EP 28
【第8話】女神に対するクーリングオフ(論破)
天魔窟での死闘を終えた俺たち――ルナミス学園Sクラスの一行と、勇者ユートは、冒険者ギルドの換金カウンターの前に立っていた。
「……はい、確かに。死王蟻機の討伐証明部位と、魔石、その他多数のドロップ素材。ギルドの規定に基づき、査定額は金貨『三千枚(約三千万円)』となります。お見事ですね!」
ギルドの受付嬢が、興奮冷めやらぬ様子で金貨の入った革袋をドンッとカウンターに置いた。
この額は、一般的な冒険者が一生かけても稼げるかどうかの大金である。
「さ、三千枚……!? す、すげぇ! これなら俺の借金100万なんて余裕で返せる! 余ったお金でタローマンの高級トラクターも買えるぞ!」
ユートが金貨の袋を抱きしめ、頬ずりしながら歓喜の涙を流している。
マグローザ漁船行きのカウントダウンから解放された安堵感は、彼にとって何よりも勝る報酬だっただろう。
「やりましたわ! 借金も返せて、これでハッピーエンドですの!」
リーザがお賽銭箱型掃除機の中から、自分の取り分をしっかりと回収しながら頷く。
「いや、ちょっと待て」
俺は、金貨の袋を持ってギルドを出ようとしたユートの首根っこを掴んだ。
「へ? な、なんだよリアン兄貴。報酬の分配はさっき話し合って決めたはずだろ?」
「取り分の話じゃない。……お前、その金でルチアナに借金を返す気か?」
「え? そりゃあ、借りたもんは返すのが筋だろ? 100万円と、利子も少しついてるだろうけど……」
農家育ちの素朴な善人っぷりを発揮するユートに、俺は深くため息をついた。
「あのな、お前がタローマン製の鉄装備(実勢価格一万円)を100万円で買わされたのは、完全な詐欺だ。そんな悪徳ローンを真面目に返す奴があるか。そのまま払ってやるなんて癪に障る。ちょっとついてこい」
俺はユートを引きずり、帝国の商業区の片隅にある目的の場所へと向かった。
* * *
『セレスティア・アンテナショップ』。
天使族の国、セレスティアの特産品や女神の恩恵を売り出すという名目でルチアナが経営している胡散臭い店である。
「いらっしゃい、いらっしゃーい! え〜、勇者の称号【ブレイブ】は要らんかね〜? 登録料さえ払えば誰でも勇者になれる! 魔王ラスティアを倒して一億円が貰えるかもよ〜! 今なら伝説の武具(タローマン製)もつけちゃう!」
ピンク色の芋ジャージに健康サンダルという、神々しさの欠片もない姿の女神ルチアナが、店の前でメガホン片手にポンコツな客引きをしていた。
「おい、駄女神」
「ゲゲッ!? リ、リアンにユート!?」
俺の顔を見るなり、ルチアナはビクッと肩を震わせた。
彼女は前回の『サタンクエスト』事件で、俺たちSクラスにデスゲームを仕掛けた挙句、リーザにクレカの限度額をロンダリングされて闇金(天界の黒服)にドナドナされたばかりである。どうにか帰ってきたようだが、資金繰りの悪化はさらに深刻になっているらしい。
「さ、さぁて! お腹が空いたから今日は店仕舞い、店仕舞い! ガラガラガラーッ!」
ルチアナは焦った様子でシャッターを下ろし、逃げようとした。
「待てよ」
俺は素早くシャッターの下に安全靴のつま先をねじ込み、強引にこじ開けた。
「うちのユートがお前の詐欺案件に引っかかってな。その契約、全てキャンセルさせてもらうわ」
「そ、そんな!? 契約は神聖なものよ! 判子も押してあるし、すでに商品は受け渡し済み! キャンセルなんて認められないわ!」
ルチアナがシャッターを必死に押さえながら言い張る。
「はっ。神聖な契約だと? ふざけるな」
俺は前世の――簿記1級と社会人の知識をフル稼働させ、冷酷な法務無双のスイッチを入れた。
「第一に『未成年者取消権』だ。ユートは16歳だろ。法定代理人の同意を得ていない未成年との契約は、原則として取り消すことができる」
「ア、アナステシア世界では16歳は成人扱いだもん……!」
ルチアナが震える声で反論する。
「ほう。じゃあ百歩譲って成人だとして、第二に『クーリングオフの不告知』だ。お前、この契約書にクーリングオフ(無条件解約)の期間や条件についての記載をしてないな? 特定商取引法違反だぞ。書面不備がある場合、クーリングオフ期間の起算日は開始されねぇ。つまり、今からでも余裕で解約可能だ」
「な、なにその現代日本の法律!? ここ剣と魔法のファンタジー世界よ!?」
「アナステシアに地球の物資と概念(100円ショップ等)を持ち込んだのは転生者と神々だ。当然、現代の商法も適用されるべきだろうが」
俺はルチアナを店内に押し込み、ユートの契約書を突きつけた。
「そして第三。これが一番の致命傷だ。『誇大広告および詐欺罪』。お前、魔王ラスティアを倒せば一億円の懸賞金がもらえると謳って、このゴミ装備を買わせたな?」
