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EP 13

クラウスの釣果(騎士と厄災の黒鯛)

 大宇宙管理局のトップ・オリン様のポポロ村視察。

 それは、リーザが善意(と欲望)で渡した呪いのアイテム『ふ〜ん石』によって、宇宙レベルのコメディ番組(炎上配信)へと変貌していた。

 泥水ダイブに始まり、トライバードのフン爆撃、そして人参マンドラによる股間へのクリティカルヒット。

 その後もオリンの負運はとどまることを知らなかった。

 視察のために歩けば、何もない平坦な道で必ず小石につまずき、村の子供が投げたフリスビーが後頭部にクリーンヒットし、挙句の果てには、大人しいはずの草食魔獣シープピッグに何故か突進されて池に突き落とされる始末。

「ハァ……ハァ……。ポポロ村は……実に、活気があってよろしい……ッ!」

 夕刻。

 ポポロ村の村長宅(俺たちのシェアハウス)を兼ねた大衆食堂『ポポロ亭』の宴会用座敷にて。

 オリンは、ボロボロになった純白のアルマーニのスーツを村の貸し出し用ジャージに着替え、顔中絆創膏だらけになりながらも、カメラ(ゴッドチューブの配信)に向けて必死に威厳ある笑みを張り付けていた。

「オリン様! 胃薬のおかわりをお持ちしましたわ!」

「む、むぅ……すまんね、ルチアナ君。ガリッ、ボリボリボリッ」

 ルチアナがジョッキで差し出した水をチェイサーに、オリンが本日五瓶目となる胃薬をフリスクのように噛み砕く。

『オリン様ボロボロで草』

『厄日すぎんだろwww』

『でも一切キレないのは流石トップだな(白目)』

 キュララが配信しているゴッドチューブのコメント欄は、オリンのあまりの悲惨さに同情票が集まり、PV(視聴回数)と投げ銭はうなぎ登りだった。

「……なぁ、リアン」

 厨房で夕食の仕込みをしていた俺の元へ、ルチアナとカグヤが顔面蒼白でやってきた。

「あのクソハゲ……いや、オリン様、表面上は笑ってるけど絶対腹の中ではブチギレてるわ! このままじゃ、視察の報告書に『ポポロ村は危険地帯、予算全額カット』って書かれちゃう!」

「そうですわ! なんとかして、最高のお料理でオリン様のご機嫌を取ってくださいませ! わたくしのレンタカー代……いえ、月の世界の威信がかかっていますの!」

「お前らの自業自得だろ……。まぁいい、料理で黙らせるのは俺の仕事だ」

 俺はため息をつきながら、ポポロ村の特産品である『肉椎茸』や『ハニーかぼちゃ』を使った精進料理風のフルコースを準備していた。

 胃腸がボロボロのハゲに、重たい肉料理は逆効果だ。出汁を効かせた優しい和食で、確実に胃袋を掴んでやる。

 ――そんな風に、俺が完璧なリカバリープランを練っていた、その時だった。

「リアン!! 素晴らしい獲物が手に入ったぞ!!」

 ポポロ亭の厨房の勝手口がバンッ! と勢いよく開き、泥だらけの甲冑を着たクラウスが、満面の笑みで飛び込んできた。

 彼の右手には、巨大なクーラーボックスが握られている。

「おいクラウス。お前、オリン様の視察に同行しないでどこ行ってたんだ」

「ふっ、騎士たる者、常に不測の事態に備えて鍛錬を怠らぬもの。私はポポロ村の裏手、シーラン海へと繋がる河口付近で、水中の魔獣を想定した素振りを千回行っていたのだ。……そして、その休息中に釣り糸を垂らしたところ、こいつがかかった!」

 ドンッ!

 クラウスがクーラーボックスを調理台の上に置き、勢いよく蓋を開けた。

 中には、氷水に浸かった体長五十センチはあろうかという、見事な『黒鯛』が横たわっていた。

「おお! こいつは立派な黒鯛だ。海中国家シーランの海流に乗って、この河口まで迷い込んできたんだろう」

 俺は料理人の目つきになり、魚の鮮度を確かめようと覗き込んだ。

「どうだリアン! オリン様はひどくお疲れのご様子。海からのこの素晴らしい恵み(黒鯛)を刺身にして、神々への最高のおもてなしとしようではないか!」

 クラウスが誇り高く胸を張る。

「ほう! 新鮮な魚かね! それは素晴らしい!」

 座敷の方から、オリンの嬉しそうな声が聞こえた。

「宇宙の果てまで視察に行っても、結局一番美味いのは新鮮な刺身と日本酒だからな! ぜひとも、その黒鯛を捌いていただきたい!」

「承知いたしました、オリン様! すぐにリアンが極上の姿造りにしてみせます!」

 ルチアナが調子に乗って安請け合いし、厨房の俺に向かって「ほら、早く捌きなさいよ!」とウインクを飛ばしてきた。

「…………」

 俺は、出刃包丁を手に取り、まな板の上の黒鯛をじっと見下ろした。

 確かに、サイズは申し分ない。

 だが。

 前世で三ツ星フレンチの副料理長を務め、魚の目利きにも絶対の自信を持つ俺の『鑑定眼』が、この黒鯛に対して強烈な違和感とアラートを鳴らしていた。

(……なんだ、この黒鯛。……顔が、変だ)

 魚の顔なんてどれも同じだと思うかもしれない。

 だが、この黒鯛は違った。

 まず、目が異様に『血走って』いる。

 そして、わずかに開いた口元は、まるで今にも「ねぇねぇ、あそこの奥さん、昨日若いツバメと歩いてたわよ」とでも喋り出しそうな、三面記事のゴシップ記者か、井戸端会議のオバチャンのような『下世話なニヤニヤ笑い』を浮かべていたのだ。

 俺は、包丁を握ったまま冷や汗を流した。

(この顔……この異様なオーラ……アナステシアの魔導食材図鑑で見たことがあるぞ。ただの黒鯛じゃない。シーラン海の深海に生息するという、都市伝説級の魔魚……!)

