EP 21
鉄の勇者と百万の借金(マグローザ漁船行きのカウントダウン)
ルナミス帝国の首都に構える『冒険者ギルド・本部』。
初代国王・佐藤太郎がもたらした近代化の波はここにも色濃く反映されており、ギルド内の掲示板には手書きの羊皮紙だけでなく、魔導スクリーンによる依頼のデジタル表示が流れている。報酬の受け取りもQR決済が導入されつつあるという、ファンタジーと現代文明が奇妙に融合した空間だ。
血の匂いと、安酒の『イモッカ(芋焼酎ウォッカ)』のアルコール臭が入り混じる喧騒の中、俺――リアン・シンフォニア(12歳)は、相棒のクラウスと共に情報収集のためギルドを訪れていた。
「ふむ……。やはり首都のギルドは活気があるな、リアン。我々もSクラスの生徒として、いずれはこの場所で誇り高き依頼を――」
「あー、クラウス、ちょっと黙ってろ」
ノブリス・オブリージュを熱く語ろうとするクラウスの言葉を適当に流し、俺はギルドの片隅で起きている『騒動』に目を向けた。
「お願いします! 俺と、俺とパーティーを組んで下さい!! 後衛の荷物持ちでも、盾役でもなんでもやりますから!」
床に額をこすりつけ、見事な土下座を披露しているのは、16歳くらいの少年だった。
日焼けした肌に、がっしりとした体格。だが、その身にまとっている装備があまりにも悲惨だった。
「だーっはっはっは! 駄目だ駄目だ、ユート! お前みたいな『歩く不良債権』と組めるかよ!」
「そうそう! お前、借金が『100万円』も有るんだろ? 報酬を持ち逃げされたら敵わねーよ!」
ベテランらしき冒険者たちが、エールが入ったジョッキを片手に少年――ユートを指さしてゲラゲラと笑っている。
「そ、そんな事はしませんから! 俺はただ、魔王を倒して一億円の懸賞金を手に入れて、ルナミス帝国で飲み歩いて女を侍らせたいだけで……っ!」
「言うに事欠いて欲望が俗っぽすぎるんだよ! いいか? お前が着てるその装備、どう見ても『タローマン(ホームセンター)』で売ってる『初心者用・鉄セット(実勢価格1万円)』じゃねぇか! そんなペラペラの鉄の剣と盾で、どうやって魔王を倒す気だ!」
冒険者たちの容赦ないツッコミに、ユートと呼ばれた少年はビクッと肩を震わせた。
「そ、そんなはずねぇ! これは伝説の鎧セットだって、アンテナショップのお姉さんが……!」
「現実を見ろ、農家上がり! 今月中に利子を払えなきゃ、お前はシーラン国沖の『マグローザ漁船』行きなんだろ!? 船内通貨『K(ケツフキのK)』でチンチロ回して一生強制労働する奴と、誰がパーティー組むかっての!」
マグローザ漁船。
それはこの大陸における、多重債務者の行き着く最底辺の地獄である。その単語を出された瞬間、ユートの顔からスァッと血の気が引き、土下座したままプルプルと震え始めた。
「……おい、リアン。なんだあの哀れな少年は」
クラウスが眉をひそめ、不快そうに呟く。
「彼からは、微塵も騎士の誇りを感じない。ただ己の俗物的な欲望のために身を滅ぼし、借金取りに怯える小市民……。なぜあのような者が、冒険者などと名乗っているのだ?」
「まぁ、待て」
俺は前世の――三ツ星レストランの副料理長として食材(人間)を見極める目で、土下座しているユートを観察した。
(装備は確かにゴミだ。タローマンの大量生産品。だが……体つきは悪くない。農作業で鍛えられた泥臭い筋肉。剣ダコの位置からして、実戦経験こそないが、基礎的な剣術と体術のポテンシャルは相当高いはずだ)
原価1万円の装備に、100万円の借金。
あまりにも理不尽な貸借対照表。前世で簿記1級を持っていた俺からすれば、明らかに詐欺の匂いがプンプンする案件だった。
俺がそんな計算をしていると、ふと顔を上げたユートとバチリと目が合った。
ユートは俺たち――上等な仕立ての服を着た12歳の子供二人――を見ると、藁にもすがる思いで這い寄ってきた。
