EP 17
魔王城急襲(壁抜けバグでパジャマの魔王を吸引せよ)
フローラ姫(デバッグ済)から強奪したキーアイテム『天の笛』をリアンが吹き鳴らすと、空を裂いて巨大な飛竜が舞い降りてきた。
本来ならば、数々の試練を乗り越えた勇者だけが背に乗ることを許される、誇り高き天空の覇者である。
「おお……! これが伝説の飛竜! さぁ皆の者、この気高き竜の背に乗り、いざ魔王城へ!」
クラウスが感動の面持ちで飛竜の鱗に触れようとした、その時。
「おい、魔王城の最上階まで。エンカウント無効ルートを通って、最速の直線距離で飛べ。メーターは倒しとけよ」
リアンが飛竜の鼻先にカンストした金貨の袋をチラつかせながら、深夜のタクシー運転手に対するような雑な交渉を始めた。
『ギャウ?(えっ、試練とか絆の確認とか無しで、金で乗っていいんですか?)』
「いいから出せ。もたもたしてたらこのメイド(リーザ)がお前の鱗を剥がして売り飛ばすぞ」
「はいですの! 飛竜の鱗は漢方薬として高値で取引されますのよ!」
リーザがお賽銭箱型掃除機のノズルを飛竜の尻尾に向け、ダイソンのごとくウィィィンと駆動音を鳴らす。
『ギ、ギャウゥゥッ!!(乗せます! すぐ出しますぅぅ!)』
誇り高き飛竜は命の危機を察知し、リアンたちを乗せるや否や、音速を超えるスピードで北の空へと発進した。
「あはは、お空のドライブ、気持ちいいね〜」
ルナが強風の中でふんわりと微笑む。
「ちょっと運転荒くない!? 酔い止め、酔い止めのお薬ないの!?」
キャルルが安全靴で飛竜の背中をガンガンと蹴りながら抗議し、飛竜がさらに涙目で加速する。
そして、飛竜タクシーは道中の険しい山脈も、毒の沼地も、本来ならイベントで戦うはずだった空中ボスの領域も全て完全スルーし、ものの数分で大陸の最北端――禍々しい暗雲に包まれた『魔王城』の正門前へと到着した。
ドスゥン、と乱暴に着陸した飛竜は、リアンから金貨の袋を受け取ると「二度と呼ぶな」と言わんばかりの速度で空の彼方へ逃げ去っていった。
「見よ、この禍々しい威容を……!」
クラウスが聖剣カリバーン(強奪品)を引き抜き、天を突く魔王城を見上げた。
血の池に囲まれ、周囲には骨のドラゴンの残骸が転がり、城門の前にはいかにも強そうな『魔王軍四天王』らしき悪魔の石像が鎮座している。
「聞くところによれば、魔王の玉座に至るには、四天王を倒し、四つの宝玉を集め、複雑怪奇なワープ迷宮を抜けねばならぬそうだ! さぁ、気合を入れろリアン! ここからが真の死闘だぞ!」
クラウスが熱く燃え上がる。
騎士として、勇者として、ついに正当な戦いができる喜びに打ち震えていた。
「バカ言え。四天王だのワープ迷宮だの、まともに付き合ってたら日が暮れるだろ」
リアンはクラウスの熱意を冷水で洗い流すように言い放った。
「な、なんだと? ではどうやって中に入るというのだ! 正門は強固な魔法障壁で閉じられているぞ!」
「『壁抜け』に決まってんだろ」
リアンは当然のように言い切り、魔王城の外壁、その右端の不自然に尖ったポリゴンの接合部(角)へと歩み寄った。
「は……? か、壁抜け……?」
「いいか。ルチアナみたいな素人が適当に組んだ3Dゲームのマップはな、オブジェクトの『当たり判定』の繋ぎ目がガバガバなんだ。特にこういう複雑な形状の城の外壁の『角』は、計算処理が追いつかなくて判定が消失する座標が必ず存在する」
リアンは城壁の角にぴったりと体を擦り付け、信じられない指示を出した。
「全員、この角に向かってダッシュしろ。壁に体を押し付けたまま、インベントリを開いて『装備の着脱』を連打しながら、ジャンプボタンを最速で連打しろ。0.1秒の間に30回だ」
「は、はぁぁっ!? な、何を言っているのだ貴様! 壁に向かってピョンピョン跳ねながら服を脱いだり着たりしろだと!? そんな変態的な奇行、誇り高き騎士のやることではないわぁぁ!」
クラウスが顔を真っ赤にして拒絶する。
「うるさいな。RTAでは常識だぞ。ほら、もたもたするな!」
リアンに急かされ、リーザとキュララは「まぁお金になるなら」「配信的に面白いから」と割り切り、壁に向かってカクカクと不審なジャンプと装備着脱を始めた。
「クラウス君、邪魔」
「ぐふぁっ!?」
ゴネるクラウスの背中を、キャルルが特注の安全靴で蹴り飛ばす。
勢いよく壁の角に押し付けられたクラウスも巻き込まれ、五人は城壁の角で重なり合いながら、凄まじい速度でジャンプと装備着脱の処理を連打した。
ガクッ、ガクガクガクッ!
