EP 12
守銭奴の善意と「ふ〜ん石」(最底辺の運勢)
「いい!? あんたたち、絶対にあのおっさん……ゲフンゲフン、オリン様のご機嫌を損ねるんじゃないわよ!」
ポポロ村の中央広場から、村長のキャルルを先頭にして視察がスタートした直後。
駄女神ルチアナと、見栄っ張り女神カグヤの二柱が、俺たちSクラスの面々を道の隅へと引っ張り込み、必死の形相で耳打ちをしてきた。
「特にリアン! あんたのその捻くれた前世の社畜根性で、オリン様に正論をぶつけたりしたら承知しないからね! わたくしのクレカの限度額(月人君への課金)がかかってるのよ!」
「そうですわ! わたくしのレンタカー代……いえ、月の世界の威信がかかっていますの! 何か気の利いた『献上品』の一つでも渡して、オリン様の目を逸らさせなさい!」
ルチアナとカグヤが、俺の胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶる。
「おい、ふざけんな。なんでお前らの横領と見栄の尻拭いのために、俺たちがゴマすりしなきゃなんねぇんだよ」
俺は冷たい目で二人の女神を引き剥がした。
「大体、神様への献上品なんて、そんな都合よく持ってるわけ――」
「五円! 御縁! ハイッ! わたくしにお任せくださいませ!!」
俺が言い終わるより早く、極貧地下アイドルにして守銭奴の人魚姫・リーザが、凄まじいスピードでお賽銭箱型掃除機を引きずりながら前に出た。
その瞳孔はガンギマリに開き、黄金のドルマーク(ルナミス帝国の通貨マーク)がギラギラと輝いている。
「大宇宙管理局のトップ……すなわち、宇宙一の富豪! あの光り輝く頭頂部は、まさに歩く金貨そのものですわ! わたくしが最高の『貢ぎ物』を差し出し、太いパイプ(大型スポンサー契約)を繋いでみせますの!」
「リーザ、お前……金目の物なんて何一つ持ってないだろ」
俺が呆れて突っ込むが、リーザはフンスッと胸を張った。
「失礼な! アイドルたる者、いざという時の営業ツールは常に持ち歩いておりますわ! これを見るがいいですの!」
リーザが芋ジャージのポケットをごそごそと漁り、バァン! とドヤ顔で取り出したもの。
それは、大人の拳ほどの大きさがある『七色に光る石』だった。
表面が滑らかで、角度を変えるたびに虹色に怪しく輝いている。一見すると、どこかのダンジョンで発掘された希少な宝玉のようにも見えた。
「おおっ! リーザ、それはもしや、シーラン海に伝わる幻の真珠か何かか!?」
クラウスが目を輝かせて尋ねる。
「ふふふっ……実はこれ、今朝、タローソン(コンビニ)の裏のゴミ捨て場を漁っていた時に見つけた、すっごく綺麗な石なんですの!」
「ただのゴミじゃねぇかッ!!」
俺の的確なツッコミがポポロ村の青空に響き渡る。
「ゴミではありませんわ! 石は磨けば光るんですの! 要はプレゼン(言い回し)次第! わたくしのアイドルスマイルと話術で、このタローソンの石ころを『国宝級の宝玉』と錯覚させてみせますわ!」
リーザはそう言うと、芋ジャージの袖で石をキュッキュッと磨き、満面の笑みを張り付けてオリンの元へと突撃していった。
「あ、おいバカ待て! その石、なんか嫌な魔力の波長が――」
俺の『鑑定』スキルに近い三ツ星シェフの直感が、強烈な警鐘を鳴らした。だが、時すでに遅し。
「オリン様ぁ〜っ♡」
リーザは、村の視察をして「うむ、空気が美味いな!」と偉そうに頷いていたオリンの足元へと、スライディング土下座の勢いで滑り込んだ。
「む? なんだね、君は。……おお、確かルナミス学園のSクラスの生徒だったな」
