EP 5
飢えたSクラスは魔獣より恐ろしい(カロリーへの執念)
魔の森の奥深く。
そこは本来、生態系の頂点に君臨する強者だけが闊歩することを許された絶対領域である。
その中でもAランク魔獣『ガルム』は、双頭から数千度の紅蓮の炎を吐き出し、鋼鉄の鎧すら一瞬でドロドロに溶かすほどの脅威度を誇るバケモノだ。通常であれば、王国騎士団が一個大隊を編成してようやく討伐できるかどうかの災害級モンスターである。
だが、今日ばかりは勝手が違った。
『……ガ、ガルルッ!?』
ガルムは、双頭の四つの瞳を大きく見開き、明らかな『恐怖』を覚えて後ずさった。
目の前にいるのは、全身を漆黒のゴム製サウナスーツで覆い隠した、五人の不審者たち。
彼らは武器を構える手こそ震え、全身から滝のような汗を流してゼェゼェと息を切らしているものの、その瞳だけは異様なまでにギラついていた。
「お……お肉ゥゥゥゥッ!!」
先陣を切ったのは、ポポロ村村長のキャルルだった。
普段の彼女なら、月兎族の俊敏さを活かして蝶のように舞い、蜂のように刺す華麗な体術を見せるはずだ。しかし今の彼女には、そんな余裕は一ミリもなかった。
サウナスーツ内の地獄のような暑さと、三日間の断食による飢餓。残されたのは「カロリーを摂取したい」という生物としての剥き出しの本能のみ。
「邪魔だァァッ! どけェェッ! 私の、私のチーズインハンバーグゥゥゥッ!!」
キャルルは一切のフェイントを捨て、一直線にガルムへと突撃した。
特注の安全靴に全闘気を込め、強引な正面突破からの飛び蹴り――『流星脚』を放つ。
『ゴルァァァッ!!』
ガルムも負けじと、双頭から迎撃の業火を吐き出そうと口を大きく開けた。
だが、その瞬間。
「五円! 御縁! ハイッ! 燃やすのは脂肪だけになさいな! わたくしのハンバーグ(魔石)を焦がすんじゃありませんわァァァッ!!」
横から飛び出してきたリーザが、お賽銭箱型掃除機のスイッチを最大出力(ダイ〇ン・モード)で叩き込んだ。
ズオォォォォォォォォッ!!
凄まじい吸引力が、ガルムが吐き出そうとした炎を酸素ごと強引に吸い込み、完全に不発に終わらせてしまった。
『ギャウンッ!?』
炎を飲み込まれ、むせ返るガルム。
そこに、キャルルの渾身の飛び蹴りがガルムの顎をカチ上げた。
メキョォォォッ! という骨の砕ける鈍い音と共に、数トンはある巨大な炎狼の体が宙に浮く。
「ああっ!? ダメですわキャルル! 蹴り飛ばしたら魔石(お肉)が遠くに行っちゃいますの!」
「ご、ごめん! サウナスーツが暑すぎて、力加減がバグって――!」
サウナスーツの通気性ゼロという最悪の環境下で、極限の無酸素運動を行っている彼女たちは、もはやまともな連携すら取れていなかった。
だが、その『なりふり構わなさ』こそが、魔獣にとっては最大の脅威だったのだ。
「フシューッ……ハァッ……ハァッ……!」
ダース・〇イダーのような重い呼吸音を立てながら、大剣を構えたクラウスが跳躍した。
彼の脳裏には、もはやノブリス・オブリージュの教えも、騎士の誇りも存在しない。あるのはただ一つ。リアンが先ほど語った『肉汁』と『三種のチーズ』の幻影だけだ。
「私の……私の肉汁に、触れるなァァァッ!!」
クラウスの絶叫と共に、大剣に凄まじい雷と闘気が収束していく。
「見よ! これぞアルヴィン侯爵家に伝わりし、極上の霜降り肉を断ち切る必殺の刃! 『ライトニング・チーズ・ブレイクゥゥゥッ』!!!!」
(※注:本来の技名はただの『ライトニング・ブレイク』です)
バリバリバリィィッ!!
