EP 18
エンディングの崩壊とバグの逆襲(真なるクソゲーの幕開け)
リーザの愛用兵器であり、悪徳な集金の要であった『お賽銭箱型掃除機』。
その内部には、リアンたちの手によって更地にされた「はじまりの街」の全てのオブジェクトデータと、強制スキップでパジャマ姿のまま吸い込まれた「魔王」のデータ、そして限界突破した「カンスト金貨」のデータが極度に圧縮されて詰め込まれていた。
それらが、ルチアナの構築したガバガバなソースコードの中で衝突し、メモリの許容量を完全にオーバーした結果――。
ドガァァァァァァァァァンッ!!!!!
鼓膜を破る大音響と共に掃除機が爆発し、魔王の寝室に無数のポリゴンの破片と、真っ赤な「ERROR」の文字が乱舞した。
「あああああっ!! わたくしの! わたくしのお賽銭箱がぁぁぁっ! そして中に貯め込んだ数億ゴールドがぁぁぁ!!」
リーザが爆風で吹き飛ばされながら、血の涙を流して絶叫する。
「リーザ、伏せろ!」
リアンは咄嗟にリーザの芋ジャージの襟首を掴み、ふかふかの絨毯(ただしテクスチャが剥がれて市松模様のテスト床になっている)へと引き倒した。
爆煙が晴れた魔王の寝室の中心には、もはやこの世の(あるいはファンタジー世界の)法則を完全に無視した『何か』が浮遊していた。
『ガ……ギギ……ギ……。ョ……勇者……ユウシャ……タチメ……!』
それは、パジャマ姿の魔王の巨大な上半身に、はじまりの街の「武器屋の屋根」と「村長の家の煙突」が突き刺さり、腕の代わりに「バグって結合した無数のスライムと金貨」がグチャグチャに融合した、吐き気を催すようなポリゴンのキメラだった。
頭上に浮かぶネームプレートは、文字化けして『■■王バグ■■』と明滅している。
「な、なんだあの悍ましい化け物は!? 魔王の怨念が形を持ったとでもいうのか!?」
クラウスが大盾を構え、震える足に鞭打って立ち上がる。彼の騎士道精神はすでに風前の灯だが、それでも前衛としての義務感だけで体を動かしていた。
「怨念じゃない。データのゴミ(ガベージ)が融合した『バグ魔王』だ。処理しきれなかった変数が暴走して、おぞましいオブジェクトの塊になっちまったんだよ」
リアンが舌打ちをして、ステータス画面を開く。
「最悪だ……。敵のHPバーが画面の枠を突き抜けてやがる。内部数値がオーバーフローして、不死身(無敵)判定になってるかもしれないぞ」
その時、空中に『管理者権限』を示すホログラムウィンドウが強引に展開された。
ウィンドウの向こう側には、芋ジャージ姿でタバコ(ピアニッシモ・メンソール)を口にくわえたまま、信じられないものを見る目で画面を凝視しているルチアナの姿があった。
『ちょ、ちょっとお前らぁぁっ!! 私の作った箱庭で何やってくれてんのよ!? はじまりの街のデータが丸ごと消失してるし、魔王のフラグ管理はズタズタだし、挙げ句の果てにマスターデータが汚染されてバグ魔王が誕生してるじゃないの!!』
ルチアナが頭を抱えて悲鳴を上げる。
「お前のプログラムが貧弱すぎるのが原因だろうが! なんだあの魔王は! 掃除機で吸ったくらいでバグるような仕様にするな!」
リアンが怒鳴り返す。
『そもそもRPGで魔王を掃除機で吸うな!! あんたらのプレイングが想定外すぎるのよ! あああ、どうしよう! このままじゃゲームのサーバーごとクラッシュして、開発費(ルチアナのクレカの借金)がパーになっちゃうぅぅ!』
「ルチアナさん、泣いてる場合じゃないですわ! 早くこのゲームを止めて、ログアウトさせてくださいの! そしてわたくしの掃除機を弁償しなさい!」
リーザが画面越しのルチアナに向かって拳を振り回す。
『それが……無理なのよ。マスターデータがバグ魔王に取り込まれたせいで、管理者の私からでもシステムに干渉できなくなっちゃったの!』
ルチアナのその言葉に、リアンの顔色が変わった。
「……ログアウト機能が死んでるってことか?」
『そういうこと! あんたら、そのバグ魔王を倒してシステムを正常化させないと、現実世界(タコ部屋)に帰ってこれないわよ!』
