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EP 25

死蟲軍指揮官、魔人ギアンの悪趣味な遊戯(分断)

 天魔窟の安全地帯セーフゾーンを照らしていた温かな焚き火の炎が、突如として不気味な『緑色』へと変色した。

『キヒヒヒヒヒ……! 美味そうな匂いがすると思えば、極上の『絶望』になりそうな獲物が入り込んでいたとはネェ……!』

 洞窟の壁面、天井、あるいは地の底から――空間そのものを反響させるように、道化師の甲高い笑い声が響き渡った。

「チッ……やはり罠か! 全員、散開しろ!」

 誰よりも早く異変に気づいたリアンが、魔法ポーチから自作のANFO爆薬を取り出し、声の出所を探ろうとした。

 だが、敵の仕掛けの方が一瞬だけ早かった。

 ゴゴゴゴォォォォンッ!!

 リアンたちが立っていた岩盤が、まるで落とし穴のように巨大な円形にくり抜かれ、一気に奈落の底へと崩落を始めたのだ。

「うわあああああっ!?」

「きゃあああっ!」

 足場を失い、次々と暗闇へと飲み込まれていくSクラスの一行とダイヤ、そしてユート。

「影丸! ワイヤーを出せ!」

 リアンは落下しながら漆黒の騎士を召喚し、辛うじて崩れ残った岩棚に向けてワイヤーを射出させた。

 クラウスが大盾でダイヤを庇い、キャルルが壁を蹴って体勢を立て直し、リーザとキュララは互いにしがみついてなんとか岩棚へと着地する。

 だが――。

「ユート! ルナ!」

 リアンが舌打ちをして下を覗き込んだ。

 鈍臭い鉄の鎧を着たユートと、危機感の欠落した天然エルフのルナの二人だけが、ワイヤーの範囲から外れ、奈落の底へと落ちていってしまったのだ。

「くそっ、空間が物理的に遮断されやがった!」

 リアンがワイヤーを伸ばそうとした瞬間、崩落した穴を塞ぐように分厚い鋼鉄のシャッターが閉ざされ、パーティーは完全に二手に分断されてしまった。

     * * *

「いっっってぇぇぇ……! 鉄の鎧着たまま落とし穴とか、シャレになんねぇぞ……」

 全身を強打したユートが、埃まみれになりながらゆっくりと身を起こした。

 そこは、見上げるほど高い壁に囲まれた、円形の闘技場コロシアムのような空間だった。壁面には不気味な紫色のランプが灯り、脱出口らしき扉はどこにも見当たらない。

「あいたた……。あ、ユートお兄ちゃん、大丈夫? 私はふかふかのキノコさんの上に落ちたから平気だよぉ」

 少し離れた場所で、ルナがドレスの裾を払いながらふんわりと微笑んでいた。

 なぜか彼女の落ちた場所だけ、都合よく巨大なクッションキノコが自生していたらしい。世界樹の加護(あるいはルナの規格外の運)恐るべしである。

「ルナちゃん、無事か。よかった……。リアンたちは上に取り残されたみたいだな。どうやってここから抜け出せば……」

 ユートが鉄の剣を杖代わりにして立ち上がった、その時。

『ウェルカム! ようこそ、天魔窟コロシアムの特等席へ!』

 コロシアムの中央空中に、巨大なホログラムモニターが展開された。

 そこに映し出されたのは、身の丈ほどもある巨大な鎌を持ち、顔の半分を道化師の仮面で隠した不気味な怪人だった。

「だ、誰だお前!」

 ユートが鉄の剣を構える。

『キヒヒッ! 私は死蟲軍指揮官、魔人ギアン! 偉大なる死蟲王サルバロス様の名代にして、この天魔窟の絶望をプロデュースする最高の演出家さァ!』

 ギアンは芝居がかった身振り手振りで、己を仰々しく紹介した。

『さぁ、少年とエルフの少女よ! 仲間と引き離され、死の檻に閉じ込められた気分はどうだい? 怖いだろう? 絶望しているだろう? さぁ、泣き叫べ! もっと見苦しい悲鳴を聞かせて、私の心を満たしてくれェ!!』

 ギアンが高らかに狂気の笑い声を上げる。

 その、はずなのだが。

『ズズズズーッ……(コーラをすする音)。パリッ、モグモグ……(ピザをかじる音)』

 なぜか、ギアンの狂気のマイクパフォーマンスの裏から、あきらかにジャンクフードを飲食している生活音ノイズが丸聞こえになっていた。

「……ん?」

 ユートが間の抜けた顔になる。

「あ、ピザだ。いいなぁ。私、お昼は世界樹の蜂蜜トーストだったから、お肉とかチーズとか食べたい気分なんだよねぇ」

 ルナが天然の笑顔でモニターを指さした。

 よく見ると、ギアンの道化師の仮面の口元に、とろけたチーズとトマトソースがべっとりとこびりついている。

『…………チッ! マイクのノイズキャンセリングを切り忘れた!』

 ギアンは慌てて口元を拭い、コホンと大げさに咳払いをした。

 死蟲軍の指揮官を名乗るこの男、性格は狡猾で残忍だが、その実態は『安全なモニタールームに引きこもり、ピザとコーラを飲み食いしながらモニター越しに罠を作動させて楽しむ』という、最悪の陰キャ・ゲーマー気質なのである。

