EP 6
紅蓮の戦乙女の「究極のダイエット」(絶望のレーション)
ルナミス学園、Sクラス専用の調理室。
鉄板の上で、ジュワァァァァァッ! と爆発的な音を立てて肉が焼けていた。
「さぁ、約束の品だ。食え」
俺――リアン・シンフォニアは、まな板ほどの大きさがある鉄板ごと、それをドンッとテーブルの中央に置いた。
俺の特製、『A5ランク・極厚チーズイン・ハンバーグステーキ』。
表面はカリッと香ばしく焼き上げられ、ナイフを入れた瞬間、ダムが決壊したかのように溢れ出す透明な肉汁。そして、その奥からマグマのようにドロリと流れ出す、黄金色の三種濃厚チーズ。
仕上げに、ハニーかぼちゃと醤油草を煮詰めた特製デミグラスソースが、ジュウジュウと音を立てて焦げ、暴力的なまでの香りを周囲に撒き散らしている。
「「「いただきますッ!!!!」」」
サウナスーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びてさっぱりした(しかし目は飢餓で血走っている)Sクラスの面々が、猛然とハンバーグに群がった。
「んんんんんんんッ!!」
一口食べた瞬間、キャルルが特注の安全靴をバタバタと鳴らして歓喜の雄叫びを上げた。
「お肉! 濃厚なお肉の味が、空っぽの胃袋に染み渡るよぉぉっ! チーズが、チーズがとろけて脳みそまで溶けそう!」
「ハフッ、ハフハフッ! 脂! 脂質最高ですわ! A5ランクの霜降りが、わたくしの細胞一つ一つを歓喜の渦に巻き込んでいきますの!」
リーザはナイフとフォークすら使わず、ハンバーグをそのまま鷲掴みにしてかぶりついている。
「なんという……なんという圧倒的な旨味……。三日間の絶食と地獄のサウナ行軍が、全てはこの一口のためのスパイスだったというのか……! リアン、貴様は悪魔か、それとも神か……ッ!」
クラウスは涙を流しながら、山盛りの米麦草(白米)の上にハンバーグをバウンドさせ、タレの染みた米ごと無心で掻き込んでいる。
「…………」
俺は腕を組み、その光景を死んだ魚のような目で見つめていた。
三ツ星シェフとして、自分の料理をここまで美味そうに食べてくれるのは無上の喜びだ。
だが……前世の簿記1級と計算機能が、彼女たちの体内で今まさに起きている『最悪の化学反応』を弾き出し、俺の胃をキリキリと痛めつけていた。
(極限の飢餓状態によって、こいつらのインスリン感受性は現在MAX。そこに3000キロカロリーオーバーの脂質と糖質をぶち込んだ。……吸収率100%。余剰カロリーは、一切のロスなく最速で『皮下脂肪』へと変換される!)
俺は止めたのだ。
「今日は胃に優しいお粥にして、ハンバーグは明日にしろ」と。
だが、飢えた13歳の猛獣たちは「今すぐ肉を出さないなら暴れる」と聞かなかった。約束は約束である。
そして、翌朝。
タコ部屋に、悲痛な絶叫が響き渡った。
「うそぉぉぉぉぉぉっ!? に、二キロ!? 昨日から二キロも増えてるぅぅっ!?」
魔導体重計に乗ったキュララが、頭を抱えて崩れ落ちた。
「わ、わたくしもですわ! むしろお腹周りが、昨日より明らかにぽっこりしておりますの! どうして!? あんなに汗をかいて、死ぬ思いでガルムを倒したのに!」
リーザが芋ジャージのウエストを引っ張りながら、信じられないものを見る目で俺を睨みつけてくる。
「ば、馬鹿な……。私の鋼の肉体が、こんな、こんなタプタプに……」
クラウスは自分の脇腹の肉を摘み、この世の終わりのような顔で白目を剥いている。
「だから言っただろ」
俺は深くため息をつき、黒板にグラフを描き始めた。
「お前らの体は、ルナの無茶な断食で『飢餓モード』に入ってたんだ。そこに極限の運動をして、直後に超絶カロリーを叩き込んだ。体が『いつまた飢餓が来るかわからないから、今のうちに全部脂肪として蓄えておこう』と防衛本能を働かせた結果だ。見事なまでの『超リバウンド』だな」
「そ、そんなぁ……!」
少女たちが絶望のどん底に叩き落とされる中、ガラッ、と教室のドアが開いた。
「……フッ。甘ったれるな、小僧ども」
そこに立っていたのは、幽鬼のようにゲッソリと頬をこけさせた、我らがSクラスの担任教師――紅蓮の戦乙女と恐れられる賞金稼ぎ、ダイヤ・マーキス(20歳)だった。