 その名も――『暴露鯛ばくろだい』。

 毒はない。味は極上の黒鯛そのもの。

 しかし、この魚の身を一口でも食べた者は、脳内のストッパー(理性)が完全に破壊され、**『自分の隠している秘密や、他人の黒歴史を、一切の躊躇なく大声で暴露したくなる』**という、社会生活を完全に破滅させる恐るべき呪い(成分)を秘めているのだ。

「……おい、クラウス。お前、とんでもないモン釣ってきやがったな」

 俺は小声で、横に立つ相棒を睨みつけた。

「ん? どうしたリアン。鮮度が悪かったか?」

「鮮度以前の問題だ。こいつは『暴露鯛』だ。食った奴の隠し事を全部ぶち撒けさせる、歩くゴシップ爆弾だぞ」

「な、なんだと!?」

 クラウスが青ざめ、慌てて口を両手で覆った。

「ば、馬鹿な……。もしあのような威厳ある神様が、そんな呪いの魚を食べてしまったら……!」

(そうだ。ただでさえ、あのハゲはリーザの渡した『ふ〜ん石』のせいで、最底辺の負運に見舞われている。……つまり、だ)

 俺の脳内で、全ての点と点が線で繋がった。

 リーザのふ〜ん石による強烈な『負運』が、確率(運命)を歪めた。

 オリンを社会的に抹殺するための最悪のピースとして、クラウスの釣り竿にピンポイントでこの『暴露鯛』を引き寄せたのだ。

 まさに、神をも呪い殺すピタゴラスイッチである。

「リアン! こ、この魚はすぐに捨てるのだ! 万が一にもオリン様の口に入ったら、大宇宙管理局の機密情報がダダ漏れになり、宇宙戦争が勃発しかねんぞ!」

 クラウスが小声で急かしてくる。

 俺も、最初はそうしようと思った。

 だが。

「ねぇ、リアーン! まーだー!? オリン様、お刺身楽しみにしてるんだけど!」

「早くしなさいよ無能シェフ! 月の世界の威信がかかってるんですのよ!」

 座敷の方から、ルチアナとカグヤが偉そうに急かしてくる。

 彼女たちの態度は、完全に「自分たちの横領を隠すために、お前が完璧に接待しろ」という傲慢なものだった。

「…………」

 俺は、出刃包丁の峰を指でトントンと叩きながら、極悪非道な笑みを浮かべた。

(……待てよ。あの暴露鯛を食ったオリンが秘密をぶち撒けるってことは……ルチアナのクレカ限度額(推し活)の件や、カグヤのレンタカーの件も、全部ゴッドチューブの配信で暴露されるってことだよな?)

 あいつらの横領の尻拭いなんて、真っ平御免だ。

 むしろ、この宴の席で全ての秘密(膿)を出し切って、腹の底から炎上バズらせた方が、結果的に星の予算(PV)も稼げるのではないか?

「……ふっ」

 俺は、プロの料理人として、いかなる食材も最高の状態で提供するという『矜持』を胸に刻んだ。

「クラウス。心配するな、俺に任せろ」

「お、おお! 流石はリアン、何かあの呪いを無効化する調理法があるのだな!」

「あぁ。最高の『洗い(氷締め)』にしてやるよ」

 俺は暴露鯛のウロコを一気に引き剥がし、鮮やかな包丁捌きで三枚におろした。

 血走ったゴシップ記者のような頭部を切り落とし、透き通るような白身を薄く削ぎ切りにする。それを氷水にサッと潜らせて身を引き締め、大根のツマと大葉を敷いた大皿に、牡丹の花のように美しく盛り付けた。

 横には、ポポロ村特産の『醤油草』の搾り汁と、新鮮なワサビを添える。

「完璧だ……」

 呪いを無効化するどころか、暴露成分が最も活発になる活造りである。

 見た目は料亭で出されるような、芸術的な黒鯛の刺身そのものだった。

「お待たせしました、オリン様。ポポロ村近海で獲れた、黒鯛の洗いでございます」

 俺が恭しく大皿を座敷のテーブルに置くと、オリンはパァッと顔を輝かせた。

「おおっ! 見事な腕前だ! まるで芸術品ではないか!」

「ええ、リアン君のお料理は絶品ですわ♡ オリン様、お醤油をどうぞ♡」

 ルナが天然の笑顔で、小皿に醤油草のタレを注ぐ。

『うわー、美味そう!』

『ハゲ、良いもん食ってんなー』

『深夜の飯テロやめろww』

 ゴッドチューブのリスナーたちも、画面越しの見事な刺身に釘付けになっていた。

「では、早速一口……。ルチアナ君たちの働きぶりと、このポポロ村の未来に乾杯して!」

 オリンが箸を伸ばし、醤油を軽くつけた黒鯛の刺身を、迷うことなくパクリと口に運んだ。

 ――その瞬間。

 宴会場の空気が、ピタリと止まった。

 俺は、腕を組みながらその様子を静かに見つめていた。

 リーザの『ふ〜ん石』が引き寄せた、最悪のゴシップ爆弾(暴露鯛)。

 神々の欺瞞と嘘にまみれた宴が、今まさに、宇宙全土を巻き込む大炎上のカウントダウンを迎えようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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