EP 23
ユニークスキル【ブレイブ】の残酷な仕様
天魔窟の中層。
紫色の瘴気が濃さを増し、迷宮の壁面には不気味な機械の配線と生物の粘液が入り混じったような脈動が走っている。
『ギヂヂヂヂヂヂッ!!』
暗がりから飛び出してきたのは、犬ほどの大きさがある機械の蟻――『死蟻機』の群れだった。強力な酸を吐き、数で押し潰す厄介な下級兵である。
「うおおおおっ! 今度こそ、今度こそ俺がやる!!」
ユートは血走った目で鉄の剣を振りかぶり、先頭の死蟻機に向かって突進した。
狙いは的確。農家の力仕事で鍛え上げられたユートの肉体(体術A・剣術A)が繰り出す袈裟斬りは、本来ならば岩すらも叩き割る威力があるはずだった。
ガキンッ!!
「い、痛ってぇぇっ!?」
ユートは両手を激しく弾かれ、情けない悲鳴を上げて後ずさった。
渾身の一撃を叩き込んだはずの死蟻機の装甲には、ミミリほどの傷すらついていない。それどころか、安物のタローマン製『鉄の剣』の方が無惨に曲がってしまっていた。
『ギヂィッ!』
反撃とばかりに、死蟻機が強酸の液を吐き出す。
「うわっ!」
ユートが慌てて鉄の盾を構えると、ジュアァァァッ! という音と共に、盾の表面があっという間に溶け始めた。
「な、なんだよこれ!? 俺の剣術なら、こんなザコ一撃で倒せるはずなのに! どうしてちっとも力が入らねぇんだよ!」
ユートは溶けかけの盾を投げ捨てながら、泣きそうに叫んだ。
彼自身のポテンシャルは決して低くない。だが、現在のユートの動きは、素人目に見ても「鈍重で貧弱なただの農民」に成り下がっていた。
その後ろで、キュララがスマホの自撮りドローンを飛ばしながら、クスクスと笑い声を上げていた。
「あははっ! ユートお兄ちゃん、また酸被って逃げ回ってるよー! リスナーのみんな、見て見てー! この鉄装備の農民さん、メチャクチャ弱くない!?」
キュララの配信画面には、リスナーたちからの無慈悲なコメントが滝のように流れていた。
『草』
『この農民、マジで何しに来たの?w』
『12歳の女の子たちの後ろで震えてる16歳(笑)』
『タローマンの鉄装備で天魔窟とか舐めてんのか』
『さっさとマグローザ漁船に乗れ』
『邪魔。キュララちゃんの画面に映らないでほしい』
そのコメントの数々を見た瞬間、ユートの顔色がさらに土気色に変わった。
それと同時に、彼を包んでいた微弱なオーラが、シュン……と音を立てて消滅する。
「ああっ!? また体が重くなった! 嘘だろ、ステータスがどんどん下がっていく!?」
ユートは膝から崩れ落ち、重くなった鉄の鎧に引きずられるように四つん這いになった。
「……なるほどな。やっと分かったぜ、お前のそのポンコツスキルの仕様が」
後方で腕を組み、冷徹な目で観察していたリアンが呆れたようにため息をついた。
「ユート、お前の持つユニークスキル【ブレイブ】。ルチアナの奴は『伝説の勇者の神技』だなんて吹聴したんだろうが、そいつの正体は『民衆の支持率システム』だ」
「し、支持率……?」
「あぁ。民衆からの認知度や好感度が高ければ高いほど、それに比例して全ステータスが上昇する。逆に言えば、民衆から嫌われたり、嘲笑われたりして支持率がゼロになれば……」
「ただの平民以下の最弱ステータスに固定される、ってことですかの?」
リーザがお賽銭箱型掃除機で死蟻機の残骸を吸い込みながら、残酷な事実を補足した。
「そ、そんな……! 詐欺だ! あのピンクジャージのお姉さん、そんなこと一言も言ってなかったぞ! 『勇者になれば誰でもモテモテで超絶パワー!』って!」
「そりゃ、本来なら勇者は『人々を救う英雄』として名声を得るからな。だが、今のバズりの中心はキュララの配信枠だ。お前は今、何十万人というリスナーから『足手まといの邪魔な農民』として大バッシングを受けてる。支持率(好感度)はゼロどころかマイナスだ。ステータスにデバフ(弱体化)がかかって当然だろ」
リアンは前世の簿記1級と経済知識を総動員し、このスキルのビジネス的な欠陥を冷静に言い当てた。
「お、終わった……。俺の勇者人生、終わった……。一億稼いで、借金返して、ルナミスの歓楽街でキャバクラ梯子酒して、いい女を両脇に侍らせるっていう俺のビッグ・ドリームが……っ!」
ユートは地べたに這いつくばり、己の俗物的な欲望を隠すことすら忘れて絶望の涙を流した。
その言葉を聞いた瞬間、隣で死蟻機を大盾で弾き飛ばしていたクラウスの動きがピタリと止まった。
「……ユート、貴様。今、なんと言った?」
クラウスは、絶対零度よりも冷たい声でユートを見下ろした。
その瞳には、かつてないほどの軽蔑と怒りが宿っていた。
「ひぃっ!? ク、クラウス君……?」
「借金を返すため? キャバクラで女を侍らせるためだと? 貴様は、そのような下劣で個人的な欲望のために『勇者』を名乗り、この死地に足を踏み入れたというのか!」
「だ、だって俺は貧乏な三男坊で! 一獲千金を夢見て……!」
「黙れッ!!」
クラウスの怒鳴り声が、洞窟をビリビリと震わせた。
「勇者とは、ノブリス・オブリージュの究極の体現者! 弱きを助け、悪を挫き、己の命を賭して世界の平和を願う気高き魂の持ち主のことだ! 己の欲のために振るう剣など、ただの暴力! 貴様の勇気など、メッキに過ぎんわ!」
