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EP 27

真・ブレイブ覚醒(神に匹敵する勇気)

「なんだ……? 何が起きている……!?」

 コロシアムの空中に投影されたホログラムモニターの向こう側で、魔人ギアンはピザを掴んだ手をピタリと止め、苛立ちの声を上げた。

 彼の目には、信じられない光景が映っていた。

 死蟻機ネクロアントの群れに囲まれ、重傷を負って倒れたはずの鉄装備の農民が、再び立ち上がっただけではない。彼の周囲の空気が、チリチリと静電気を帯びたように震え始めているのだ。

『なめやがって……! ええい、所詮は虫の息の小魚一匹! 踏み潰せ! 削り取れ! 絶望の泥の中で死に絶えろォォッ!!』

 ギアンが操作パネルを乱暴に叩き込むと、コロシアムの奥に位置する一際巨大なゲートが、重厚な地鳴りを開いて開いた。

『ギョォォォォォォォォォッ!!!!』

 登場したのは、通常の死蟻機とは次元の違うプレッシャーを放つ巨大なバケモノだった。

 装甲はぬめり気のある漆黒で覆われ、腹部には無数の卵(小型の死蟲)を抱えた巨大な女王蟻。死蟲軍の最高戦力の一つ、『死王蟻機ネクロハイヴクイーンアント』である。

 その巨体が歩みを進めるだけで、コロシアムの石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。

「きゃあっ!?」

 死王蟻機の出現に伴う激しい地響きによって、壁面の一部が崩落した。

 ルナが悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。巨大な瓦礫が、彼女の華奢な足首を完全に挟み込んでしまったのだ。

「ルナちゃん!!」

 ユートが振り返るが、彼女の足元に落ちた岩は、大人が数人がかりで退かさなければ動かないほどの重量があった。魔法を封じられている今の彼女には、自力で脱出することは不可能だ。

「痛いよぉ……ユート、お兄ちゃん……っ」

 ルナの顔が苦痛に歪む。

『キヒャハハハ! 最高のシチュエーションだァ! 足を潰された無力なヒロインと、瀕死の勇者モドキ! さぁ、死王蟻機よ! その小娘から先に喰らい尽くしてやれェ!!』

 死王蟻機が、六本の鋼鉄の脚を軋ませながら、動けないルナへ向かって突進を開始した。

 巨大な大顎が、ルナの華奢な体を真っ二つにしようと迫る。

「ルナに……ルナちゃんに触るなァァァッ!!」

 ユートは、迷うことなくルナの前に立ち塞がった。

 折れ曲がった鉄の剣を、死王蟻機の巨大な顎に向かって突き出す。

 だが、その瞬間。

 ユートの体を、爆発的な光が包み込んだ。

『テテテテッテッテー!!』

『ユニークスキル【ブレイブ】の隠し条件をクリアしました!』

 虚空に響いたのは、システム音声のような無機質なアナウンスではなかった。

 キュララの配信枠を通じて、何十万、何百万という民衆たちがユートに送った『圧倒的な熱狂と支持』。そして何より、ユート自身が己の命や借金への執着(打算)を完全に捨て去り、「ただ目の前の少女を守る」という純粋な【打算なき勇気】を発揮したこと。

 その二つが完璧に噛み合った時、ルチアナですら忘れていた【ブレイブ】の真の能力が解放されたのだ。

「え……?」

 ユートは、己の体から溢れ出す力に戸惑った。

 痛みが消えた。重かった鉄の鎧が、羽のように軽く感じる。

 ユートのステータス画面で、『剣術A』『体術A』と表示されていたアルファベットが、激しく文字化けを起こし――最終的に『測定不能インフィニティ』へと限界突破を果たしたのだ。

「力が……みなぎってくるぜ……!!」

 ユートの瞳に、太郎型特有の泥臭くも鋭い光が宿る。

『ガ、ギィィィッ!?』

 死王蟻機の大顎がユートに迫る。

 だが、ユートはその顎の軌道を完全に『視て』いた。

「ここで決めなきゃ、男じゃねぇ!!」

 ユートは一歩踏み込み、ボロボロの鉄の剣に己の闘気と、限界突破した魔力を一気に注ぎ込んだ。

 彼が唯一得意とする風魔法。それが、桁違いの魔力によって剣の周囲に超高密度の旋風を巻き起こす。

「いっけぇぇぇぇっ!! 『ドリル・トルネード……いや、ドリル・クラッシャー・ブレイクゥゥゥッ』!!!!」

 ユートが剣を突き出した瞬間。

 剣身にまとわりついた巨大な竜巻が、全てを貫く『暴風のドリル』となって死王蟻機の大顎に激突した。

 ガガガガガガガガガッッッ!!!!

