EP 22
先陣の誇り! タン塩の散華と、残酷なレモンの洗礼
ウィィィィン……。
冷気で満たされた『タロキン』のクリスタル・パレス(ショーケース)のガラス扉が、無慈悲な重低音と共に開け放たれた。
侵入してきたのは、白銀の輝きを放つ冷酷な死神の鎌――トングの魔王、リアン・シンフォニアの右腕である。
「ヒィィッ……! 来たぞ! 奴らの魔の手が!」
「誰だ!? 誰が最初の生贄に選ばれるんだ……ッ!」
ショーケース内の肉たちが、圧倒的な暴食のオーラに震え上がり、後ずさる。
「陣形を組め! ハラミ姫をお守りするのだ!」
豚の騎士トンデモナイトが、サンチュのマントを翻して最前列に立ち塞がろうとした。
しかし、リアンのトングは分厚い装甲を持つトンデモナイトには目もくれず、別のトレイへと真っ直ぐに伸びていた。
「……フッ。慌てるな、トンデモナイト殿」
その時、怯える肉たちの集団から、スッと一人の青年が前に出た。
薄くしなやかな肉体を持ち、白ゴマと塩ダレの外套を羽織った身軽な斥候戦士――『タン塩』である。
「タ、タン塩! お前、自ら死地に赴く気か!」
トンデモナイトが目を見開く。
「当然だ。戦の基本は、機動力のある先陣が敵の陣形をかき乱し、時間を稼ぐこと。俺のこの極薄の装甲なら、網の上の灼熱地獄でもすぐには中まで火が通らない。あえて身を反らせ(縮み上がり)、火力を逃がす『回避行動』を取れば、奴らの貴重な90分を大いに削ることができるはずだ」
タン塩は、自らの薄さを最大の武器と信じて疑わなかった。
「俺が前線で時間を稼ぐ。その間に、貴殿らは本陣の守りを固めてくれ」
「タン塩……っ!」
ハラミ姫が両手を胸の前で組み、涙を流す。
ガキンッ!
リアンのトングが、無情にもタン塩の身体を挟み込んだ。
「行くぞ、トンデモナイト殿! 姫様を、我らがタロキン王国を頼む!」
タン塩は、死地に赴くとは思えぬほど爽やかな笑顔を残し、トングに連行されて宙へと持ち上げられていった。
「タン塩ォォォォォォォッ!!」
トンデモナイトたちは、ガラス越しに戦場(テーブルの網)へと連行される友の後ろ姿を、血の涙を流しながら見送った。
「頼むぞ、タン塩……。お前の回避力(薄さ)で、魔王軍の牙を凌いでくれ……!」
* * *
「とりあえず、焼きの基本はタン塩からだ」
リアンはトングを操り、ボォォォッ! と地獄の業火が噴き上がるロースターの網の上へ、数枚のタン塩を一斉に並べた。
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
「ぐぁあああああああああっ!?」
タン塩の断末魔が(肉たちにだけ)響き渡る。
「熱い! 熱いぞぉっ! 凄まじい業火だ……! だが、ここで耐えねば……! さぁ、俺の回避行動(丸まり)を見よ! 網から身を反らし、熱を逃がしてやる!」
タン塩は、ロースターの熱によって身をよじらせ、極限の耐久戦に持ち込もうと筋肉を収縮させた。
しかし。
網の前に立つ黒エプロンの死神(三ツ星シェフ)は、肉のいじましい抵抗など、最初からすべて見切っていた。
「おいクラウス。タン塩をいつまでも網に乗せて、両面をカチカチに焼く奴は三流だ」
リアンが、冷徹な声で告げる。
「薄いタン塩はな、片面だけを強火で炙る。そして、表面に透明な肉汁(命の雫)がぷっくりと浮き上がってきた瞬間――それが、最も美味い最高の食べ頃(処刑の刻)だ」
「な……に……!?」
タン塩が驚愕に目を見開いた。
「バカな……! 完全に丸まって熱を回避する隙すら与えないというのか!? まさか、この俺を裏返さない……『片面炙り』だとォォッ!?」
リアンのトングが、まるで神速の剣閃のように宙を舞った。
タン塩が丸まるよりも早く、表面に命の雫が浮かんだそのコンマ一秒のタイミングを狙い澄まし、網から一瞬で引き上げたのだ。
防御も回避も許さない、完全なる一撃必殺。
タン塩が立てた『時間を稼ぐ』という戦略は、わずか十数秒で粉砕された。
「ぐふぅッ……! み、見事だ、魔王……。だが、俺とてタロキン王国の戦士。ただでは食われん……奴らの顎を、少しでも疲労させて――」
「仕上げだ」
リアンが、皿に乗せたタン塩の上へ、串切りの黄色い果実を力強く絞った。
ピシャァッ!
