表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
332/370

EP 10

収穫祭とヘルシー・フルコース(大団円)

 狂暴岩牛マッド・ロックバイソンの群れによる夜襲から一夜明けた、ポポロ村の朝。

 澄み切った青空の下、朝露に濡れた畑の土が、太陽の光を浴びて黄金色に輝いていた。

「よし! みんな、いよいよだぞ!」

 麦わら帽子を被ったユートが、畑の端に立って声を張り上げた。

「俺たちが泥まみれになって耕して、昨日命懸けで守り抜いた畑だ! 早生わせ品種の太陽芋が、土の中でパンパンに育ってる! さぁ、収穫祭の始まりだ!」

「「「おおおおおっ!!」」」

 Sクラスの面々が、歓声を上げて畑へと飛び出していった。

 彼女たちの服装は、あの忌まわしい漆黒のサウナスーツではない。動きやすい農作業用のつなぎや、ジャージ姿だ。

 腕輪の封印も解かれ、本来の力(闘気と魔力)を取り戻しているが、誰一人として魔法で芋を掘り起こそうとする者はいなかった。

「ふんぬっ!」

 キャルルが両手で太い茎を掴み、腰を落として力強く引っ張る。

 ズボボボボッ!

 という小気味よい音と共に、黒い土の中から、赤紫色に輝く丸々とした『太陽芋』が鈴なりになって姿を現した。

「わぁぁっ! 見て見てルナちゃん! すっごく大きいよ!」

「ふふっ、本当ですわね。土の中で、こんなに立派に育ってくれていたんですね」

 ルナが、泥のついた太陽芋を愛おしそうに両手で包み込む。

 その瞳には、魔法で無理やり成長させた時には決して得られなかった、命が実を結んだことへの純粋な感動が浮かんでいた。

「五円! 御縁! ハイッ! 素晴らしい重量感ですの! このサイズの太陽芋なら、市場で特上ランクとして卸せますわ! ざっと計算して、この一帯だけで銀貨百枚(十万円)の純利益……ッ!」

 リーザは頭の中で猛烈な勢いで電卓を弾きながら、お賽銭箱型掃除機に次々と芋を収納していく。

 相変わらずの守銭奴ぶりだが、その顔はいつも以上に晴れやかだ。他人の金をピンハネするのではなく、自らの労働で生み出した正当な『対価』を手にする喜びを知ったからだろう。

「おお……おおおお……ッ!」

 一方、クラウスは掘り出した一つの太陽芋を両手で天高く掲げ、朝日に透かして男泣きしていた。

「見よ、この泥にまみれた不骨な姿を! これこそが大地の結晶! 民の血と汗の具現! 私は今、ノブリス・オブリージュの真髄をこの手に掴んだぞォォッ!!」

「クラウス君、泣いてないで早く次を掘る! 昼までに終わらせないと、リアン兄貴のメシに間に合わなくなるぞ!」

 ユートにツッコミを入れられながらも、収穫の歓声は絶えることなく村の空に響き渡っていた。

     * * *

 その頃。

 俺――リアン・シンフォニアは、シェアハウスの庭に設置した特設の野外キッチンで、前世の三ツ星シェフの顔(本気モード)になっていた。

 まな板の上にあるのは、昨夜俺たちが仕留めた『狂暴岩牛』の極上肉。

 だが、俺は今日、以前のようにバターや脂質を大量に使った『カロリーの暴力フレンチ』を作るつもりはなかった。

 俺の包丁が閃き、狂暴岩牛の分厚い肉から、余分な脂身や筋が芸術的な手際で削ぎ落とされていく。

(こいつらが五日間かけて、泥水すすって作り上げた体と、その精神。……それを無駄にするような『脂の塊』は出さねぇ)

 俺が選んだ調理法は、『シンプル・ロースト』だ。

 赤身の旨味が凝縮された部位だけを切り出し、岩塩と、ポポロ村の裏山で採れた『陽薬草』のハーブだけをすり込む。そして、桜の薪を使った直火で、表面を香ばしく、中は極上のレアに焼き上げていく。

