EP 19
真ボス戦・極悪非道の総力戦(バグにはバグを、物理には純金を)
『ギ……ギザザザ……! エラー……排……除……!』
魔王の寝室だった空間は、すでにゲームとしての形を保っていなかった。
壁のテクスチャは剥がれ落ちて市松模様のテスト床が剥き出しになり、宙には意味不明な文字列が雪のように舞っている。
その中心で蠢く『バグ魔王』は、巨大なスライムと建物の瓦礫、そして大量の金貨が融合したおぞましい姿で、リアンたちに向けて「バグった投擲物」を放ってきた。
それは、炎でも氷でもなく――『T字のポーズ(初期姿勢)で固定されたNPCの村人』のポリゴンモデルだった。
「ひぃぃぃっ!? な、なんだあの悍ましい攻撃は! 村人が! 村人が飛んできたぞぉぉっ!」
クラウスが悲鳴を上げながら、大盾を構えて前に出る。
ガンッ! という鈍い音と共にNPCのポリゴンを弾き返すが、物理演算が狂っているのか、クラウスの大盾が接触した部分からグニャリと歪み、ドット絵のように粗くモザイク化してしまった。
「くっ……! 大盾が……ノブリス・オブリージュが侵食されていく……! リアン、どうするのだ! このままでは我々も四角いブロックの塊にされてしまうぞ!」
「持ち堪えろクラウス! お前は最高硬度の生きた盾だ! ポーションがぶ飲みしてでもヘイト(敵対心)を稼ぎ続けろ!」
「最高硬度の生きた盾とはなんだ! 私は誇り高きアルヴィン侯爵家の……ぎゃあああっ! 今度は城の門扉が飛んできたぁぁっ!」
クラウスが涙と鼻水を撒き散らしながら、バグ魔王の理不尽な飽和攻撃を一身に引き受ける。彼の騎士道精神はすでに致死量を超えていたが、皮肉にもその生真面目さが前衛としての役割を完璧にこなしていた。
「さて、あいつの内部メモリを完全にオーバーフロー(パンク)させるぞ。ルナ、ちょっといいか?」
リアンは飛び交うエラーログを避けながら、エルフの次期女王を振り返った。
「なぁに? リアン君。私、回復魔法かけようか?」
「いや、魔法はバグって無効化される。お前に頼みたいのは『物理』だ。……お前、毎月世界樹から年金として『純金100キロ』をお小遣いでもらってるよな? あれ、この空間でも生成できるか?」
「え? うん、できるよぉ。あの世界樹のお小遣い、私の固有スキル『自然の恵み』の枠組みだから、システム関係なく出せると思う。100キロじゃ足りない? 頑張れば10トンくらい出せるけど」
ルナがふんわりと恐ろしいことを言う。
「……じゅ、10トン!?」
その単語に、瓦礫の陰で震えていたリーザがガバッと顔を上げた。
「純金が10トン!? それ、ルナミス帝国の国家予算レベルですわよ!? リアン様! そんなものをバグ魔王にぶつけるなんて勿体ないですわ! わたくしに! わたくしにくださいの!」
「バカ言え、このクソゲーから脱出できなきゃ現金化もクソもないだろうが! ルナ、やれ! あのバグ魔王の頭上に、出せる限りの純金ブロックを全生成して叩き落とせ!」
「はぁい! じゃあ、いくよぉー! 『ネイチャー・ギフト(超特大)』!」
ルナが世界樹の杖を無邪気に天へと掲げた。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!
バグ魔王の頭上の虚空から、文字通り『黄金の山』が出現した。
延べ棒どころではない。一辺が数メートルはある純金の巨大ブロックが数十個、総重量10トンを優に超える圧倒的な質量となって、バグ魔王の脳天へと降り注いだのだ。
『ガ……ギギ……!?』
ズッドォォォォォォォォォンッ!!!!
物理エンジンが悲鳴を上げた。
ルチアナが作ったこのゲームの処理能力では、「巨大なバグの塊」と「10トンの純金オブジェクト」の複雑な衝突判定を計算しきれるはずがなかったのだ。
ガクッ……ガクガクガクッ!
