EP 11
神の視察団、ポポロ村へ(胃薬の男神)
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三国緩衝地帯に位置する『ポポロ村』。
かつては名もなき辺境の荒れ地だったこの場所は、俺たちSクラスの面々が入り浸り、農業合宿(泥まみれのブートキャンプ)を経て広大な『太陽芋』の農場を開拓したことで、今や大陸有数の活気あふれる巨大アグリ拠点へと変貌を遂げていた。
村の入り口にはルナミス資本の『タローマート』や24時間ファミレス『ルナキン』が立ち並び、定期バス代わりのロックバイソンがのんびりと街道を行き交っている。
そんな、のどかで平和な(一部の規格外バケモノたちによる騒動を除けば)ポポロ村に、その日、文字通りの『激震』が走った。
ピシャァァァァァァッ!!
雲一つない青空から、突如として天を貫くような極太の光の柱が降り注いだのだ。
ポポロ村の中央広場を包み込んだその光は、神聖なオーラと、鼓膜を震わせるほどの壮大なファンファーレを伴っていた。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「魔獣の群れがまた湧いたんですの!?」
シェアハウスでくつろいでいた俺たちSクラスの面々は、武器(あるいは農具)を手に取って広場へと駆けつけた。
だが、光が収まった後に現れたのは、恐ろしい魔獣でも他国の軍隊でもなかった。
そこに立っていたのは、常識外れのオーラを放つ『五人の神族』だった。
「ふはははははっ! 大地を耕し、命を育む健気な民たちよ! この大宇宙管理局・第3種惑星創造神格公務員にして、世界神のリーダーたる『オリン』が、直々に視察にやって来たぞ!」
先頭に立って両手を広げ、やたらと響き渡る野太い声で宣言したのは、アルマーニ顔負けの純白の高級スーツに身を包んだ男神だった。
年齢は五十代半ばといったところか。彫りの深い威厳ある顔立ちをしているが――その頭頂部は、後光が差しているのかと錯覚するほどに見事なまでに『ハゲ上がって』おり、太陽の光を反射してピカピカと輝いていた。
そして、その背後に控えている四人の女性陣を見て、俺は全てを察して深くため息をついた。
「おい、ルチアナ。何しに来た」
俺が声をかけると、ハゲの男神の後ろから、永遠の17歳(自称)の駄女神ルチアナが顔を出した。
彼女は一応、視察という名目のためか、いつものピンク色の芋ジャージの上に無理やり『黒のテーラードジャケット』を羽織るという、致命的にダサいクールビズのような格好をしていた。
「ち、ちょっとリアン! 今は神聖な視察中なんだから、気安く話しかけないでよね! わたくしは今、厳格な女神モードなんだから!」
ルチアナは引きつった営業スマイルを浮かべながら、俺に向かってひらひらと手を振った。
その隣には、ハイブランドで全身を固めた絶世の美女――月の世界の女神、カグヤが立っていた。
「ごきげんよう、下界の民たち。このカグヤが直々に足を運んであげたのだから、感謝なさい」
カグヤは優雅に扇子を広げているが、前世で高級フレンチの副料理長として様々なVIPを見てきた俺の目は誤魔化せない。彼女が身につけている『グッ〇』や『プラ〇』に似た装飾品は、どう見ても型落ちのレンタル品か、質屋の流出品だ。
さらにその後ろでは、初心者マークの刺繍が入ったジャージを着た見習い女神のリリスが、「もぐもぐ……ルナキンの朝定食、まだ間に合うかな……」とみたらし団子を頬張っており、その横で完全武装した天使長ヴァルキュリアが眉間を揉みほぐしている。
「オリン様。声が大きすぎます。近隣の住民の鼓膜に悪影響を及ぼしますし、何より威厳というものが損なわれます」
ヴァルキュリアが冷たく進言する。
「お、おおっ。そうか、すまんなヴァルキュリア君。ガハハハハ!」
オリンと呼ばれたハゲの男神は、豪快に笑いながら懐から小さな瓶を取り出し、ボリボリとフリスクのような感覚で『胃薬』を噛み砕いた。
「……なぁ、リアン。なんだあの、やたらと眩しいハゲのおっさんは」
相棒のクラウスが、目を細めながら小声で尋ねてきた。
「大方、ルチアナたちの上司だろう。絵に描いたような中間管理職の顔をしてやがる。……見ろ、態度はデカいが、さっきから胃薬を手放してない。相当なストレスを抱え込んでる証拠だ」
俺の推測は、半分当たりで半分外れていた。
実はこのオリンという男神、ルチアナやカグヤたちを束ねる世界神のリーダーなのだが、その職場環境はブラック企業も真っ青の惨状だった。