「だ、だって魔王を倒せば世界が平和になって、みんなから寄付金が集まるかもしれないじゃない!」
「笑わせるな。現在、魔王ラスティアは『朝倉月人』のアイドルオタクとして、日本の福岡に遠征してライブの最前列でペンライトを振ってる真っ最中だ。物理的に魔王城にいない魔王をどうやって倒すんだ? 最初から達成不可能な条件を提示してローンを組ませた、計画的詐欺だろうが」
「うぐっ……! そ、それは……!」
ルチアナが言葉に詰まる。図星を突かれた証拠だ。
「大体、クレカの支払い(月々6万8千円のリボ払い)でヒーヒー言って、マグローザ漁船にドナドナされてるような借金まみれの女神が、どうやって一億円もの懸賞金を用意するんだ? 財源証明を出してみろ」
「…………」
ルチアナは完全に論破され、プルプルと震えながら沈黙した。
「ま、待ってくれリアン兄貴! 確かに騙されたのは悔しいけど、俺、この剣でルナちゃんを守れたんだ。だから、100万は高いけど、この剣にはそれなりの――」
人の良いユートが、折れた鉄の剣を撫でながらルチアナを庇おうとする。
「ユート、お前は黙ってろ」
俺は冷たく言い放ち、ルチアナの胸ぐらを掴んだ。
「これ以上ガタガタ抜かすなら……アバロン魔皇国のラスティアに、直接連絡を入れるぞ?」
「へ……?」
「『女神ルチアナが、魔王の首に一億円の賞金をかけて討伐を煽っている』ってな。ただでさえ月人君の推し活で忙しい魔王様が、自分の首に懸賞金がかけられていると知ったらどうなるかな? お前の顔面、物理的にパンチされるだけじゃ済まないよな? 次元ごとブラックホールで消し飛ばされるんじゃないか?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
ラスティアの恐ろしさを誰よりも知っているルチアナは、顔面を土気色にして悲鳴を上げた。
「お、お許しくださいませリアン様ぁぁぁっ!!」
ルチアナは一切のプライドをかなぐり捨て、土下座を披露した。芋ジャージの膝が、アンテナショップの床にめり込むほどの勢いである。
「契約は白紙! クーリングオフ大歓迎! 借金はゼロ! だから、だからラスティアにチクるのだけは勘弁してぇぇぇっ! 私、まだ月人君のドームツアーの千秋楽に行かなきゃいけないのぉぉ!」
ルチアナが俺の足首にすがりつき、涙と鼻水で靴を濡らしながら懇願する。
「フッ……交渉成立だな」
俺はユートの借金契約書(マグローザ漁船の特約付き)を、ライターの火で燃やして灰にした。
「す、すげぇ……。本当に、借金がゼロになっちまった……」
ユートは自分の手の中にある金貨三千枚の袋と、燃え尽きた契約書を交互に見比べ、呆然と呟いた。
「どういうことだリアン! 詐欺とはいえ、交わした契約を脅迫で反故にするなど、騎士道に反するのではないか!?」
後ろで見ていたクラウスが、またしてもノブリス・オブリージュの精神論を振りかざして抗議してくる。
「うるせぇ。悪徳業者には悪徳業者なりの対処法ってもんがあるんだよ。これでユートの稼ぎは丸儲けだ。文句はねぇだろ?」
「わーお! リスナーのみんなー! リアン君が女神様を論破して泣かせてるよー! 『現代法務無双』ってタグで拡散よろしくねー!」
キュララが土下座するルチアナを背景に、無慈悲なドローン配信を続けている。
「うふふ、ルチアナちゃん、また悪いことしたの? ちゃんと反省しないとダメだよぉ」
ルナが天然の笑顔で、泣き伏す女神の頭をポンポンと撫でる。
「あはは、お姉さん可哀想。でも自業自得だねー」
キャルルが煎餅をかじりながら笑い飛ばす。
「よし、これで一件落着ですわね! ユートさんの借金がなくなったということは、その金貨三千枚は全部ユートさんの自由な資金……つまり、わたくしに投資できるということですわね! さぁ、Love & Moneyのお時間ですの!!」
リーザがよだれを垂らしながら、ユートの金貨袋に狙いを定めてお賽銭箱型掃除機を起動させる。
「ぎゃあああっ!? や、やめてくれリーザちゃん! これは俺の、俺の夢の資金なんだぁぁっ!」
ユートが金貨袋を抱えてアンテナショップから逃げ出し、リーザがダイ〇ン顔負けの吸引力でその後を追いかけていく。
「やれやれ……。終わってみれば、いつものドタバタ劇か」
俺は、土下座したまま立ち直れないルチアナを放置し、騒がしい仲間たちの後を追って歩き出した。
こうして、一人の若者をマグローザ漁船の恐怖から救い出した(そして女神を一人泣かせた)クーリングオフ騒動は、見事なまでの『ざまぁ』展開と共に幕を閉じたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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