オリンが、威厳を保ったままリーザを見下ろす。
「はいですの! わたくし、オリン様の輝かしい威光に心打たれました! つきましては、このポポロ村開拓の記念といたしまして、わたくしから細やかな『献上品』を受け取っていただきたく存じますわ!」
リーザが、七色に光る石を恭しく両手で差し出した。
「これは、ポポロ村の裏山の大地から一億年の歳月を経て生み出された幻の宝玉、『ポポロ・レインボー・ダイヤモンド』でございますの! どうか、オリン様の素晴らしい頭頂部……いえ、神格にふさわしいこの輝きをお納めくださいませ!」
流れるような嘘八百。
だが、オリンの反応は上々だった。
何しろ、彼の横ではキュララが自撮りドローンを飛ばし、ゴッドチューブで『神々の視察! 宇宙生配信!』と銘打って数千万人のリスナーに映像を届けている真っ最中なのだ。
「おお……! なんと美しい宝玉か!」
オリンはカメラを意識しながら、大仰な動作で石を受け取った。
「辺境の民よ、その純真なる信仰心と献上品、確かに大宇宙管理局リーダー・オリンが受け取った! 君たちのその真心こそが、我々神族にとって何よりの宝なのだ! ガハハハハ!」
『わーお! オリン様、太っ腹ぁ! リスナーのみんなも、オリン様の神対応にスパチャよろしくねぇ!』
キュララが配信を盛り上げ、コメント欄には『ハゲのくせに良い奴じゃんw』『好感度上がったわ』という好意的な文字が流れ始めた。
「よしよし! これでゴッドチューブの評価率もウナギ登りだ!」
オリンはご機嫌な様子で、アルマーニの高級スーツのポケットに、リーザから受け取った『七色の石』を大事そうにしまい込んだ。
――その瞬間。
俺の背筋に、ゾワリと嫌な汗が流れた。
(……思い出した。あの七色の石……前世で読んだオカルト系の本か、あるいはアナステシアの魔導書で見たことがあるぞ)
俺は、額に手を当てて天を仰いだ。
(あれは『ポポロ・レインボー・ダイヤモンド』なんかじゃない。……呪いのアイテム、『ふ〜ん石』だ!)
『ふ〜ん石』。
それは、持っている者を死に至らしめるような恐ろしい呪いのアイテムではない。
効果はただ一つ。
『所持者の運気を、石を渡した元の持ち主の運勢よりも、さらに一段階下に引き下げる(負運にする)』という、絶妙に嫌がらせ特化の呪具である。致命傷にはならないが、地味な不運が永遠に連鎖し、思わず「ふ〜ん(ため息)」と漏らしてしまうことからその名がつけられた。
(……待てよ)
俺の脳内コンピューターが、恐ろしい計算を弾き出した。
(あの石の元の持ち主は、今朝ゴミ捨て場で拾った『リーザ』だ)
リーザ・シーラン。
極貧地下アイドル。常にパンの耳をかじり、一獲千金を狙っては失敗し、最近ではルチアナの巻き添えでマグローザ漁船にドナドナされかけた女。
控えめに言って、彼女の金運および総合的な運勢は『アナステシア世界で最底辺(スライム以下)』である。
(……そのリーザの運勢を、さらに一段階下回る『負運』……!?)
俺が戦慄した、まさに次の瞬間だった。
「さぁて、村長君! 次はあの立派な太陽芋の畑を案内してもらおうか!」
オリンが偉そうに胸を張り、アルマーニの革靴で堂々とした一歩を踏み出した。
ズルッ。
ポスッ。
「……あぶッ!?」
オリンの革靴が、完全に平坦で何もないはずの地面で、あり得ない角度でスリップした。
そのままオリンの体は宙に浮き、顔面から一直線に――昨夜の雨でぬかるんでいた泥水の大穴(水たまり)へと、見事なまでにダイブしたのだ。
バシャァァァァァァッ!!