美しいクリムゾンアーマーは手入れが行き届いているが、その中身のダイヤ自身は、立っているのが不思議なほど生命力が枯渇している。
「ダ、ダイヤ先生!? すっごく痩せてますわ!? まさか、究極のダイエット法を……!」
リーザがすがりつくように尋ねる。
「ダイエットだと? 笑わせるな。お前たちのような『食べたいけど痩せたい』などという生ぬるい次元で私は生きていない。……いいか、本当の『痩せる』ということを教えてやろう」
ダイヤはフラフラとした足取りで教壇に立つと、ドンッ! と机の上に二つのアイテムを置いた。
一つは、無地の茶色い真空パック。
もう一つは、ルチアナ教会の十字紋章が刻まれた純白の紙箱。
「れ、レーション……?」
クラウスが息を呑む。
「そうだ。ルナミス帝国軍が誇る最悪の廃棄レーション第3型――通称『ゲロオムレツ』。そして、天界の天使族が修行僧のようにすするEPA型レーション――『ヴァルキュリア特製・高濃度青汁(緑の絶望)』だ」
ダイヤの目が、狂気と飢えでギラリと光った。
「給料日前で武器のローンが重なり、私の所持金は現在『銅貨二枚(200円)』。宿代も払えず、ルナミス軍のバザーでタダ同然で叩き売りされていたこの二つを主食にして、私はこの一週間を生き延びている」
ビリッ、とダイヤが真空パックを破る。
その瞬間、タコ部屋の中に『強烈な胃酸の匂いと、腐った靴下の風味』が爆発的に広がった。
「うげぇぇっ!?」
「く、臭っ! なんですのこれ、生ゴミの匂いがしますわ!」
キャルルとリーザが鼻を押さえて後ずさる。
「さらに、このEPA青汁だ」
ダイヤが純白の箱からパウチを取り出し、封を切る。
今度は、目を開けているのすら辛いほどの『致死量の苦みと青臭さ』が教室を支配した。
「いいか、お前ら。ダイエットの極意とは『食への未練を物理的に断ち切る』ことだ」
ダイヤは虚ろな目で、黄色いスポンジのようなゲロオムレツをかじり、緑の絶望青汁で無理やり流し込んだ。
「おぇぇっ……ウプッ……! こ、これを食べれば……胃袋が『もう二度と食べ物を入れたくない』と悲鳴を上げる……。食欲などという概念が、脳髄から消え去る……ッ! そうすれば、一週間で五キロは確実に落ちるぞ……!(白目)」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
「い、嫌ですわ! そんな拷問みたいなダイエット、絶対に嫌ですの!」
あまりの悲惨さと悪臭に、Sクラスの面々が教室の隅に固まってガタガタと震え出した。
「…………」
俺は、白目を剥きながら口の端から緑色の液体を垂らしている20歳の担任教師を見て、限界までため息をついた。
(駄目だ。ルナの自然主義も、俺のサウナスーツ討伐も、ダイヤ先生の極貧絶望レーションも、全てが間違っている)
俺は前世の大人の記憶を引っ張り出し、現在13歳という多感なモラトリアム期にいるこいつらに必要なものを真剣に考えた。
カロリーを抑圧すれば幻覚に逃げ、欲望を煽ればリバウンドし、極限の不味さで食欲を消すのはただの拷問(精神破壊)だ。
ダイエットの本質。いや、16歳の「大人」に向かって成長していく中学生に必要なのは、小手先の食事制限ではない。
『自分が口にする食べ物が、どれほどの労力を使って生み出されているか』を知ること。
つまり、基礎代謝を上げながら、労働と命の価値を叩き直す『根本的な意識改革』だ。
「おい、お前ら。荷物をまとめろ」
俺は、震える少女たちと気絶寸前のダイヤ先生に向かって、静かに、しかし絶対的な命令を下した。
「へ……? に、荷物?」
「あぁ。こんなタコ部屋で体重計の目盛りと睨めっこしてる暇はねぇ。お前らのたるんだ体と精神を、根っこから叩き直してやる」
俺はインベントリから、巨大なクワと麦わら帽子を取り出し、肩に担いだ。
「今から、ルナミスとアバロンの緩衝地帯――『ポポロ村』へ向かう。農業合宿(泥まみれのブートキャンプ)の始まりだ。……安心しろ、あそこには俺たちより少しだけ早く『大人』になった、最高の教官(農家)がいるからな」
魔法も闘気も使わず、自らの肉体だけで大地を耕す。
13歳の勇者たちに課せられた、真の意味での『カロリー消費』と『労働』の時間が、幕を開けようとしていた。




