EP 9
畑の防衛戦(サウナスーツと枷の封印解除)
ポポロ村の夜は、静寂と星空に包まれていた。
農業合宿(泥まみれのブートキャンプ)もいよいよ大詰め。明日はついに、早生品種の野菜たちの初収穫を控えた前夜である。
疲労困憊のSクラスの面々は、シェアハウスのベッドで泥のように眠りこけていた。
ズズズズズズズズッ……!!
だが、その静寂は、突如として村全体を揺るがすような地響きによって破られた。
「……な、なんだ!?」
「地震ですの!?」
パジャマ姿のリーザやクラウスたちが、慌ててリビングへと飛び出してくる。
窓の外を見ると、月明かりに照らされたポポロ村の裏山――ユートの農場がある方向から、もうもうと巨大な土煙が上がっていた。
「おい、起きろお前ら! 畑に非常事態だ!」
すでに服を着替え、マグナギアの整備を終えていた俺――リアン・シンフォニアが、窓の外を指差した。
「地中の魔力溜まりから、魔獣の群れが湧きやがった。しかも、ただの魔獣じゃねぇぞ」
俺たちが急いで外に飛び出し、裏山の土手へと駆け上がると、そこには絶望的な光景が広がっていた。
『ブモォォォォォォォォッ!!』
赤く血走った眼。通常の三倍はあろうかという巨体。全身を覆う岩の装甲から、赤黒い蒸気を噴き出している牛型の魔獣。
本来は温厚で運搬や農作業に重宝されるロックバイソンの、最悪の突然変異種――『狂暴岩牛』の群れだった。
ざっと見積もっても、その数は五十頭を下らない。
「な、なんであんな群れが急に……!」
キャルルが青ざめた顔で叫ぶ。
「……俺たちが耕した土のせいだ」
ユートが、クワを握りしめながらギリッと歯を食いしばった。
「みんなが手作業で雑草を抜き、空気を含ませてふかふかにした土。あれは、魔獣から見れば『極上の魔力を含んだ極上のエサ場』なんだ。……あいつら、俺たちの畑を、太陽芋の苗を、全部食い荒らす気だ!」
狂暴岩牛の群れは、猛烈な勢いで一直線にユートの農場へと突進していた。
あんな数トンの巨体の群れに踏み荒らされれば、俺たちが五日間かけて泥まみれになりながら作った美しい畝も、植え付けたばかりの苗も、全てが一瞬で無に帰す。
「……させるかよ」
ユートが、ボロボロのクワを構えて前に出た。
「みんなが……みんなが手の皮剥りながら、一緒に作ってくれた畑なんだぞ! あんな牛のバケモノに、絶対に踏ませてたまるかァァッ!」
ユートは、たった一人で五十頭の群れの前に立ち塞がろうとした。
だが、その肩を、俺の横をすり抜けた『影』がガシッと掴んで止めた。
「下がるんだ、ユート」
低い、地を這うような声だった。
見れば、クラウスが、キャルルが、リーザが、キュララが、ルナが。
13歳のSクラスの少年少女たちが、前髪の影から目をギラつかせ、ゴゴゴゴゴ……と恐ろしいオーラ(殺気)を放ちながら横一列に並んでいたのだ。
「クラウス君……みんな……?」
「ユート。お前は命を育む尊さを教えてくれた。種が芽吹くまでの、果てしない苦労を教えてくれた」
クラウスが、腰の大剣の柄に手をかけながら、静かに、しかし火山が噴火する直前のような怒りを込めて呟いた。
「私たちが流した汗。手に作ったマメ。泥水すすって、ひざまずいて取り除いた石っころ……」
「わたくしたちの……労働の結晶(利益)……!」
リーザの瞳孔が開き、黄金のドルマークが血走る。
「私の……私たちが作った、赤ちゃんのベッド(ふかふかの土)……!」
ルナの世界樹の杖の先が、怒りでバチバチと魔力放電を起こしている。
「「「それを、土足で踏み荒らす気かァァァァァッ!!??」」」
彼女たちの怒りは、もはや「肉が食いたい」といった低次元な食欲への執着ではなかった。
それは、自らの手でゼロから何かを作り上げた『創造者(農家)』としての、神聖にして絶対的な怒りだった。
自分の命よりも重い、労働と汗の結晶を理不尽に奪おうとする外敵に対する、純粋な殺意。
「……フッ。よく言った」
俺は口角を吊り上げ、懐から一つのリモコンを取り出した。
「お前らのその目を見たかったんだ。……命を育む苦労を知り、それを守り抜く覚悟を決めたなら、もうハンデは必要ねぇな」
俺がリモコンのボタンを押し込む。
カシャァァァンッ!!
