EP 15
確変ハゲ、覚醒(キュイイーン!)
ポポロ亭の宴会場は、息を呑むような静寂と、異様な緊張感に包まれていた。
チカッ……。
チカッ……チカッ……。
「……オリン様? あの、頭が……光っておりますわよ?」
お酌の瓶を持ったまま、エルフの次期女王ルナが小首を傾げた。
大宇宙管理局のリーダーにして、世界神を統べる男神、オリン。
彼がリアン特製の『暴露鯛の活造り(腹身・大トロ)』を飲み込んだ直後から、彼のツルツルにハゲ上がった頭頂部が、まるで非常灯のように『赤色』の光を帯びて明滅し始めたのだ。
「う……うぅぅぅぅ……ッ!」
オリンは、自らの頭を両手で抱え込むようにしてうつむき、テーブルの上でガタガタと激しく震え始めた。
「な、なんだ!? 急に苦しみ出したぞ!」
クラウスが慌てて立ち上がる。
「リアン! 貴様、刺身に毒でも盛ったのではないだろうな!」
「馬鹿言え、毒なんて盛るかよ。俺は最高のエンターテインメントを提供しただけだ」
俺は腕を組み、厨房の入り口からその様子をニヤニヤと見守っていた。
オリンの体内で何が起きているのか、俺には痛いほど分かっていた。
都市伝説級の魔魚『暴露鯛』の呪いが、オリンの脳髄を直撃し、強烈な『暴露衝動』を引き起こしているのだ。
言いたい。誰かに、自分の隠している秘密を全て大声でぶち撒けたくてたまらない。しかし、大宇宙のトップとしての理性がそれを必死に押さえ込もうとしている。
その猛烈な葛藤が、彼の神気と連動し、頭頂部を発光させているのである。
「わーお! リスナーのみんなぁ! 何か凄いことになってきたよぉ!」
キュララが、空気を読まずに自撮りドローンをオリンの頭上に急接近させた。
「見て見て! オリン様の頭、さっきまで普通のハゲだったのに、今は真っ赤に点滅してるよ! これって……これってまさか!」
キュララは、ルナミスパーラー(パチンコ店)に入り浸っている経験から、この現象に既視感を覚えていた。
「『赤保留』だよぉ! ルナミス帝国で大人気の魔導遊戯『CR異世界転生トラックでドン!』と同じ前兆演出だぁっ!」
『マジだww 赤保留キタコレwww』
『熱い熱い熱い! 信頼度40%超え!』
『神様の頭でパチンコ演出すなwww』
ゴッドチューブのコメント欄が、爆発的な勢いで滝のように流れ始めた。
「ちょ、ちょっと! オリン様!? 大丈夫ですの!?」
事態の異常さに気づいたルチアナとカグヤが、慌ててオリンの両肩を揺さぶる。
「しっかりしてくださいませ! 配信中なんですのよ! ここで倒れられたら、わたくしたちの予算が……っ!」
「そうですわ! 頼むから、威厳を保って座っていてくださいな!」
だが、二柱の女神の悲痛な願い(保身)も空しく、オリンの頭の明滅はさらに激しさを増していく。
「ぐおおおお……っ! い、言えん……! 大宇宙管理局のリーダーとして……! 威厳ある世界神として……! あんなことや、こんな真実は、決して口が裂けても……!」
オリンの口から、苦悶のうめき声が漏れる。
「オリン様! 己の秘密と戦っておられるのですね!」
クラウスが、またしても極端な解釈をして感動の涙を流し始めた。
「なんと気高き神の姿か! 我々下界の民に見せまいと、内に秘めた苦悩と戦うその姿勢……まさに神のノブリス・オブリージュ!」
「五円! 御縁! ハイッ! オリン様の頭が赤く光るたびに、同接が十万人ずつ増えていきますわ! オリン様の頭は金の成る木ですのォォッ!」
リーザはもはやオリンの体調などどうでもよく、お賽銭箱型掃除機の集金カウンター(スパチャ額)を見て狂喜乱舞している。
その時だった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
オリンが、限界を超えたような奇声を上げ、顔をガバッと上げた。
彼の顔は、サケスキーの酔いとは比べ物にならないほど真っ赤に充血し、額には青筋がビキビキと浮き出ている。
そして。
――ピキィィィィンッ!!
