EP 22
死蟲の巣窟、天魔窟(12歳のバケモノたち)
ルナミス帝国の外れに口を開ける、巨大な地下迷宮『天魔窟』。
かつての神蟲魔大戦で敗れた死蟲王サルバロスの魂が封じられ、現在も無数の機械化昆虫モンスター――『死蟲機』が生み出され続けているS級危険地帯である。
薄暗い洞窟内に、機械の駆動音と甲殻が擦れる不気味な音が反響していた。
「ひ、ひぃぃ……っ! な、なんかメチャクチャ気味の悪い音が奥から聞こえるんだけど……!」
タローマン製のペラペラな鉄鎧を着込んだユート(16歳)が、ガチガチと歯の根を鳴らしながら鉄の盾を構えていた。
「おいユート。お前、前衛なんだからもっと前に出ろ。タンク(盾役)がビビってどうする。クラウスを見習え」
最後尾から指示を飛ばすリアンが、呆れたようにため息をついた。
「見よ、ユート! 騎士たる者、いかなる魔の巣窟であろうと胸を張り、弱きを守る盾となるのだ! ノブリス・オブリージュ!」
隣を歩くクラウス(12歳)は、暗闇の中でも堂々と大盾を構え、完璧な正統派の歩法で前進している。その凛々しい姿は、とてもユートより四歳も年下とは思えない。
(くそっ……! 俺だって、俺だってこんな12歳の子供たちを守って、カッコよく魔獣を倒して一億円稼ぐつもりだったのに!)
ユートは内心で涙を流していた。
ルチアナとかいうアンテナショップの店員に「魔王を倒せる伝説の装備」と言われて100万円のフルローンで買わされたこの鎧。道中のスライムの体当たりを食らっただけで、ベコォッと嫌な音を立てて凹んだのだ。
今月の返済日は三日後。もしここで稼げなければ、待っているのはシーラン国沖のマグローザ漁船(強制労働)行きである。
「よし、俺がやる! 俺がみんなを守るんだ!」
ユートが鉄の剣を構え、無理やり自分を鼓舞したその時だった。
『キシャァァァァァァァッ!!』
頭上の岩肌に張り付いていた影が、弾かれたようにユートの目の前へと落下してきた。
体長三メートルを超える巨大な機械蟷螂――『死蟷螂機』である。
鋼鉄すら容易く両断する鋭利な両腕の鎌を振りかざし、ユートの首を刎ね飛ばそうと襲いかかってきた。
「うわあああっ!? で、デカい!?」
ユートの体が恐怖で硬直する。剣を振るうことすらできず、死を覚悟して目をギュッと瞑った。
だが、その鋼鉄の鎌がユートに届くより早く。
彼の横から、ヒュンッ! と凄まじい風切り音が鳴り響いた。
「もう。ユートお兄ちゃん、邪魔だよ」
ポポロ村の村長にして月兎族の姫君、キャルル(12歳)だった。
彼女は片手に泥沼恋愛小説を開いたまま、ラフな現代風の服を翻してユートの前に滑り込んだ。
ガギィィィンッ!!
キャルルは空いた右手に持った『ダブルトンファー』で、死蟷螂機が振り下ろした数トンの威力を誇る鎌の斬撃を、いとも容易く『受け流し』た。
体勢を崩し、前のめりに倒れ込んでくる巨大な蟷螂の頭部。
「月影流――――」
キャルルはふわりと跳躍し、タローマン製の特注安全靴に仕込まれた鋼鉄の先芯と、自身の極限まで練り上げられた『闘気』を膝に集中させた。
「――――『顎砕き(あごくだき)』」
メキャァァァァァァァァッ!!!!
小柄な少女の膝蹴りが、死蟷螂機の強固な顎の下から突き上げられた。
凄まじい破壊の衝撃波が洞窟に響き渡り、三メートルを超える死蟷螂機の頭部が、首のジョイントごと木端微塵に粉砕されて吹き飛んだ。
首を失った機械の巨体が、ユートの足元にドスゥンと倒れ伏す。
「ふふっ、この小説の続き、気になってたんだよね。……あ、お兄ちゃん、大丈夫?」
キャルルは何事もなかったかのように着地し、小説のページをめくりながらユートに小首を傾げた。
「え……あ……? は……?」
ユートは腰から砕け落ち、口をパクパクと金魚のように開閉させることしかできなかった。
(な、なんだ今の威力!? 鋼鉄のモンスターの頭が、膝蹴り一発で消し飛んだぞ!? このウサ耳の女の子、本当に12歳か!?)
ユートが戦慄している間にも、天魔窟の防衛システムは次なる刺客を差し向けていた。
ドドドドドッ! と地鳴りを立てて、通路の奥から突進してきたのは、全身を分厚い装甲で覆われた巨大なカブトムシ――『死甲虫機』である。
「い、今度こそ俺がやる! 『ブレイブ』発動!!」
ユートは立ち上がり、100万の借金パワー(恐怖)で鉄の剣を大上段から振り下ろした。
ガキィィィンッ!