『ええい、つまらんツッコミを入れるな! 貴様らは私の盤上の駒! 最高の悲鳴という名のオペラを奏でる、哀れな生贄なのだからな! 出でよ、我が愛しき死の軍団ッ!!』

 ギアンがモニターの向こうで(おそらく脂ぎった指で)ボタンを叩く。

 すると、コロシアムの壁面に設置されていた四つの巨大なゲートが、重々しい音を立てて開いた。

『ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!!!』

 ゲートの奥から、無数の赤い瞳が暗闇に光る。

 湧き出してきたのは、先ほど通路で遭遇した機械の蟻――『死蟻機ネクロアント』の大群だった。

 一匹一匹が犬ほどの大きさを持つ強力な酸を吐くバケモノが、ざっと見積もって三百匹以上。完全にユートとルナを包囲する形で、カサカサと不気味な駆動音を立てて迫ってくる。

「ひぃぃっ!? どんだけいんだよ!?」

 ユートの顔から血の気が引いた。

 彼のユニークスキル【ブレイブ】は、キュララの配信が途切れたことで『低支持率』のデバフこそ消えたものの、何の後ろ盾もない『素の農民ステータス』に戻っただけである。

 刃こぼれしたタローマン製の鉄の剣で、この大群を相手に生き残れる確率などゼロに等しい。

「わぁ、虫さんがいっぱいだねぇ。でも、みんな怒ってるみたい。しょうがないなぁ……ゴーレムさぁん、お仕事の時間ですよぉ」

 ルナが世界樹の杖を掲げ、再びロックゴーレムを召喚しようとした。

 だが。

「あれれ……?」

 ルナの足元の岩盤がわずかに隆起しただけで、ポロポロと崩れてしまった。魔法の光が、空間に吸い込まれるように消えていく。

『キヒヒヒヒッ! 無駄だ無駄だァ! このコロシアムには、私の張った『アンチ・マジック・フィールド(対魔法阻害磁場)』が展開されている! 空間の魔力濃度を乱し、大型の召喚魔法や大魔法の詠唱を妨害する完璧なセキュリティさ!』

 モニターの向こうで、ギアンがコーラを片手に勝ち誇った笑いを浮かべている。

「うそ……ルナちゃんのゴーレムが呼べない……!?」

 ユートの背筋に、冷たい絶望が走った。

 頼みの綱だった規格外の火力が封じられた。リアンもクラウスもいない。

 残されているのは、魔法が使えない天然エルフの少女と、借金100万を背負った鉄装備の農民だけ。

『ギヂィッ!』

 先頭の死蟻機が、ジリジリと間合いを詰めてくる。顎から滴り落ちた強酸が、コロシアムの石畳をジュウウウッと嫌な音を立てて溶かした。

『さぁ、見せてみろ! 絶望に顔を歪ませ、無様に逃げ惑い、泥にまみれて泣き叫ぶ貴様らの姿を! そして最後は私の死蟲たちに食い殺されるのだァ!!』

 ギアンの嗜虐的な声が響く。

「……ッ」

 ユートの足が、恐怖でガタガタと震えていた。

 怖い。死にたくない。

 マグローザ漁船での強制労働も嫌だが、ここで酸でドロドロに溶かされて虫の餌になるなんて、絶対に嫌だ。

 一億円を稼いで、ルナミスの歓楽街でいい女を侍らせるという夢はどうなる。俺の人生、こんな理不尽な泥の中で終わってたまるか。

 逃げたい。逃げ出したい。

 だが、ユートの背後には、未だに事態の深刻さを理解していない天然の少女が立っている。

「ユートお兄ちゃん、手が震えてるよぉ? 寒いの?」

 ルナが心配そうに、ふんわりと首を傾げた。

「…………」

 ユートは、ぎゅっと唇を噛み締めた。

(……ここで俺が逃げたら、この子は死ぬ)

 その事実を突きつけられた瞬間。

 ユートの脳裏から、己の借金への恐怖も、歓楽街への俗物的な夢も、スゥッと消え去った。

 残ったのは、農家の三男坊として培ってきた、ただの『意地』。

「……舐めんなよ」

 ユートは震える足を無理やり石畳に踏みしめ、ルナを背中で庇うように、一歩前へ出た。

「ルナちゃん、俺から離れるな。絶対にお前のことは守り抜いてやる」

「お兄ちゃん……?」

 ユートは、ボロボロに刃こぼれした鉄の剣を、両手でしっかりと握り直した。

 相手は三百の鋼鉄の化け物。魔法を封じられた絶望的な状況。

「借金も怖いけどな……。女の子を見捨てる方が、俺にとっちゃもっと怖ぇんだよ!!」

 ユートの魂からの叫びが、天魔窟コロシアムに響き渡る。

 それは、打算も欲望も捨て去った、一人の人間としての泥臭い覚悟の咆哮だった。

 その瞬間、ユート自身もまだ気づいていない。

 彼の中に眠るユニークスキル【ブレイブ】の『隠しコード』が、ひっそりと、だが確実に脈動を始めたことに。

読んでいただきありがとうございます。

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