EP 4
欲望を燃料にしろ(サウナスーツ討伐)
パンッ!!
教室(タコ部屋)に、乾いた破裂音が響き渡った。
俺が魔法ポーチから取り出した『特製スタングレネード(殺傷力ゼロ、音と閃光のみ)』の炸裂によって、強烈な光と爆音が教室を包み込む。
「きゃあああっ!?」
「ひゃうっ!?」
「ハッ!? 私は……私は一体……!?」
強烈な刺激により、幻覚催眠植物『ハッピー・ドリーム』の触手から強制的に切り離された面々が、ビクンと体を震わせて現実へと引き戻された。
「あ、あぁ……お肉の幻影が……わたくしのA5ランク霜降り肉が、消えてしまいましたの……」
リーザが机の上によだれの水たまりを作りながら、名残惜しそうに虚空へと手を伸ばしている。
「メロロン殿……! 待ってくれ、まだ延長料金を払って――ハッ!? な、なんという失態! 私はまたしても、己の騎士道を見失い、キャバクラの幻覚に溺れていたというのか……ッ!」
クラウスは正気に戻るなり、自らの顔を両手で覆って絶望の叫びを上げた。
「……目を覚ましたか、バカ共」
俺は教壇に立ち、ハッピー・ドリームを召喚してニコニコしていたルナの頭に、丸めた羊皮紙で軽くチョップを落とした。
「あいたっ!? リ、リアン君、何をするんですの! 皆さん、とっても幸せそうでしたのにぃ!」
「幸せな廃人にしてどうすんだ。お前のダイエット法は完全に失敗だ。カロリーを完全に断てば、こいつらはストレスでバグる。やっぱり、欲望は抑えつけるんじゃなく、適度にコントロールして『燃料』にしなきゃダメだ」
俺は教壇をバンッと叩き、Sクラスの面々を見下ろした。
「いいか、お前ら。ダイエットの基本方針を変更する。食事制限は今日で終わりだ」
「「「えっ!?」」」
絶望のどん底にいたリーザ、キャルル、キュララの三人が、弾かれたように顔を上げた。
「ほ、本当ですのリアン様!? じゃあ、またあの美味しいお料理が食べられますのね!」
「やったぁぁっ! 私はハンバーグ! チーズがたっぷりのったハンバーグがいい!」
「キュララはピザとコーラ! Lサイズでお願い!」
「待て。最後まで話を聞け」
俺は冷酷な笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「『ただで』食わせるとは言ってない。お前らの体に溜まったその無駄な脂肪(借金)を、物理的に燃やし尽くす。……まずは、お前らにとびきりの『エサ』を提示してやる」
俺はインベントリから、巨大なクーラーボックスを取り出した。
蓋を開けると、冷気と共に姿を現したのは――見事なサシ(霜降り)が入った、最高級のロックバイソンの極厚ブロック肉だった。
「ごくり……」
教室内で、何人もの喉が鳴る音が響いた。
「この肉を、俺の三ツ星の技術で極上の粗挽きミンチにする。タマンネギの甘みを加え、中にはとろける濃厚な三種のチーズをたっぷりと仕込む。外はカリッと焼き上げ、ナイフを入れた瞬間、滝のように溢れ出す肉汁……リアン特製『A5ランク・極厚チーズイン・ハンバーグステーキ(カロリー無制限)』だ。どうだ、食いたいか?」
「く、食いたいですわぁぁぁぁっ!!」
リーザがお賽銭箱型掃除機を放り出し、床に土下座して叫んだ。
「私にも! 私にも食べさせてぇぇっ!!」
キャルルが安全靴で床をダンダンと踏み鳴らしながら懇願する。
「よし。なら、条件は一つだ」
俺は魔法ポーチから、大量の『漆黒の衣服』を取り出し、それぞれの机の上にドンッ! と投げ置いた。
「それを着て、魔の森に生息するAランク魔獣『ガルム』を討伐してこい。倒したガルムの魔石を持ち帰れば、特製ハンバーグを食わせてやる」
俺が投げ渡した黒い衣服。
それは、タローマン製の特殊素材(ゴムとスライムの粘膜を合成したもの)で作られた、通気性ゼロ、蓄熱性MAXの地獄の装備――『密閉型サウナスーツ』であった。
「な、なんだこれは……」
クラウスがサウナスーツをつまみ上げ、顔を引き攣らせた。
「全身を黒いゴムのような布で覆うなど……これではまるで、不審者か変質者ではないか! 騎士たる者、このようなふざけた格好で戦場に出るなど、末代までの恥! 断じてお断りだ!」
クラウスが誇り高く拒絶の意思を示す。
「そうか。じゃあ、お前だけハンバーグは抜きな。一人で幻覚でもしゃぶって、キャバクラごっこしてろ」
俺が冷たく言い放ち、肉のブロックをクーラーボックスにしまおうとすると。
「……待て」
クラウスが、震える手でサウナスーツを握りしめた。
「……騎士の誇りは……何物にも代えがたい。だが……その……あの、肉汁……肉汁というのも、民の恵みであり……それを無碍にするのは、ノブリス・オブリージュの精神に反するのではないかという、解釈も……」
