EP 7
ポポロ村農業合宿(泥まみれのブートキャンプ)
ルナミス帝国とアバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三国緩衝地帯に位置する『ポポロ村』。
のどかな田園風景の中に、ルナミス資本の『タローマート』や24時間ファミレス『ルナキン』が異様な存在感を放つこの村に、俺たちSクラスの一行は降り立った。
「リアン兄貴! みんな! よく来たな!」
巨大な輸送用ロックバイソンから降り立った俺たちを笑顔で出迎えたのは、一台の真新しい『タローマン製・魔導トラクター』に乗った青年だった。
麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いたその姿。
かつて首都のギルドで「一億稼いでキャバクラに行くんだ」と泣き喚き、悪徳ローンでマグローザ漁船行きになりかけていたあの情けない借金勇者――ユート(17歳)の姿である。
「う、嘘……! あの農民さん、あんなにカッコよかったっけ……!?」
キュララが、思わず自撮り用のスマホを下ろして目を見開いた。
無理もない。
トラクターから飛び降りたユートは、日焼けした肌に汗を光らせ、泥だらけのオーバーオールの上からでも分かるほど、分厚く逞しい胸板と丸太のような腕(上腕二頭筋)をしていたのだ。
天魔窟で死線を越え、【打算なき勇気(真・ブレイブ)】を覚醒させた彼は、その後の農作業を通じて己の肉体を極限まで鍛え上げていた。もはやタローマンの安物鉄鎧を着ていた頃のヒョロヒョロの三男坊ではない。大地に根を張る、立派な『大人の男』の顔つきになっていた。
「よう、ユート。急に押しかけて悪かったな」
「気にするなよ! リアン兄貴たちには借金チャラにしてもらった恩があるんだ。……で、今日はどうしたんだ? みんな、なんかゲッソリしてないか?」
ユートが不思議そうに首を傾げる。
その後ろには、極端な断食とサウナスーツの反動でゾンビのようになったリーザ、キャルル、キュララ、クラウス、そして道中の草をむしって食べようとしているダイヤ先生(20歳)が、フラフラと立ち尽くしていた。
「あぁ。こいつら、平和ボケで太りやがったから、俺がダイエットさせようとしたんだが……やり方を間違えてな。見事にリバウンドと精神崩壊を起こしかけてる」
俺はため息をつき、ユートの肩をポンと叩いた。
「カロリーを抑圧すれば幻覚に逃げ、欲望を煽ればリバウンドする。だったら答えは一つだ。……己の肉体を限界まで酷使し、労働の価値を骨の髄まで叩き込む。ユート、お前の畑の『開墾』、こいつらに手伝わせてやってくれ」
「開墾か! ちょうど、裏山の荒れ地を切り拓いて『太陽芋』の畑を広げようと思ってたんだ。Sクラスのみんなが手伝ってくれるなら、魔法と闘気であっという間だな!」
ユートが嬉しそうに笑うが、俺は首を横に振った。
「いや。魔法と闘気は『一切禁止』だ」
「「「……え?」」」
Sクラスの面々が、ピタッと動きを止めた。
「おいおいリアン、冗談だろう?」
クラウスが引き攣った顔で後ずさる。
「我々から闘気と魔法を封じたら、ただの子供だぞ!? この広大な荒れ地を、まさか人力だけで開墾しろというのか!?」
「そのまさかだ」
俺は魔法ポーチから、銀色に光る腕輪をいくつも取り出し、有無を言わさず全員の腕にガシャッと嵌めた。
「これはドワーフ特製の『魔力・闘気封じの腕輪』だ。お前らは普段、闘気による肉体強化で『20馬力』以上のパワーを出しているが、今この瞬間から、ただの『1馬力の一般人(ひ弱な中学生)』だ。……クワを持て。泥まみれのブートキャンプの始まりだ」
* * *
「重いぃぃぃっ! なんですのこのクワ! 鉄の塊ですの!?」
「あぁぁっ! 特注の安全靴が泥だらけにぃぃっ! 私の足、こんなに重かったっけぇ!?」
一時間後。
ポポロ村の裏山には、13歳の規格外バケモノ集団の、悲痛な叫び声が響き渡っていた。
闘気を封じられた彼女たちにとって、タローマン製の頑丈な鉄のクワは、鉛のように重かった。
それを振り上げ、固く締まった荒れ地に振り下ろす。手にはすぐにマメができ、容赦なく照りつける太陽が、サウナスーツとは違う『健康的な、しかし暴力的な汗』を絞り出していく。
「ふぇぇぇ……植物さんたち、どうか柔らかくなって退いてくださいな……」
ルナが、いつものように世界樹の杖で植物を操ろうとするが、魔力を封じられているため、ただの木の棒を振っている痛いエルフになっていた。
「ルナちゃん、魔法は効かないよ! 雑草は根っこから手で引っこ抜くんだ! そうしないと太陽芋の栄養が取られちまうからな!」
ユートが泥だらけになりながら、手本を見せるように雑草を力強く引っこ抜く。
「ハァッ……ハァッ……! 手のひらが、皮が破れそうだ……! 剣の素振り千回よりも、クワを十回振る方がキツいとは……ッ!」
クラウスも、普段のスマートな剣術は見る影もなく、泥に足を取られながら必死にクワを振るっていた。
少し掘るだけで、地中からは大小様々な岩がゴロゴロと出てくる。それを一つ一つ手作業で取り除き、土をふかふかにしていくのだ。
「もうダメ……キュララ、日焼けでアイドル生命終わっちゃう……。指も泥だらけで、スマホの画面タップできないよぉ……」
キュララがその場にへたり込む。
だが、俺は容赦しなかった。
「甘えるな。お前らが普段ルナ・イーツで食ってるピザの小麦も、フライドポテトの太陽芋も、こうやって誰かが泥水すすって育てたもんだ。食の重み(カロリーの原価)を知れ!」
俺が怒鳴りつけると、キュララは「うぅぅっ……」と涙目で再びクワを握り直した。
そんな地獄の光景の中、一人だけ異次元の動きを見せている男がいた。
ユートである。
彼は魔力・闘気封じの腕輪など着けていないが、元々『ユニークスキル【ブレイブ】』以外のステータス補正を持たない、純粋な農民だ。
にもかかわらず、彼のクワの振り下ろしは、正確無比にして無駄がなかった。
ザクッ! ザクッ!
