EP 2
エルフ式・極限の健康生活(オカン化するルナ)
翌朝。ルナミス学園、Sクラス専用特別教室(タコ部屋)。
「……おい。なんだ、この教室の惨状は」
登校してきた俺――リアン・シンフォニアは、教室のドアを開けた瞬間、思わず眉間を押さえた。
昨日まで普通の学び舎だったはずの教室が、一夜にして『アマゾンの奥地』のような熱帯雨林と化していたのだ。
床にはふかふかの苔がむし、机の周りには見知らぬシダ植物が生い茂っている。
そして教壇の上には、フリフリのエプロンを身にまとい、手には世界樹の杖の代わりに『巨大な木製のお玉』を握りしめたエルフの少女――ルナの姿があった。
「あ、リアン君! おはようございますわ!」
ルナは背後に大量の採れたて野菜が入ったカゴを並べ、満面の、それはもう慈愛に満ちた(そしてどこか狂気を孕んだ)笑顔で俺を迎え入れた。
「……お前、何やってんの?」
「何って、決まっていますわ。リアン君が昨日、『Sクラスは全員ダイエットだ』と宣言しましたよね? ですから、次期女王であるわたくしが直々に、皆さんの健康と生活を徹底的に管理してさしあげようと思いまして!」
ルナはふんすっ、と自慢げに胸を張った。
俺は嫌な予感しかしなかった。こいつは根は底抜けに優しいが、エルフ特有の『自然主義』と『規格外の魔力』、そして何より『致命的なまでの常識の欠如』を併せ持っている。こいつに生活指導を任せるのは、猿に爆弾のスイッチを持たせるようなものだ。
「さぁさぁ、皆さんも席に着いてくださいな! 朝食の特製スムージーができていますわよ!」
すでに席に無理やり座らされていたキャルル、リーザ、キュララ、クラウスの四人は、目の前に置かれた巨大な木製ジョッキを見て、この世の終わりのような顔をしていた。
ジョッキの中には、ドロドロとした深い緑色の液体が波打っている。
「……ルナちゃん。これ、何が入ってるの……?」
キャルルが引き攣った笑顔で尋ねる。
「ふふっ、栄養満点ですわよ! 脂肪を燃焼させる『マイ茄子』に、保温効果のある『レ足す』、そして食物繊維たっぷりの『ネタキャベツ』を世界樹のミキサーで粉砕しましたの!」
『タスケテー! 昨日の夜、学園長がポポロ村のキャバクラで延長料金をケチって揉めてたよォォォッ!』
ジョッキの中から、粉砕されたネタキャベツの残留思念(三面記事ゴシップ)が微弱なテレパシーとして響いてきた。
「……食欲が失せるどころか、精神(SAN値)まで削られる最悪のデトックス飲料じゃねぇか」
俺がツッコミを入れるが、ルナは全く意に介さない。
「さぁ、一気に飲み干してくださいな! それから、これからのSクラスの『新しい生活ルール』を発表しますわ!」
ルナは教壇の黒板(蔓草で覆われている)に、バンッ! と一枚の羊皮紙を貼り付けた。
【ルナ式・極限健康ライフの掟】
一、食事は完全無農薬の野菜のみ! ジャンクフードおよび肉類・脂質は一切禁止!
二、魔導通信石およびテレビゲームは、一日一時間まで!
三、無駄遣い防止のため、お小遣いは週に銅貨三枚(300円)まで!
四、寄り道厳禁! 夜九時絶対就寝!
そのルールを見た瞬間、教室の空気がピキィィンと凍りついた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいなあああっ!?」
一番最初に発狂したのは、極貧地下アイドルのリーザだった。
「ダイエットでジャンクフード禁止は百歩譲って理解しますわ! でも、お小遣い週300円ってどういうことですの!? わたくし、それじゃあタローソンで一番安いパンの耳すら満足に買えませんわよ! 餓死しろって言うんですの!?」
「だ、だめだよルナちゃん!」
続いて、ゴッドチューバーのキュララが涙目で抗議する。
「夜九時就寝って、キュララの配信のゴールデンタイムは夜十時からなんだよ!? リスナーのみんなが一番赤スパ(高額投げ銭)をくれる時間に寝てたら、ゴッドチューバーとして廃業しちゃうよぉぉっ!」
「ていうかルナちゃん! ゲーム一日一時間とか、九時就寝とか、それもう『ダイエット』と全く関係ないよね!? ただの厳しいオカンじゃん!」
キャルルが的確なツッコミを叩き込む。
「い、いや、しかし規則正しい生活は騎士の基本……。とはいえ、夜の巡回警備(夜更かし)も我々の務めであり、九時就寝はさすがに早すぎるのでは……」
クラウスも冷や汗を流しながら、やんわりと反論を試みた。
だが、ルナは腰に手を当て、プクッと頬を膨らませた。
「だーめーでーすー! 皆さん、甘えすぎですわ! 夜更かしすれば成長ホルモンが出ませんし、お肌にも悪いです! それに、お金を持たせたら絶対に買い食いしますよね? 昨日のリーザちゃんなんて、たこ焼きを一人で三舟も食べてましたわよ!」
「うぐっ……! そ、それは……!」
「問答無用です! 今日から皆さんは、わたくしが立派な健康体に育て上げますわ!」
完全に『世話焼きオカンモード』に入り込んだルナの目は、一切の妥協を許さない狂信者のそれだった。
善意100%。だからこそタチが悪い。
「……おい、ルナ」
俺はため息をつき、教壇に歩み寄った。
「俺は『ダイエットするぞ』と言ったが、修道院に入れとは言ってない。カロリー制限はともかく、ゲームや就寝時間まで縛るのはやりすぎだ。そのルールは却下――」
俺がそう言いかけた、その刹那。
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!