オリンの頭頂部の発光が、赤色から、眩いばかりの『黄金色』へと変化した。
それだけではない。
極限のストレスによって浮き出た頭皮の血管が、奇跡的な配置となり、ゴッドチューブのカメラ越しにはっきりと、金色の文字でこう読める形を形成したのだ。
――『 激 ア ツ 』。
「き、金文字保留だぁぁぁぁぁっ!!」
キュララが絶叫した。
「信頼度80%オーバー! 激アツ演出きたよぉぉぉっ!!」
『うおおおおおっ!!』
『ハゲ頭に激アツの文字浮かんでて腹筋崩壊するwww』
『これは当たる! 絶対に当たるぞ!!』
『赤スパ10万円! いけえええええハゲーッ!!』
数千万人のリスナーのボルテージが最高潮に達する。
そして、リーザのポケットに入っていた『ふ〜ん石』の呪いが、オリンの体内にある暴露成分を完全に臨界点へと到達させた。
プツン。
俺の耳には、オリンの脳内で『理性の糸』が切れる音が、はっきりと聞こえた。
ブワァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
突如、オリンの全身から凄まじい神気が爆発的に噴き出した。
黄金色に輝いていたハゲ頭は、ついに七色の虹色に輝き始め、ポポロ亭の座敷を昼間のように照らし出す。
それと同時に、どこからともなく、脳髄を直接揺さぶるような爆音の『確定音』が鳴り響いた。
『キュイイーン! キュイキュイキュイイイーン!!』
『ピロロロロロロ……ピピピピピピピィィィィンッ!!!!』
「な、なんですのこの音!? 鼓膜が破れますわ!!」
ルチアナが両耳を塞ぎながら絶叫する。
「眩しッ!? ちょっと、何光ってますの!? ミラーボールじゃありませんのよ!!」
カグヤも扇子で目を覆いながら、ついに猫被りを捨てて本性で怒鳴り始めた。
「せっかくのお祝いの宴なのに、悪趣味極まりないですわ! これだからハゲは嫌なんですのよ! 早くその光を止めなさい!!」
「はははっ、無理だぜカグヤ」
俺は、あまりの眩しさに手でひさしを作りながら、ニヤリと笑った。
「パチンコで確定音が鳴ったら、もう誰にも止められねぇ。……大当たり(暴露)の始まりだ」
七色に輝く後光を背負い、オリンはゆっくりと立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの苦悶の表情は欠片もない。
あるのは、全てを解き放ち、包み隠すことをやめた『絶対的な全能感』と、脳内麻薬がドバドバと分泌されている恍惚とした笑顔だった。
「……あぁ。なんという、なんという心地よさだ……」
オリンは、自撮りドローンのカメラを真っ直ぐに見据え、恍惚とした声で呟いた。
「言ってもいいのだな……。私が隠し続けてきた、あの真実を……。大宇宙の数千億の民たちに、包み隠さず、ぶち撒けても……!!」
『いけえええええ!!』
『言え言え言ええええ!!』
『オリン様の真実、聞かせてくれええええ!!』
ゴッドチューブのコメント欄が、尋常ではないスピードで滝のように流れる。同接はついに一億人を突破した。
「オリン様! ダメですわ! 神の威厳が!」
ルチアナが止めに入ろうとするが、確変状態のオリンから放たれる凄まじい神気(虹色のオーラ)に弾き飛ばされ、「あべらっ!?」と情けない声を出して壁に激突した。
誰にも、彼を止めることはできない。
オリンは、胸に手を当て、深く、深く息を吸い込んだ。
そして。
宇宙全土に配信されているカメラに向かって、大宇宙管理局のトップは、最初の『真実(暴露)』を声高らかに絶叫した。
「うぅ……実は!!」
ゴクリ、と。
ポポロ亭の全員が、そして宇宙中のリスナーが息を呑む。
大宇宙の創造に関する秘密か。あるいは、世界の終焉を告げる予言か。
神の口から語られる、重大な真実――。
「実は!! 私は、こっそりと『育毛剤』を使用しているんですぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
「「「…………」」」
シーン……。
ポポロ亭の宴会場に、シベリアの永久凍土のような冷たい沈黙が降りた。
ドローンを操作していたキュララも、耳を塞いでいたルチアナとカグヤも、そして感動していたクラウスまでもが、目を点にして固まっていた。
「…………は?」
俺の口から、素のツッコミが漏れた。
……育毛剤。
大宇宙管理局のリーダーが、虹色の後光を放ち、確定音を鳴り響かせながら、一億人のリスナーに向けて暴露した最初の秘密。
それが、「育毛剤を使っている」という、全国のお父さんと同じレベルの、あまりにもちっぽけで、哀愁漂うコンプレックスだった。
『……え?』
『…………。』
『そ、その頭で……?』
ゴッドチューブのコメント欄が、一瞬の静寂の後、困惑と爆笑の入り混じった嵐へと変貌していく。
ふ〜ん石の『負運』がもたらした、コメディとしての最悪の絶望。
オリンの社会的尊厳を粉々に打ち砕く『神々の暴露大会』が、今、最悪の形で幕を開けたのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