 空気を切り裂く凄まじい轟音。

 安物の鉄の剣が、死王蟻機の誇る超硬度の装甲を、紙クズのように錐揉み回転しながら抉り、貫いていく。

『ギ、ギャアァァァァァァァァッ!!!!』

 死王蟻機が断末魔の絶叫を上げる。

 風のドリルはそのまま死王蟻機の巨体を頭から尻尾まで完全に貫通し、コロシアムの強固な壁面ごと吹き飛ばして巨大な風穴を開けた。

 ズッドォォォォォンッ!!

 爆発四散した死王蟻機の破片が、雨のように降り注ぐ。

 周囲を取り囲んでいた死蟻機の群れも、その凄まじい衝撃波と余波の竜巻に巻き込まれ、文字通り全滅していた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 ユートは肩で息をしながら、完全に折れて柄だけになった鉄の剣を下ろした。

「……やった……俺、やったぞ……」

 ユートが泥だらけの顔で笑った、その時。

 ドガァァァァンッ!!

 コロシアムの天井を塞いでいた鋼鉄のシャッターが、大爆発と共に粉々に吹き飛んだ。

「計算通りだ。……おせぇぞ、ユート」

 もうもうと立ち込める硝煙の中、ワイヤーを伝って降りてきたリアンが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 彼の手には起爆スイッチが握られている。

「リアン兄貴! みんな!」

「ユートォォォッ!!」

 クラウスが大盾を放り出し、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらユートに抱きついた。

「見事だ! 見事であったぞ、ユートォォ! 私の、私の目は節穴であった! 貴様は俗物などではない、これぞ真のノブリス・オブリージュ! 気高き魂を持つ、真の勇者だぁぁぁっ!!」

「い、痛ぇってクラウス君! 傷口開くって!」

「ユート君、かっこよかったよ! ホンモノの勇者みたいだった!」

 キャルルが安全靴で瓦礫を軽く蹴り飛ばし、ルナの足を挟んでいた岩をどかしてやる。

「ルナちゃん、怪我はないか!?」

「うんっ、ユートお兄ちゃんが守ってくれたから、平気だよぉ! ありがとう、お兄ちゃん!」

 ルナが満面の笑みでユートに抱きつく。

「わーお! リスナーの皆さーん! 見た!? うちの農民勇者、最後メチャクチャかっこよく決めたよー! キュララの配信枠、同接記録更新だよー! 〇〇さんから『漢の生き様に惚れた』で赤スパ五万円いただきましたー!」

 キュララがドローンを飛ばし、熱狂の渦にあるコメント欄を読み上げている。

「はいはい、感動の再会は後にして、お宝の回収を急ぎますわよ! 五円! 御縁! ハイッ! 死王蟻機のレア素材は全部わたくしのものですのー!」

 リーザがお賽銭箱型掃除機を振り回し、瓦礫の山をダイソンのように吸い込み始めた。ダイヤも「す、すごい……! 今のドロップ品だけで、私の武器のローンが三ヶ月は浮くぞ!」と目を輝かせている。

「へへっ……」

 ユートは、押し寄せる仲間たち(一部を除く)の温かさに、照れ臭そうに鼻の下をこすった。

 その光景を、リアンは腕を組んで満足げに見つめていた。

(……やれやれ。土壇場で限界突破してヒロインを救うなんて、主人公補正も大概にしろよな。……まぁ、これでこの借金勇者も、俺たちSクラスの立派な『同類バケモノ』の仲間入りってわけだ)

     * * *

 その頃。

 天魔窟の最深部に隠されたモニタールームでは。

『な、なんだとォォォォッ!?』

 死蟲軍の指揮官、魔人ギアンが、道化師の仮面をかなぐり捨てて絶叫していた。

 モニターには、完全崩壊したコロシアムと、談笑するユートたちの姿が映し出されている。

 彼の切り札であった死王蟻機は、一人の農民の放った風魔法の一撃でゴミクズにされてしまったのだ。

『バカな! アリエナイ! アリエナイ! こんなチート、バランス崩壊だ!! 私の完璧な絶望のオペラが……私の最高級ペットがぁぁぁっ!!』

 ギアンは頭を抱え、床に転がっていたピザの箱を蹴り飛ばした。

 そして、モニタールームの操作盤に向かって、両手でドスドスと激しい『台パン』を繰り出し始めた。

『くそう! こんな喜劇なんて求めてない! コンテニューだ! リセットしてやり直させろ! ママあああッ!! 銅貨一枚ちょうだいッ!! ガチャ回して強い虫引くからァァァッ!!』

 先ほどまでの冷酷な黒幕の姿はどこへやら。

 ギアンは涙と鼻水(と口元のピザソース)を撒き散らしながら、親(死蟲王サルバロス)に課金(銅貨)をねだる重度のゲーム依存症の子供のように泣き叫んでいた。

 かくして、魔人ギアンの悪趣味な遊戯は、16歳の泥臭い勇者の手によって完全に粉砕されたのである。

読んでいただきありがとうございます。

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