「なっ……!? そ、それでは、まるで……!」
クラウスが絶望に目を見開く。
「あぁ。完全没入型VRにおける定番のデスゲームってやつだ。……しかも原因は、開発者の手抜きとポンコツ極まるクソコードのせいっていう、史上最低のデスゲームだがな」
リアンは深くため息をつき、魔法ポーチから自作のANFO爆薬と、トカレフ型の使い捨て魔導拳銃を取り出した。
『ギ……ギギギ……消キエロォォォ……!』
バグ魔王が、スピーカーのノイズのような耳障りな咆哮を上げた。
直後、バグ魔王の腕(金貨とスライムの融合体)がムチのようにしなり、リアンたちに向けて振り下ろされる。
「危ない!」
キャルルが特注の安全靴で床を蹴り、凄まじい速度でリアンの前に躍り出た。
『月影流・鐘打ち!』
闘気を纏った回し蹴りが、迫り来る巨大なバグの腕を迎撃する。
ドォォォォンッ!! という衝撃音と共に、バグの腕は大きく弾き飛ばされたが、キャルルもまた反動で後方へと滑り、舌打ちをした。
「……硬い! っていうか、蹴った感触が気持ち悪い! ゼリーと鉄クズを一緒に蹴っ飛ばしたみたい!」
「キャルル、無理に触れるな! そいつはコリジョン(当たり判定)がバグってる。下手に物理接触すると、壁の中に埋め込まれるぞ!」
リアンの警告通り、キャルルが蹴り飛ばしたバグ魔王の腕が城の壁に激突した瞬間、城壁のテクスチャがドロドロに溶け、無数の「エラーログ(文字列)」となって崩れ落ちた。
「ひぃぃっ! 世界が! 世界が崩壊していきますぞぉぉ!」
クラウスが大盾を頭上に掲げ、落ちてくるエラーログから身を守る。
「わーお! リスナーの皆さーん! 遂に隠しボスの登場だよー! なになに、コメント欄……『グラフィックが前衛的すぎる』『クソゲーの極み』『運営仕事しろ』だって! あはは、言われてるよルチアナちゃーん! あ、〇〇さんから『デスゲーム生還祈願』で赤スパいただきましたー! ありがとー!」
キュララは世界がバグで崩壊し始めているというのに、全く動じることなく自撮りドローンカメラに向かって愛嬌を振りまいている。下級天使のメンタルは伊達ではない。
「ふぇぇ、なんかお部屋がぐちゃぐちゃになってきちゃったね。お掃除しないと」
ルナが呑気な声を出しながら、世界樹の杖を振るう。
「浄化の光よ、悪いものを綺麗にしてね! 『ホーリー・ブルーム』!」
ルナの魔法が発動し、清らかな光の花びらがバグ魔王を包み込む。
だが、通常の魔物なら浄化されるはずのその魔法は、バグ魔王に触れた瞬間『文字化け』を起こし、ただの「紫色のブロックノイズ」に変換されて床にボトボトと落ちてしまった。
「あれれ? 魔法が効かないよ?」
「ダメだ。属性相性とかそういう次元じゃない。あいつはゲームのシステムそのものに対するエラーだ。正規の攻撃じゃダメージは通らない」
リアンは即座に状況を分析し、絶望的な結論を導き出した。
「リアン様! じゃあどうすればいいんですの!? わたくしたち、このまま電子の海でパンの耳も食べられずに飢え死にするんですの!?」
リーザがリアンの足元にしがみついて泣き叫ぶ。
「落ち着け。バグにはバグだ」
リアンは極めて冷酷な、そして楽しげなRTA走者の顔つきになった。
「あいつがオーバーフローで生まれたゴミの塊なら、もっと大量のゴミ(データ)を食わせて、内部メモリを完全に破綻させてやればいい」
リアンはインベントリを開き、はじまりの街で『無限増殖バグ』を使って増やしたカンスト金貨(99,999,999 G)のアイコンを睨みつけた。
「おい、お前ら。RPGの常識なんて全部捨てろ。これより、我々勇者パーティは、このクソゲーを根本から破壊する『極悪非道の総力戦』を開始する」
リアンの目には、料理人が極上の食材を前にした時のような、あるいは狂気のハッカーがシステムを破壊する直前のような、ゾッとするほどの光が宿っていた。
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