 余分な脂は全て薪の上に落ち、ジュウッという音と共に燻煙となって肉に芳醇な香りを纏わせる。

 そして、本日の主役は肉ではない。

 泥だらけになって帰ってきたユートたちが、キッチンに大量の『太陽芋』と、朝採れの『レ足す』や『マイ茄子』を持ち込んできた。

「リアン、頼む! こいつらを、世界一美味く食わせてやってくれ!」

 ユートが、泥のついた顔で最高の笑顔を見せた。

「あぁ、任せとけ。俺の包丁で、お前らの労働の結晶に最高の魔法(調理)をかけてやる」

 俺は太陽芋の皮をあえて剥かず、タワシで泥だけを丁寧に洗い落とした。皮のすぐ下にある一番美味い部分(栄養素)を逃さないためだ。

 それを厚めの輪切りにし、狂暴岩牛の肉から出た上質な肉汁をほんの少しだけ表面に塗り、石窯でじっくりとグリルする。

 ソースは、カロリーの高いチーズやデミグラスではない。

 すりおろした『タマンネギ』と『醤油草』を煮詰め、少量の『ハニーかぼちゃ』の蜜でコクを出した、和風のオニオンステーキソースだ。

 やがて、野外の長テーブルに、大皿に盛られた料理がドンッ! と並べられた。

「完成だ。リアン特製――『狂暴岩牛の赤身ローストと、泥まみれの太陽芋グリル〜ポポロ村の恵み仕立て〜』だ」

「「「おおおおおおおおっ!!!!」」」

 シャワーを浴びて着替えたSクラスの面々が、目を輝かせてテーブルを囲んだ。

 中央には、ルビーのように赤く輝く狂暴岩牛の分厚いロースト肉が、山のように高く盛られている。

 その周囲を彩るのは、石窯でホクホクに焼き上げられ、黄金色の焦げ目がついた太陽芋と、色鮮やかなポポロ村の新鮮野菜たちだ。

「さぁ、食え。お前らの『労働の対価』だ」

 俺の合図と共に、少女たちは一斉にナイフとフォークを手に取った。

 サクッ。

 キャルルが太陽芋のグリルを口に運ぶ。

「……っ!」

 一瞬、キャルルのウサギ耳がピンと逆立った。

「あまっ……! なにこれ、すっごく甘い! 外の皮はパリッとしてるのに、中はお芋のケーキみたいにトロトロでホクホクだよぉ!」

「んんんんッ! 和風のタマンネギソースが、お芋の甘さを極限まで引き立てていますわ! 噛めば噛むほど、大地の旨味が溢れ出してきますの!」

 リーザも、肉よりも先に太陽芋を頬張り、感動に打ち震えていた。

 それは、ただの糖分や脂質の甘さではない。

 自分たちがクワを振り、汗を流し、筋肉痛に耐えて育て上げたという『絶対的な過程』が存在するからこそ、脳髄を痺れさせるほどの美味として感じられるのだ。

「肉も絶品だぞ……!」

 クラウスが、狂暴岩牛の赤身ローストを咀嚼しながら感涙の声を上げた。

「以前のような脂の暴力ではない! 赤身肉の野性味あふれる旨味と、ハーブの香りが、鍛え抜かれた今の肉体にダイレクトに吸収されていくのが分かる! ……これが、真の健康的な美味ノブリス・オブリージュか……ッ!」