世界の動きが、急激に重くなった。
滑らかだった視界がカクつき始め、フレームレート(FPS)が劇的に低下していく。
「あはは! 画面がカクカクしてきたよー! リスナーのみんな、通信環境のせいじゃないからね! この世界の処理落ちだからねー! 〇〇さん、『純金メテオ最高』で赤スパありがとー!」
キュララがコマ送りのようになった世界で、カクカクと手を振りながら実況を続けている。
「うぅ……わたくしの、わたくしの純金が……! せめて一つだけでも持って帰りますの……!」
リーザが這いつくばりながら、重すぎて処理落ちしている純金ブロックにすがりついているが、リアンは容赦なく次の指示を飛ばした。
「よし、演算装置(CPU)に負荷がかかってる証拠だ! 次はグラフィック(GPU)を焼き切るぞ! キャルル、やれるか!」
「うん、任せて! 描画処理が追いつかないくらい、ハデハデにやればいいんでしょ!?」
キャルルは特注の安全靴の踵を鳴らし、深く沈み込んだ。
月兎族の圧倒的な脚力に加え、安全靴に内蔵された『雷竜石』のリミッターを完全に解除する。
バチバチバチッ!!
彼女の全身から、紫電の雷光が溢れ出した。1億ボルトの雷撃エフェクトと、圧縮された闘気のオーラが混ざり合い、画面上がド派手な光の粒子で埋め尽くされていく。
「いくよ……! 絶対に避けないでね、バグ魔王さん!」
キャルルは処理落ちして動きが鈍っているバグ魔王に向け、クラウチングスタートからマッハの速度で飛翔した。
『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』!!
1000MJ(質量換算277トン相当)の運動エネルギーと、1億ボルトの雷撃エフェクトを伴った究極の飛び蹴りが、純金ブロックもろともバグ魔王のど真ん中へと突き刺さった。
ガガガガガガガガガッッッ!!!!!!
「……ッ!!」
あまりの衝撃とエフェクトの過剰発生に、ゲーム内の音声データが完全にバグり、無音になった。
画面全体が紫と黄金の閃光で埋め尽くされ、光の粒子が数百万、数千万と飛び散る。グラフィックボードが悲鳴を上げ、焦げるような匂いが仮想空間にまで漂ってくる錯覚すら覚えた。
『ギ、ギィィィィ……!! エラ……エラー……!!』
バグ魔王の巨体が崩壊を始め、無数のポリゴンが弾け飛ぶ。
「よし! トドメだ! キャパシティの限界を超えさせてやる!」
リアンは空中にステータス画面を呼び出し、インベントリを開いた。
そこに鎮座しているのは、はじまりの街でバグらせて増やした『金貨 99,999,999 枚』のデータ。
リアンはその金貨アイコンを選択し――『すべてフィールドに捨てる』のコマンドを叩き込んだ。
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
ドバババババババババババババババッ!!!!
虚空から、一億枚近い金貨のオブジェクトが「1フレーム(0.01秒)」の間に一斉にスポーン(出現)した。
物理演算、衝突判定、描画処理。その全てが限界を迎えていた世界に、さらに一億個のオブジェクトの計算を強制したのだ。
「ああっ!? わたくしの! わたくしたちの全財産がぁぁぁぁっ!」
リーザが絶望の悲鳴を上げる。
だが、リアンの攻撃はこれで終わらない。
「空丸ッ!! 出番だ!! 全弾ぶち込めぇぇっ!!」
リアンが『召喚スキル(大)』を発動する。
金貨の滝の向こう側、エラーログの空を引き裂いて、全長10メートルの超メカニカル機械竜『空丸』が召喚された。
『ギャオォォォォンッ!!』
空丸は背中のハッチを全開にし、無数のマルチロックオン・レーザーをバグ魔王の残骸へと照射した。
そして、口径数メートルの主砲から、世界を白く染め上げるほどの『高出力プラズマ砲』をフルバーストで発射した。
ビカァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
純金、雷撃、一億枚の金貨、そしてプラズマ砲。
ルチアナの構築した脆弱なサーバーは、この「極悪非道の飽和攻撃(処理落ちアタック)」についに耐えることを諦めた。
ホログラムウィンドウの向こう側で、ルチアナが顔面を蒼白にして絶叫している。
『あ、あああああっ!? サーバーの温度がっ! クラウドの利用料金が秒速で跳ね上がっていくぅぅっ! や、やめてぇぇ! クレカが止まる! 物理サーバーが燃えちゃうぅぅぅ!!』
プツンッ。
ルチアナの悲鳴を最後に、魔王城も、バグ魔王も、黄金も、全てのグラフィックが停止した。
空中に『FATAL ERROR: Memory Overflow』の文字だけがぽつんと浮かび上がり――。
次の瞬間、リアンたちの視界は完全な「暗転」へと包まれたのだった。
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