「あ、君たち! 見るからに良いとこの坊ちゃんって感じだね! お願いだ、俺と依頼を受けてみないか!? いや、俺を雇ってくれないか!?」
「……おいおい」
俺は思わず呆れた声を出した。
「あんた、16歳にもなって、12歳のガキに声をかけるとは相当切羽詰まってるな。いいぜ、理由を話してみな。話の『単価』が合えば、聞いてやらなくもない」
「ほ、本当か!?」
ユートは俺の足元にすがりつき、涙と鼻水混じりに己の悲惨な境遇を語り始めた。
彼曰く、自分はポポロ村の近郊にある「勇者の村(※金のない若者農民が夢を追うためそう呼ばれているだけの限界集落)」の太陽芋農家の三男坊だという。
一獲千金を夢見て首都に出てきた彼は、帝国の片隅にあった『セレスティア・アンテナショップ』という怪しげな店に入ってしまった。
「そ、そこにいたピンクのジャージを着たお姉さんが、『君からは勇者の素質を感じる! ユニークスキル【ブレイブ】を授けよう!』って言ってきて……。この『伝説の鎧セット』を身につければ、魔王ラスティアを倒して一億円が貰えるって……!」
「……なるほど」
俺の脳裏に、芋ジャージに健康サンダルを履き、ピアニッシモ・メンソールを吹かしている駄女神の顔が鮮明に浮かび上がった。
「それで、20歳から支払いでOKだからって、この鉄装備を『100万円(年率18%)』で買わされた。しかも契約書の裏に極小文字で、マグローザ漁船行きの特約付きで、だ」
「ど、どうしてそれを!? そうなんだよ! 後でギルドの鑑定士に見せたら、これタローマンの初心者セットだって言われて……俺、騙されたんだ!」
ユートは両手で顔を覆い、男泣きに泣き崩れた。
しかも、彼が付与されたというユニークスキル【ブレイブ】。伝説の神技かと思いきや、冒険者ギルドに登録料さえ払えば『誰でも貰える普及型スキル』であることも発覚したらしい。
「……クラウス、どう思う?」
「……言葉もない」
クラウスは顔面を蒼白にし、ワナワナと震えていた。
「魔王を倒す勇者が……ただの詐欺被害者だと……? 100万円のローンを背負わされ、カニ工船ならぬマグローザ漁船に怯えるだけの、哀れな農民だと……!? 私の、私の信じていた勇者像が……またしても粉々に……ッ!」
クラウスがギルドの柱に頭を打ち付けて現実逃避を始める中、俺は深くため息をついた。
(アバロンの女帝ラスティアは、福岡に遠征してるただのアイドルオタクだ。魔王城に行っても絶対に倒せない。つまりルチアナの奴、最初から払えなくなることを見越して、若者をマグローザ漁船に売り飛ばす闇金ビジネスを回してやがるな。……どんだけスマホゲーの課金で首が回らなくなってんだ、あのクソ女神)
あまりのスケールの小さい神の悪行に、俺は呆れを通り越して笑いすら込み上げてきた。
「……おい、ユートとか言ったな」
「は、はいぃっ!」
「あんたの事情は分かった。見事なまでの情弱っぷりだが……その泥臭く生き足掻こうとする目は、嫌いじゃない」
俺の言葉に、ユートがパァッと顔を輝かせた。
「リアン、まさか彼を……? この不良債権を我々のパーティに入れるというのか!?」
クラウスが慌てて制止しようとする。
「まぁ、乗りかかった船だ。それに、ウチの駄女神(知人)がやらかした詐欺案件だからな。狂った相棒の算盤は、俺が裏で合わせてやらねぇとな」
俺はインベントリの奥底に眠る『自作ANFO爆薬』と『魔導盗聴器』の存在を確認しながら、極悪非道なRTA走者の笑みを浮かべた。
「立てよ、ユート。マグローザ漁船のチケットはキャンセルさせてやる。その代わり、死ぬ気で働いてもらうぞ」
「あ、ありがとうございますぅぅっ! 兄貴ぃぃっ!」
16歳の青年が12歳の子供に泣きつきながら「兄貴」と呼ぶ、なんとも歪なパーティ結成の瞬間だった。
こうして、借金100万の鉄の勇者ユートを巻き込んだ、リアンたちの新たな暴走が幕を開けたのである。
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