システムが5人分の複雑な処理に耐えきれず、画面(視界)が激しく乱れ始める。
「よし、処理落ちした! 今だ、スティックを斜め下に入力しろ!!」
リアンの号令と共に、五人の体が壁のポリゴンに「めり込んだ」。
スポンッ!
次の瞬間。
彼らの視界から魔王城の外観が消え去り、何もない『虚無の空間』へと放り出された。
上を見上げれば、テクスチャの貼られていない魔王城の裏側が浮いており、彼らはその暗闇の中を猛スピードで落下していく。
「ああああああっ!? なんだここは!? 世界の裏側!? 我々は地獄に落ちたのかぁぁぁ!」
クラウスが空中で手足をジタバタさせて絶叫する。
「騒ぐな! 空中制御しろ! 下手な座標に落ちると『死の判定』に引っかかって即死するぞ! 目指す座標はX軸250、Y軸999、魔王の寝室のロード判定ブロックだ!」
リアンは落下しながらも冷静に前世のゲーマー知識をフル回転させ、目視で見えない座標を割り出していく。
「リアン様! あそこの空中に、ポツンと浮いてる箱みたいな部屋がありますわ!」
リーザが指さした先、虚無の空間にポツンと浮かぶ『ロード済みの部屋』のポリゴンがあった。
「よし、あそこだ! 影丸、グラップル!!」
リアンが叫ぶと、影から飛び出した漆黒の騎士『影丸』が、その部屋の床下に向けて黒いワイヤーを放った。
ワイヤーが部屋の裏側に突き刺さり、五人の体を強引に振り子のように引っ張り上げる。
すり抜けバグの逆転現象。
下から床のポリゴンを突き抜け――五人は、見事にその部屋の中央へと着地した。
「……ふぅ。完璧な壁抜け(OOB)ショートカットだ」
リアンは服の埃を払いながら立ち上がった。
「ゲホッ、ゴホッ……! し、死ぬかと思った……! で、ここはどこなのだ……? ワープ迷宮の最深部か?」
クラウスが大盾を構えながら周囲を警戒する。
そこは、無駄に豪華な天蓋付きのベッドがあり、ふかふかの絨毯が敷かれ、壁には悪趣味な絵画が飾られた、生活感あふれる部屋だった。
そして、その部屋のベッドの上には。
『むにゃ……なんじゃ、騒々しい……。四天王の奴らめ、まだ朝の三時だぞ……』
水玉模様の可愛らしいシルクのパジャマを着て、スライム型の抱き枕をギュッと抱きしめた、ツノの生えた巨漢――『魔王』が、目をこすりながら寝ぼけていた。
「……え?」
クラウスの思考が停止した。
『ん? 貴様ら、見ない顔だな。メイドか? いや、人間……? な、なぜ人間が余の寝室にいる!? 結界は!? 四天王はどうした!!』
パジャマ姿の魔王が、リアンたちに気づいてベッドの上で跳び上がった。
頭上のネームプレートが真っ赤(敵対)に染まり、荘厳なラストバトルのBGMが流れ始める。
『ええい、何者か知らぬが、魔王の玉座に踏み入った罪、万死に値する! 我は闇を統べる者、絶望の淵より出でし――』
魔王が威厳を取り繕い、両手を広げて大仰な口上を述べ始めた。
「あー、うるさい。スキップだ。リーザ、やれ」
リアンは完全に興味を失った顔で、指をパチンと鳴らした。
「はいですの!! 待ってましたわ!! 五円! 御縁! ハイッ!!」
リーザは魔王の口上など一切聞かず、お賽銭箱型掃除機のノズルを魔王の顔面に突きつけた。
そして、スイッチを『最大出力(ダイ○ンすら塵と化すブラックホールモード)』に切り替えた。
ブゴォォォォォォォォォッ!!!!