Sクラス全員の腕に嵌められていた『魔力・闘気封じの腕輪』が、一斉に弾け飛んだ。
それと同時に、彼女たちはパジャマの下――この五日間、俺の命令で四六時中、就寝時すら強制的に着せられていた『漆黒のサウナスーツ』のジッパーを、力任せに引き裂いた。
「ハァァァァァァァッ!!」
サウナスーツと封印の枷が外れた瞬間。
タァァァァァンッ!! という爆発的な音と共に、Sクラスの面々の体から、夜空を焦がすほどの凄まじい闘気と魔力の奔流が吹き上がった。
「な、なんだこれ……!?」
一番最初に自分の異変に気づいたのは、キャルルだった。
「体が……体が、羽みたいに軽い……! 今までの闘気が、水鉄砲だとしたら……今の私、大砲みたいに力が湧いてくるッ!」
「当然だ」
俺は腕を組み、ニヤリと笑った。
「魔力と闘気を封じられ、サウナスーツで負荷をかけられた状態での過酷な農作業。お前らは気づかないうちに、己の素の肉体の『体幹』と『基礎代謝』を極限まで鍛え上げていたんだ。……そこに元の闘気を流し込めば、出力がどう跳ね上がるか、バカでも分かるだろ?」
かつての彼女たちは、スポーツカーのエンジン(チートスキル)を、軽自動車のシャーシ(未熟な肉体)に乗せているようなアンバランスな状態だった。
だが、この五日間の農業合宿は、彼女たちの肉体を『強靭な装甲車』へと作り変えていたのだ。
「ふふふ……はははははっ!! 素晴らしい! なんという全能感!」
クラウスが、己の大剣を片手で軽々と振り回し、竜巻のような風圧を巻き起こした。
「今まで、いかに闘気の力に甘えて剣を振っていたかが分かる! 大地の重みを知った私の剣は、もはや羽より軽く、山より重い!!」
『ブモォォォォォォォッ!!』
狂暴岩牛の群れが、地響きを立てて畑の境界線に迫る。
「いけ、お前ら! 俺たちの畑(カロリーの源)を、害獣どもから守り抜けェッ!」
俺の号令と共に、13歳のバケモノたちが一斉に大地を蹴った。
ドゴォォォォォォォンッ!!
先陣を切ったキャルルの飛び蹴りが、先頭を走っていた数トンの狂暴岩牛の眉間を直撃した。
かつてなら、闘気を使っても多少押し返される程度の重量差。だが、今のキャルルの『流星脚』は違った。
狂暴岩牛の巨体は、まるでサッカーボールのようにポーンと宙に浮き上がり、後続の群れに向かってストライクのボウリングのピンのように激突したのだ。
「う、嘘だろ……あのデカブツを、蹴り一発で……!?」
ユートが度肝を抜かれて後ずさる。
「フハハハハッ! 害獣どもめ、我らが耕した美しい畝に足を踏み入れることなど許さん!」
クラウスが群れの側面に回り込み、大剣を一閃する。
「アルヴィン流・農耕剣術! 『大・開・墾』!!」
大剣から放たれた黄金の雷光が、狂暴岩牛の硬い岩の装甲をバターのように切り裂き、五頭まとめて一刀両断に粉砕した。
「わーお! リスナーのみんなぁ! 深夜のゲリラ配信だよぉ!」
キュララが上空に浮かび上がり、両手から光属性のレーザーを雨のように降り注がせる。
「畑を荒らす悪い牛さんは、キュララがお仕置きしちゃうぞ! ホーリー・レーザー・ストーム!!」
「キャルル! クラウス! キュララ! 駄目ですわ! 魔石とお肉が傷つきますの!」
リーザが悲鳴を上げながら、お賽銭箱型掃除機を抱えて戦場を駆け回る。
「こんな上質なロックバイソンの変異種のお肉……市場に卸せば一頭あたり金貨十枚は下りませんわ! 五円! 御縁! ハイッ! 全部わたくしが吸い込みますのォォッ!!」
ダイ〇ン顔負けの吸引力が、倒れた狂暴岩牛の巨体を次々とインベントリ(お賽銭箱)の中へとブラックホールのように収納していく。
「ああっ、ダメですわ牛さんたち! そこはまだ、種を撒いたばかりの柔らかい土なんですの!」
最後に、ルナが世界樹の杖を天に掲げた。
ズゴゴゴゴゴッ! と地鳴りが響き、畑の周囲を囲むように、巨大な世界樹の根が城壁のように隆起した。
「植物さんたち、お願いしますわ! 優しく、でも絶対に畑には入れないように、捕まえてくださいな!」
意志を持った巨大な木の蔓が、生き残っていた狂暴岩牛たちの四肢を的確に絡め取り、空中に吊るし上げて完全に無力化してしまった。
時間にして、わずか三分。
五十頭ものAランク級の群れが、畑の畝一つ、苗一本すら傷つけることなく、完全かつ一方的に制圧されてしまったのだ。
「……すげぇ……。みんな、前よりずっと強くなってる……」
ユートが、呆然とクワを取り落とした。
「当然だ。これが、労働と食の重みを知り、心身ともに『一皮むけた』13歳の勇者たちの力だ」
俺は、制圧が完了した畑を見渡し、満足げにニヤリと笑った。
ダイエットのストレスから解放され、本来の力を取り戻しただけではない。
大地を耕すという大人の責任(労働)を学んだ彼女たちの力は、もはや無軌道な子供の暴力ではなく、守るべきものを守るための『確かな強さ』へと昇華されていた。
「さて、と」
俺は、魔法ポーチから愛用の三ツ星シェフ特製『包丁』を取り出した。
「畑も守り抜いたことだし……明日の収穫祭には、特上の『メインディッシュ』が追加されたな。これだけの極上肉、お前らの消費したカロリーを補うには十分すぎるぜ」
空中に吊るし上げられた狂暴岩牛たちを見上げながら、俺は最高に邪悪で、そして最高に美味そうな『フルコース』のレシピを脳内で組み立て始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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