「四の五の言わずにとっとと着ろ。肉が食いたいんだろ」
「……はい」
堅物の騎士は、己のプライドよりも食欲の誘惑に屈し、屈辱に震えながら漆黒のサウナスーツへと袖を通し始めた。
* * *
一時間後。
ルナミス帝国の郊外に広がる『魔の森』。
昼間でも薄暗いこの森に、異様な集団が足を踏み入れていた。
「ハァッ……ハァッ……アッツいですわ……! 蒸し焼きになりますの……!」
頭の先から足首まで、漆黒のサウナスーツで全身を覆われたリーザが、滝のような汗を流しながら荒い息を吐いていた。
通気性が全くないため、体温はスーツ内に完全に籠もり、ただ歩いているだけでも全身の水分と体力がゴリゴリと削られていく。
「これ、ヤバいよぉ……! サウナに入ったままマラソンしてるみたい……! 倒れちゃうよぉ……!」
キャルルも自慢の俊敏な足取りは見る影もなく、フラフラと千鳥足で歩いている。
「わーお……リスナーのみんなぁ……。今日のキュララ、全身黒タイツで顔ドロドロだよぉ……。アイドル性ゼロでごめんね……。〇〇さん、ポカリ代のスパチャありがとぉ……」
キュララは自撮りドローンを飛ばす気力すらなく、手持ちのスマホでかろうじて配信を続けていたが、その顔は汗でメイクが落ち、完全に『限界を迎えた部活帰りの中学生』のそれだった。
「ふふふ……皆さん、いい汗かいてますね! 水分補給はしっかりしてくださいね!」
ルナだけは、サウナスーツの上からエプロンを羽織り、水筒に入れた生ぬるい白湯(健康に良いからという理由)を配りながら、オカンモードを持続していた。
「くっ……! この私が、このような恥辱にまみれた姿で森を歩くことになろうとは……ッ! すれ違った冒険者たちに指を指して笑われたぞ……! 私の、アルヴィン侯爵家の名誉が……ッ!」
クラウスはサウナスーツの上に大盾を背負うという、もはや何のコスプレかわからない奇抜な格好で、絶望の涙と大量の汗を流し続けていた。
「文句を言うな。お前らの体内で、今まさに余分な脂肪がドバドバと燃焼してるんだ。そのサウナスーツでAランクの『ガルム』と本気で戦えば、三日間のカロリーゼロ生活以上のダイエット効果がある」
俺は一人だけ通常の軽装のまま、後方から非情な檄を飛ばした。
「倒さなきゃハンバーグはねぇぞ。あの溢れ出す肉汁と、とろける三種のチーズ。白米の上にバウンドさせて、濃厚なソースごと掻き込む……その至福の瞬間を想像しろ。欲望を燃料にして足を動かせ!」
「に……肉……!」
リーザの瞳孔が開き、焦点の定まらない目で虚空を見つめた。
「肉汁……ハンバーグ……!」
キャルルの口から、タラァリとヨダレが垂れる。
サウナスーツによる過酷な体力消耗と、三日間の断食による極限の飢餓状態。
そこに、俺が巧みな話術で提示した『究極のカロリー』という強烈な餌。
これらが絶妙に絡み合い、彼女たちの脳内では、もはや理性のストッパーが完全に崩壊しようとしていた。
ガサァッ!!
その時、前方の茂みが大きく揺れ、強烈な熱風と共に『巨大な獣』が姿を現した。
体長五メートル。全身から赤黒い炎を噴き出す、双頭の巨大な狼。
今回の討伐目標であるAランク魔獣、『ガルム』である。
口の端から炎のよだれを垂らし、獲物を見つけたと言わんばかりに、凶悪な牙を剥き出しにして低い唸り声を上げた。
『グルォォォォォォォッ!!』
通常の冒険者パーティーであれば、Aランク魔獣との遭遇は死を覚悟する事態である。
クラウスでさえ、普段なら盾を構えて陣形を指示し、慎重に戦いを進めるはずの相手だ。
だが。
今のSクラスの面々にとって、目の前に現れた炎の狼は、恐ろしい魔獣などではなかった。
「……いた」
リーザが、血走った目でガルムを見据えた。
「わたくしたちの……『お肉』の引換券……!」
「ガルムの魔石……! それがあれば、リアン君のチーズハンバーグが食べられる……!」
キャルルが特注の安全靴に闘気を込め、ギリギリと歯を食いしばる。
「……どけ。アレは私が狩る。あの肉汁は、誰にも渡さんッ!!」
クラウスが騎士の誇りも何もかもを捨て去り、大剣を抜き放ってギラギラと殺気を放った。
『……ガル?』
百戦錬磨のAランク魔獣であるガルムが、一瞬、戸惑ったように一歩後ずさった。
目の前にいるのは、全身黒タイツの不審な集団。
だが、彼らから放たれるのは、恐怖でも警戒でもない。
純粋な、底なしの『食欲』のプレッシャーだった。
「「「お肉ゥゥゥゥゥッ!!!!」」」
漆黒のサウナスーツを着た五人の狂戦士(中学生)たちが、ヨダレを撒き散らしながら、一斉に巨大な炎の狼へと飛びかかっていった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