同僚の邪神デュアダロスは刑務所の中でインテリヤクザ化して事務所を開き、調停者のガオガオンはドロドロの社内恋愛(四神の浮気騒動)で出社拒否。竜王デュークはラーメン屋台の経営にかまけ、狼王フェンリルに至ってはナンパとパチンコに明け暮れて着信拒否状態。
真面目に働くのはワンオペ育児中の不死鳥フレアとヴァルキュリアくらいで、あとは予算を推し活やギャラ飲みに溶かすルチアナとカグヤのような連中ばかり。
オリンが胃薬と盆栽を恋人にするのも無理はない環境なのだ。
「えへんっ! さて、ポポロ村の者たちよ!」
オリンがコホンと咳払いをして、広場に集まった村人や俺たちに向かって偉そうに顎をしゃくった。
「私が今回、わざわざこの辺境まで足を運んだ理由! それは他でもない、このポポロ村が近年、神々の配信サイト『ゴッドチューブ』において、異例のPV(視聴回数)と高評価率を叩き出しているからだ!」
「わーお! リスナーのみんなぁ! ゴッドチューブの運営トップが直々にコラボに来てくれたよぉ!」
すかさずキュララが自撮りドローンを飛ばし、オリンの眩しい頭頂部を接写し始める。
「こらっ、勝手に撮るな! ……いや、まぁ良い。しっかり私を映したまえ。私の威厳ある姿を宇宙全土に配信するのだ!」
オリンはカメラを向けられると、コソコソとジャケットの襟を正し、ハゲ頭の角度を調整して光の反射を良くした。
要するに、こういうことだ。
オリンは現在、さらに上位の神である『第2種銀河創造神格公務員(銀河神)』への昇進試験を控えている。しかし、部下たちがポンコツすぎるせいで彼の管轄する世界のPV率は伸び悩んでいた。
そんな中、突如としてバズり始めた『ポポロ村の泥臭い農業生活』や『狂暴岩牛のサウナスーツ討伐』などのコンテンツ。オリンはこれに目をつけ、自分の手柄(ポイント稼ぎ)にするために『視察』という名目でしゃしゃり出てきたわけだ。
「村長はどこかね! この世界神オリンが直々に、村の隅々まで視察してやろう!」
オリンが鷹揚に頷く。
「はーい! 私がポポロ村村長のキャルルだよ!」
キャルルが特注の安全靴を鳴らして、元気よく前に出た。その顔には、村長としての完璧な『ビジネススマイル』が張り付いている。
「遠いところからわざわざありがとうございます、オリン様! うちの村には美味しいお野菜と、最高のおもてなしがありますから、ゆっくりしていってね!」
「うむ! 殊勝な心がけだ。案内したまえ!」
オリンが機嫌良く歩き出したその背後で。
「……ねぇ、リアン」
ルチアナが、俺の背中に隠れるようにしてすり寄り、耳元で切羽詰まった声で囁いた。
「お願い、あのクソハゲ……いや、オリン様のご機嫌を絶対に損ねないでね! あいつ、ただの視察じゃなくて、わたくしたちの『予算の不正利用』を嗅ぎ回りに来てるのよ!」
「……お前ら、また国庫を横領して月人君のライブに行ったな?」
俺がジト目で睨むと、ルチアナはジャージの裾をギュッと握りしめて涙目になった。
「ば、バレたら始末書じゃ済まないわ! 最悪、わたくしのクレジットカード(限度額100万円)が止められちゃう! 今月、月人君のファンクラブの更新月なのよぉぉっ!」
「わたくしもですわ……!」
いつの間にかカグヤも反対側にすり寄ってきて、ギリッと歯を食いしばっている。
「もしあのハゲに、わたくしの乗っている車が『わナンバー(レンタカー)』だとバレたら、月の世界の信者たちに顔向けできませんわ! リアン、あんたの料理で適当に誤魔化しなさい!」
「…………」
俺は、前世の社畜時代に何度も味わった『無能な上司の接待』と『不正を隠蔽しようとする同僚の尻拭い』の記憶をフラッシュバックさせ、盛大に舌打ちをした。
「……五円! 御縁! ハイッ!」
その時、俺の横から猛烈な勢いで飛び出していった影があった。
極貧地下アイドルにして、守銭奴の人魚姫――リーザだ。
「大宇宙管理局のトップ! つまり、宇宙一のお金持ちということですわね! これは巨大なビジネスチャンス(パトロン獲得の好機)の予感がしますのォォッ!!」
リーザの瞳には、オリンのハゲ頭がそのまま巨大な金貨に見えているようだった。
「おい、待てリーザ! 余計なことはするな!」
俺が止める間もなく、リーザは満面の笑みを浮かべ、お賽銭箱型掃除機を引きずりながらオリンの元へと突撃していった。
神々の視察という名の、最悪の『炎上接待』の幕開け。
俺の胃が、オリンとは別の意味でキリキリと痛み始めたのだった。
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