EP 10
収穫祭とヘルシー・フルコース(大団円)
狂暴岩牛の群れによる夜襲から一夜明けた、ポポロ村の朝。
澄み切った青空の下、朝露に濡れた畑の土が、太陽の光を浴びて黄金色に輝いていた。
「よし! みんな、いよいよだぞ!」
麦わら帽子を被ったユートが、畑の端に立って声を張り上げた。
「俺たちが泥まみれになって耕して、昨日命懸けで守り抜いた畑だ! 早生品種の太陽芋が、土の中でパンパンに育ってる! さぁ、収穫祭の始まりだ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
Sクラスの面々が、歓声を上げて畑へと飛び出していった。
彼女たちの服装は、あの忌まわしい漆黒のサウナスーツではない。動きやすい農作業用のつなぎや、ジャージ姿だ。
腕輪の封印も解かれ、本来の力(闘気と魔力)を取り戻しているが、誰一人として魔法で芋を掘り起こそうとする者はいなかった。
「ふんぬっ!」
キャルルが両手で太い茎を掴み、腰を落として力強く引っ張る。
ズボボボボッ!
という小気味よい音と共に、黒い土の中から、赤紫色に輝く丸々とした『太陽芋』が鈴なりになって姿を現した。
「わぁぁっ! 見て見てルナちゃん! すっごく大きいよ!」
「ふふっ、本当ですわね。土の中で、こんなに立派に育ってくれていたんですね」
ルナが、泥のついた太陽芋を愛おしそうに両手で包み込む。
その瞳には、魔法で無理やり成長させた時には決して得られなかった、命が実を結んだことへの純粋な感動が浮かんでいた。
「五円! 御縁! ハイッ! 素晴らしい重量感ですの! このサイズの太陽芋なら、市場で特上ランクとして卸せますわ! ざっと計算して、この一帯だけで銀貨百枚(十万円)の純利益……ッ!」
リーザは頭の中で猛烈な勢いで電卓を弾きながら、お賽銭箱型掃除機に次々と芋を収納していく。
相変わらずの守銭奴ぶりだが、その顔はいつも以上に晴れやかだ。他人の金をピンハネするのではなく、自らの労働で生み出した正当な『対価』を手にする喜びを知ったからだろう。
「おお……おおおお……ッ!」
一方、クラウスは掘り出した一つの太陽芋を両手で天高く掲げ、朝日に透かして男泣きしていた。
「見よ、この泥にまみれた不骨な姿を! これこそが大地の結晶! 民の血と汗の具現! 私は今、ノブリス・オブリージュの真髄をこの手に掴んだぞォォッ!!」
「クラウス君、泣いてないで早く次を掘る! 昼までに終わらせないと、リアン兄貴のメシに間に合わなくなるぞ!」
ユートにツッコミを入れられながらも、収穫の歓声は絶えることなく村の空に響き渡っていた。
* * *
その頃。
俺――リアン・シンフォニアは、シェアハウスの庭に設置した特設の野外キッチンで、前世の三ツ星シェフの顔(本気モード)になっていた。
まな板の上にあるのは、昨夜俺たちが仕留めた『狂暴岩牛』の極上肉。
だが、俺は今日、以前のようにバターや脂質を大量に使った『カロリーの暴力』を作るつもりはなかった。
俺の包丁が閃き、狂暴岩牛の分厚い肉から、余分な脂身や筋が芸術的な手際で削ぎ落とされていく。
(こいつらが五日間かけて、泥水すすって作り上げた体と、その精神。……それを無駄にするような『脂の塊』は出さねぇ)
俺が選んだ調理法は、『シンプル・ロースト』だ。
赤身の旨味が凝縮された部位だけを切り出し、岩塩と、ポポロ村の裏山で採れた『陽薬草』のハーブだけをすり込む。そして、桜の薪を使った直火で、表面を香ばしく、中は極上のレアに焼き上げていく。
余分な脂は全て薪の上に落ち、ジュウッという音と共に燻煙となって肉に芳醇な香りを纏わせる。
そして、本日の主役は肉ではない。
泥だらけになって帰ってきたユートたちが、キッチンに大量の『太陽芋』と、朝採れの『レ足す』や『マイ茄子』を持ち込んできた。
「リアン、頼む! こいつらを、世界一美味く食わせてやってくれ!」
ユートが、泥のついた顔で最高の笑顔を見せた。
「あぁ、任せとけ。俺の包丁で、お前らの労働の結晶に最高の魔法(調理)をかけてやる」
俺は太陽芋の皮をあえて剥かず、タワシで泥だけを丁寧に洗い落とした。皮のすぐ下にある一番美味い部分(栄養素)を逃さないためだ。
それを厚めの輪切りにし、狂暴岩牛の肉から出た上質な肉汁をほんの少しだけ表面に塗り、石窯でじっくりとグリルする。
ソースは、カロリーの高いチーズやデミグラスではない。
すりおろした『タマンネギ』と『醤油草』を煮詰め、少量の『ハニーかぼちゃ』の蜜でコクを出した、和風のオニオンステーキソースだ。
やがて、野外の長テーブルに、大皿に盛られた料理がドンッ! と並べられた。
「完成だ。リアン特製――『狂暴岩牛の赤身ローストと、泥まみれの太陽芋グリル〜ポポロ村の恵み仕立て〜』だ」
「「「おおおおおおおおっ!!!!」」」
シャワーを浴びて着替えたSクラスの面々が、目を輝かせてテーブルを囲んだ。
中央には、ルビーのように赤く輝く狂暴岩牛の分厚いロースト肉が、山のように高く盛られている。
その周囲を彩るのは、石窯でホクホクに焼き上げられ、黄金色の焦げ目がついた太陽芋と、色鮮やかなポポロ村の新鮮野菜たちだ。
「さぁ、食え。お前らの『労働の対価』だ」
俺の合図と共に、少女たちは一斉にナイフとフォークを手に取った。
サクッ。
キャルルが太陽芋のグリルを口に運ぶ。
