EP 14
ポポロ亭の宴と三ツ星シェフの罠
ポポロ村の村長宅を改装した大衆食堂『ポポロ亭』の宴会用座敷は、異様な熱気とアルコールの匂い、そして神々の思惑(主に保身)が入り乱れるカオスな空間と化していた。
「さぁさぁオリン様! 宇宙の果てから辺境の村まで、本当にお疲れ様でございました! わたくしめが、極上の一杯をお注ぎいたしますわ!」
「ほほほ、オリン様。今日の視察で泥にまみれたお姿も、大変威厳に満ちておられましたわよ。さぁ、遠慮なさらずにグイッといってくださいな!」
上座にでんと座る世界神オリンの両脇を固めているのは、永遠の17歳(自称)の駄女神ルチアナと、月の女神カグヤの二柱だった。
普段は顔を合わせれば裏垢で罵詈雑言をぶつけ合う犬猿の仲の二人が、今日ばかりは見事な連携プレイを見せている。完全に『絶対に経費の横領(推し活と高級車レンタル)を隠し通したいキャバ嬢』のテンションであった。
「う、うむ! 苦しゅうないぞ、君たち!」
オリンは、顔中に絆創膏を貼り、村の貸し出し用であるタローマン製の芋ジャージを着ているという悲惨な姿だったが、部下からの接待に気を良くして赤ら顔になっていた。
彼が飲んでいるのは、米麦草から作られた度数37度の高級酒『サケスキー』を、温かい『陽薬茶』で割ったポポロ村特製のカクテルだ。五臓六腑に染み渡るアルコールと薬草の効能が、視察(という名の厄日)でボロボロになった彼の心身を心地よく麻痺させていた。
「オリン様ぁ、お仕事、いつも大変ですねぇ。無理しないでくださいね♡」
そこへ、ルナが天然の癒やしオーラを全開にして、とどめのお酌に向かう。エルフの次期女王による100%純粋な善意の笑顔は、ブラックな神界で胃薬を噛み砕く日々を送る中間管理職の心に、クリティカルヒットした。
「お、おおっ……! なんて健気で良い子なのだ! それに比べて、うちの職場の連中ときたら……」
オリンはホロリと涙を流し、サケスキーのグラスをぐいっと呷った。
一方、部屋の隅ではキュララが自撮りドローンを飛ばし、この宴の様子を宇宙全土に向けて生配信していた。
『うわぁ……完全に接待キャバクラじゃんwww』
『ルチアナのゴマすりが必死すぎて草』
『カグヤ様、扇子で顔隠してるけど目が笑ってないww』
『オリン様(ジャージ姿)、ただの近所の酔っ払いのおっさんで親近感湧くわ〜赤スパ1万円!』
同接(同時接続者数)はついに五千万人を突破。
リーザが渡した呪いのアイテム『ふ〜ん石』による泥水ダイブの切り抜き動画がバズった結果、ゴッドチューブのPVと評価率は、オリンの目論見通り、いやそれ以上に爆上がりしていた。
「五円! 御縁! ハイッ! 素晴らしい経済効果ですわ! このままオリン様を上機嫌にして、ポポロ村に莫大な特別予算(補助金)を引っ張ってきますの!」
リーザがお賽銭箱型掃除機を抱えながら、よだれを垂らして歓喜している。
「もぐもぐ……このタマンネギの天ぷら、すっごく美味しいよぉ……」
見習い女神のリリスは、接待などどこ吹く風で、テーブルに並んだ料理を端から端までブラックホールのような胃袋に収めていた。
* * *
「……おい、リアン。本当にアレを出すのか?」
賑やかな座敷から少し離れた厨房で。
相棒のクラウスが、俺の手元を青ざめた顔で覗き込んでいた。
「出さない理由がねぇだろ。客が刺身を食いたいって言ってんだからな」
俺は出刃包丁を握りしめ、まな板の上に横たわる『暴露鯛』の半身を見つめていた。
食べれば全ての秘密をぶち撒けたくなる、都市伝説級のゴシップ魔魚。
俺は前世の三ツ星シェフとしての技術を全開にし、呪いを無効化するどころか、そのポテンシャルを『最大化』するための調理を行っていた。
「見ろ、クラウス。この暴露鯛の身の中で、一番脂が乗っていて、かつ『呪い(暴露成分)』が濃縮されている部位がある」
俺は包丁の先で、鯛の腹身――人間で言えば大トロにあたる部位を指し示した。
透き通るような白身の中に、まるで血管のように薄紅色の筋が走っている。よく見ると、その筋の形が『ニヤニヤと笑う無数の唇』のように見えるという、最高に気味の悪い(そして美味そうな)部位だった。
「ひぃッ!? な、なんだその禍々しい脂身は!」
「俺の目利きが正しければ、ここを一口食っただけで、大宇宙のトップシークレットだろうが、他人の黒歴史だろうが、脳内のストッパーが外れて全部拡声器で叫びたくなるはずだ」
俺は、その一番ヤバい腹身(大トロ)を薄く削ぎ切りにし、氷水でキュッと締めた後、特別に用意した小さな黒い皿に、一際美しく盛り付けた。
「な、ならば尚更出せないではないか! もし大宇宙管理局の機密が漏れれば、世界が滅ぶかもしれんのだぞ!」
「安心しろ。あのハゲの懐には、リーザが渡した『ふ〜ん石』が入ってる。あの呪いの石が、絶妙な『最底辺の負運(コメディ的な悲劇)』を引き寄せるハブになってるんだ」
俺はニヤリと笑い、特別皿に特製の『醤油草』と『新鮮なワサビ』を添えた。