「ぎゃあああああああああああああああっ!!!!」
強酸(レモン汁)の残酷なる洗礼。
タン塩の熱く傷ついた肉体に、容赦のない酸の雨が降り注いだ。
「あぁぁっ! 溶ける! 俺のタンパク質が、俺の誇りが、強酸の海に溶かされていくぅぅぅッ!!」
さらに、リアンの無慈悲な手は止まらない。
刻まれた緑の拷問具――『ネギ塩』を、タン塩の体にどっさりと乗せ、まるで死体を隠すかのように包み込んだ。
「よし、食え」
リアンの合図と共に、飢えたバケモノたちが一斉に箸を伸ばす。
「わーお! リスナーのみんなぁ! 見て見て、この完璧なタン塩!」
先陣を切ったのは、自撮りドローンを飛ばすキュララだった。彼女は黄金の箸でタン塩を乱暴に掴み上げると、カメラに向かって残酷なまでの笑顔を見せた。
「ネギをたっぷり巻いて、レモン汁でサッパリ! これなら脂っこくなくて、無限に胃袋に入っちゃうよぉ!」
「や、やめろ……! 来るな、悪魔ァァァァッ!」
タン塩の叫びも虚しく、キュララの小さな口が、大きく開かれた。
「いただきまーす♡」
パクッ。
「…………ッ!!」
タン塩の意識が、暗闇に飲まれていく。
ネギとレモンの爽やかな風味が、タン塩自身の持つ強烈な旨味を最大限に引き出し、キュララの味覚を暴力的に支配する。
「んんんん〜っ! 神だよぉ、これ! めちゃくちゃ柔らかくて最高! リアン、次! どんどん焼いてぇ!」
『タン塩うまそうwww』
『深夜の飯テロやめろやww腹鳴ったわ』
『赤スパ一万円! もっと食え!』
キュララの無邪気な食レポと共に、宇宙全土にタン塩の散り様が生配信され、歓喜と爆笑のコメントが滝のように流れていく。
(あぁ……なんという失態だ……)
キュララの胃袋(底なし沼)へと落ちていく中、タン塩は己の致命的な見込み違いに絶望していた。
自分の命を賭して時間を稼ぐどころか。
魔王軍(9人の暴食獣)は、レモンの爽やかな酸味とタン塩の極上の旨味によって、逆に胃袋のウォーミングアップを完璧に完了させてしまったのだ。
満腹感を削るどころか、この先のさらなる暴食を引き起こすための『食欲の起爆剤(前菜)』として、完全に機能してしまったのである。
(俺は……奴らの食欲に、火をつけてしまった……。姫様……どうか、ご無事で……っ!)
ゴクリ。
タン塩の意識は、完全なる敗北感と共に、暗黒の胃袋へと消えていった。
* * *
「「「タ、タン塩ォォォォォォォォォッ!!!!」」」
クリスタル・パレス(ショーケース)の中では、トンデモナイトと肉たちが、ガラスにへばりついて慟哭していた。
「なんて残酷な……! あんな一瞬で、一片の慈悲もなく、ネギと共に骨の髄(旨味)までしゃぶり尽くすなんて……ッ!」
トンデモナイトは、サンチュのマントを握りしめ、血の涙を流した。
「トンデモナイト……タン塩が……タン塩がぁっ……!」
ハラミ姫が、崩れ落ちて泣き咽ぶ。
「姫様、見ないでください! あれは、あまりにも惨たらしい……っ!」
トンデモナイトが姫の目を覆うが、彼自身の身体も怒りと恐怖で激しく震えていた。
「五円! 御縁! ハイッ! ウォーミングアップは完了ですわ! さぁ、本番の肉とサイドメニューを、持てるだけ持ってきますのォォッ!」
リーザが、お賽銭箱型掃除機のノズルを振り回し、さらなる獲物を求めて店内を闊歩し始めた。
「お肉もいいですけど、わたくしはアツアツの点心もいただきたいですわね! 春巻きにシュウマイ、全部持ってきなさい!」
ルチアナが、悪辣な笑みを浮かべて指示を飛ばす。
「くそっ……! このままでは、我らタロキン王国は90分を待たずに全滅してしまう!」
トンデモナイトは、迫り来る魔王軍の狂気の笑顔を見据え、ギリッと歯を食いしばった。
「肉弾戦(網の上)では、あの魔王のトングには勝てん……! 誰か、誰か奴らの意表を突ける勇者はいないのか!」
悲壮な空気がショーケースを包み込む中。
タロキンのサイドメニュー陣から、不敵な笑い声と共に、一人の男が立ち上がった。
「ヘヘッ、ここはいっちょ俺の出番だな!」
中華の旨味と自信に満ち溢れたその姿。
新たな戦士の登場に、タロキン王国の防衛戦は、さらなる絶望のパロディへと突入していくのであった。
『先陣の誇り! タン塩の散華と、残酷なレモンの洗礼』をお読みいただきありがとうございます!
タン塩くん、時間を稼ぐつもりが「片面炙り」の前に一瞬で敗れ去りました……。
防御の隙も与えない神速のトング捌き、そしてレモン汁の強酸(笑)。地の文をシリアスにすればするほど、ただ焼肉を美味しく食べているだけなのに悲劇の戦記物に見えてくる不思議!
しかも、レモン塩のサッパリ感のせいで、結果的にSクラスたちの食欲に火をつけてしまうという最悪のオチでした。
次回、ついにあの男(?)が立ち上がります!
「ヘヘッ、これなら楽勝だな! 俺が全部ぶっ倒してやるぜ!」
自信満々で飛び出すサイドメニューの戦士『飲茶』の運命やいかに!?
「タン塩カッコよかったぞ!」「ただの焼肉なのに熱いww」「深夜に読んだらあかんやつ」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、ハラミ姫たちも(別の意味で)浮かばれます!
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