心地よい音と共に、ユートの周囲だけが次々と綺麗な畝へと変わっていく。
筋肉の連動、体重の乗せ方、土の硬さを見極める目。それは剣術や魔法とは違う、大地と対話するための『究極の体術』であった。
「……見事だ」
クラウスが、泥まみれの顔でユートの背中を見つめ、呆然と呟いた。
「かつては俗物だと軽蔑した男が……今、これほどまでに気高く、大きく見えるとは。……そうか」
クラウスの中で、またしても極端な解釈(ノブリス・オブリージュの曲解)がスパークした。
「国を支えるのは民! 民を支えるのは食! そして食を生み出すのは、この果てしない泥の上の労働……ッ! 我々貴族は、ただ剣を振るい、出来上がった食事を享受していただけだったのだ! この大地を耕す痛みと汗を知らずして、何がノブリス・オブリージュかァァッ!!」
クラウスは突如として咆哮を上げ、手のひらから血を流しながら、猛然とクワを振り下ろし始めた。
「私は耕す! 民の痛みを己の血肉とするために! うぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ちょっ、クラウス君!? そんなペースじゃ倒れるぞ!?」
ユートが慌てて止めるが、クラウスの暴走は止まらない。
そして、その狂騒はもう一人の守銭奴にも伝染した。
「はぁ……はぁ……もう、限界ですわ……お腹すきましたの……」
リーザがクワを杖にして倒れそうになっていた、その時。
「頑張れリーザちゃん! この畑を全部耕して、秋に太陽芋が収穫できたら、ざっと『一万個』は取れるはずだ!」
ユートが励ましの声をかけた。
「……一万個? 太陽芋一個の市場価格は、確か銅貨五枚(500円)……それが、一万個……?」
リーザの瞳の中で、前世の電卓が猛スピードで弾かれた。
「ごっ……五万銅貨(500万円)ですのォォォォォォッ!?」
リーザの瞳孔が開き、黄金のドルマーク(ルナミス帝国の通貨マーク)が浮かび上がった。
「この泥の塊が、全てお金に変わる!? 労働の対価が、これほどまでに明確なビジネスモデル!! やりますわ! わたくしが全部耕して、利益の五十パーセントをピンハネしますのォォォッ!! 五円! 御縁! ハイッ!!」
リーザはお賽銭箱型掃除機を背中に縛り付け、完全に狂ったスピードで土を掘り返し始めた。
「うわぁぁっ!? さっきまでのヘロヘロはどこ行ったんだよ!?」
ユートが引くほどの執念である。
「むしゃむしゃ……」
その傍らで、ダイヤ先生だけは「土からのミネラル補給だ」と呟きながら、掘り返された謎の草の根っこを無心でかじっていた。(※後で俺が没収した)
* * *
夕暮れ。
ポポロ村の裏山は、茜色の美しい陽光に包まれていた。
「……終わった……」
荒れ地だった裏山は、見事なまでに開墾され、太陽芋の種芋を植えるための綺麗な畝が等間隔に並んでいた。
その畝の間に、Sクラスの面々は泥と汗にまみれて大の字に倒れ込んでいる。
「痛ぇぇ……。腕が、パンパンですわ……」
「爪の間に泥が入って、もう取れないよぉ……」
文句を言いながらも、彼女たちの声には、タコ部屋で幻覚に溺れていた時の『陰鬱な飢え』は消え失せていた。
代わりにあったのは、身体の芯から湧き上がるような、圧倒的で健全な『空腹』と『疲労感』。
「ふふっ……リアン君、見てくださいな」
ルナが、泥だらけになった両手を見つめながら、ふんわりと微笑んだ。
「魔法で無理やり植物を従わせるんじゃなくて、こうやって……自分の手で、植物さんが育ちやすい『ベッド(土)』を作ってあげる。……とっても、温かくて素敵な作業ですね」
「あぁ。それが『命を育む』ってことだ」
俺は、麦わら帽子を被り直した。
魔法やチートスキルに頼りきりだった13歳のバケモノたち。
だが、大地に這いつくばり、己の血と汗で土を耕したこの一日で、彼女たちは間違いなく『大人への階段』を一段登ったのだ。
「へへっ、みんな、本当にお疲れ様! 助かったよ!」
ユートが、冷えた『陽薬茶』の入った水筒を配りながら、太陽のような笑顔を見せた。
「みんなの労働に感謝して、今日の晩飯は俺が奢るよ! ルナキンで、好きなだけハンバーグ定食食ってくれ!」
「「「本当ですの(か)ァァァッ!?」」」
さっきまで死にかけていたSクラスの面々が、ゾンビのように跳ね起きた。
「ああ! 農業の後のメシは、世界で一番美味いからな!」
泥だらけの顔を見合わせて、笑い合う少年少女たち。
俺が作った極上のフレンチでも、カロリーの暴力でもない。自らの汗で勝ち取った『労働の後のファミレスのハンバーグ』こそが、今のこいつらにとって最高の三ツ星料理になるのだろう。
心地よい疲労感の中、俺たちの農業合宿の一日目は、騒がしくも清々しい笑顔と共に暮れていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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