「……っ!」
一瞬、キャルルのウサギ耳がピンと逆立った。
「あまっ……! なにこれ、すっごく甘い! 外の皮はパリッとしてるのに、中はお芋のケーキみたいにトロトロでホクホクだよぉ!」
「んんんんッ! 和風のタマンネギソースが、お芋の甘さを極限まで引き立てていますわ! 噛めば噛むほど、大地の旨味が溢れ出してきますの!」
リーザも、肉よりも先に太陽芋を頬張り、感動に打ち震えていた。
それは、ただの糖分や脂質の甘さではない。
自分たちがクワを振り、汗を流し、筋肉痛に耐えて育て上げたという『絶対的な過程』が存在するからこそ、脳髄を痺れさせるほどの美味として感じられるのだ。
「肉も絶品だぞ……!」
クラウスが、狂暴岩牛の赤身ローストを咀嚼しながら感涙の声を上げた。
「以前のような脂の暴力ではない! 赤身肉の野性味あふれる旨味と、ハーブの香りが、鍛え抜かれた今の肉体にダイレクトに吸収されていくのが分かる! ……これが、真の健康的な美味か……ッ!」
「わーお! 今日の配信は『自給自足の最強ヘルシーランチ』だよぉ! リスナーのみんなも、画面越しにこの美味しさ伝わるかな!?」
キュララが、最高のアイドルスマイルを取り戻してドローンに手を振っている。
「……美味い」
ユートも、自分が育てた野菜と、皆で守り抜いた肉を交互に食べながら、静かに涙を流していた。
「リアン兄貴、ありがとう。……俺、農家になって本当によかった」
カロリーに溺れ、幻覚に逃げていた数日前の彼女たちはもういない。
そこにあるのは、自らの労働で命を育み、それを健全なエネルギーとして体に取り込む『大人の食卓』だった。
その時。
「……は、腹が……減った……」
シェアハウスの生垣の隙間から、幽鬼のような声が聞こえた。
ゲロオムレツと緑の絶望青汁で一週間を生き延び、もはやミイラの一歩手前までガリガリに痩せ細ったダイヤ先生(20歳)が、肉と芋の匂いにつられて這い出してきたのだ。
「だ、ダイヤ先生!?」
ユートが慌てて駆け寄る。
「先生、待ってろ! 今すぐ一番美味いところを取り分けてやるから!」
ユートが山盛りにしたプレートを差し出すと、ダイヤは「ウオォォォォンッ!」と野獣のような鳴き声を上げて料理に飛びついた。
「美味い……! 美味いぞぉぉっ! 太陽芋の優しい甘さが、胃酸でボロボロになった私の内臓を癒やしていく……! 肉のタンパク質が、筋肉の隅々に染み渡る! あぁ、生きててよかった……! 農業最高ぉぉぉっ!!」
ダイヤ先生はボロボロと涙をこぼしながら、顔をソースまみれにして肉と芋を掻き込んだ。
相変わらずの残念な美人教師っぷりだが、彼女の底抜けの食い意地が、収穫祭の空気をさらに明るく、笑い声の絶えないものにしていた。
* * *
「……終わってみれば、大成功ってところか」
俺は、騒がしい長テーブルから少し離れた場所で、食後の『ポポロ・コーヒー』を傾けていた。
振り返れば、地獄のサウナスーツ討伐に始まり、幻覚騒動、そして泥まみれの農業合宿と、トラブル続きの数日間だった。
だが、その結果はどうだ。
リーザ、キャルル、キュララ、ルナ、クラウス。
あんなにたるんでいた彼女たちの体は、無駄な脂肪が削ぎ落とされ、機能的で美しい筋肉を備えた最強の戦士の肉体へと仕上がっている。
それ以上に、顔つきが変わった。
モラトリアムの終わりに怯え、ただ与えられるものを消費するだけだった子供の目はもうない。
労働の価値を知り、命を育む責任を学んだ、力強い『大人』の目だ。
「リアン君、何黄昏れてるんですの?」
ルナが、食後のハーブティーを両手に持って、ふんわりと歩み寄ってきた。
「別に。お前らも、あと三年で一人前の大人になるんだなって、柄にもなく感傷に浸ってただけだ」
俺がそう言うと、ルナはクスッと笑った。
「ええ。わたくしたち、13歳になりましたからね。……でも、リアン君が一緒なら、大人になるのも悪くないって、そう思えるようになりましたわ」
「……ふん。俺の料理目当てだろ」
「うふふ、それもありますけど」
ルナが俺の隣に並び、楽しそうに笑い声を上げるSクラスの面々を見つめた。
13歳という、子供と大人の境界線。
チートスキルや強大な魔力を持っていても、それだけでは本当の勇者(大人)にはなれない。
大地に這いつくばり、泥まみれになりながら、己の汗で何かを成し遂げること。
その泥臭い経験の積み重ねこそが、いつか世界を救うための『揺るぎない土台』になるのだ。
「さて、と」
俺はコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がった。
「お前ら! 腹がいっぱいになったら、午後は残りの畑の畝作りだ! サウナスーツは免除してやるから、死ぬ気で働け!」
「「「えええええええええええっ!?」」」
「まだやるんですのォォォ!?」
文句を言いながらも、彼女たちの声に以前のような絶望は混じっていない。
ルナミス学園Sクラス。
カロリーと労働の狂想曲を乗り越えた13歳の勇者たちは、突き抜けるような青空の下、満面の笑顔で再び泥の中へと駆け出していくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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