『な、なんじゃこの吸引力は!? ギャアアアアッ!? 余の、余の暗黒魔力が吸い込まれていくぅぅっ! ちょ、待て、せめてパジャマから着替えさせて……アバーーーッ!!』
凄まじい轟音と共に、魔王の巨体はパジャマごと、そしてスライムの抱き枕ごと、一瞬にしてお賽銭箱型掃除機の狭い吸い込み口へと吸い込まれていった。
ズボォォンッ! というマヌケな音を立てて、魔王は完全にこの世界から消滅した。
『テテテテッテッテー!』
『リアンたちは魔王を倒した! 世界に平和が訪れた!』
無慈悲なファンファーレが、魔王のいない静まり返った寝室に鳴り響く。
タイムアタック開始から、わずか二時間弱の出来事であった。
「……は? え? お、終わった……?」
クラウスは剣を落とし、膝から崩れ落ちた。
「我が宿敵……! 世界の脅威……! 激しい剣戟の応酬も、イデオロギーの衝突も、互いの全てを賭けた死闘も……何もない……! ただ、パジャマ姿の寝起きのおっさんを、掃除機で吸っただけで……終わっただと……?」
クラウスの騎士道は、もはや塵すら残らないほどに完全粉砕されていた。
「わーお! リスナーのみんなー! 見た見た!? 魔王のパジャマ姿、超レアじゃない!? これがキュララたちの最速クリアだよー! チャンネル登録と高評価、よろしくねー! 〇〇さんから『魔王の尊厳破壊』で赤スパいただきましたー! ありがとー!」
キュララが魔王のいなくなった空っぽのベッドを背景に、無邪気にVサインを決めている。
「うふふ、魔王さん、掃除機の中でお掃除されて綺麗になっちゃうね」
ルナが的外れな天然コメントをこぼす。
「ふぅん、あっけないね。もっと骨のある奴かと思ったのに」
キャルルは特注の安全靴のつま先で、床に落ちていた魔王のナイトキャップをツンツンと小突いている。
「リアン様! 掃除機の中身、ずっしり重いですわ! これ、魔王の素材や所持金ごと全部吸い込んだってことですよね!? 闇市でバラ売りしたら、一体いくらになりますの!?」
リーザが掃除機を抱きしめ、よだれを垂らしながら計算を始めている。
「ああ。魔王の角やら魔石やら、高値で売れるだろうな。……それにしても」
リアンは虚空に浮かぶ自身のステータス画面を確認し、フッと冷たい笑みをこぼした。
「ルチアナのクソコードのおかげで、想定よりだいぶ巻けたな。これでこのクソゲーも完全クリアだ。さっさとログアウトして、リアルに戻るぞ」
だが、リアンがシステムの『ログアウト』ボタンを押そうとした、その時だった。
『警告。警告。想定外のデータオーバーフローを検知。魔王のデータと、掃除機内に蓄積された規格外のオブジェクトデータが融合を開始しました』
無機質なシステム音声が、突如としてバグったようなノイズ混じりの大音量で鳴り響いた。
「……は?」
リアンの顔から、初めて余裕が消え去った。
「リ、リアン様……! 掃除機が……お賽銭箱が、めちゃくちゃ熱いですの!! なにか、中で暴れて……きゃあああっ!」
リーザが持っていたお賽銭箱型掃除機が、内側からの異常な膨張に耐えきれず、メキメキと亀裂を走らせ始めた。
魔王のデータと、はじまりの街の家屋や大地、全てを吸い込んだデータが、ルチアナの脆弱なプログラムの中で最悪の化学反応を起こしたのだ。
「まずい、リーザ! それを捨てろ!!」
リアンが叫んだのと同時に。
ドガァァァァァァァァァンッ!!!!!
魔王の寝室を吹き飛ばすほどの大爆発が起き、膨大なポリゴンの破片とバグの塊が、空中で一つの歪な形を構成し始めた。
それはもはや魔王ではない。
ルチアナの作った世界そのものを破壊しようとする、『真のバグ魔王』の誕生であった。
読んでいただきありがとうございます。
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