EP 30
大学芋と祝杯(大団円)
ポポロ村の村長宅――現在、俺たちルナミス学園Sクラスの面々が入り浸っている4LDKのシェアハウスのキッチンは、食欲を暴走させる甘く香ばしい匂いに包まれていた。
「へへっ、どうだリアン! 俺の畑で初収穫した『太陽芋』だ! 魔法とか小細工は一切なし、土と水と汗だけで育てた自信作だぜ!」
泥だらけのオーバーオールを着たユートが、ゴトッと重たい麻袋をキッチンの床に置いた。
袋から顔を覗かせているのは、赤紫色の皮に覆われた丸々とした立派な芋だ。アナステシア世界の庶民の胃袋を支える穀物源だが、ユートが丹精込めて育てたそれは、市販の物より一回り大きく、皮に張りがあった。
「ほう。悪くないな」
俺は前世の――三ツ星レストランの副料理長の目つきで太陽芋を一つ手に取り、軽く指ではじいて中身の詰まり具合を確かめた。
「水分量が絶妙だ。これなら火を通した時のホクホク感が期待できる。よし、今日の三時のおやつはこれで行くか」
俺は腕をまくり、キッチンに立った。
まず、太陽芋を皮ごと乱切りにし、水にさらしてアクを抜く。
次に、中華鍋にたっぷりの油を注ぎ、低温からじっくりと揚げていく。こうすることで、芋の中まで火が通り、本来の甘みが最大限に引き出されるのだ。
ジュワァァァァァァッ……。
油がはねる心地よい音と共に、芋が黄金色へと変わっていく。
芋が揚がったら、次はタレ作りだ。ただの砂糖と醤油ではない。ここで使うのは、ポポロ村の特産品であり、強烈な甘みを持つ『ハニーかぼちゃ』から抽出した特製の蜜だ。
フライパンで蜜を熱し、フツフツと泡立ったところに少量の『醤油草』の搾り汁を垂らす。甘みの中にほんのりとした塩気が加わり、完璧な照り焼きダレが完成する。
「よし、絡めるぞ」
俺はカリッと揚がった太陽芋をタレのフライパンに放り込み、手首のスナップを利かせて一気に煽った。
黄金色の芋に、ハニーかぼちゃの濃厚な蜜がコーティングされていく。最後に黒ごまをパラパラと振りかければ――。
「完成だ。リアン特製、『太陽芋の大学芋・ハニー蜜仕立て』だ」
ツヤツヤと輝く黄金の宝石のような大学芋を大皿に盛った瞬間、キッチンに五つの影が音もなく群がってきた。
「わぁぁっ! すっごくいい匂い! いただきまーす!」
キャルルが特注の安全靴を脱ぐのもそこそこに、小皿に大学芋を確保する。
「あむっ……ん〜っ! 外はカリカリなのに、中はすっごくホクホクだよぉ! 蜂蜜みたいに甘〜い!」
ルナが天然の笑顔を咲かせながら、幸せそうに頬を抑えている。
「五円! 御縁! ハイッ! この大学芋、タローマートの惣菜コーナーで売り出せば一個銅貨五枚はいけますわ! わたくしがプロデュースして、ブランド芋として売り出しますの! 利益は八対二(わたくしが八)でどうですのリアン様!?」
リーザがお賽銭箱型掃除機を抱えながら、よだれを垂らしつつビジネスの提案をしてくる。
「わーお! リスナーの皆さーん! 今日のSクラスのおやつは、リアン君特製のスイーツだよー! キュララ、これ食べてアイドル活動頑張るね! 〇〇さん、『飯テロ注意』で赤スパ三千円ありがとー!」
キュララはちゃっかり自撮りドローンで大学芋を撮影し、ゴッドチューブの配信枠でスパチャを稼いでいる。
「うむ。甘いものは苦手なのだが、このタレの絶妙な塩気が芋の甘みを引き立てていて、実に美味だ。ノブリス・オブリージュの精神が満たされていくのを感じるぞ」
クラウスまでが、騎士の矜持を崩してフォークを休めずにいた。
シェアハウスのリビングは、あっという間に喧騒と笑顔で満たされた。
ユートも自分が育てた芋がこれほどまでに美味しく調理されたことに感動し、「すげぇ! 俺の芋がこんな高級スイーツになるなんて!」と涙を流して喜んでいる。
だが、その平和なティータイムに、突如として不穏な『異音』が混ざった。
『……うぅ……ウプッ……』
窓の外から聞こえた、何かを強烈に吐き戻しそうになっている悲痛な声。
俺たちが窓の外を覗き込むと、そこにはクリムゾンアーマーを身に纏った絶世の美女――Sクラスの担任教師であるダイヤ・マーキス(20歳)が、窓枠に縋りつくようにしてへたり込んでいた。
「だ、ダイヤ先生!?」
ユートが驚いて窓を開ける。
「ユ、ユート君か……。あぁ、リアンもいるな……」
ダイヤの顔は真っ青で、目の下にはひどいクマができている。
彼女の右手には、見覚えのある『黄色いスポンジのような四角い塊』がしっかりと握りしめられていた。
「先生、またその『ゲロオムレツ(ルナミス帝国軍第3型レーション)』食ってんのかよ!?」
俺は思わず突っ込んだ。
「……給料日が、まだ三日後なのだ」
ダイヤはポロポロと涙をこぼし始めた。
「武器のローンを払ったら、手元の現金が尽きてな……。昨日からこの第3型を水でふやかして食べているのだが、腐った靴下と胃酸の匂いがどうしても喉を通らなくて……。そんな時、この家から信じられないほど甘くて香ばしい匂いが漂ってきて……気づいたら、引き寄せられるように這ってきていた……」