黄金の雷光が、宙に浮いたガルムの胴体を容赦なく一刀両断にした。
通常、魔獣との戦いは相手の隙を突き、弱点を見極めるのが定石だ。だが、飢えに狂ったSクラスは『防御』という概念を完全に捨て去り、己の最大火力をただひたすらに叩き込むだけの『暴力の権化』と化していた。
『ギ、ギャオォォォォォォォォォッ!?』
ガルムが悲鳴を上げ、地面にドサァッ! と落下する。
だが、まだ息はある。魔獣の生命力はゴキブリ並みにしぶとい。ガルムは最後の力を振り絞り、反撃に出ようと身をよじった。
「わーお! リスナーのみんなぁ! 今日のキュララは一味違うよぉ!」
そこにトドメを刺したのは、滝のような汗で前髪が顔に張り付き、完全にアイドルスマイルが崩壊したキュララだった。
「ダイエットのストレスで、もう聖騎士の鎧の中はドロドロだよぉ! だから、このイライラを全部ぶつけちゃうね! いっけぇぇぇっ! 『ホーリー・カロリー・スプラァァァッシュ』!!」
キュララの両手から放たれた、極太の光属性レーザー。
それが、立ち上がろうとしたガルムの脳天を情け容赦なく撃ち抜いた。
ドッゴォォォォォォンッ!!!!
爆発の閃光が森を照らし出し、土煙が舞い上がる。
しばらくして煙が晴れると、そこには完全に黒焦げになり、ピクピクと痙攣するだけのガルムの姿があった。
その胸の中心には、討伐の証であり、特製ハンバーグの引換券である『Aランク魔石』が、コロンと転がり落ちていた。
「「「…………」」」
魔石を見た瞬間、サウナスーツを着た狂戦士たちは、糸が切れたマリオネットのようにその場にドサリと倒れ込んだ。
「ハァッ……ハァッ……や、やった……」
キャルルが大の字になり、夜空を見上げてぜぇぜぇと息を吐く。
「リアン様……わたくしたちの……お肉……」
リーザは地面に這いつくばったまま、魔石に向かってプルプルと震える手を伸ばしている。
「み、見事だ……。これで、私の胃袋も……救われ……ガクッ」
クラウスは剣を杖代わりに立ち上がろうとしたが、そのまま力尽きて気絶した。
「わぁ! 皆さん、すごいですねぇ! やればできるじゃないですか!」
ルナだけが、一人涼しい顔でエプロンを揺らしながらパチパチと拍手をしている。
俺は、後方からゆっくりと歩み寄り、転がった魔石を拾い上げた。
「……まぁ、見事なもんだったな。サウナスーツによる行動阻害と、極限の体力消耗。そのハンデを背負ってAランク魔獣を瞬殺するとは、さすがはSクラスといったところか」
俺は倒れ伏す仲間たちを見下ろし、冷徹な声で労った。
「約束通り、お前らには俺の特製『A5ランク・極厚チーズイン・ハンバーグステーキ』を焼いてやる」
「「「おおおおおっ……!!」」」
倒れていた面々が、その言葉を聞いてゾンビのように歓喜のうめき声を上げた。
だが。
俺の脳内――前世の三ツ星シェフとしての知識と、簿記1級の計算機能が、ある『致命的な矛盾』を弾き出していた。
(……待てよ)
俺は、サウナスーツの中で限界まで汗をかき、飢餓状態にある彼女たちの肉体構造を冷静に分析した。
(こいつら、ルナのオカンルールのせいで三日間も『スムージー(無農薬野菜)』しか口にしてない。つまり、現在の肉体は完全に『飢餓モード(生命維持のための超吸収状態)』に移行している)
(その状態で、通気性ゼロのサウナスーツを着て、極限の無酸素運動(ガルム討伐)を行った。筋肉のグリコーゲンは空っぽ。体内のインスリン感受性は爆上がりしているはずだ)
俺は、クーラーボックスに入っているロックバイソンの極厚ブロック肉と、三種の濃厚チーズを思い浮かべた。
カロリーにして、優に一人前3000キロカロリーを超える脂質のバケモノ。
(極限の飢餓状態+激しい運動後のスポンジのような吸収力を持った胃腸に、その3000キロカロリーの超ド級脂質爆弾を放り込んだら、どうなる……?)
――チーン。
脳内のレジスターが、残酷な答えを弾き出した。
(吸収率100%。余ったエネルギーは最速で皮下脂肪へと変換される。……つまり、『超絶怒涛の超リバウンド』が確定する!)
「…………」
俺は、額からタラリと冷や汗を流した。
ダイエットのために運動をさせたつもりが、逆に『最高効率で太るための下準備』をさせてしまっていたのだ。
なんというシェフとしての痛恨のミス。これでは、彼女たちがロックバイソン並みに丸々と太った豚になる未来を、俺自身の手で加速させているようなものではないか。
「リ……リアン君……」
キャルルが、ヨダレまみれの顔で俺の足首を掴んだ。
「お肉……早く、ハンバーグ……焼いて……」
「わ、わかった。だが……帰ったら、少しメニューを考え直す必要がありそうだな……」
俺はひきつった笑みを浮かべながら、血走った目で肉を求める13歳の亡者たちから、そっと視線を逸らすのだった。
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