「わーお! 今日の配信は『自給自足の最強ヘルシーランチ』だよぉ! リスナーのみんなも、画面越しにこの美味しさ伝わるかな!?」

 キュララが、最高のアイドルスマイルを取り戻してドローンに手を振っている。

「……美味い」

 ユートも、自分が育てた野菜と、皆で守り抜いた肉を交互に食べながら、静かに涙を流していた。

「リアン兄貴、ありがとう。……俺、農家になって本当によかった」

 カロリーに溺れ、幻覚に逃げていた数日前の彼女たちはもういない。

 そこにあるのは、自らの労働で命を育み、それを健全なエネルギーとして体に取り込む『大人の食卓』だった。

 その時。

「……は、腹が……減った……」

 シェアハウスの生垣の隙間から、幽鬼のような声が聞こえた。

 ゲロオムレツと緑の絶望青汁で一週間を生き延び、もはやミイラの一歩手前までガリガリに痩せ細ったダイヤ先生(20歳)が、肉と芋の匂いにつられて這い出してきたのだ。

「だ、ダイヤ先生!?」

 ユートが慌てて駆け寄る。

「先生、待ってろ! 今すぐ一番美味いところを取り分けてやるから!」

 ユートが山盛りにしたプレートを差し出すと、ダイヤは「ウオォォォォンッ!」と野獣のような鳴き声を上げて料理に飛びついた。

「美味い……! 美味いぞぉぉっ! 太陽芋の優しい甘さが、胃酸でボロボロになった私の内臓を癒やしていく……! 肉のタンパク質が、筋肉の隅々に染み渡る! あぁ、生きててよかった……! 農業最高ぉぉぉっ!!」

 ダイヤ先生はボロボロと涙をこぼしながら、顔をソースまみれにして肉と芋を掻き込んだ。

 相変わらずの残念な美人教師っぷりだが、彼女の底抜けの食い意地が、収穫祭の空気をさらに明るく、笑い声の絶えないものにしていた。

     * * *

「……終わってみれば、大成功ってところか」

 俺は、騒がしい長テーブルから少し離れた場所で、食後の『ポポロ・コーヒー』を傾けていた。

 振り返れば、地獄のサウナスーツ討伐に始まり、幻覚騒動、そして泥まみれの農業合宿と、トラブル続きの数日間だった。

 だが、その結果はどうだ。

 リーザ、キャルル、キュララ、ルナ、クラウス。

 あんなにたるんでいた彼女たちの体は、無駄な脂肪が削ぎ落とされ、機能的で美しい筋肉インナーマッスルを備えた最強の戦士の肉体へと仕上がっている。

 それ以上に、顔つきが変わった。

 モラトリアムの終わりに怯え、ただ与えられるものを消費するだけだった子供の目はもうない。

 労働の価値を知り、命を育む責任を学んだ、力強い『大人』の目だ。

「リアン君、何黄昏れてるんですの?」

 ルナが、食後のハーブティーを両手に持って、ふんわりと歩み寄ってきた。

「別に。お前らも、あと三年で一人前の大人になるんだなって、柄にもなく感傷に浸ってただけだ」

 俺がそう言うと、ルナはクスッと笑った。

「ええ。わたくしたち、13歳になりましたからね。……でも、リアン君が一緒なら、大人になるのも悪くないって、そう思えるようになりましたわ」

「……ふん。俺の料理目当てだろ」

「うふふ、それもありますけど」

 ルナが俺の隣に並び、楽しそうに笑い声を上げるSクラスの面々を見つめた。

 13歳という、子供と大人の境界線。

 チートスキルや強大な魔力を持っていても、それだけでは本当の勇者(大人)にはなれない。

 大地に這いつくばり、泥まみれになりながら、己の汗で何かを成し遂げること。

 その泥臭い経験の積み重ねこそが、いつか世界を救うための『揺るぎない土台』になるのだ。

「さて、と」

 俺はコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がった。

「お前ら! 腹がいっぱいになったら、午後は残りの畑の畝作りだ! サウナスーツは免除してやるから、死ぬ気で働け!」

「「「えええええええええええっ!?」」」

「まだやるんですのォォォ!?」

 文句を言いながらも、彼女たちの声に以前のような絶望は混じっていない。

 ルナミス学園Sクラス。

 カロリーと労働の狂想曲を乗り越えた13歳の勇者たちは、突き抜けるような青空の下、満面の笑顔で再び泥の中へと駆け出していくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