クラウスの激しい説教に、ユートは完全に萎縮して肩を震わせた。
配信枠のコメントも『クラウス君かっこいい!』『それに比べてこの農民は……』と、さらにユートへのバッシングを加速させていく。
ステータスはついに限界まで低下し、ユートは鉄の剣を持ち上げることすら困難になっていた。
(……まぁ、クラウスの言う通り、動機は不純の極みだな。戦力としても全く使い物にならねぇ)
リアンは冷徹な効率厨の目で、ユートを「損切り(パーティ追放)」するかどうかを計算していた。
このままでは、ただの足手まといだ。ダンジョン探索のタイムロスにもなる。
――だが、その時だった。
『ギシャァァァァッ!!』
暗闇の天井裏から、気配を完全に消していた『死蟷螂機』の別個体が、突如として奇襲を仕掛けてきた。
狙いは、ドローンカメラに向かって愛嬌を振りまいていたキュララである。
「えっ!?」
配信に夢中になっていたキュララの反応が遅れる。
クラウスはユートに説教をしていて背を向けており、キャルルとルナは少し離れた場所で別の死蟻機を処理していた。
リアンの位置からは、アイテムの投擲(ANFO爆薬)が間に合うかどうか、ギリギリのタイミングだった。
(くそっ、間に合わな――)
リアンが舌打ちをした、その刹那。
「危ねぇっ!!」
誰よりも早く動いた影があった。
ステータスが最底辺まで落ち、重い鉄の鎧に押しつぶされそうになっていたはずのユートだった。
彼は恐怖で震えていた足を無理やり動かし、泥にまみれた体を投げ出すようにして、キュララと死蟷螂機の間に割り込んだのだ。
ガガァァァンッ!!
死蟷螂機の鋭利な鎌が、ユートの鉄の鎧の肩口に深々と食い込んだ。
タローマン製の安物の装甲がひしゃげ、ユートの肩から鮮血が吹き出す。
「ぐあああああっ!!」
「ユ、ユートお兄ちゃん!?」
キュララが悲鳴を上げる。
普通なら、ここで痛みに耐えかねて倒れ伏すところだ。
だが、ユートは違った。
「舐めんな……! 痛てぇけど、死ぬほど怖ぇけど……女の子一人庇えねぇで、何が男だ!!」
ユートは肩に鎌が食い込んだまま、己の足元にある『泥』を鷲掴みにし、それを死蟷螂機のカメラアイ(複眼)に向かって力任せに投げつけた。
『ギ、ヂィィッ!?』
視界を泥で塞がれた死蟷螂機が、一瞬だけ怯む。
その隙を逃さず、ユートは剣を捨て、泥臭く相手の脚の関節に組み付いて体重をかけ、強引に体勢を崩させた。
「クラウス! 今だ、やれぇっ!!」
「――ッ!! ライトニング・ブレイク!!」
我に返ったクラウスが、大剣に雷と闘気を纏わせ、体勢を崩した死蟷螂機の頭部を一刀両断に切り裂いた。
ドサァッ、と死蟷螂機が崩れ落ちる。
「い、痛ててて……。肩、骨いってねぇかな、これ……」
ユートは脂汗を流しながら、その場にへたり込んだ。
ステータスは相変わらず最底辺のままだ。何のバフもかかっていない、ただの「素の農民の意地」だけで、自分より遥かに格上の魔獣の凶刃を受け止めたのである。
「ユ、ユートお兄ちゃん……! ご、ごめんなさい、キュララが油断してたせいで……!」
キュララが慌てて回復魔法をかけようと駆け寄る。
「お、気にするな。これくらい、畑仕事でトラクターに轢かれた時に比べりゃ大したことねぇって。……痛ぇけどな」
ユートは強がりながら、泥だらけの顔でへへっと笑った。
その様子を、リアンは静かに見つめていた。
(……なるほどな)
リアンの口角が、わずかに吊り上がる。
(こいつは、普段は気が小さくて、欲望まみれで、どうしようもなく俗物な小市民だ。だが……『理不尽に晒された弱者』を見た時、咄嗟に打算を捨てて手を伸ばせる。計算もコストもかなぐり捨てて、己の命を張れる)
それは、リアンには絶対にできない戦い方だった。
リアンは常に完璧な『段取り』と『効率』を求める。リスクを計算し、絶対に勝てる盤面を作ってから殺す。
だが、ユートのそれは、土壇場の無謀を勇気へと昇華させる『泥臭い覚悟』だった。
かつて、このルナミス帝国を建国したという転生者、佐藤太郎。彼が持っていたという、優しさと理不尽に屈しない芯の強さ。
(『太郎型』の勇者……か。こいつの【ブレイブ】の隠し仕様、たぶん『それ』だな)
「おい、ユート」
リアンが歩み寄り、へたり込んでいるユートの前に立った。
「へ? な、なんだよリアン。やっぱり俺、足手まといだからクビか……?」
「いや。お前のその泥臭さ、嫌いじゃない。……クビにはしねぇよ。お前の借金(算盤)、俺が裏で合わせてやる」
リアンはそう言って、魔法ポーチから自作の特製ポーション(味はゲロマズだが即効性)を取り出し、ユートの頭からドバドバとぶっかけた。
「ぎゃああああっ!? 傷口に染みる! しかもくせぇぇっ!!」
「騒ぐな。治るんだから我慢しろ」
叫ぶユートを見下ろしながら、リアンは冷徹な効率厨の裏で、ほんの少しだけ『頼もしい相棒』を見つけたような笑みを浮かべていた。
読んでいただきありがとうございます。
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