ルナの足元の床板が爆散し、太さ数十センチはある巨大な『木の蔦』が何本も這い出してきた。
それらは一瞬にして編み込まれ、人型の樹人兵士――世界樹の端末である『ポーン』を形成した。しかも、ただの歩兵ではない。
左腕に恐ろしいエネルギー砲を構え、右腕に鋼鉄をも貫く木の杭を仕込んだ重装甲仕様。さらに背後には、対空・広域殲滅魔法を詠唱準備状態の『ビショップ(魔術師型)』まで控えている。
「……リアン君?」
ルナが、ふんわりと微笑んだ。
だが、その瞳からはハイライトが完全に消え去っていた。
「わたくしの、皆を思う愛情たっぷりの健康管理……何かご不満でも?」
ウィィィィィン……ッ!
ポーンの左腕のエネルギー砲が、不気味なチャージ音を立てて俺の眉間をロックオンした。ビショップ型の杖の先には、教室ごと灰にするレベルの極大魔法の魔方陣が展開されている。
「…………」
俺は、前世の簿記1級と効率厨の頭脳をフル回転させ、瞬時に『脳内コスト計算』を行った。
【選択肢A:ルナのオカンルールに逆らう】
・ポーンおよびビショップとの全面戦闘に突入。
・俺のマグナギアと自作爆薬を総動員すれば勝てなくはないが、学園の校舎は確実に半壊する。
・多額の賠償金、最悪の場合はエルフの国(世界樹の森)との国際問題に発展。
・メリット:ゲームができる。夜更かしができる。
・デメリット:破産、退学、戦争。
【選択肢B:ルナのオカンルールに従う】
・クソ不味い野菜スムージーを飲み、夜九時に寝る。
・メリット:学園と世界の平和が保たれる。
・デメリット:ストレスでハゲそう。
……計算終了(わずか0・2秒)。
「……いや。素晴らしい提案だと思う。成長期の俺たちには、規則正しい生活こそが一番の薬だからな」
俺は爽やかな笑顔でサムズアップし、大人しく自分の席に戻った。
「「「リアン君(様)ぁぁぁぁっ!?」」」
キャルルたちの裏切られたという悲鳴が重なる。
「リアン! 貴様、世界樹の暴力に屈したのか!? それでも男か!」
「うるせぇクラウス。お前、あのビショップの対空魔法の射線見てみろ。アレ一発でこの教室ごと消し飛ぶぞ。カロリーのために命賭けるほど俺はバカじゃねぇ」
俺は小声で吐き捨てながら、机の上のドロドロの緑色のスムージーを鼻をつまんで一気飲みした。
『タスケテェェ……学園長がキャバ嬢に土下座してたァァ……』
口いっぱいに広がる強烈な青臭さと、脳内に直接響くどうでもいいゴシップ。
俺は湧き上がる吐き気を、気合いと闘気で強引に胃袋の奥底へと封じ込めた。
「うふふ、皆さん、残さず飲んでくださいね♡ 終わったら、全員でグラウンドを百周マラソンですわよ!」
ルナがエプロンをなびかせながら、狂気の笑顔で号令をかける。
「お、お肉……わたくしの、お肉がぁぁ……」
「ゲーム……ログインボーナス……」
「夜九時就寝なんて、小学生じゃないんだからぁぁ……」
半泣きになりながら、地獄のデトックススムージーを喉に流し込む13歳の少年少女たち。
こうして、世界樹の次期女王による絶対的な権力と暴力に裏打ちされた、理不尽極まりない『エルフ式・極限健康ライフ』が、強制的にスタートしたのだった。
(……だが、こんな抑圧された生活が長く続くわけがねぇ)
俺はグラウンドを走りながら、死んだ魚のような目をしているリーザたちを見て確信していた。
人間の三大欲求の一つ、食欲。それを無理やり押さえつければ、必ずどこかで致命的なバグ(暴走)を引き起こす。
ましてやこいつらは、一国を滅ぼしかねない規格外のバケモノ集団なのだから。
読んでいただきありがとうございます。
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