちにだけ)木霊した。
「無茶しやがって……! 無茶しやがってぇぇぇっ!!」
タン塩に続き、飲茶までもが瞬殺された。
魔王軍の恐ろしさは、底なしの胃袋だけではない。『味わう』という食材に対する最低限の礼儀すら持たない、ただ原価を吸い尽くす絶対的な暴力。
「……許さん。絶対に許さんぞ、魔王軍……ッ!」
トンデモナイトの瞳に、復讐の炎が灯った。
「正面からの物理攻撃(腹を満たすこと)は無意味だ……! ならば、奴らの意識を刈り取るしかない! おい! 『ビール・アルコール部隊』はいるか!」
豚の騎士の視線の先、ドリンクバーの奥で、黄金色の泡を乗せたジョッキたちが静かに待機していた。
「奴らのうち、大人組(女神たち)を狙え! 肝臓に直接アルコールを叩き込み、酔い潰して眠らせろ! 意識を奪えば、我々の勝ちだ!」
飲茶の尊い犠牲を無駄にしないため。
タロキン防衛軍は、肉弾戦を捨て、アルコールによる『状態異常攻撃』という次なる一手へと打って出るのだった。
第3話『飲茶の自信と秒殺(無茶しやがって……っ!)』をお読みいただきありがとうございます!
「ヘヘッ、これなら楽勝だな! 俺が全部ぶっ倒してやるぜ!」
見事なまでのフラグ建築からの一秒での瞬殺。リーザの吸引力の前には、中華の油も炭水化物も無意味でした……。
トレイのくぼみ(クレーター)に残された、丸まったパセリの哀愁……トンデモナイトの叫びと共に、某名シーンが脳裏に浮かんだ方は、立派な戦士です(笑)。
次回、飲茶の犠牲を無駄にしないため、トンデモナイトはアルコール部隊を投入!
ルチアナたち女神を「酔い潰す」作戦に出ますが、果たして駄女神たちにアルコールのデバフは効くのでしょうか!?
「飲茶あああwww」「パセリのポーズが目に浮かぶ」「リーザ外道すぎるw」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、丸まったパセリも浮かばれます!
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