「ふ〜ん石が導く運命なら、世界が滅ぶようなシリアスな機密は漏れねぇよ。……その代わり、ルチアナやカグヤの横領、天界のドロドロの人間関係みたいな『社会的に一番ダメージのデカい笑える秘密』だけが、ピンポイントで暴露されるはずだ」
「り、リアン……貴様、悪魔か……ッ!」
「いいや、俺はただの料理人さ。客に最高のエンターテインメント(料理)を提供するだけだ」
俺は、芸術的な『暴露鯛の活造り』が盛られた大皿と、オリン専用の特別皿をお盆に乗せ、厨房を出た。
* * *
「お待たせしました、オリン様。ポポロ村近海で獲れた、黒鯛の洗いでございます。そしてこちらが――」
俺は恭しく、大皿をテーブルの中央に置き、一番ヤバい腹身が乗った特別皿を、オリンの目の前にそっと置いた。
「この魚の中で最も脂が乗り、旨味が凝縮された『大トロ』の部位です。大宇宙管理局のトップであるオリン様にこそ、ふさわしい一品かと」
「おおおおっ!!」
オリンの目が、少年虫取り網を見つけた時のように輝いた。
「見事だ! まるで氷の彫刻のように美しい白身! そしてこの特別皿、私のためだけに用意してくれたのだな! ポポロ村のシェフよ、君の心遣い、見事である!」
『うわー、すっげぇ美味そう!』
『深夜に見るもんじゃねぇなこれ(腹鳴り)』
『ハゲ、完全にご機嫌じゃんw』
ゴッドチューブのリスナーたちも、画面越しの極上の刺身に沸き立っている。
「さぁさぁオリン様! 遠慮なさらず、一番美味しいところを召し上がってくださいな!」
「ええ! わたくしたちの真心を、どうかお受け取りくださいませ!」
ルチアナとカグヤが、この料理が自分たちの首を絞める最悪の爆弾だとは夢にも思わず、オリンに食べるよう全力で勧めた。
俺は一歩下がり、腕を組んでその様子を静観する。
「では、遠慮なく……! 視察の成功と、ポポロ村の発展を祝して!」
オリンは箸を取り、特別皿に乗った暴露鯛の腹身を一枚つまみ上げた。
たっぷりとワサビを乗せ、醤油草のタレに軽く潜らせる。
そして、五千万人のリスナーが固唾を飲んで見守る中、オリンは迷うことなくそれをパクリと口に放り込んだ。
コリッ。
静かな座敷に、氷で締められた新鮮な白身が弾ける、小気味よい咀嚼音が響いた。
「…………ッ!!」
オリンの目が、カッ! と見開かれた。
「お、美味しいですか? オリン様?」
キャルルが心配そうに小首を傾げる。
「う……うむっ! 美味い! 美味いぞぉぉっ!」
オリンがブルブルと身を震わせ、歓喜の声を上げた。
「なんだこの弾力は! 噛めば噛むほど、濃厚な脂の甘みが口いっぱいに広がり、それでいて後味は信じられないほどスッキリしている! ワサビのツンとした辛味が、絶妙なアクセントになって……こ、こんな美味い刺身、天界の高級料亭でも食ったことがないッ!」
オリンは感涙を流しながら、咀嚼し、そしてゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
――暴露鯛の腹身(大トロ)が、完全にオリンの胃袋へと収まった瞬間。
「あぁ……酒が進む! ルナ君、もう一杯――」
ピタッ。
サケスキーのグラスを差し出そうとしたオリンの動きが、不自然なほど急に止まった。
「オリン様?」
ルナがお酌の瓶を持ったまま、不思議そうに首を傾げる。
「…………」
オリンはグラスを握りしめたまま、うつむき、微動だにしない。
いや、よく見ると、彼の体全体が小刻みに震えていた。
顔はサケスキーの酔いとは違う、異常なまでの紅潮を見せ、額からは滝のような汗が吹き出している。
「オ、オリン様? どうかなさいましたの? お腹でも痛いんですの?」
リーザが心配そうに顔を覗き込む。
違う。腹痛ではない。
俺の目にははっきりと見えていた。
オリンのジャージのポケットに入っている『ふ〜ん石』が、怪しい七色の光を放ち、オリンの胃袋の中で溶けた『暴露鯛』の成分と完全にリンクしたのだ。
彼の脳内で、理性のストッパーという名のダムが、今まさに決壊しようとしている音が聞こえる。
「……うぅ……っ」
オリンの口から、くぐもった呻き声が漏れた。
言いたい。
喋りたい。
隠していたあの秘密を。墓場まで持っていくはずだったあの真実を。
誰かに、今すぐ、大声でぶち撒けたくてぶち撒けたくてたまらない……ッ!
圧倒的な『暴露』への衝動が、オリンの胃袋から胸を伝い、喉元へと猛烈な勢いでせり上がっていく。
そして。
チカッ……!
うつむいていたオリンの、光り輝くハゲ上がった頭頂部が。
まるで、チャージを完了したエネルギー砲のように、あるいは、大当たりを引いたパチンコ台の役物のように、不自然な赤い光を帯びて明滅し始めたのだった。
――神々の嘘にまみれた宴を崩壊させる、最悪のカウントダウンがゼロになった瞬間である。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