だが、安物の鉄の剣は死甲虫機の装甲に傷一つつけられず、逆に刃こぼれを起こしてユートの腕を激しく痺れさせた。
「痛ぇぇっ!? 嘘だろ、全然斬れねぇ!」
『ギュルルルルッ!』
死甲虫機がユートを撥ね飛ばそうと巨大な角を突き出した、その瞬間。
「ユートお兄ちゃん、危ないよぉ」
今度は、ふわふわのドレスを着たエルフの少女、ルナ(12歳)が前に出た。
彼女は天然の慈愛に満ちた笑顔のまま、手にした世界樹の杖をトンッ、と地面に突いた。
「ゴーレムさぁん、やっつけてくださぁい!」
ゴゴゴゴゴォォォォンッ!!
ルナの足元の岩盤が急激に隆起し、一瞬にして全高四メートルの巨大な『ロックゴーレム』が形成された。
ロックゴーレムはルナの無邪気な声に応えるように、その巨大な岩の拳を振りかぶり――死甲虫機の腹部めがけて、容赦のない下から上へのアッパーカットを放った。
ドッバァァァァァァンッ!!!!
装甲ごと内臓(機械部品)を粉砕された死甲虫機は、数トンの巨体であるにも関わらず、ピンボールのように洞窟の天井へと打ち上げられ、そのままグシャグシャに潰れてひしゃげた。
「わぁ、ゴーレムさん強いねぇ! ありがとね!」
ルナがパチパチと拍手をして喜んでいる。その横で、天井からボタボタと機械のオイルや破片が降り注いでいた。
「は……? え……ゴーレム? 無詠唱で? 魔法陣もなしに……?」
ユートは完全に思考が停止していた。
彼の常識では、魔法使いがゴーレムを召喚するには、数人がかりで長時間の儀式が必要なはずだった。それを、あのおっとりとしたエルフの少女は、散歩の途中で犬を呼ぶような気軽さでやってのけたのだ。
「はいはい! ドロップアイテムと素材回収はわたくしにお任せですわ♡」
戦闘が終わるや否や、芋ジャージ姿のリーザ(12歳)がお賽銭箱型掃除機を抱えて飛び出してきた。
「五円! 御縁! ハイッ! 死甲虫機の装甲板は高値で売れますの! 死蟲たちの動力源(魔石)も全部吸い込みますわよー!」
ズォォォォォン! というダイ〇ンも真っ青な吸引力で、瓦礫に埋もれた高価な素材が次々とリーザのお賽銭箱へと吸い込まれていく。
「わーお! リスナーの皆さーん! 今日のSクラスも絶好調だよー! キュララは後方でバッチリ撮影してるからね! キャルルちゃんの太ももチラ見え膝蹴りと、ルナちゃんの無慈悲ゴーレムアッパー、ド派手な戦闘シーンでリスナーからの反応が良いわぁ♡ 〇〇さん、赤スパ五千円ありがとー!」
キュララ(12歳)が自撮り棒を掲げながら、戦闘に一切参加することなく、ちゃっかりとスーパーチャットで日銭を稼いでいる。
「…………」
ユートは、ポツンと一人、鉄の剣を握りしめたまま立ち尽くしていた。
圧倒的。あまりにも圧倒的すぎる。
これがルナミス帝国が誇る、規格外のバケモノ集団『Sクラス』。16歳の自分が保護者ぶって守ろうとしていた彼らは、単体で軍隊すら壊滅させられる戦力の塊だったのだ。
「おい、ユート」
そんなユートの背中に、冷徹な声がかけられた。
振り返ると、パーティーの実質的リーダーであるリアンが、前世の簿記1級と副料理長の計算し尽くされた目でユートを睨みつけていた。
「お前、さっきから一匹も魔物を倒してないどころか、ただビビって突っ立ってただけだな」
「えっ? あ、いや……そ、それは……剣が弾かれて……」
「言い訳は聞かん。RPGでも現実のビジネスでも、基本は『成果報酬』だ」
リアンは手元の魔法通信石(電卓アプリ機能付き)を弾きながら、無慈悲な宣告を下した。
「このままだと、今回のクエストにおけるお前の貢献度は『ゼロ』だ。よって、討伐報酬からの取り分もゼロになる。……お前、マグローザ漁船行きが確定するぞ?」
「そ、そんなぁぁぁぁっ!?」
ユートの悲鳴が、薄暗い天魔窟の奥深くまで響き渡った。
「嫌だ! 漁船だけは嫌だ! ケツフキのKでチンチロなんてしたくない! リアン兄貴、お願いします! 俺に、俺にも何か狩らせてくださいぃぃっ!」
「だったら見せてみろ。お前のその『鉄の装備』とやらで、どうやって死蟲たちを狩るのかをな」
リアンの厳しい言葉に、ユートは涙目で鉄の剣を構え直した。
(どうする!? ブレイブは全くステータスが上がってないし、俺の剣術じゃ装甲は斬れない……! でも、ここでやらなきゃ、俺の人生は借金まみれの海の底だ!)
ユートの100万の借金返済を賭けた、血と涙の迷宮探索は、まだ始まったばかりであった。