「「「…………え?」」」
ポポロ村の広場が、水を打ったように静まり返った。
ルチアナとカグヤの口が、ポカンと開いている。
「ぷはぁっ!? ぺっ、ぺっ! な、なんだこのぬかるみは!?」
オリンが泥まみれになって顔を上げた。
純白のアルマーニのスーツは泥水でドロドロの斑模様になり、光り輝いていたハゲ頭には、立派なカエルの死骸(干からびたやつ)がペタリと張り付いている。
『……ぷっw』
『オリン様www なにもない所で転んだwwww』
『宇宙のトップが泥遊びwww スパチャ100円投げとくわww』
キュララのゴッドチューブのコメント欄が、一斉に草(w)で埋め尽くされた。
「お、オリン様!? だ、大丈夫ですか!?」
村長のキャルルが慌てて駆け寄る。
「む、むぅ……! 大丈夫だ、この程度! さすがは自然豊かなポポロ村、大地が私を歓迎して熱烈なハグをしてくれたようだな! ガハハハハ……ッ!」
オリンは顔をヒクヒクと引き攣らせながら、カメラに向かって必死に威厳を保とうと笑い声を上げた。
だが、彼の悲劇(ふ〜ん石の呪い)は、まだ始まったばかりだった。
「さぁ、気を取り直して――」
オリンが泥だらけのスーツをパンパンと払い、立ち上がろうとした、その時。
ポチャッ。
空高くから、一つの奇妙な落下物が、オリンのハゲ頭のど真ん中――見事なまでのストライクゾーンに命中した。
「……ん? なんだ、急に雨が……?」
オリンが自分の頭頂部を触り、その手を顔の前に持ってくる。
そこにあったのは、白と緑が混ざった、強烈なアンモニア臭を放つドロドロのペースト。
「ト、トライバードの糞ですわァァァァァッ!?」
ルチアナが顔面を蒼白にして絶叫した。
見上げれば、上空をのんきに飛んでいく鳥型魔獣・トライバードの群れ。その一羽が投下した爆弾が、寸分の狂いもなく宇宙神の頭頂部に直撃したのだ。
「あ、あああ……私の、私のアルマーニが……頭が……」
泥と鳥のフンにまみれたオリンの目から、スーッとハイライトが消えていく。
「オリン様! 落ち着いてくださいませ!」
カグヤが慌ててハンカチ(質屋の流出品)を取り出し、オリンの頭を拭こうと駆け寄る。
だが、カグヤが踏み出した足先が、オリンの革靴の紐(なぜか突然ほどけていた)をピンポイントで踏み抜いた。
「あっ」
「ふぐぅッ!?」
立ち上がろうとしていたオリンは、再び足元をすくわれ、今度は背中から思い切り後ろにひっくり返った。
そして、その背中が落下した先には、俺たちが昨日収穫し忘れていた『人参マンドラ』が、土から顔を出してのんびりと日向ぼっこをしていた。
ドスッ。
『ギャアアアアアアアアアアアッ!!!!』
オリンの体重で潰された人参マンドラが、鼓膜を破壊するほどの断末魔の悲鳴を上げながら、猛スピードでオリンの股間を蹴り上げ、ダッシュで逃亡していった。
「ゴフゥッ……!?」
泥水、鳥のフン、そして股間への急所攻撃。
大宇宙管理局のトップは、白目を剥いて泡を吹き、完全に沈黙した。
『やばいwww 腹痛いwwww』
『オリン様ボロボロwww 撮れ高最高かよwww』
『赤スパ5万円! オリン様の股間に乾杯!』
ゴッドチューブの視聴者数は、うなぎ登りに跳ね上がっていく。
「…………」
俺は、胃の痛みを堪えながら、この悲惨な光景を見つめていた。
「り、リアン……! どういうことよこれ!」
ルチアナが、涙目で俺の背中にしがみついてきた。
「オリン様、急に厄年みたいな運の悪さになってるじゃない! このままじゃ、機嫌を損ねるどころか、ブチギレてポポロ村ごと更地にされちゃうわよぉぉっ!」
「安心しろ。更地になんてする余裕は、あのおっさんにはねぇよ」
俺はため息をつきながら、白目を剥いているオリンが、無意識のうちにポケットから『胃薬』の瓶を取り出し、ボリボリと貪り食っているのを指差した。
「あれは、リーザの負運をさらに下回る呪いの石の効果だ。致命傷にはならないが、精神と尊厳を少しずつ削り取る地味な不幸が永遠に続く」
「わたくしのお陰で、最高の撮れ高が稼げましたわね! 五円! 御縁! ハイッ!」
リーザだけが、全く事態を理解せずに、お賽銭箱型掃除機を抱えて一人で大喜びしている。
神々の視察団の到来。
それは、最底辺の運勢(ふ〜ん石)の呪いによって、大宇宙管理局のトップがひたすら物理的な辱めを受けるという、最悪のコメディの幕開けに過ぎなかった。
そして俺はまだ、今夜の歓迎の宴で、さらなる『地獄の引き金(暴露鯛)』が引かれることを知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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