紅蓮の戦乙女と恐れられるSランクの賞金稼ぎが、中学生たちのおやつの匂いにつられて野良犬のように這ってきたのだ。あまりにも悲惨すぎる。
「頼む、リアン……! スキル上げの居残り授業でも、グラウンドの草むしりでもなんでもする! だから、その黄金に輝く芋を……私にも恵んでくれぇぇっ!!」
ダイヤは窓枠にすがりつき、プライドも何もかもを捨てて号泣した。
「……はぁ。いいから上がってこい。先生の分も残してある」
俺がため息をつきながら小皿を差し出すと、ダイヤは「し、師匠ぉぉぉっ!!」と叫びながら靴も脱がずにリビングに転がり込んできた。
「美味い……! 美味いぞぉぉっ! サクッとした歯ごたえの後に、ねっとりとした甘みが脳髄をダイレクトに殴ってくる! ハニーかぼちゃの蜜の暴力だ! 私の細胞が、命が、ゲロオムレツの呪いから解放されていくぅぅっ!」
ダイヤは両手で大学芋を頬張り、ハムスターのように口を膨らませて涙を流し続けている。
その隣で、ユートが「先生、ゆっくり食えよ。芋ならまだたくさんあるからさ」と、温かい陽薬茶を差し出していた。
「あ、ありがとうユート君……。お前が育てたこの芋、一生忘れないぞ……!」
「へへっ、いつでも食いに来てくれよ」
農家の青年と、彼が育てた芋に救われる極貧の公爵令嬢。
傍から見れば少し歪な光景だが、二人の間には確かに温かい絆(主に胃袋を介した)が芽生え始めていた。
* * *
「まったく、騒がしい連中だ」
少し離れたリビングの隅で、俺は『米麦草』から作られた微炭酸のリンゴジュース(アルコールは当然入っていない)のグラスを傾けた。
「ふっ、だが悪くない光景だ」
隣に並んで壁に寄りかかっていたクラウスが、自身のグラスを俺のグラスにコツンと合わせた。
「天魔窟での一件、私も見誤っていたよ。ユートは確かに己の欲に弱いが、いざという時の魂の気高さは、本物の勇者のそれだった。……彼のような男が泥まみれになりながら育てる作物だからこそ、これほど美味いのだろうな」
「クラウス、お前は何でもかんでも騎士道に結びつけすぎだ。ただの土と品種の勝利だよ」
俺は呆れたように言い返したが、クラウスは微塵も気にしていない様子でふっと微笑んだ。
リビングの中央では、リーザが「わたくしの歌で芋の売上を倍増させますの!」とお賽銭箱型掃除機をマイク代わりにして『Love & Money』を熱唱し始め、キュララがそれに合わせてサイリウム(聖騎士の光魔法)を振ってオタ芸を披露している。
キャルルとルナはそんな二人を笑いながら見ており、ダイヤはユートの横でひたすら大学芋をお代わりし続けていた。
(……それにしても)
俺は、騒がしい面々を眺めながら、心の中で冷静に計算をしていた。
(クレジットカードの限度額を100万飛ばしてマグローザ漁船にドナドナされた女神ルチアナ。
武器のローンで給料日前にゲロオムレツをかじっているSクラス担任のダイヤ。
そして、ルチアナに騙されて危うく強制労働させられそうになった、元借金100万の勇者ユート)
(――俺の周り、破産者ばっかじゃねぇか)
前世で簿記1級を持っていた俺からすれば、このシェアハウスの財務状況は常に真っ赤っかの破綻状態だ。
まともに経済観念を持っているのが、守銭奴のリーザと、効率厨の俺しかいないという事実が恐ろしい。
「……ま、いっか」
俺は、残っていた大学芋を一つ口に放り込んだ。
カリッ、ホクッ。
ハニーかぼちゃの蜜の強烈な甘さと、太陽芋の素朴な味わいが、疲れた脳にじんわりと染み渡っていく。
効率や原価計算、完璧な段取り。
それらを重んじる俺にとって、ユートのような無謀で泥臭い生き方は、本来なら最も相容れないもののはずだ。
だが、あいつの泥まみれの意地が、絶望的な盤面をひっくり返す瞬間を見るのは――悪くない。
むしろ、この騒がしくて、ポンコツで、破産者だらけのバケモノ集団(Sクラス)の面倒を見て、裏で完璧な算盤を弾いてやるのが、今の俺の最高の娯楽になっていた。
「おいユート! 先生が食いすぎる前に、お前も自分の芋を味わっとけ! リーザ、歌ってないで皿を洗え!」
「はいですの!? なんでわたくしがメイドみたいな真似を!」
「文句言うなら次のビジネスプランは白紙だ」
「やりますわ! 洗剤の泡一つ残さずピカピカにしますの!」
俺が指示を飛ばすと、リビングにまた一段と大きな笑い声が弾けた。
マグローザ漁船の影は去り、ポポロ村の柔らかな土に、新たな勇者の根が張られた。
借金勇者とポンコツ女神のクーリングオフ騒動は、こうして甘くてホクホクな大団円を迎えたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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